96 街を守るものたち、街で生きるものたち(6)

 その頃、西側のアキラたちがいる戦局。

 冒険者の部隊と市中衛士からなる部隊が、協力して壁を形成するような陣形で並び、魔物たちと戦っていた。

 敵が西方面に散開しすぎることを防ぎ、中央の仲間が多い地帯へ敵を押しやるためである。

 

「ここは、通さねえぜ!」


 アキラのトンファーが唸りを上げて、迫り来る骸骨タイプの屍鬼(しき)を叩きのめす。


 傍らで、怨鬼(えんき)の後頭部に、左フックをぶちかまして仕留めたカルが呟く。


「アキラ兄ちゃんのそれ、いいな」


 これがデビュー戦となる、見習い冒険者のカル。

 アキラのトンファーによる戦い方を横目で見て、彼が感想を述べた。


 カルは左手に布の帯を巻き付けて、その上から拳の威力を高める金具を装着していた。

 いわば、バンテージとメリケンサックだ。


「カルの方も、いい感じじゃん」

「ま、悪くないけど。背の低い敵って殴りにくいね」


 カルのこの装備は今回の戦いのために急遽、用意したものである。

 アキラの意見を参考にしつつ、自分の戦い方を考慮しつつ、カルが自分で思い付いた。

 装備しているのは左手のみで、右手は素手のままだ。


「今度、蹴りも教えてやろうか?」


 今までアキラはカルに、それほど多くのことを教えてはいない。

 左手でのパンチ、そしてフットワークなど足運びのトレーニングといった基本を、重点的にコーチしていた。

 あまり一度にごちゃごちゃ言っても、混乱してよくないだろうとの思いからである。


「いらない。体勢が崩れそうだし」


 この期に及んでも、生意気を言うカルだった。

 しかしアキラは逆に感心した。

 混戦乱戦の状態にあって、蹴りを放って体勢を崩すのは確かに危険な行為だからだ。

 生半可な覚え方しかしていないのに実戦で蹴り技を多用するのは、リスクが高すぎると言える。


 なによりカルはまだ大人の男として体ができていないし、体重も軽い。

 敵の急所に狙いを定めて、的確に拳で殴る方が確実だ。

 教えるアキラと教わるカルの間で、その思いは共通のものだった。


「難しいこと考えないで、思い切りぶちかましときゃいいんスよ!」


 棍棒を振り回しながら、若干の興奮状態にあるクロが、そう叫んだ。

 戦闘が始まると、クロは文字通り、肉食獣のような闘争心をむき出しにする。

 アキラにとっては、それが力強く頼もしかった。


 そのように彼らが敵と戦い、食い止めている中。

 アキラたちのいる西側防御陣に、馬で駆けて来るものがいた。

 一人が馬を御し、もう一人がその後ろに乗せられている。

 後ろに乗っている衛士の青年は、体中のあちこちに傷を負っていた。

 

