91 街を守るものたち、街で生きるものたち(1)

 自分が住む村を襲った悲劇と、それがそのままラウツカの街をも襲うであろうことを告げた、狼獣人の女性、マリ。


 彼女はクロの知り合いであった。

 クロの付添いとともに、衛士の詰所で詳しい事情を聞くことになった。


「エルツー、一番隊の若いのを二人付けるから、施設まで子供たちを連れて行ってくれるか」

「わかったわ、フェイねえ」


 エルツーと若手衛士が二人、フェイの指示で孤児の子供たちを、施設まで送り届ける。

 フェイはこの日、非番であった。

 しかし事件に対応するため、そのまま中央城門の衛士詰所にいることにした。


「はっ、はぁ、はぁ……」


 マリは恐怖と疲労で震えており、呼吸も定まらない。

 衛士に出された温かいミルク入りのお茶、その陶器のカップも手元から落として、割ってしまった。

 彼女の肩や腕をさすりながら、クロがなだめる。 


「マリ、落ち着くっス。ここは大丈夫っス、衛士さんたちもいるっスから」

「あ、あんなの……無理だわ、みんな、殺されてしまう……」


 フェイも座り込んでマリと目線を合わせ、その手をそっと包んで言った。


「ゆっくりでいい。なにがあったか、聞かせてくれ。私たちが、必ずなんとかする」


 フェイの自信と確固たる想いが通じたのか。

 マリは少し落ち着きを取り戻し、ぽつぽつと話し始めた。


「……私、山のふもとに用があって、三日くらい、村を留守にしてたの。その用事が終わって、家に戻る途中。村がまだ見えなくても、ハッキリと気付いたわ。血の匂い、母さんも父さんも、やられてしまった匂いに」


 言いながらマリはぼたぼたと涙を落とす。

 狼系獣人の鋭敏な嗅覚は、こういうとき、むごたらしい現実もすぐにかぎ分けてしまう。

 同族としてその気持ちが痛いほどわかるクロは、マリの涙をぬぐいながら、頭を撫で続ける。


「小さな村だから、全員、ダメになっちゃったんだってすぐにわかった。それでも私、自分の家まで走った。盗賊か、大クマの化物かなにかかと思った。絶対に許さない、仇を取ってやるって思って……」


