95 街を守るものたち、街で生きるものたち(5)
ルーレイラの精霊魔法と祈りから生み出された、炎の精霊戦士。
その名も炎のアキラくんは、休みなく戦い続けた。
「ヴギィ!?」
知能の低い魔物の怨鬼(えんき)であっても、その炎の戦士が、なにやらおかしな存在であることはわかるようだ。
戸惑って混乱し、攻撃を躊躇している間に、怨鬼たちはどんどんと倒されていく。
炎パンチ、炎回し蹴り、炎エルボー、炎ヒザ蹴り、炎頭突き。
地味ではあるがなにげに多彩な技を繰り広げて、どんどんと敵を狩っていった。
「進め! 炎のアキラくん! 醜悪な屍鬼(しき)の親玉を、その拳で焼き尽くせ!!」
ルーレイラの叫びに呼応するように、精霊戦士、炎のアキラくんはのしのしと前進する。
味方の衛士や冒険者たちは、その異形に気味悪がって誰も近寄りはしなかった。
もっとも炎のアキラくんは恐ろしく熱いので、あまり近寄らない方が安全である。
「ドラック! 僕たちも行くよ! 炎のアキラくんと共に!」
万が一にも炎のアキラくんから火傷を受けない程度には距離を取って、ルーレイラも歩き出す。
「おめェさんは、その名前を大声で連呼して、恥ずかしくねェのかよゥ……?」
若干の羞恥を抱きながら、ドラックはルーレイラを護衛し、戦線の前に出て行くのだった。
目指すは敵の、悪しき魔法使い。
氷と風の力を操る、屍鬼の親玉を焼き尽くすため、炎のアキラくんは進み続ける。
ルーレイラは、自身の魔力、精霊神への信仰の力で炎のアキラくんを顕現させ、動かしている。
両者の距離が離れてしまうと、炎のアキラくんは戦う力を失って、ついには灰と化してしまうのだ。
そのため、白兵戦闘向きでないルーレイラも、一緒に前線に出なければいけない。
「いくらアキラのことを気に入ってるからって、これはねェだろォ……」
ドラックは小声で突っ込む。
寄って集る怨鬼、屍鬼たちを、大ナタを振るい倒しながら、ルーレイラと共に歩く。
しかし。
「昔からこういう、おかしい”博士サマ”だったからなァ……」
長い付き合いでもあるため、ルーレイラの奇行に、彼も次第に納得した。
彼らの眼前に、遠目ではあるが他の屍鬼より一回り大きい魔物が、姿を見せる。
上位屍鬼が炎のアキラくんを視界に収め、攻撃を仕掛けてきた。
「ブフゥーーーーーーー!!」
魔物の攻撃、突風とそれに乗った無数の氷の弾丸が彼らを襲う。
『シィッ!』
短く叫んで、炎のアキラくんは両の掌を前方に突き出し、防御の構えを取った。
空手で一般的に「前羽(まえば)の構え」と言われるスタイルだ。
すると、薄い炎の壁が前面に展開した。
精霊魔法による、炎の防御壁である。
自分の体を構成する炎の一部を使い、薄い壁に形を変えたのだ。
吹雪や氷のかけらが飛んできても、高熱で完全に蒸発させてしまった。
「スゲーな、オィ!?」
氷結魔法への防御に身構えていたドラックも、これには素直に驚き、賞賛した。
「見たか! 炎のアキラくんは、ただ殴るしか能がない操り人形じゃないんだぞ!」
炎のアキラくんは、ある程度の自律行動と状況判断による対応ができるようだ。
こんな人形を作って戦わせるというのは、長い付き合いのドラックであっても、見たことのない高度な魔法だ。
「ヒィヤァーーーーーーーー!!」
上位屍鬼は歩みを止めて、狂声を上げながらなおも執拗に攻撃を続ける。
風と氷による攻めは苛烈さを増して行く。
しかし炎のアキラくんはその歩みを止めることなく進み続ける。
防御の手を前に構え、じりじり、のしのし、と敵との距離を詰め、とうとう拳が届く距離まで到達し。
『カァーッ!!』
気合一発、正拳上段突きを放った。
しかし、その攻撃は当たらなかった。
「キキュウゥ!!」
拳が当たる寸前、空を飛ぶ大トカゲが現れて、上位屍鬼の体を掴んで上空に飛んで行ったのだ。
「あ、マズいなこれは」
まさか大物二匹と一度に戦わなければいけないということを想定していなかったルーレイラは、素に戻った声を漏らした。
上空に持ち上げられた屍鬼は、そのまま氷結の攻撃を繰り返し、地上のルーレイラたちや、他の戦闘員たちを襲い続ける。
「どうすんだァ、おいィ!? 攻撃が届かねーぞゥ!?」
相手の氷結魔法はそこまで広範囲、遠距離では効果を発揮しない。
だから大トカゲと屍鬼が浮かんでいるのも、それほどの高度ではなかった。
しかし刀剣や槍による攻撃はさすがに届かない。
周りの冒険者や衛士たちが矢を射かけても、屍鬼の風の防御で狙いが逸らされてしまうのだった。
投げ槍を試みるものもいたが、トカゲはなかなか機敏であり、避けられてしまう。
ルーレイラは炎の壁に守られながら、対抗策を考える。
「矢より重くて、投げ槍より速くて、回転しながら飛んでいくような武器なら、風の壁を切り裂いて届くんじゃ……」
そのことを思い付いても、実現するための準備が必要だ。
空飛ぶトカゲも毒液を吐いて攻撃してきている。
ここに長居していても、こちらに有利な展開にはならない。
一旦退却するか、ルーレイラがそう考えていたとき。
ヒュンヒュンヒュンと空気を切り裂き、高速でなにかが飛んでくる音がした。
そして。
ゴズッ!
