94 街を守るものたち、街で生きるものたち(4)

 フェイのいる突撃部隊の頭上を越えて、無数の矢と石のつぶてが敵の群れに飛んでいく。

 その攻撃により、まるで大魚の群れのようにひしめいている敵勢の前面が崩壊し、その歩みを鈍らせた。


 遠距離攻撃の固め撃ちがいったん、収まる。

 大型の投石機や大弩、あるいは強力な遠隔攻撃の魔法は、二発目を撃つのにしばらく時間がかかるからだ。


 フェイたちの後方に控える大隊の指揮官、今回の戦の総大将である衛士長の陣から、松明の合図があるのを、フェイは確認する。


「行くぞお前たち!! 突撃だッ!!」


 猛然とフェイたち衛士の騎馬部隊が、魔物の群れの中央にぶつかっていく。


「でっやあああああああああああああああああ!!!!!」


 叫び声とともに、もちろん、フェイが真っ先に敵の群れに槍を振るった。

 まるで戦場に現れた、小さな台風だった。

 フェイが槍を左右に振るうたびに、敵の主力を成す怨鬼、骸骨屍鬼たちが五匹、十匹、二十匹と、首や胴を断ち割られ、薙ぎ払われていく。


「うおおおおおおおおおっ!!」

「隊長に続けええええええ!!!!!!」


 ときの声を上げて他の隊士もフェイの後を追う。

 功を競うように武器を振るい、魔物たちを屠っていく。

 そのさまはまるで、モーゼが海が割る光景のように魔物の群れの中心が割れて、溝のような道ができて行く。


「ギィィ!!」

「ニンゲン! ニクイ! タベル!」

「オンナ! オンナ! オレノエサ!!」


 魔物たちの叫びと攻撃にさらされ、集(たか)られながら、それでもフェイたちの怒涛の進撃は停まらない。

 首を刎ね飛ばされ、腕や足を叩き折られ、頭や胴体を潰された魔物の死体が、瞬く間に量産されていく。


「右前方に異形の敵あり!!」


 他の衛士が伝える声が響く。

 声があたり一帯に、遠くまでよく響く魔法の持ち主だ。

 その若い男が、北門衛士三番隊の所属であることを、フェイは知っている。


 フェイから見て右前方に、普段はあまり見ることのない、魔物がいる。

 周囲の魔物より体が大きい、腐乱死体のような顔をして、ボロボロのローブのような服を身にまとっていた。


「あれが上位種の屍鬼と思われます!」


 目のいい衛士がそう叫んだ。

 彼女は市中警邏の衛士だが、フェイと顔を合わせるたび、転属して北門衛士になりたいと言っていた。

 突撃部隊に志願し、選抜の末に認められたときは、涙を流して喜んでいた。

 