 強化魔法の使い手少女、エルツーはその様子を見て、馬に乗る彼らが突撃部隊の衛士だと悟った。


「も、申し訳ありません……こちらに、回復強化の得意な、冒険者のかたがいると聞きまして……」

「あたしよ! それくらいなら、さっと治せるわ!!」


 馬から降りた衛士のもとにエルツーは駆け寄る。

 見た目は傷だらけだが、どれも浅く軽傷だ。

 それよりも疲労の方が深刻そうだった。


「大地にあらせられます、力と癒しの精霊さま。どうかこの者にお恵みを……」


 エルツーが念じて唱えると、若い衛士の青年は見る見るうちに、その表情に活力を取り戻した。


「かたじけない! ご協力、感謝します!」


 完全復活し、力強くそう言って笑った衛士の顔。

 それを見て、エルツーは彼が誰であるのか、おぼろげながら思い出した。


「……郊外の森の詰所にいた、衛士さん?」

「はい、お久しぶりです。元気そうで、なにより……」


 衛士の青年もエルツーも、お互いを覚えていた。

 懐かしい再会に二人は破顔した。


 以前、アキラたちは大緑の魔物に襲われて、森の中の衛士詰所に助けを求めたことがある。

 エルツーは半ば気を失って言葉も話せない状態であった。

 しかし力を貸してくれた衛士の一人が彼であることを、脳裏の片隅で覚えていたのだ。


 エルツーはアキラとクロにも呼び掛ける。


「ああっ! あのときの衛士さんじゃないっスか!! 突撃隊に参加するなんて、強いんスね! カッコいいっス!!」


 クロも再会を喜ぶ。

 しかしアキラはその顔に見覚えがない。

 深手を負ってずっと意識がなかったアキラは、彼が何者であるのかを記憶しているわけもないのだった。


「アキラ、アンタが死にそうなときに、ラウツカの医院まで運んでくれた人よ」


 エルツーにそう紹介されて、アキラはこのとき初めて、命の恩人を認識した。


 壮健そうなアキラの身体を見て、衛士の青年は、安心と感嘆を漏らした。


「あの怪我も、すっかり良くなられたのですね。筋肉も落としていない。こうして今、共に戦えることに喜びを感じます」

「そんなの……俺だって、俺だって同じだよ! まさかこんなところで会えるなんて……!」

 

 大戦(おおいくさ)の最中である。

 泣いている場合ではない。

 しかし油断すると、ボロボロきてしまいそうなくらいに、アキラにとって嬉しい出会いであった。

 アキラは両目にあふれて来るものを必死でこらえながら、力強く笑って言った。


「絶対に、みんなで、勝とうな!」

「はい、自分の名は、トマスと言います! トムとお呼びください!」

「トム、本当に、本当にありがとう!」

「アキラ、終わった後にはぜひ、美味い酒でも!」


 そう言って若い郊外衛士は、中央の混戦地帯に戻って行った。


「おっしゃあ! やるぞぉーーーーーーッ!!」


 気合に一層の火がついたアキラは、周りのものが目を見張るほどの戦いぶりを見せた。

 

「アキラ兄ちゃん、あんまり飛ばすと、大事なときにバテるよ」


 カルが冷めた口調で言った。

 執拗に、的確に魔物の延髄や後頭部に狙いを定めて殴りまくりながら。

 カルの戦いは非常に効率がよく、ろくに防御を知らない魔物を次々に無力化していた。


 魔物でも、後頭部や頸椎に損傷を与えれば、行動不能にできるのだ。

 そのことにカルは早いうちに気付いて、ひたすらその部分を合理的、作業的に攻撃していた。


「はっはっは! 大丈夫! 気力も体力も120%だゼ!!」


 アキラは豪快に笑って言った。

 右のトンファーで打ち下ろすように殴り、左のトンファーを払うように叩き。

 敵の顔面を前蹴りで潰し、回し蹴りで敵の首を折っていた。


 技の多彩さと一撃の重量感はカルにはないモノであり、カルは少し、アキラを羨ましく思う。


 戦い続けているうちに、北東の方角から、聞き慣れない音が聞こえた。

 なにかが大きく爆発、炸裂するような音だ。

 おそらくは、ルーレイラが火薬を使ったのだろうとアキラは思った。


 一体どういう使い方をしたのかはわからないが、ルーレイラのことだ。

 きっとみんなを守るための、最善の使い方をしてくれたに違いない。

 アキラは信じて、なおも戦い続けた。



 中央の戦局で密になって、揃っていた敵の集団。

 それらはフェイたち突撃隊の仕掛けた攻撃を受けるたびに、侵攻の足並みを乱し、分散する。

 イワシやサバの大群に、獰猛なサメが突っ込んだときの混乱に似ていた。


 そうしてバラバラに、散り散りになった魔物たちが、西側を守るアキラたちの方にも流れてくる。


「グルルル……」


 そのとき、殺意と警戒のうめき声を、クロが放った。


 彼の鼻と脳が記憶していた、忌まわしき匂いが近付いてくるを感じたのだ。

 青かびと銅の錆の匂いが混ざったような、不快で、不吉で、不穏で。

 決して忘れられない、その匂い。


「クロ、来たのね。ヤツが」


 アキラたちが敷いている戦士たちの壁、西陣営の防衛線。

 それを「大量の、美味そうなエサの群れ」と認識した、緑の巨人の魔物。

 大緑という怪物が、地面を鳴らして、近付いて来たのだった。


「あ、あんな、デカい化物なのか……」

「武器が効かないんだろ!? 焼いて殺すのか!?」

「バカ! 火も毒も効かないって、言ってたじゃん!!」


 冒険者たちはその姿を見て口々に騒ぐ。


 エルツーも、近付いて来る大緑を見て、冬だというのに首筋に嫌な汗が流れるのを感じる。

 大きい。

 以前に出会った個体より、一回りは体が巨大で分厚いのだ。

 前にエルツーたちが遭遇した敵個体は、背丈がエルツーのほぼ二倍、3m前後だった。

 しかし今、遠目でも、エルツーにはよくわかる。

 今回現れた巨人の魔物は、それより一回りは大きいのだと。


 しかもその手には武器としてか「樹」が握られている。

 棒や枝というサイズではないのだ。

 冬の時期に森林の中にあるような、葉の落ちた樹木そのものだ。

 どこか森の中から、自分の体に見合う手ごろなサイズの樹を、地面から引き抜くかして入手した武器だろう。

 