と鈍い音がなり、大トカゲの魔物が叫び声を上げた。
「ガギャァーーーーー!」
翼の力を失った大トカゲは、高度を落として地面に着陸した。
よく見ると右の翼の根元に、なにかが食い込んでいた。
中型の投げ斧だった。
重さも殺傷力も高いその武器が、大トカゲの羽に見事に損傷を与えていた。
「暗いからどうかと思ったが、当たったか」
「わぁ!」
唐突に背後から聞こえた声に、ルーレイラが仰天して叫んだ。
振り向いた先には、ネイティブアメリカン、スー族出身の中級冒険者、ウィトコが自身の愛馬に乗っていたのだ。
投げ斧、いわゆるトマホークによる投擲攻撃は、弓矢よりも得意かもしれないウィトコの必殺技だ。
矢より重く、少々の風の抵抗には左右されない遠心力、回転力を持っている。
羽の付け根、可動域となっているその部分は敵の体の中でも鱗による防御が薄い。
そのわずかな急所に、寸分違わぬ狙いでウィトコの攻撃が見事に命中していた。
「ウィー、驚かすんじゃあないよ。てっきり城壁の方にいるか思ってた。きみにはしばらく、音の魔法の連絡はしてなかったし」
「炎が、歩いているのを見た。どうせお前の仕業だろうと思って、様子を確かめに来た」
ウィトコは無表情でそう言った。
彼もルーレイラとはもう長い付き合いである。
戦局を動かすための、なにか重大なことをルーレイラが仕掛けたのだと思い、城壁から馬を飛ばしてここまで来ていたのだ。
「んじゃ、トドメと行くかァ!」
『コォッ!』
ドラックの呼びかけに、炎のアキラくんが応える。
二人、地上に降りた大トカゲと、吹雪を使う屍鬼を仕留めるため、走った。
炎の壁が、毒トカゲの吐く粘液を蒸発させ、防ぐ。
「おっりゃァ!!」
隙を見てドラックが、大トカゲの前足に自慢の大ナタを振るう。
魔物の鱗は硬かったが、ドラックの膂力と武器の重量はそれを上回り、その前足が刎ね飛ばされる。
「ッしゃあッ!! どんどん行けェ、野郎どもォ!!!!」
「うぉおおおおお!!」
動きの自由を失った大トカゲは、遠巻きにトカゲの様子を窺っていた冒険者、衛士隊の総攻撃を浴びる。
あるものは斧で、あるものは槌で、あるものはトゲのついた棍棒で。
魔物の体を、これでもかと力任せに打ち据える。
「ガ、ギ、グゥ……」
毒を吐く大トカゲはその猛烈な袋叩きを食らっていくうちに、じき力尽き、物言わぬ肉塊と化した。
一方、炎のアキラくんは上空から地面に投げ出され、弱っていた屍鬼を捕捉していた。
氷の魔法でなおも抵抗しているが、少々寒いくらいの吹雪しか生み出せないほど、魔物は消耗していた。
『ホォウ!!』
炎のアキラくんは雨あられのようにパンチとキックを浴びせる。
そしてトドメとばかりに、敵の体に前から抱き着いた。
さば折り、あるいはベアハッグと呼ばれる類の攻撃だ。
「ブフラァーーーーーーーーーーー……」
断末魔と共に、上位屍鬼の魔物は、ボロボロの消し炭になり、崩れた。
「よくやったね、炎のアキラくん! あとこっちはザコだけだ!!」
大物の討滅、その勝利にルーレイラが心から喜んだ。
「まァ、その”ザコ”が、やたらめったら、多いんだけどなァ……」
まだまだ、うじゃうじゃといる魔物たちを見渡して、ドラックはため息をつきながら武器を構え直した。
馬上で矢を放ち、ナイフを投げ、そのほとんどを敵の急所に命中させているウィトコ。
彼がドラックに、珍しく笑った顔で、言った。
「いつだかの、邪竜よりは、楽な仕事だ」
過去、この三人のベテラン冒険者は、超大型の悪しき竜の魔物を討伐する依頼に参加したことがある。
その戦いは凄惨なもので、何人もの冒険者が命を失い、ウィトコもドラックも、浅からぬ傷を負った。
しかし彼らは仕事を果たし、生き残り、今もこうして共に戦っている。
「はァ、ちげえねェ!」
ウィトコの笑顔を見て、ドラックも楽しくなり、笑って答えた。
あのときの邪竜に比べれば、この程度の敵など、毛ほどの恐怖もない。
しかし、気合を入れ直した二人と対照的に、ルーレイラはヘロヘロの有様でこう言った。
「ちょ、ちょっと張り切り過ぎて、魔力が切れそうだ……僕はもう撤退するよ……」
炎のアキラくんに護衛されて、ルーレイラは城壁まで、すごすごと戻って行った。
ルーレイラが魔法の使い過ぎで力を使い果たすところなど、長い付き合いのドラックやウィトコでも見るのは珍しい。
精霊戦士を使役させるというのは、それだけ多くの魔力や気力を消耗するのであろう。
去り際、ルーレイラはこうも言った。
「二人とも、くれぐれも無茶をし過ぎないようにね!」
精霊戦士、炎のアキラくんという新しい力を得て、大はしゃぎのルーレイラだったが。
変わらずいつもの、安全確実を期する、頼もしい上級冒険者であるのだった。
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