107 キンキー公主催、武芸大会本選(1)

 首都シロマも、ラウツカと同じく城壁の街であった。

 しかしラウツカのような石灰石による白亜の城壁ではない。

 レンガにも似た土や粘度を加工した建材で城壁は作られている。

 色も黄土色から茶褐色の間と言った風情だ。


「城壁の高さ自体は、ラウツカより低いな」


 アキラは検問を済ませて市内に入り、そう感想を述べた。

 以前、首都の出身である見習い少年のカルが、ラウツカの城壁を見て感嘆していたことを思い出す。

 ラウツカより大きな街を知っているカルであっても、ラウツカの白く、高く、美しい城壁は、強い印象をもたらすのであろう。


「なんでもいいけど、すごい人の数ね……お祭りでもあるのかしら?」


 大路を行き交う人の群れを見て、エルツーがお定まりのコメントを述べた。

 ラウツカ市内の中央大通りの倍は道幅のある大路。

 そこが通行人や馬車でごった返している有様だ。


「おや、あれは人力で客を乗せて走っているようだね? 帰る前に一度は乗ってみたいなあ。さぞかし爽快だろうよ!」


 ロレンツィオが、さっそうと駆けて行く人力車を見て言った。

 アキラは、学生時代に修学旅行で行った先の京都を思い出した。


「なによりまず、馬車と荷物を宿に預けないとな」


 アキラたちは城門をくぐる際に、検問の衛士に宿への道を教えてもらった。

 このまま大通りを進んで、左手に見える、赤く塗られた火の見櫓を左に行け、とのことだった。


「ラウツカは白い石壁や漆喰の家が多い街だけど、ここはなんか茶色とか赤が多いわね」


 街全体、建物や道路に使われている配色に、黄土色、赤、茶色、そして黒が多い。

 まだ昼前だというのに世界全体がなにやら夕焼けに染まっている。

 その景色にエルツーは不思議な気持ちになった。


「地質的に赤土が多いのかもなあ。ルーに聞けば詳しいこともわかるんだけど」


 今回の旅に、物知り博士のルーレイラがいないことをアキラは素直に残念がった。

 ルーレイラは現在、政庁からの依頼で忙しい。

 家畜に有効な飼料、要するにエサを数種類開発してくれと、せっつかれているのだ。



「あー、しんどかったわ……」


 宿に着き、ロビーのふかふかな椅子にドスンと体を預けて、エルツーが息を吐いた。

 ラウツカから片道約3日。

 割と飛ばし気味のペースで馬車を御していたのだから、疲労も溜まる。


 おそらく首都シロマの街でも、中の上と言ったクラスの立派な宿だろう。

 エントランスもロビーも広く、綺麗に掃除が行き届いている。


「お疲れさま、エルツー。ゆっくり休んでてよ。俺は武芸大会の受付みたいなのに行くけど……」


 宿にロレンツォとエルツーの二人だけを残すのは、アキラにとって心配だった。


「ロレンツォも来い」

「おいら、他にちょっと用事があるんだけどね」

「お前は俺の大会の付添人でここに来てるくせに、どうして他の用事があるんだ!?」


 まったくとらえどころのない、意味不明なことを言って、ロレンツォはどこかに行ってしまった。


 

