インターミッション09 はみだし歌人激情派

 カレンとコシローの二人はイサカの街を出た後、街道を北上してニワナと言う街へ向かった。

 

 ニワナの街は歴史も長く、古来から有力な貴族や大臣、将軍などの高官を多く輩出した土地である、はずなのだが。


「大人しく出すもの出しゃあ、痛い目を見て身ぐるみをはがすだけにしておいてやるぜえ」


 少しでも人通りが少なくなると、すぐさまこの手のごろつき、盗賊まがいの連中が出没する。

 由緒正しい街でありながらも、荒廃した区画、ならず者たちがたむろする区画なども多いのである。


「こんな連中でも、殺したら面倒だからなあ」

「ちっ、このあたりの衛士どもは一体全体、どんな仕事をしてやがる」


 カレンとコシローがボヤき、悪漢たちが手に武器を持って襲い掛かってくる。

 コシローにとっては野犬も盗賊も、素人であれば鬱陶しいだけの存在であるのは同じだった。


 刀を抜くことすらせずに、襲いかかってきた盗賊の一人が振るう棍棒を避け。


「ぎゃび!」


 頭突きを喰らわせてよろめかせ、肘関節を無理矢理捻って相手の腕を折り。


「いひぃ! う、腕ェ!!」

 

 棍棒を奪って、他の盗賊たちをやっためたらに打ち据えて。


「か、勘弁してください、本当に、勘弁してください!」


 三人の盗賊を、あっという間に血と尿と涙まみれに仕上げた。

 

「相変わらず、鮮やかだねえ」


 ぱちぱちぱち、とカレンコシローの戦いぶりを、手を叩いて賞賛する。


「こいつらは拷問しなくていいのか」

「うん、いい加減時間もかかるし、もう飽きちゃったから」


 そう言って、二人はニワナの街への歩みを進めるのであった。



 足りない、こんな相手では、いくら倒しても足りない。

 コシローは、暴れても暴れても、心が乾いているのを癒すことができなかった。

 