 フェイは馬の勢いを右に変える。

 一刻も早く、相手がおかしなまじないを使う前に、上位種を倒そうと突き進む。


「うぉおおおおおおおおおおおおっ!! どけどけぇぇええええええッ!!!」


 フェイの敵を斃す勢いは、回転のこぎり刃を持った芝刈り機のようですらある。

 彼女の振るう槍の攻撃は実際に誰の目にも止まらないくらい、速く縦横無尽だった。 


 しかし、上位屍鬼にもうじき槍が届くかと思われたそのとき。


「邪魔だぁッ!!!!」


 フェイが槍を振るって倒そうとした敵。

 その攻撃は弾かれて、ダメージが通らなかった。


「チッ! 生意気に硬い!!」


 相手は石の鎧で身を覆った、骸骨兵士だったのだ。


「どぅおりゃああぁ!」


 槍より重い攻撃を放てる、戦槌を持ったハーフドワーフの衛士が、骸骨の魔物を石鎧ごと粉砕するように屠った。

 一番隊の、フェイの後輩である。

 近しい仲間の活躍は、フェイにとってなによりも誇らしく、嬉しかった。


「やるな!」

「いえいえ、まだまだですわ!」


 この戦場でもフェイにぴったりついて来て、勇ましく戦ってくれている。

 頼もしい仲間とともに、フェイは上位屍鬼めがけて再び突進するが、その直後。


「ブファーーーーーーッ!!!」


 不吉な叫び声と同時に、敵の魔法のような攻撃が襲ってきた。

 突撃隊の進みは、ここで一度、止められてしまった。


 吹雪だ。

 冷気の風と、無数の雪や氷のつぶてが猛烈にフェイたちに向かって吹きつけたのだ。


「ぐっッ!!」


 フェイを含む突撃部隊は全員、熱や冷気、毒、そして精神系魔法攻撃への耐性を得られる防御魔法を、その身に施されている。

 敵におかしな魔法を使う上位種がいると情報を得ていたので、その準備ができたのだ。


 しかし、完全にダメージをゼロにできるわけではない。

 特に氷のつぶてが当たってくる物理的な痛み、そして風圧は厄介だった。

 前髪を横に分けて流している、露出されたフェイの額にも、血が流れた。

 戦闘が長引いて防御魔法の効果が切れてしまえば、犠牲者が増える可能性は上がって来るだろう。


 ひとまず馬は無事だ。

 まだまだ、走れる。


「地の底へ還るがいい!! おぞましきモノよ!!」


 短弓を持っているエルフ衛士が、どことなく芝居がかった台詞を叫んで上位の屍鬼に矢を射かける。

 彼は少し女性関係にだらしないと噂の、北門七番隊の小隊長である。


 私生活はともかくとして、細剣と短弓の名手なのは間違いない。

 見事に的確なその一撃は、敵の喉元をめがけて勢いよく飛んでいくが。


「……やったか!?」


 しかしその矢は当たることはなかった。

 相手の体の周囲を覆う、風の防御魔法に押し戻されてしまったのだ。


「なまじっかな矢ごときの攻めでは、あのモノには届かぬ……!」


 やはりどこか芝居じみたことを言いながら、悔しがっていた。


 フェイはルーレイラから預かっていた魔法の通信石を使い、その声を飛ばす。


「ルーレイラ、東の敵の群れに、吹雪と氷のまじないを使う奴がいる!!」

『きみ、大丈夫なのかい!?』

「かすり傷だ! しかし、どうやら風の防御魔法も使っている! 私たちの隊では手こずる! なんとかしろ!」

『軽く無理難題を言ってくれるねえ。わかったよ、なんとかしよう』


 ルーレイラを信頼しているからこその、フェイの要求であった。


 フェイから少し離れているところで戦っていたものは、冷気の攻撃を免れた。

 まじないを使う上位の魔物が放った吹雪の射程は、どうやら限られているらしい。


「あのおかしなのには近付くな! 他の敵を殲滅することを優先しろ!!」


 強力で危険な敵だが、有効な対処法はある。

 フェイはそのことを信じて、別の獲物を殺すために、さらに馬を走らせて槍を振るい続ける。


 敵陣の後方を、ゆったりと飛行する大型の魔物がフェイの目に見えた。