 その後、アキラは大会の受付などを済ませるが、些細な問題が起きた。

 宿に戻り、エルツーにそのことを相談する。

 ちなみにロレンツォはまだどこかに行っているようであり、不在だった。


「問題って、どうしたのよ」

「受付してるときに、最初の対戦相手に会ったんだけど、やたら強そうだった……」


 弱気の虫が出てしまっているアキラだった。


「そりゃあ、本選に残ってるくらいだもの、弱いわけはないでしょうね」

「体も俺より一回りくらいでかいし、立ち振る舞いにも隙がなかったし……」


 元々、アキラは学生時代の空手の大会などで、そこまでの好成績を残したわけではない。

 全国レベルには一歩届かずという結果が多かったのだ。

 それはモチベーションや集中力の問題であることも大きかった。


「なにを今から弱気になってるのよ。元々タダで首都に来れるからって、記念で参加しに来たようなものじゃない。ドーンと行けばいいのよ、ドーンと」

「まあ、そうなんだけどさ……」


 いざと言うときに肝っ玉が太いのは、エルツーの数多くある美点の一つであるとアキラも思っている。

 しかし、自信と言うのは自分の中から湧き出るものであって、他者に与えられる物でないのも事実なのだった。


「あんた、練習ではフェイねえにいい所まで行ったりしてるのに、そういうところ不思議よね……」


 スパーリングではクソ強いが試合では弱いやつ、と言うのはどうしてもいるものである。

 もちろん、アキラもこれが命がけであるというのなら、高い集中力を発揮できるのだが。

 命のやり取りではない、スポーツや競技としての試合で自分の能力を最大限に発揮するというのは、とても難しいことだ。


 二人がロビーでそんな話をしていると、ロレンツォが帰って来た。


「やあやあ、なにを難しい顔をしているんだい、二人とも?」

「アキラが今更になって、ビビってるのよ。相手が凄く強そうだからって」


 ほお、とロレンツォは軽く呟き、椅子に座って二人に向き合う。


「おいらのから見ると、アキラだって十分、怖いけどねえ」

「怖い?」


 ロレンツォに意外なことを言われて、アキラは首を捻った。


「そうだよ。初めて会ったときのことを覚えているかい、飯屋で。フェイ嬢とアキラが、おいらが困っていたときに来てくれたよね」

「ああ。そうだったな。それで?」

「フェイ嬢の目も、アキラの目も、おいらには同じに見えたよ。死線をくぐって、それを乗り越えた目つきをしていた」

「それは……」


 確かに今のアキラは冒険者として危険な経験を積み、気力も体力も充実している時期だった。

 そんじょそこらの格闘好きとは違う、人生の深みのようなものをアキラが得ているとしても、あながち不思議な話ではない。


「おいらも、若い頃は剣術なんかをかじったけどね、目が違う相手はわかるもんだよ」

「そうよね。アキラだってそこらの奴に負けない経験と技術を持ってるわ。相手を変に大きく見過ぎることはないのよ」


 エルツーもロレンツォの言い分に同意し、アキラを励ます。


「なあに、そんなに自信がないなら、おいらが対戦相手の宿に嫌がらせを仕掛けに行くさ。相手の寝泊まりしてる宿の窓から、虫や糞尿でも投げ入れようかい?」

「やめろバカ。そんなことしたら絶対許さないからな」


 ロレンツォの提案に、アキラが真剣な顔で怒りをあらわにした。


「どうしてだい? アキラ、おまえさんは、勝ちたくてわざわざ首都にまで来たんじゃないのかい? 楽に勝てる手段があるなら、それを実行すべきだろうよ」

「俺は、真剣勝負で自分の力や技をためしに来たんだ。相手を貶めて勝とうなんて思ってない」

「ふうん。まあ、わかったよ。アキラがそれを望むのなら、おいらは余計なことをしないでおこう。おいらはあくまで、アキラの付添いに来ただけだからね」

「そうだ。余計なことは絶対にするな。マジで切れるからな」



 念入りにアキラはロレンツォに釘を刺して、さあ迎えた武芸大会初日、最初の試合。

 アキラはラウツカ市域の代表選手である。

 一方、対戦相手はラウツカの隣の大きな市、イサカの街の代表選手であった。


「目突き、噛みつき、金的への攻撃など、公国の闘志としてふさわしくない行いは禁止だ。もちろん精霊魔法もな。お互い、おのおのの名誉に恥じることのない戦いを」


 などと審判員から説明を受けて、アキラは武芸場で相手と向き合う。

 かなりの偉丈夫である。

 立ち姿や構えから察するに、投げ技、組技も十分な経験を持っていると見えた。


 おそらく貴族と思われる高貴な来賓なども高みから見物しており、地上には無数の客がいる。

 いつものアキラであれば、緊張で体が硬くなってしまい、気持ちも縮こまってしまうところであったが。


「アキラ! やっぱりおいらの助けが必要なようだね!?」

「うるせえ! ぜってーやめろよ!」