 そこまで話し、マリは再び恐慌を起してガタガタガタ、と激しく震え、歯を噛み鳴らした。


 無理はさせない方がいいか、もう休ませようか、そうフェイは思った。

 しかしガクガクと体を震わせ目を泳がせながらも、懸命にマリは話し続けた。


「……仇を取るなんて、そんなバカな思い、一瞬で消し飛んだ。村中に、小さな鬼が何百匹もいた」


 マリが小鬼と呼ぶのは、怨鬼(えんき)や屍鬼(しき)と呼ばれる、魔物の一種である。

 恨みを抱いて死んだ生き物が、魔に支配されたときに生まれる、と言われている存在だ。


「私、一目散で、来た道を引き返して、逃げたわ。戦うなんて、到底、無理って思ったの」

「その通りだ、あなたは、正しい」


 フェイがマリの選択と判断を認める。

 むやみに命を落とすことなど、あってはならない。


「一度だけ振り返ったら、山みたいに大きなやつと、空を飛んでる魔物が……他にも、よくわからない魔物がいたわ。もう、怖くてなにも、考えられなかった」


 得意としている走力強化の魔法を全力で使い、マリは走り、逃げ続けた。

 そして村からもっとも近場の、衛士詰所に駆け込んだ。

 山の中の、小さな詰所であり、駐在する衛士の数は非常に少なかった。


「こんなところにいたら、みんな殺されてしまうって、衛士さんに必死で言ったわ。それで、この衛士さんが私を馬に乗せて、ラウツカに連れて来てくれたの……」


 他の衛士は少ない人数ながら、連絡に走っている最中であるとのことだった。

 マリの村からラウツカの平野部までの間を最短経路で結んだ場合、他に村は一つもない。

 しかし隣り合っている山林には、小さな村や衛士詰所などがぽつぽつと点在しているからだ。


 マリの様子にも不安があるので、フェイたち衛士はそこで話を聞くのを一旦やめて、マリを休ませた。


「クロどの、もしよければ……」

「うっス、マリの側に、いてやるっス」


 フェイはクロに感謝の意を示し、自分が今いる中央門の衛士詰所から、東一の門と言う場所へ向かった。

 市内で最も東にあるその城門に、北門衛士の全隊員を束ねる「大隊長」が今日、いるはずだったからだ。

 一刻も早く、討伐や街の守備のために、ラウツカ中の衛士たちを集めて、適切に編成しなければならない。


 その相談と、意見の具申にフェイは大隊長のもとを訪れたのだが。


「お、おい、ウォンくん、なぜ北門にいる!? きみは港湾隊で研修中だろう?」


 本来ならば、城門守備の場にいるはずがないフェイ。

 彼女が血相を変えて自分の前に現れたことで、大隊長の並人男性は面食らっていた。


「この緊急時にそんなことを言ってる場合ですか。北の山を調査するために編成している衛士隊、あれの人数を拡充して、討伐隊と守備隊に編成し直すべきです」

「やはり、そのことか……」


 山の中腹の村で事件があったということは、大隊長やその更に上の役職の者たちにも一応、伝わっている。

 しかし大隊長の表情や行動に緊迫感、喫緊性が感じられない。

 フェイはイライラを素直にぶつけ、大声で言った。


「小さな村だが、何人も死んでいる! 敵の規模も計り知れない! 早く対処しないと、手遅れになります!!」

「わ、わかってる! 本部の衛士長が今、そのことで公子と擦り合わせの最中なんだ! 我々は待つしかないんだよ!」


 大隊長の口から、公子、という言葉が出た。

 それに対してフェイは、あからさまに怪訝な顔を浮かべる。


「公爵家が、いったいどうしたと言うのです?」


 今この状況で、なぜキンキー公国の国主、公爵家の者がかかわって来るのか、フェイは疑問を述べた。


 ラウツカの街は、その行政の中に国の貴族の力があまり及んでいない、半独立市である。

 定められた税金を国主の公爵家にきちんと納めているのならば、公爵家がラウツカの政治に深く干渉することは、基本的にはない街だったのだ。

 少なくとも、ここ数十年の慣習と伝統では、そうなっていた。


「ほ、本来は極秘だったのだが、お忍びで今、公爵閣下のご次男が、ラウツカに来ているのだ。その公子殿下が北の山の調査隊のことで、意見を挟んできてな」

「どんな意見です、それは」

「……調査隊に冒険者を入れるな、首都から国軍を呼ぶから、衛士と国軍の合同調査にせよ、という内容だ」


 公子の息がかかっている、首都の国軍の兵。

 それが到着するまで、北の山の異変の調査はしばし待て、と言うのが公子の希望のようだった。


「そんなものを待っている暇は、ない! もう目の前まで魔物が来ていると報告されているんだ!」

「もっともだ、それはもっともだよウォンくん! そんなことは重々わかっているのだ! だからこそ今、公子殿下と衛士長、それに市政庁の重役たちが会議を開いている! いましばらく待て!」