「あんなの振り回されちゃ、誰も近づけねえよ……」

「一発でも喰らったらあの世行き!?」


 周りの冒険者たちの間に、すっかり怯え切った声が飛び交う。


 もちろん、百戦錬磨のベテラン経験者たちはそうではない。

 相手の様子を抜け目なく観察し、少しでも有効な手立てがないのかを考えているものもいる。


 しかし新人、初級の冒険者たちは口々に、怯懦と絶望を叫ぶ。

 その恐怖が連鎖的に広まってしまう。

 衛士と冒険者の大きな差は、これであった。


 街を守る公職の衛士は「平時でも油断せず、危機にあっても動揺せず」という精神状態を保てるように訓練されている。

 反対に、利得で動く冒険者たちは、調子がいいときと悪いときの、精神状態の差が激しいのだ。

 勝てないとわかったら、逃げればいい立場なので、それは仕方のないことである。


 しかし今の状況で、味方の士気が下がり、防御の陣が崩れるのは非常に不味い。


「みんな聞いて!!」


 現場を悪い空気が満たそうとした中で、エルツーは叫んだ。


「あの敵は、前にも冒険者と衛士が退治したわ!! 決して無敵の化物なんかじゃない!!」


 気迫に満ちた少女の声が、場の空気を一変する。

 誰よりも小さいような少女が、自信満々に言っているのだ。

 すっかり縮み上がっていた冒険者も、その体の震えを止める。


「北門の鬼の隊長さまは、たった一人であの敵を倒したの! いくら隊長さまが強くても、一人で倒せる程度の敵なんだってことよ!」


 物は言いようである。

 フェイと相手の一対一で、誰の邪魔も入らない状況だからこそ全力を出せたというのが真相だ。

 仮に衛士が十人がかりで大緑と対峙し、フェイがトドメを刺したとしても、それまでに巻き込まれてしまえば犠牲はゼロではない可能性が高い。


 エルツーはその部分を意図的に黙っている。

 自分たちは勝てる、相手を倒すことはできる、それだけを伝えて印象の操作をしているのだ。


「ひ、一人で、か……」

「武器以外は、効くんだよな?」

「知能は低いって噂。塹壕や木の杭で、動きを簡単に止められるんじゃ?」


 冒険者たちの瞳に光が戻る。

 エルツーの呼びかけは、ある程度の効果を得ていた。

 さらにエルツーは大声を出して、こう言った。


「あたしはエルツー! 北門の隊長さまがあの巨人を倒したとき、強化魔法をかけた冒険者よ! あたしの魔法で絶対に勝てる! そして!」


 アキラの体を引っ張って来て、こう続けた。


「ここにいるアキラは、あの北門の隊長さまに、武芸で勝ったこともある男よ!!」


 どよどよ、と周囲がざわめく音声が、ハッキリと鳴り響いた。


「お、おいおい、エルツー、ちょっと、困るんだけど、そういうの」


 変な注目をされてしまったアキラが非難の目を向けるが、エルツーは意に介さない。


 エルツーの言っていることは、決して嘘ではない。

 事実、アキラはフェイと行う武術の稽古で、一本を取ることが何度かある。

 それはもちろん真剣勝負ではなかったり、他に色々とアキラに有利な条件が働いてのことだが。

 

「北門の名物隊長サンにかよ……あんな、とぼけた顔した兄ちゃんがなあ」

「あのアキラってやつ、前に港の倉庫で三、四十人くらい半殺しにしたって噂だぜ」

「私は、あの子たちはけっこうやるって、前から思ってた」


 十倍くらい尾ひれがついた風評も聞こえはするが、そこにいるほぼ全員の表情に、希望の色が戻った。

 

