108 キンキー公主催、武芸大会本選(2)

「やあやあアキラ、実に見事な勝利だった! お前さんはやる男だとおいらは信じてたよ!」


 夜、宿屋にて。

 もうそろそろ寝ようかと思っていたアキラを、今更になって部屋に戻ったロレンツィオが祝福した。


「随分顔が赤いな。大方、俺が負ける方に賭けて大損してヤケ酒でもかっ喰らってたんだろ」


 百点満点の正答を言い当てられたロレンツォだが、もうそのことは自分の中で忘れており、スルーして言った。


「ところで、もし優勝したときの賞金の使い道とかは考えているのかい? 特に決めていないというなら、いい話が」

「お前に相談しないのは間違いないな。もう寝るよ」


 聞いてはダメだと思い、アキラはベッドにもぐりこむ。

 ちなみにエルツーは一人、別室である。


「ちょっとくらいは相手にしてくれよ。真面目な話、僕やアキラのような、余所からこの地に来た人間の見聞録をまとめて、書物にしたり遊説したりと言う事業をだね」


 ロレンツォは「東方見聞録」で有名な、マルコ・ポーロと同郷であり、知り合いでもある。

 そのために、世の中の珍しい話をまとめて他人に言って聞かせる、読み聞かせるということが、商売になりうると考えているのだ。


「お前一人でもできるだろ。自分でこの世界の読み書きを勉強するなり、口述筆記の人を雇うなりしろよ」

「それこそアキラがいれば、そのすべてをできるじゃないか! おいらとアキラの話をまとめて書物にすれば、ここのように大きい街で絶対に売れて名物になるさ! 人は未知の娯楽に飢えているものだからね!」


 ロレンツォの言葉自体には、何割かの説得力が確かに存在する。

 ラウツカより何倍も大きく、たくさんの人口を抱えている首都のここ、シロマの街などであれば。

 物珍しいことを求める好事家、余暇に倦んでいる金持ちなどの数も多いだろう。

 

 しかし、アキラは今、そのことに頭を使いたくないと思って、言った。


「後で考えるよ。明日は早くから試合だし、もう寝る」

「絶対に考えておいてくれよ! 男の約束だからな!」


 お前は男同士の約束をまともに守るタイプなのか、とアキラは言い返してやりたかった。



 アキラの参加している武芸大会本選はトーナメント形式であり、総勢64人が参加していた。

 初日、一回戦で半数の32人が勝ち上がった計算になる。

 二日目のこの日は、決勝戦を除いた全試合が連続で行われる。


 闘技舞台は四面あり、同時進行で試合が行われている。

 多くの客は自分の注目する選手が出る舞台へと、席を移動して観戦しているようだ。


 とくに有名な武人と言うわけではないアキラの試合は観客も少なく、それがアキラにとっては助けになった。


「それまで! 勝者、ラウツカのトーヤマ!」

「ふう、なんとか勝ったか」


 二回戦の相手は、小柄だが素早さのある選手だった。

 ヒット&アウェイで時間切れまで自分に有利なまま試合を進めて一回戦を勝ち上がったらしい。

 しかし、アキラの巧みな距離の潰し方、舞台の端への追い詰め方により、そのうちアキラの打撃に捕まる羽目になった。


「お疲れ。一回戦より楽だったんじゃないの?」


 無事に勝ったアキラを、エルツーが飲み物を渡してねぎらう。

 

「小さくてすばしこい相手とは、たっぷり練習できてるからね」


 カルやフェイと練習を繰り返しているアキラは、自分より小さく、速い相手と戦うことに関して、半ばエキスパートになりつつある。

 相手より速く動く必要はないのだ。

 相手の動きを潰し、相手より無駄な動きを減らせば、そのうち追いつめて捕まえることができるのだから。


 相変わらずロレンツォはいないか、とアキラが思った矢先に。


「勝ったみたいだね。お前さんの次の相手になる奴の試合を見て来たよ」

「なんだ、いたのかお前」


 別の闘技舞台で行われていた試合を、ロレンツォは偵察してくれたらしい。


「あら、あんたが殊勝に付添い人らしいことをするなんて、どういう風の吹き回しかしらね」


 エルツーも冷めた目で言った。


「うるさいな。こうなったらなんとしてでもアキラには優勝してもらわなきゃいけない。少なくとも、もっとお客に注目されて有名になってもらう必要がある」

「くれぐれも余計なことするなよお前。対戦相手の飲み物に怪しい薬を入れるとか」


 いまいち信用ならないロレンツォのことなので、アキラはさらに念押しして釘を刺す。


「それも考えたけれどね、さすがに本選で勝ち上がっている闘志たちだ、なかなか隙を見せてくれそうにもないよ。やはり生き別れの兄さん作戦を使わないかい?」


 アキラはロレンツィオの提案を黙殺と言う形で却下し、次の試合まで控室で休むことにした。



 選手の控室は、選手本人の他に付添い人も入ることを許されている。 

 ロレンツィオはなにか他にろくでもないことを考えているか、しているかでその場にはいない。

 アキラとエルツーはのんびりと飲み物を口にしながら、リラックスして談笑していた。


「並人しか出られない、衛士や軍人は出られない、そう言う意味ではアマチュアの選手権みたいなものかな」

「衛士や軍人は出てなくても、自分で道場を開いている武芸の先生とか出たりしてないのかしらね」


 そんな二人の話に、割って入って来る者がいた。

 

「名前のある師匠さんがたは、この大会には出ない慣習になっているんだ。在野の若手が多いね」


 体躯もがっしりとしていて、しかし力んだところのない、落ち着いた武人風の男性だった。

 