 さすがに槍と馬では攻撃を当てる手段がない。

 しかし、魔物がこちらを攻撃するために、地上の近くまで下りてくる可能性はある。


 フェイは進路上の敵を、言葉のとおりバッタバッタと薙ぎ倒して、宙を舞う魔物がいる方に突き進む。


「私はここだ、臆病者!! かかってこい!!」


 挑発行動にどれだけの意味があるかは不明だが、自分を鼓舞する意味も含めてフェイは叫ぶ。

 魔物を次々と葬りながら大声を上げているフェイは実際、敵勢の中で目立つ。

 空中の、大トカゲに翼が生えたような魔物の注意をひきつけることに、フェイは成功した。


「グッ、キアァ……」


 おぞましい声と共に、魔物はなにかの粘液を、大きな口を開けて吐き出した。

 フェイははその攻撃を軽く避ける。

 しかし敵の吐いた粘液が地面に落ちたとき、飛沫がフェイの乗る馬の脚にかかってしまった。


「ヒヒーーーン!!」


 じゅわぁぁ、と音を立て、馬の右前脚が、溶けた。

 なにか、酸の性質がある毒性の粘液を敵は使うのだ。


 フェイたちの乗る馬にも軽く防御魔法はかけられている。

 それを通り越して損害を与えてくるということは、これはかなり危険な攻撃である。


「くそったれが!!」


 フェイは悪態をつきながら、空飛ぶ毒トカゲから離れる。

 馬がやられてしまったのは、大きな痛手だった。


『おやおや、小隊長どのはずいぶんとお口が汚いようで』


 しかしその言葉を、通信石越しにルーレイラが聞いていた。


「うるさい、忘れろ! こっちは大変なんだ!」


 文句を返しながら、フェイは大トカゲのことをルーレイラに伝える。

 毒の粘液を口から吐いたということは、牙や爪にも毒がある可能性が高い。

 夜であり、上空でよくわからないが、体中もそれなりに硬そうな鱗でおおわれているように見える。

 地面に引きずりおろして戦うのも、楽な相手ではなさそうだ。 


「おそらくコイツが一番厄介な相手だろう。任せてばかりで済まないが、どうにかできそうか?」

『少し時間をくれればいい手を考える! 気を付けるんだよ!』

「安心しろ、まだ死ぬつもりはない、死ぬ気もしない」


 任せる仲間がいることの心強さを感じながら、フェイは戦場で、槍を振るう。


「どうか、折れないでくれよ……」


 フェイの持つ槍には、硬化の付与魔法がかけられている。

 ちょっとやそっとの敵を攻撃しても、刃こぼれもしなければ折れもしない。

 しかし、フェイの倒している敵の数は常識の範疇を超えている。

 いつ、槍にかけられた魔法が効果を失って、酷使され続けた武器が壊れてしまうのか、まったくわからない。


「ウォン隊長! 自分の馬をお使いください!!」


 フェイに馬を代わりに与えようと、一人の若い並人の衛士が寄って来て言った。

 馬の脚が敵の攻撃にやられたので、今のフェイは地面の上に立って戦っているのだ。

  

 そう言っている衛士の顔や体も、傷だらけであった。

 彼は郊外の山の詰所で働く衛士だが、急いでラウツカに駆けつけてこの城門防衛戦に参加しに来た。

 もちろんフェイは、その顔もしっかり覚えている。


「ありがたい。貴官は一度、回復に戻れ、無茶はするな」

「自分は、自分もまだ、戦えます!」


 息を荒くし、青年衛士はそう叫ぶ。

 しかし背後に敵が迫っていたのに、彼の反応は遅れていた。

 フェイはその魔物を槍であっと言う間に串刺しにして、言った。


「まだ楽をさせてやるつもりはない。西の冒険者部隊に回復の魔法を使う知り合いがいる。傷を治して、すぐに戻ってこい」 


 そうしてフェイは近くにいる別の騎馬衛士に、傷を負った青年を西陣営へ運ぶように指示を出した。

 深手を負ったり疲れたものは、すぐに下がれとフェイは隊員たちに指示している。

 各部隊には治療や回復を担当するものもいるから、対処してすぐに戦線に戻れる可能性が高いからだ。

 