「だから、あの敵はあたしたちに任せて! みんなは、それ以外の敵を、なるべくあのデカブツの周りに近付けないで!」


 その言葉に冒険者は呼応し、士気をすっかり取り戻した。


「任せとけ、嬢ちゃん!」

「お前らも負けるなよ!!」

「今度一緒に冒険、行こう!」


 準備は、ほぼ万端。

 最後に一つあるとすれば。


「スーホ! ちょっとこっちに来なさい!」


 エルツーは一人の、エルフ族衛士の名を呼ぶ。

 連絡役として白馬に乗り、戦場の中を右へ左へ走りまわっている途中の、フェイの後輩である。

 ルーレイラの音魔法通信石は数が少ないので、実際に走り回る役も必要なのだ。


「あんなことを言って、大丈夫なのか」

「平気よ。それより頼みがあるんだけど」


 二人は顔なじみである。

 エルツーの親戚が管理している空家を、スーホは新居として借りる予定があるのだ。


「頼みとは?」

「あたし、これから魔法を使うんだけど、立って歩けなくなるまで消耗しちゃうのよ。安全なところまで、その馬で連れてって」


 これでなにも、後の憂いはない。

 エルツーはアキラ、クロ、カルの三人を集めて、自分の周りに立たせる。

 これから大緑と対決するこの三人に、文字通りの、全身全霊を込めて、身体強化、運動能力向上の魔法を施すのだ。


「あ、エルツー。俺はいいよ。アキラ兄ちゃんと、クロにその分、魔法かけて」


 しかし、カルはその魔法を受け取らなかった。


「カルは元々見習いだからここまで付き合わせるつもりなかったし、そうね、下がってなさい」


 小僧だからとバカにしているわけではない。

 むしろ今までよくやった、という気持ちでエルツーは言った。

 しかしプライドの高いカルは、半人前扱いされたことに口を尖らせる。


「違うし。ってか逃げないし。俺はちゃんと考えてるから、その分、他の二人を強くしてくれた方が絶対にいいってこと」

「エルツー、カルは頭のいい子だ。きっと大丈夫だよ。信じよう」


 トンファーを手放したアキラが、ぎゅ、とエルツーの手を握りながら言った。


 カルが生意気で小賢しいことは、かえってアキラにとって安心材料である。

 自分が死ぬような無茶をせずに立ち回る勘のようなものが、カルは優れているとアキラは見ているのだ。

 もっとも、それは少しだけ、アキラに誤解があるのだが。


「危なくなったらすぐ逃げるんスよ、坊主。大丈夫、俺たちに任せるっス」 

 

 クロが棍棒を捨て、エルツーのもう片方の手を握る。

 初級冒険者、なにをするのも一緒の仲良し三人組。

 ただの馴れ合いではなく、心から信頼し合い、文字通り死線を共にして、命を預け合う、そんな三人。

 お互いに目を見合わせて、力強く頷いた。


 エルツーが、強化魔法の詠唱、精霊たちへの祝詞を始めた。


「天と地を統べる、万物の長たる神々に願い申し上げます!! このものたちに、大いなる勝利と栄光を!」


 手を繋ぐ三人の体が、ぼんやりと青白く光り始めた。

 近くの衛士や冒険者たちは、迫り来る敵から三人を守るために、懸命にその武器を振るった。


「じゃ、俺もやるとすっかな」


 カルは走る。

 敵の大緑と自分たちとの間にいる、障害物となりうる雑魚を、先行して倒すために。

 その後に訪れるであろう局面で、自分の力を全力で発揮するために。


 一歩間違えば死ぬような絵図をカルはその脳裏に描いているが、まったく死ぬ予感がしない。


 エルツーが強化魔法の最後の仕上げに入り、力を込めて叫ぶ。


「世の理を正し、魔を闇の奥底に葬るそのお力をお与えください!! この小さきものの願いを、どうかお聞き入れくださいませ!!」


 ぶわぁん、と周囲の空気が揺れた。

 猛烈な力のうねりが一帯に巻き起こり、それがすべてアキラとクロに、注ぎ込まれた。


「っしゃぁぁ! もう誰にも俺を止められないっスよぉ!?」 

「……エルツー。勝って来るよ!!」


 クロとアキラは、わき目もふらずにまっすぐに走り出し、大緑のもとへ向かった。


「頑張って、きなさい……」


 ふらついて地面に倒れ込みそうになるエルツーの体を、スーホや周りにいた衛士が受け止めた。

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