 ニワナの街でも栄えているエリアに到着し、やっとまともな宿を見つけることができたカレンとコシロー。


「ここでちょっとの間、歌の商売をして、私はまた他の街に行くよ。船に乗ることになると思うから、コシローとはお別れだね」

「そうなるか」


 ニワナからラウツカへ帰るとして、コシローはまっすぐ帰ろうか、寄り道しようか、それすら特に決めていない。

 戦いの香りを感じられる方へ、いっそ自分も旅に出てしまおうかという気持ちすらある。


 その夜、カレンは盛り場の中にある広場のような空間で、ギタラと言う楽器を手に歌を歌った。

 流しの吟遊歌人、と言うのがカレンの生業であり、こうして街中で歌うことで、おひねりを貰っている。


 歌曲の趣味造詣に疎いコシローであっても、カレンの声や奏でられる曲が美しいのは容易にわかる。

 そのため、足を止める者はどんどん増えて行き、小箱の中の金銭もあっと言う間に積もっていくのだった。


「コシロー、場所を変えるからついて来てよ」

「わかった」


 喝さいを浴び、野次馬たちに惜しまれながらも、カレンは演奏の場所を変えるために立ち上がった。

 人通りの少ない、雰囲気のあまりよくないまるで迷路のような路地をカレンは進む。


 明らかに貧民街と言ったたたずまいで、路上にチラホラ、寝ている者や金銭を乞う者がいた。

 コシローは特に怯えることなくついて行くが、辺りに警戒心や敵意が散乱しているのがわかる。


「少しでも隙を見せたら厄介なことになりそうだな。なにしに来たんだ、こんなところに」

「人探しかな」


 奥へ奥へ入っていくカレン。

 あらかじめ土地勘があるようで、軽やかな足取りであった。

 以前から何度もこの地をとずれたことがあるかのような、迷いのない歩みである。

 コシローは、もしここで置き去りにされたら帰るのが厄介だなと思った。

 それくらい、入り組んだ路地を何度も折れて歩いているからだ。


「この辺に詳しいのか」

「まあね。故郷だし」


 唐突に告げられたカレンの素性に、コシローは若干、面食らった。


「なにさその顔。私だって、木の股から生まれたわけじゃないよ。親だっているし、友だちだっているよ」

「そりゃそうだろうがな」

「コシローは、こっちの生まれじゃないんだよね」


 そのことを二人の間で、特に話したことはない。

 おそらくギルドで最初に依頼契約をしたときに、カレンはコシローの簡単なプロフィールを把握していたのだろう。


「まあな」

「故郷は、どんなところ?」

「海が近い、水田や畑ばっかりの田舎だ」

「水田かあ。見たことないな……次は、水田のある土地に行こうかな」


 ふふ、とカレンは小さく笑って、一件の家らしき、土壁で作られた建物の前で止まった。


「この中に、男と女がいるんだけど、男の方は死なない程度に打ちのめして、大人しくさせて欲しいんだ」


 カレンのその要求に、コシローはいぶかしんだ。


「んなことおっぱじめたら、衛士(イヌ)どもが寄って来るだろう」

「少しくらいの騒ぎや喧嘩じゃ、いちいち衛士なんて来ないから大丈夫。それに、コシローなら派手に物音を立てなくても、出来るでしょ?」


 おかしな依頼だ、とコシローは思ったが。

 なにやら事情があるのだろうと思い、黙ってカレンの言葉に従うことにした。


 言われた通り、物音を極力立てずにコシローは建物の中に踏み込み。


「な、なん……!」


 相手の男が驚き、抵抗をする素振りを見せたか否かのその瞬間に、股間を全力で蹴り上げた。

 

「お、おおおお、ぐぅおお……!」


 あまりの速さ、ためらいのなさとえげつなさに、さすがのカレンも目を見開く。


「うわぁ、痛そう……」


 カレンは男の方に猿ぐつわを噛ませる。

 コシローは男の両手を、その辺りにあった布巾で後ろ手に縛った。


「で、お前さんがここに来た用事ってのは、そこに寝てる女か」


 部屋の奥のベッドには、裸らしき女性が毛布をかぶって寝息を立てていた。

 多少の物音では起きない程度には熟睡しているらしいが、顔色は悪かった。

 年のころはカレンやコシローよりも、ずいぶん上であるように見える。

 黒髪の、痩せこけた女性だった。


「うん。そうだよ。まあそっちの男の方にも、用がないわけじゃないんだけど」

「お前の姉さんかなにか……と言うわけでもなさそうだな」


 髪の色も目鼻立ちも、カレンとは似てもいない。


「うん、全然赤の他人。私にとっては縁もゆかりもないんだけど、まあ、これもお仕事だからね」


 そう言って、カレンはベッドの端に腰を掛けてコシローに告白した。


「実は私、ギルドの支部長に雇われている、隠密の諜報員なんだ」

「大方そんなこったろうとは思っていたから、別に今更驚かんぞ」


 カレンの言葉に、文字通り表情一つ変えずにコシローは応えた。


「ふふ、まあそうだろうと思ってたけどね。コシローも鈍くなさそうだし。でもさらに白状すると、私の本当の雇い主は、ギルドのリロイ支部長じゃなく、とある貴族さまなんだよね」 