 その結論が出るまで、北門隊も、市中衛士も、そしてフェイが研修中である港湾の衛士隊も。

 今はまず指示を待て、待機しろ、と言うことになっているのだ。

 大隊長も苛つく気持ちはフェイと同じであるようで、声を荒げてそう言った。


「なんだってこんなときに、公子がラウツカのやり方に口を出してくるんだ……!」


 昨今、国の議会や貴族の間で、ラウツカ市の独立性が強すぎるのではないか、ということが議題に上がっている。

 ラウツカにだけ認められている権限が大きすぎると、他の街から苦情が噴出しているのだ。


 そのような国単位の政治の細かいことは、フェイの知るところではなかった。

 彼女は怒りに頭を熱くさせ、詰所を出て行こうとする。


「ウォンくん、くれぐれも勝手はするな! 公子がラウツカにいる間に、万が一にでも、目を付けられてしまったら、きみの経歴に傷がつくぞ!」

「知りません! 私は今、北門のあなたの部下ではなく、港湾保安大隊の所属ですので!」


 都合のいいことを叫んで、フェイは詰所を後にした。

 大隊長は、頭を抱えていた。


 フェイはその実力、特に白兵戦闘の技術において、国内でも、下手をするとリードガルドと言う世界全体でも稀有の人材だ。

 ラウツカ市の政庁と衛士本部は、フェイの評判が首都にまで広く知れてしまうことを、強く危惧している。

 首都の衛士や軍人として、強権的に召し上げられてしまうかもしれないからだ。

 独立性の高い街であるからこそ、貴重で優秀な人材を手放したくはないのであった。


 そんな上司の心配をよそに、フェイが走って、乗合馬車を拾って向かったその先は。


「あ、フェイさん、こんにちは……」

「おお、北門の、いや今は港湾か、小隊長どの。いらっしゃい」


 フェイにとってすっかりなじみの場所になっている、冒険者ギルドであった。

 来訪したフェイを、受付のリズと支部長のリロイが、ロビーで出迎えた。


 二人に、笑顔はない。

 ギルドの営業はもうそろそろ終わるという夕方のその時間。

 受付前ロビーが混乱と喧騒で、ごった返していたからだ。


「どうして、こんな美味しい仕事が中止なんだあ?」

「せっかく予定、空けてたのによ」


 あちこちから冒険者の不平、不満の声が漏れ聞こえる。

 その中には、赤髪片目隠れのエルフ、ルーレイラもいて、支部長のリロイに文句を言っていた。


「調査隊の参加ができなくなったなんて、急に言われても困るよ! 薬とか道具とか、どれだけ用意したと思っているんだい? 安くないんだよお?」

「わかっている、わかっているよルーレイラ。だからそう、大声を出さないでくれたまえ」


 やはりこうなっていたか、とフェイはため息をついた。


 本来、冒険者たちにとっていい稼ぎになるはずだった、北の山の調査依頼。

 それが一方的にキャンセルされたことで、当然のように問題が噴出している。


 お忍びでラウツカの街に遊びに来た、公子の気まぐれかワガママか。

 それより深い事情があるのかは、まだ判然としない。

 しかしどんな事情があろうと、いい稼ぎになる、しかも覚悟のいる仕事が目の前で消えてしまったのだ。

 冒険者たちの落胆や肩すかしは、想像するに余りある。

 

 彼らも、しっかり稼げる、それを期待して計画を立てて、準備をし、予定を組んでいたはずだ。


 冒険者は往々にして、依頼ごとに命を賭す覚悟を胸に抱いて、危険な仕事に赴く。

 それをふいにされて、なおかつ収入のあてがなくなって、納得できるはずがない。


「ちゃんとこの分の補償、十分な支払いはしてくれるのだろうね!? ギルドからそんな金が出ないなら、政庁と交渉して、なんとしてでも金を引っ張ってきたまえよ!」


 ルーレイラの、憤懣やるかたない、どうしてこうなったのかわからない、というような悲痛な叫び。

 その様子を見る限り、公子が口出ししているせいで冒険者から調査の仕事が奪われたというのは、知れ渡っていないらしい。


 大隊長が、公子がラウツカに来ていることは極秘だと言っていた。

 街の事情通であり、政庁にも顔が利くルーレイラが知らされていないのだから、情報統制は取れているのだろう。


「支部長どのは、どうして依頼が取り消されたのか、聞いているか」

「こちらとしてもなんとも。そう言う隊長どのは、なにか知っているのかな? まあ、知っていてもおかしくない立場だな」


 フェイの質問に、リロイは苦笑いしてそう答えた。

 さてリロイは細かい事情を本当に知らないのか。

 それともあらかた知っていて、あえて知らない振りをしているのか。


 どうもフェイは、ラウツカ市ギルド支部長のリロイと言う男が、とらえどころがなく、苦手である。


「ふう、やれやれ」


 溜息をつきながらフェイはそう言って。

 意を決し、ロビーの中央に立った。


 冒険者たちがざわめいていたのが、フェイが現れて、人の輪の中央に立ったことで、若干の鎮まりを見せる。

 泣く子も黙る鬼の小隊長、ウォン・シャンフェイと言う女性は、それだけ多くの街の住人に知られ、一目置かれる存在だった。


「冒険者の諸君、少し私の話を聞いてくれ!」


 フェイが叫ぶ。


「……いったい、どうしたってんだい、フェイ?」


 一同が注目し、ルーレイラが疑問に思う中、フェイは言葉を続ける。


「調査の依頼が取り消されて、混乱しているだろう。その気持ちは大いにわかる。しかしわずかの行き違い、手違いがあったようだ! 公職にあるものの一人として、まずそれを陳謝する!」

「手違いって、なんだよ」

「こっちは、本当に困ってるんだぜ、隊長さん」

「謝られてもらっても、腹は膨れねえんだよ……」


 冒険者たちが、小声で愚痴る。

 フェイを真っ向から、大声で面罵するものはいない。

 しかしやはり今回の政庁、役人の仕打ちに対して、不満は大きく風当たりは強い。


「調査の依頼は、内容が一部、変更されただけだ! そのために新しく、参加者を募集し直す! 今までに参加予約をしていたものは、変更後の依頼にも優先的に参加できるので、安心して欲しい!」


