103 リズという女の子はなにかにつけて遠慮をしない
ある日、きょろきょろとあたりを伺うような様子でギルドの建物に入ってきた一人の人物がいた。
彼の名はカル・ヘムズワース。
キンキー公国の首都で生まれ育ち、こみ入った理由でラウツカ市の孤児施設で暮らすことになった、冒険者見習いの少年である。
「カルくん、どうしたんですか?」
その姿を見とめて、ギルド職員、受付嬢のリズが声をかけた。
「あ、ああ、別に。なんも。ところでなにか手ごろな依頼ってある?」
どうやらカルは、誰かに会いたくないようなそぶりであった。
リズは半ば心当たりがあるものの、それには触れず返答する。
「カルくんはまだ見習いですから、一人で仕事は受けられませんよ?」
「……」
そう答えるとカルは黙ってしまい、頭の後ろをボリボリとかく。
今までであれば、アキラの仕事にカルが同行するというケースが多い。
しかし近頃、カルが明確にアキラと顔を合わせるのを避けているのはリズも分かっていた。
男子には男子なりの世界があり、事情があるのでリズから特に口を挟むことはない。
「ウィトコさんが来たら教えてあげますから、中庭で待っていてください」
「ありがと。助かる」
気遣ってカルにそう伝えて、リズは自分の仕事に戻った。
その後カルは、ベテラン冒険者で講師でもあるウィトコに連れられて、城壁周辺の作業依頼に向かった。
業務のさなか、別のことをリズは考えてしまう。
カルが挙動不審なのは、おそらくはフェイ絡みだ。
間接的にアキラに繋がっていることでもあるだろう。
可能性として一番高いのは、カルはフェイに告白し、玉砕した。
そのときフェイは、おそらく自分がアキラを思っていることを、カルに伝えたのだ。
「私も、ハッキリさせないといけないんですかね……」
小さく呟き、仕事を片付けてリズはギルドを後にした。
その日のリズは遅番であり、退勤時刻もいつもより遅かったが、まだ夜は更けていない。
この時間に伝書鳩を飛ばせば、寝る前のフェイの元へ十分に余裕を持って届くであろう。
「……いきなり、泊まりに来いというから、なにごとかと思って心配したじゃないか」
しばらくして、リズが一人暮らしをしている部屋に呼び出されたフェイが来た。
「お仕事の時間がずれちゃってますから、最近あまり顔を合わせてないなと思って」
屈託のない笑顔でリズは言いながら、二人分の寝床を準備する。
そう、今日は女子同士のパジャマ・パーティである。
たまにリズはフェイを誘って、こうして二人でゆっくり夜を過ごすことが今までにあるのだ。
「まあ、元気ならいいんだ。顔色も思ったよりいいな。変則的な時間で働いているようだから、どうかと思ったが」
「ええ、ボスも気を遣ってくれてますし、おかげさまで無理はしてませんよ」
そんな他愛もない世間話をしながら。
「り、リズ!?」
いきなり、リズがフェイの体をぎゅっと抱きしめた。
なんの前触れもないことで、さすがのフェイも驚き、目を白黒させる。
「フェイさん、私、フェイさんのこと、大好きですよ」
「そそそ、それはもちろん、私も、リズをとても愛おしい、妹のように、思ってはいるが……」
あわあわとこれから一体どうなってしまうのか、気を動転させながら答えるフェイ。
フェイを抱き、後ろ頭を優しく撫でさすりながら、リズが耳元で言う。
「だから、どうなっても、大丈夫ですから。フェイさん、私に、遠慮しないでください」
「え、遠慮……?」
最初、フェイは言われたことの意味が分からなかった。
しかし長い間、自分を抱き締めているリズの胸の内が、その鼓動と共にじんわりと伝わって来て、理解した。
「り、リズ……い、いいのか、本当に?」
「はい、私も遠慮しませんから。私たち二人とも、思いっきり、行きましょう?」
にっこりと笑って、リズはそう宣言した。
フェイは呆気にとられて笑った。
リズは、退く気はないらしい。
その上で、どこからでもかかってこい、遠慮なしだと言っている。
そして、どうなっても大丈夫だと、言い切っている。
「……あ、ありがとう、リズ。実は、ずっと悩んでいたんだ。どうしよう、どうすればいいのだろうと」
「はい、知ってます」
見透かされていた。
フェイの懊悩は、歳下で妹分であるはずのリズに、すっかりお見通しだった。
これは確かに、遠慮するような相手でもないなと、フェイは清々しい気持ちになって。
はっきりと、リズの目を見て、声に出して、言った。
「私は、アキラどのが好きだ。惚れている」
「ふふ、ですよね。でも私、負けませんから」
女二人、こつんとおでこを合わせて、笑ってじゃれ合いながら、いつしか眠った。
フェイは、とても久し振りに、ゆっくり、ぐっすり、深く眠れた気がした。
次の日、リズはフェイに見送られて昼過ぎからの遅番でギルドに出勤した。
ロビーでは、依頼を求める冒険者たちがたむろして世間話を交わしている。
「この間まで城壁の前にいた国軍の連中、いなくなっているよな」
「山奥の調査に出発したのかしらね。あーあ、調査もギルドに依頼が出てたはずなのになあ」
「そう言わない。大討伐でずいぶん稼がせてもらった」
本来であれば、ギルドの冒険者とラウツカの衛士隊が合同で取り組むはずだった、雪山の調査。
調べるよりも早く魔物が攻めて来たことで、冒険者もラウツカの衛士も少なからぬ損害を負った。
公国の直轄軍が原因調査に赴く、ラウツカのものはそれを見送るというのは、傷を癒すためにも当然のことではある。
「自然発生した魔物があれほど群れてラウツカを襲いに来るということは、私はないと思っているんだがね」
出勤したリズを迎えた支部長のリロイは、そう漏らした。
「おはようございます、ボス。そうですね。なにかしらの意図や作為があって、この街が襲われたと私も思います」
「あまり嫌な予感は当たって欲しくないのだが、なかなかどうしてそうもいかないことが多い。まだまだ楽はさせてもらえそうにないようだ」
ぽきぽきと首を鳴らして、リロイは支部長の執務室に入っていった。
リズも、頭を仕事モードに切り替える。
日々の仕事を、冒険者のサポートを行う、その合間を見て、リズは各地のギルドから寄せられた情報を整理し、精査する。
未翻訳、未分類の雑多な情報がバシバシとリズの机の上で仕分けられていく。
リードガルドで主に使われている多種の言語を読み解くことができる、リズの異能がフルで発揮される。
この数多の、膨大な情報の中に、きっと希望の種が眠っているはずだとリズは確信しながら、今日も業務に邁進する。
邪悪な魔物を生み出している、魔王という存在。
それに抗し、打倒し得る、なにかしらの情報が、この中にきっと見つかるはずだと信じて。
リズは今日も、書類を睨み続けるのであった。
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