 いわゆる、二重スパイである。

 カレンはギルドの隠密として各地で情報を集めるという仕事を表面上は行っている。

 しかしその正体はギルドの内情を「とある貴族」に逐次報告する、それが本当の役目だと。


「それを、俺にどうして白状するんだ。お前に不利になる話じゃないのか」

「うん、その通り。これをコシローに言っちゃった以上、私はもう、リロイからも、貴族さまからも、裏切者扱いだね」

「俺は別に、お前がなんだろうとどうだっていいんだがな。俺への依頼賃をきちんと払ってくれれば」


 それは、コシローの本心でもある。

 国とギルドの間にある政治的な駆け引きなど、コシローにとっては全くあずかり知らぬところであった。


「ありがとう。コシローならそう言ってくれると思ってた」

「で、ここで片方の玉を潰されて伸びてるおっさんと、具合悪そうに寝てる女がこの話にどう関係するんだ?」

「まず男の方から説明するね。この男の名前はエヴァンス。少し前まで、ラウツカの政庁で内務局長までのぼりつめたお偉いさんだよ。もと、の話だけどね」


 言われて、コシローは思い出す。


「受付の嬢ちゃんが港で攫われたときの、黒幕か」

「そう。自分の子飼いの組織と一緒に仕事を独占して、ギルドの勢力を弱めようとしていたのがこのエヴァンス。こいつはたちの悪い薬とのうわさが絶えなくてね」

「ふん、阿片かなにかか」


 ラウツカでも、衛士のフェイたちが阿片売人たちとのいたちごっこを繰り広げていることをコシローは知っている。


「そ。ラウツカ市でも内偵されてたし、国の方からも調査の手が回ってたし、その上ギルドまで敵に回した。エヴァンスが流れ着いたのが、ここ、二ワナの街の貧民窟、ってわけ」

「なるほど。確かにいわくのある奴が隠れて住みそうなところだ」


 大小の建物が無計画に建てられ、壊されて、あるいは放棄されて出来上がったこの地区は、まるで迷宮のように道が入り組んでいる。

 よほど土地勘のある人間でなければ、この周辺を調べるというだけで一苦労だろう。


「それで、こっちのお姉さんもちょっとラウツカのギルドに、関わりのある人なんだよね。コシローは詳しく知らないだろうけど、カルって言う少年の、お母さんなんだ」


 奴隷商に売られそうになっていた、半分白髪の見習い冒険者少年、カル。

 コシローとカレンはその出来事が起こったちょうどその頃に今の旅に出発した。

 そのため、コシローはカルと面識がまだない。


 カレンは旅の間でもギルドの情報員と連絡をやり取りしていたので、カルやカルの母親についても聞き及んでいた。

 

「ギルドや国に追われてるエヴァンスが、たまたまこの街に流れ着いたカルって少年の母親と、まあ薬の力を使ってこういう仲になったわけで、私も調べてて頭がこんがらがったよ」

「細かいことはどうでもいい。興味もない、で、俺にどうしてほしいんだ」


 錯綜する情報の整理に、コシローは特に関係はない。

 あくまでも今この状況において、雇い主であるカレンはコシローにどうしてほしいのか。

 それを、コシローは訊くのだった。


「この仕事が終わってお別れしても、私のことを忘れないでくれると嬉しいかな」

「知らん。ときが来てジジイになった頃には、勝手に忘れるだろ」

「ふふ、ありがとう。あと、ラウツカに帰ったら、カルって少年に、お母さんが見つかったって伝えておいてよ」


 つまらなそうに溜息を吐いて、コシローは軽く首肯した。



 その後。

 カレンは「とある貴族の間者」にエヴァンス局長の身柄を回収させて。

 その一方で「ギルドの情報員」にカルの母親の身柄を保護してもらった。


 変装して船に乗るから、それまでの間は護衛人として仕事してくれとカレンはコシローに頼んでいた。

 ニワナの港に向かう途中、カレンはぽつりとつぶやく。


「エヴァンスがいた粗末な家、元々、私と家族が住んでたところなんだ」

「奇妙な縁は重なるもんだな」


 と言っても、もはやカレンの言葉のなにが嘘で、なにが真実なのか、コシローは追及することすら放棄している。


「それを知ったときにね。なんかもう、色々抱えてたものがはじけちゃってさ。全部、どうでもよくなっちゃった」

「だから、肩のこる隠密暮らしにオサラバして、船に乗って当てもなく旅をする、ってか」


 港に爽やかな風が吹く。

 コシローの言葉に、カレンは屈託なく、年相応に見える朗らかな笑顔で。


「そうだよ、楽しそうでしょ?」

「ああ、悪くはないんだろうよ」


 カレンの乗船時間が近付き、港には他の乗船待ちの船客、旅人達の姿が増えて来た。

 コシローしかし、カレンが差し出した報酬の袋を受け取ろうとはせず、動きを止めた。


「どしたの、まさか、別れが惜しくなったりしたかな?」

「餞別だ。もう一働きだけしてやる」

 

 そう言って刀を抜きざま、近くで船を待っていた男性客の首元めがけて、横太刀に薙ぎ払った。

 カキィン!