「ウォン隊長! ご武運を!」

「ああ、お互いにな」


 フェイはその青年が使っていた十文字刃の槍も借り受ける。

 とうとう硬化の魔法が効力を失い、フェイの槍は刃が欠け折れてしまったのだ。

 借りた槍を構え直し、フェイは叫ぶ。


「まだまだ、たくさん殺してやる!! 次はどいつだ!!」


 再度、魔物たちが密集している地帯に突撃していく。

 そのまま戦場の高揚に身を委ね、ひたすら馬を駆り、槍を振るうのだった。



 戦場の中央前方でフェイたち突撃隊が敵の数をどんどんと減らしていく、その一方。

 ルーレイラたちの、城壁前東側、右翼の冒険者陣営。


 大きな大きな、かがり火が炊かれていた。

 まるでキャンプファイヤーのような規模で、ぱちぱちごうごうと炎は燃え盛る。

 ルーレイラは、じっとそれを見ていた。


「ドラック、きみは投擲がなかなか得意だったよね?」


 傍らにいるドラックに、ルーレイラは確認した。


「ああん? ウィトコ程じゃねェがまあ、苦手じゃねーぜェ。それより、俺も”魔物”どもを迎え撃つ方に、行った方がいいんじゃねェかァ?」


 かがり火の向こうでは、衛士の突撃を免れた魔物たちが侵攻してきている。

 しかし、塹壕や槍衾などがあるおかげで、魔物の進みは遅い。

 冒険者や衛士たちが力を合わせて、敵を食い止めるのもなんとかなっている、という状況だった。


「ドラックには僕の身を護ってもらいながら、大事な仕事を他にもしてもらうからね。まだ前には出ないでくれたまえ」

「ンだよ、大事な仕事ッつーのはァ?」


 ドラックの疑問にルーレイラは応えず、通信石を使って各所と連絡を取り合っている。

 それぞれの持ち場からもたらされる情報の取りまとめ役は、主にルーレイラが行っていた。


「僕たちのいる東側が、なんか一番、不味いかもなあ……」


 吹雪の攻撃と風の防御を使う屍鬼。

 空を飛び、強力な毒を吐く大トカゲ。

 それらの話をフェイから聞き、他の隊に伝える。


 苦笑いしながら、ルーレイラはドラックに頼みごとを言った。


「僕ちょっと、これから大事な話を炎の神さまとしなければいけなくなったので、ドラック、色々諸々任せたよ」

「またいつもの『僕を守れ!』かァ!? ま、いいけどよォ」


 慣れっこになったその役目を預かり、ドラックは軽く笑った。

 持っている革袋を火に近付けるな。

 ドラックはそう指示されていたので、少し離れたところで武器を構えて、ルーレイラを見守った。


 かがり火の前に座り込んで、ルーレイラは目を閉じる。

 その距離では熱くてたまらないのではないかというくらいに近いところで、ルーレイラは祈りの言葉を、炎の神に捧げる。


「小さきものが、大いなる神に願い奉ります。我、ここに新しき力を得ることを望みまする。形なき、熱と炎のそのお力を、形ある像と為し、新しき友を得ることを、どうかお許しくださいませ……」


 ルーレイラはかがり火の前に平伏し、炎の神を讃え、寿ぎ続ける。


「邪を払い、悪を討ち、魔を滅ぼす、その力を持つ新しき友を得るために、我、ここに新しき贄を捧げまする。篤く神々を畏れ敬う、その証をどうかお受けくださいませ……」


 そう言って、ルーレイラは自身の髪の毛を首の後ろでギュッとまとめ、そこからバッサリと切り落とした。

 黙って見守っていたドラックは、それが神に儀式として捧げる生贄なのか、と胸をざわつかせながら思った。


 ルーレイラの毛髪を燃料として足され、ブォウ、と音を立てて炎が勢いを上げた。

 しかも、炎の色が変わっていた。

 木材や油が燃える橙色の炎から、ルーレイラの髪の毛に似た、血のように濃い真紅の姿に、炎の柱は色を変えた。


 前線では、魔物の群れが冒険者たちを押しのけ、塹壕を越えてこちらに侵入し始めている。


「おい、ここは危ねェ! 火に引き寄せられて、魔物が寄って集まって来てんぜェ!!」


 ドラックがそう叫ぶ。

 魔物にも若干の知性があり、そのおかげか「火の近くには人がいる」ということを理解している。

 そのために魔物たちの群れが、ルーレイラの座るかがり火の前まで押し寄せようとしていた。


「もうお話は終わったから、大丈夫だよ!」


 ルーレイラはそう言って走って下がり、ドラックのもとへ寄る。


「なんの”お願い”を、してたんだかなァ?」


 そして、ドラックの屈強な掌におさまっている、粉の入った皮袋を指して、こう頼んだ。


「その袋を、遠くから炎の中に投げて、入れてくれたまえ。投げたらすぐに、耳をふさいだ方がいいよ」

「ああン? これを、燃やしちまうのかァ? まあ、やれって言われたら、やるけどよォ……」


 二人はさらにその場から数歩下がる。

 ルーレイラは、全力で声を張り上げて叫んだ。


「他のみんな、火から離れろ! 耳をふさぐんだ!!」


 十分な距離を取って、ドラックは皮袋を、炎に向かって放り投げる。

 かがり火に向かって、さらにドラックやルーレイラに向かって、魔物たちが何匹も、向かってくる。

 ドラックが投げた皮袋は、狙いを違わず見事に炎の中に飛び込んで行った。

 乾燥して古くなっていた袋は、瞬く間に炎に燃やされる。

 そして、中の薬品が引火する。

 