「こんにちは、俺、アキラって言います。お兄さんも参加者ですか?」

「よろしく、アキラ。僕の名前はウェズリー。近々ここシロマの街で自分の道場を立ち上げる予定でね。名前を売れたらいいなと思って参加したんだ」

「勝ち上がっていけば、いずれ当たることになりますね」

「ああ、そのときは手加減なし、恨みっこなしで行こうじゃないか」


 若き武闘家、ウェズリーとアキラは握手を交わし、お互いの健闘を祈り合う。

 アキラは手を握った瞬間、これはかなりの使い手だと確信した。



 しかし、ウェズリーは次の試合であっさり負けてしまった。


「なんだったのかしらね、あの男」


 無事に勝ったアキラを出迎えて、エルツーが呆れた息を漏らした。

 

「勝負はときの運、こういうこともあるもんさ……」


 しかもウェズリーは結構ひどい怪我で敗退した。

 顎の骨を割られたらしい。


「やあやあ、また勝ったんだねアキラ」


 別のところにいたロレンツィオも戻って来た。


「ウェズリーとか言うのを倒した大男が、次のアキラの対戦相手だよ。おいらは試合を見ていたんだけどね、あれは恐ろしい。力任せに殴っているような戦い方だけど、迫力が違うな」

「打撃系で、大型かあ……」


 アキラの苦手とするタイプの相手である。

 そもそもアキラは日本人の割に体格が大きい方なので、空手道場で自分より体の大きな相手と練習する機会が少なかった。

 格闘技において体格体重が有利に働くことが多いのに加えて、アキラは大型選手を相手とした練習が圧倒的に不足しているのだ。


「武芸じゃなくて、魔物を討伐する感じで戦えばいいんじゃない? 脚を狙って、動きを止めて」


 エルツーは軽くそう言ったが。


「さすがに、相手もバカじゃないよ。俺の狙いはすぐにばれるさ。拳骨を顔面に打ち下ろされたら、こっちの負けだ」

「上手く避けなさいよ。フェイねえみたいに」

「それが簡単にできれば、誰も苦労して稽古しないんだよなあ……」


 知能の低い魔物相手と、考えて戦う人間相手とでは、まったく話が違うのである。

 大緑と言う強大な魔物を倒したアキラであるが、やはり人間相手の試合は色々考えてしまい、緊張したり弱気の虫が出てしまうのであった。


「ふむ、これはさすがに厳しいかな?」


 そう言ってロレンツィオはまたどこかに行った。


「あいつ、アキラの負けにお金を賭けに行ったんじゃないでしょうね」

「有り得る話だけど、もう放っておこう」


 放置しておけばそれほど害がないと、アキラは思いたかった。



「オイオイ見ろよ、控室に女を付き添わせてるやつがいるぜ!」


 ゲハハハ、と下品な笑い声が聞こえた。

 先の試合でウェズリーを打ちのめした、ドルフと言う大柄な男だ。

 

「アキラ、相手にするんじゃないわよ」

「わかってる。たちの悪い感じだ。関わっても損しかしないタイプの」


 アキラたちは無視していたが、ドルフの失礼な言葉は停まらない。


「ラウツカってのはあれだろ? 南の端っこのクソ田舎のくせに、やけに透かしたお上品ぶった奴の多い街だよなあ?」


 取り巻き、付添い人の男たちもドルフの話に同調して、言った。


「こんなところに女を連れてくるんだから、軟派な連中ばかりなんでしょうね!」

「ちげえねえ! 大方、審判員の寝泊まりしてる宿に、あの嬢ちゃんを差し向けたんだろうさな! 枕で買った勝ち星か! まったくへどの出るやり口だぜ!」 


 ぶちん、とアキラの脳内でなにかがはじけて切れる音がした。


「野郎、ぶっ殺してやる。表に出ろコラァ」

「ちょっとアキラ、やめなさい! どうせすぐ試合で当たるのよ!」


 狂犬のように唸って向かおうとするアキラを、エルツーが必死に押しとどめる。


「街のみんなや、エルツーにあんなこと言われてんだぞ、クソッ……!」

「あたしはあの程度、なんとも思わないわよ。人に似た熊がわめいてると思いなさい」


 なだめられて、その場はなんとか抑えたアキラだったが、怒りは引っ込まない。


「ケッ、腰抜けが」


 つまらなそうに吐き捨てて、どうやらドルフはトイレのために立って、控室を出て行った。



 ドルフが向かった先の、男性用トイレ。

 個室に入ろうとするドルフを、引き留めるものがあった。


「やあやあ、これはイイ男だ。逞しくて生命力に溢れている、素晴らしい体躯だね」


 ロレンツォであった。


「な、なんだ、お前」

「お兄さんは、女はお好きでないのかな? 実は男の方が?」

「よ、寄るんじゃねえ! ぶっ飛ばすぞ!」


 ドルフにどうやらそっちのけはないらしく、本気で嫌がってロレンツィオから距離を取る。


「なんだ、控室で女の子を悪しざまにののしってたから、てっきりそっちの方かと思ったのに、残念だよ」

「俺は勝負の世界に女を連れてくるようなフニャチン野郎が嫌いなだけだ」

「そっかあ、お兄さんの『モノ』は、ずいぶん硬くて立派なんだろうねえ……ふふふ、ゾクゾクして来るよ」

「ひっ、や、やめろぉ、近付くなって言ってんだろ!!」


 結局、ドルフはロレンツィオを気味悪がって、トイレで用を足さずに控室に戻った。


 もうすぐ、アキラとドルフの試合が始まる。


「ふん、淑女を下品に侮辱するような男は、アキラに蹴られて死んでしまえ」


 この程度の手助けしかできない状況を、ロレンツィオは少しばかり歯がゆく思う。

 アキラさえうんと言えば、ドルフを試合に出させずリタイアさせる手段くらい、10でも20でも思い付くのに、と。



 

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