 金属音が鳴り響き、攻撃された男は間一髪のところで、隠し持っていたナイフで自分の首を防御した。


「くッ……!」

「おお、九点だ」


 満足げに笑って、コシローが称賛の言葉を投げる。

 コシローの、なんの前振りもない攻撃を防げる相手など、そうそういない。

 このことは、乗客に扮していたこの男が、素人ではない、腕っこきの武人――おそらくは、暗殺者の類であることを、雄弁に語っていた。

 もっとも、このときのコシローは「わざと」殺気を隠していなかったのであるが。


「さすがコシロー、よく気付いたね」

「半分はあてずっぽうだ。反応がなけりゃ、寸止めするつもりだった」


 この距離までコシローになんの違和感も持たれず接近を許したことが、相手が一流であることの証明になっていた。


「おお、怖いお兄ちゃんだ、最後まで」


 コシローは背の陰にカレンを守るようにして立ち、刺客と対峙する。

 港の客や人々は騒ぎながら、散り散りに離れて行き、コシローたちの周囲に広い空間ができた。

 敵の武器は、ナイフ一本。

 おそらく乗客と一緒に船に乗り込んで、コシローと別れた後で一人になったカレンを襲うつもりだったのだろう。


「さて、どこの誰が飛ばしてきた乱波なんだ、こいつは?」


 コシローはカレンに笑って質問した。

 

 カレンの生き様は、いつ誰に、どの勢力に敵の認定を受けるかわからないものだ。

 心当たりがありすぎて、特定できないんだろうという意味の、皮肉を込めた問いだった。

 しかしカレンは冷静に、消去法を用いて推論を導いた。


「私の大元の雇い主の、貴族さまだろうねえ。コシローがそばにいる状況で、リロイが私に刺客を飛ばすわけはないだろうし」

「ふん、置き土産に、そいつの名前を教えていけ。そいつは現に、こうして俺にも刃を向けてやがるんだからな」


 知れば、コシローも巻き込むことになるかもしれない。

 そんなことがわからないほど、コシローは馬鹿でも物知らずでもない。

 わかったうえで、自分に仇なすものは、なんびとたりとも容赦はしない、と言っているのだ。 


「……わかった、教えるよ」

「やめろ! 貴様、どうなるかわかっているのか!」


 刺客が顔色を変えて怒鳴る。

 しかしコシローが蛇のような眼光で睨むので、蛙のように身動きが取れなくなった。

 コシローが青眼で構える切っ先は、常に相手の男の目線を狙っている。


「公爵家第二公子、クリス殿下。国内の治安維持や情報工作を司る部門の、責任者だよ」

「殿さまの息子が、乱波集団の親玉とはねえ」


 コシローは軽く笑って、刀を納めた。


「お前、もう消えていいぞ。どうやら斬っちまうわけにもいかんみたいだしな」

「……後悔するぞ」


 刺客はそう言い捨てて、二人の前から姿を消した。

 同時に、騒ぎを聞きつけて遠くから衛士が何人も駆けつけてきた。


「もう行け。面倒なことになりそうだ」


 コシローはそう言って、カレンの手から報酬の入った袋を奪い取る。


「ありがとう、コシロー。お礼に私からも最後に一つ」

「ん?」

「リロイのことも、あんまり信用しない方がいいよ。あいつも、ギルドの利益のためなら、他のことはどうなってもいいって考えてるところがあるから」


 それを聞かされて、コシローは肩をすくめる。


「あいにくと、最初から誰も信用なんかしちゃいねえ」

「それなら安心だ。じゃあね」


 そうして、一人の二重スパイの女性が、自分の仕事を放棄して、どこへなりと姿をくらました。

 カレンと言う名も、本名ではないだろう。


「貰った金も、偽物だったりしたら笑えねえな」


 金貨の詰まった皮袋を大事に懐にしまい、コシローは笑う。

 そして人混みの中に紛れて気配を消し、港の衛士たちからの追及を逃れたのだった。


 仕事は終わった。

 迷いのない足取りで、ラウツカにコシローは戻る。

 なんの感傷もなく、新たな戦いだけを求めて。


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