 ドバァン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 と、激しい爆発音が鳴り響いた。

 音と空気の衝撃で火の周囲にいた魔物の何匹かが混乱し、方向を見失ってうろうろしていた。


 袋に入っていたのは、アキラが試作を繰り返していた、火薬であった。

 内容は木炭、硫黄、そして窒素系化合物である硝石と呼ばれる物質の粉末を混ぜ合わせたものである。

 火薬の中でも、原始的な黒色火薬と呼ばれる代物だ。


 しかし少量で、なおかつ試作品であるために実用性は低い。

 原料以外の不純物も混じっており、爆発を効率よく起こすのに適した品質ではなかったのだ。

 周囲の敵を倒すほどの威力はない。

 炸裂した音は激しいが、それも一瞬のことだ。


「も、勿体付けて、これだけかァ!?」


 ドラックが落胆して、苦情を入れる。

 普通に彼が大ナタを振るって戦った方が、敵に対する攻撃性能はもちろん高い。


「これからだよ。上手く行っていればの話だけれど……」 


 静かに笑いながら、ルーレイラがなおも燃え続ける炎を見つめる。

 真紅の炎はごうごうと火柱を立てて、その姿をどんどん変えていった。


「な、なんだァ、ありゃァ……?」


 ぐにゃり、と大きく、炎の姿が変わり、そしてその変化を終わらせた。

 紅蓮が、人の姿を取って、地面に立っていた。


 精霊の力から作られた、炎の戦士。

 自身の髪と、新たにこの世界で作られた火薬という触媒。

 そしてもう一つ、ルーレイラにとってかけがえのない、あるものも。

 数々の供物を火の神に捧げることで生まれ得た、熱き炎の精霊戦士がそこにいた。


「汝に名を与える! その名は、炎のアキラくん!!」

『コハァ―……』


 ルーレイラの呼びかけに「炎のアキラくん」と名付けられた炎の戦士が応える。

 どこに声帯があるのか、そもそもそれは声なのかわからない音を発して。


「そして汝に命じる! 僕たちの敵を倒せ! 手あたり次第、めっちゃくちゃのぐっちゃぐちゃにしてやれ! 行け! 炎のアキラくん!!」


 炎の戦士は頷いて、近くにいる魔物を、右手と思われる部位で殴った。

 摂氏1000℃に近いその打撃があたり、魔物の身体から、ゴジュワァ、という嫌な音が鳴った。


「ギアイィ!!」


 その拳は、まさに灼熱の拳。

 一発喰らって怨鬼の顔はただれ、焦げる。


 次に炎のアキラくんは、別の敵を蹴った。

 左の中段回し蹴りだった。


「ギュゥァーー!!」


 蹴られた怨鬼の腹は、何故か不思議と重量感を持っている打撃と、高温灼熱攻撃の合わせ技を食らい、抉れて溶けるような損壊を見せた。

 揺らめく炎の人形であるのに、物理的攻撃力も備えている理由が、戦いを見ているドラックにはわからなかった。


 炎のアキラくんはその後もひたすら、魔物たちを蹴ったり殴ったり、頭突きしたりして、敵を倒し続け。

 

『フシャー……』


 闘志の漏洩と思われる、奇怪な音を発していた。


 目の前で繰り広げられる、かつて見たことのない光景に、ドラックは構えを解いて脱力するほど唖然とする。


「確かに、アキラの背格好や、戦い方に、似てるなァ……」


 素朴な、この場においては緊張感のなさ過ぎる声で、そう感想を漏らすした。


「やった! 大成功だ! ルーさん大勝利!! 頑張れ! 炎のアキラくん! 叩け! 炎のアキラくん!!」


 ボサボサの後ろ髪がさっぱりと短くなったルーレイラが、嬌声を上げる。

 アキラから預かり、ドラックに持たせていた火薬をどう使えば効果が高いだろうか。

 彼女はずっとそのことを考えていた。

 そこにもたらされた、冷気を使う上位の屍鬼や、毒の大トカゲの情報。


 対抗策として考え出したのが、これだった。

 炎の精霊の強大な力を借り受け、戦士として像を結んで戦わせる。

 これだけの高温を持った灼熱の戦士なら、多少の冷気も、毒の粘液も、なんのその。


「ちっぽけな吹雪なんて、炎のアキラくんには、効かないぞー! 来るならてみろってんだー!」


 新しく試した精霊魔法が功を奏し、赤エルフの博士、ご満悦。

 炎のアキラくんの働きぶりは、オリジナルの名前の持ち主、アキラよりも激烈である。

 動きは徒手格闘でやや地味だが、堅実に一匹、また一匹と、敵の魔物を焼き殺す。


「強いぞ! 最高だ! 僕の炎のアキラくんは最強なんだ!!」


 大喜びで、子供のように、ルーレイラが声を張り上げていた。

 ドラックは、それを見て少し頭が痛かった。

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