 観客席のロレンツォに声をかけられることで、アキラは相手にのみ集中することができた。


「はじめっ!」


 審判がかけ声をかけ、試合が開始される。


 相手の方が背が高いので、アキラはいつもよりガードを高めに構える。

 最初は距離を取って様子を見るつもりだ。

 やはり相手は組んでからの投げを狙っているようだった。

 アキラが打撃での迎撃を狙っていると気付き、小刻みにフェイントを入れてくる。


「シッ!」


 予備動作の少ないアキラのローキックが放たれる。

 ばちぃん、と大きな音を響かせて、相手の膝横を打ち据えた。

 その威力と速さに相手も驚いたようで、更に真剣な表情になり、距離を空けた。


「集中、集中、相手に、集中……」


 アキラはジャブの牽制を入れつつ、相手が少しでも近づいて来たらローやミドル、膝蹴り、アッパーなどを混ぜ、近付いて組みつこうとする相手を迎え撃つ。

 遠距離、中間距離から相手はパンチを打ってきたり、組みつこうと飛び込んで来る。

 しかしその都度、アキラは微妙にバックステップして距離を調整する。


 先日に行ったカルとのスパーリングもそうであるが、アキラはもともと「ある程度限定された範囲での戦い」に慣れている。

 それは小さい頃から道場に通い、学生時代の大部分を空手に捧げた経験があるからだ。

 今回、試合が行われている武芸場の舞台も、さほどの広さがあるわけではない。

 限定された空間を把握しつつ、自分と相手の距離を調整して戦う。

 そのことに関して、アキラはリードガルドの他の闘士、格闘家よりも多くの経験を積んでいるのである。


「おのれ、ちょこまかと……!」


 痺れを切らした相手が、相打ち覚悟で踏み込んでくる。

 相手のガードは、顔面上部を主に守ったものだった。


 胴体部分は、試合の際に防具を装着しているのでボディブローはそこまで有効にならない。

 左のアッパー、あるいは左の膝蹴りで相手の顎を打ち抜けば、アキラの勝利は手堅い。

 しかし、それは相手に大けがを負わせてしまう可能性が極めて高い攻撃でもあった。


「おっらぁ!」


 アキラは、左掌底でのアッパーを選択した。

 当たり所次第では脳震盪を起すかも知れないが、相手の丈夫な体つきを信じての一撃だった。


「むぐ!」


 見事に攻撃がヒットし、相手の顔が跳ね上がる。

 しかし相手はダウンをせず、むしろアッパーを振り切ったアキラの胴体ががら空きになって、距離を詰められる格好になった。 


「うぉおおおっ!」


 相手がアキラの胴体めがけて、逞しい両の腕で組みついてくる。

 アキラの渾身の掌底アッパーが、致命傷になっていない。

 やはり、かなりのタフネスとフィジカルの丈夫さ、体幹のバランスを持った選手だった。


「どすっこぉい!」


 しかし。

 アキラの胴を抱えて組みつこうとした相手は、いわば「上体が起きた」形になっていた。

 その隙を逃さずに、アキラは相撲や柔道で言うところの「大腰」という、相手の上体と腰を抱えて放つ投げ技を繰り出した。


 アキラも、格闘技好きな日本男児の一人である。

 特に空手道場に真面目に通う中で「相撲に負けないための空手、相撲を知ること」にかけては、かなりの時間を費やした経験があった。

 ざっくり言うと、アキラは相撲もかなり強いのである。


「おぉお!?」


 自分より小さい体格の、しかも打撃主体の戦いをしてきたアキラが、まさか自分を投げにかかって来るとは。

 相手も全くの予測外で、不意を突かれて背中を地面にたたきつけられた。


「せいやっ!!」


 そして、気合い裂ぱく。

 アキラが横になった相手の側頭部に、下段付きを寸止めして、ポンと置いた。


 相手は、一瞬何事が起きたのかわからなかったが、アキラが自分への攻撃を意図的に止めたことを理解し、手を掲げて、言った。


「参った。素晴らしい技だった」

「そこまで! 勝者、ラウツカのトーヤマ!」


 勝ち名乗りを受けて、緊張と疲れの糸がぷっつり切れたアキラは、どへー、と息を吐いてその場に座り込んだ。


「勝ったぁ……」


 アキラが投げを使うことを、相手が試合終盤まで気付かなかったから得た勝利に近い。

 しかし、それでも勝ちは勝ちであり、アキラとしても相手の情報がないのだから、同じ条件だ。


 一安心して客席の方を見ると、エルツーが手を振っていた。

 しかし、ロレンツォの姿がない。


「まあ、どうでもいいか……」


 実のところ、ロレンツィオはアキラが負ける方に、大金を賭けていた。

 ラウツカで、ろくでもない商売をしてちょこまかと稼いでいた金銭の大部分を失ってしまったのである。

 そのため、アキラの顔を見たくない気持ちになり、すぐさま街に繰り出してやけ酒を呷っているのだった。

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