 それまで胡乱な表情を浮かべていた冒険者たちが、フェイの言葉に、目を見張った。

 仕事がなくなるわけではない。

 若干の変更がされただけ。

 そうフェイは言っているのだ。


「それなら、まあ、なあ?」

「変更した内容次第だが、なんとかこっちも対応したいかな」

「どんな風に変わったんだい、隊長さん?」


 少し安心し、喜ぶ顔もある冒険者たちの質問。

 フェイはそれに対する返答、真っ赤なウソを、堂々とした顔で言い放つ。

 そう、彼女はさっきから、嘘の内容を冒険者たちに向かって話しているのだ。

 しかし、ところどころの真実を挟んだ上で。


「北の山を調査する依頼は、北門の外の、防衛依頼に変更された! 近日中に、ラウツカの街を、魔物の大軍が襲うことがわかったのだ!」


 物騒な話を聞いて、フェイを取り囲んで輪になっている冒険者たちが、どよめく。


「魔物の、群れ……?」

「そんなの、ここ数年、なかったぞ」

「魔物って言っても、どうせ怨鬼かなにかのザコだろ」


 彼らの雑多な言葉に構わず、なおもフェイは叫び続ける。


「元々、討伐も含めた調査依頼だった! 山に乗り込むのか、北門を防衛するのかの違いでしかない! 腕に自信のあるものは、こぞって参加してほしい!」


 もちろん、最も重大な内容を伝えるのも忘れずに。


「しかし、この戦いは命懸けになる! 死者も出るかもしれない! それくらい強大な、数の多い敵だ!」

「フェイ、きみ……」


 話を聞いていたルーレイラはその時点で、気付いた。

 フェイがなんらかの嘘をついているということに。


 魔物の群れが、北から襲ってくることが真実だとしても。

 恐らく複雑な、政治的な事情で、防衛隊の編成が滞っている。

 そのために、フェイは業を煮やして、今こうしてギルドの真ん中で、大ウソの依頼をでっち上げるまでしている。


 冒険者をまとめ上げ、戦力として駆り出すために。

 この街を、守るために。


 フェイがそんな嘘をつくということは、街を守るためにそれが一番いい手段だと判断したからだ。

 親友であるルーレイラには、それがはっきりとわかった。


「参加人数に上限はない! 中級以上という条件もない! 初級冒険者も歓迎だ! しかし、危険な仕事に命をかけられる、我こそはと思える、勇気のあるものだけが参加してくれ!」


 そう言ってフェイは、掲示板に白紙の大きな紙をバンと貼り付けた。


「ラウツカ市北門郊外、守備戦闘及び魔物討伐の依頼。参加する『勇者』を求む」


 自身の名前と役職の署名とともに、そう書きこんだ。


「へへへ、欲しがってるのは、勇者さまだってよ」

「おもしれーじゃねえか、なあ?」


 冒険者たちの心に、火がついた。

 元々ラウツカの街は、様々な種族が多く出入りする、荒くれ者の港町で治安も決してよくはない。


 アキラの周りに慎重派の冒険者が多く集まっているだけで、気の強い命知らずの冒険者も多い。

 鬼の隊長、フェイに「勇者」とまで煽られて、黙っていられない性分のものたちが、掲示板の前に集まる。

 次々と我先を争って、依頼票に名前を書きこんで行った。


 報酬は、一人当たり最低、金貨十枚。

 功績や貢献度に応じて上乗せあり、との付け足しがある。


 その数字ももちろん、フェイのでまかせである。

 そんな予算が通るという話を、フェイはまだ上司ととりつけてはいない。

 しかしこう書いたことで、冒険者たちは一気にフェイの話を信用した。

 態度を決めかねていた冒険者も、ぞろぞろと参加の名を連ねて行った。


 人を動かし集めた以上、フェイにはなんとかして、報酬の金銭を工面しなければならない。

 その算段が、実はすでに立っていたのだが。



「いやいや、隊長どのも無茶をする……これは、問題になるのではないかね?」


 フェイの暴挙とも言えるやり方に、一部始終を見ていたリロイが唖然として、言った。

 リロイも、フェイの言葉がハッタリであると見抜いている一人だった。


「街を守るのが、私の仕事だ」


 そう言ってフェイは、ふうと一息ついてロビーの椅子に座る。


「結果がよければ多少の問題は、知ったことではない。なるようになるさ」


 リズが淹れてくれた温かいお茶を飲んで、不敵に笑った。


 フェイの視線の先、ギルドの入り口に立つものが、二人いる。

 初級冒険者のアキラと、見習い冒険者、半白髪の少年、カルだった。


「……フェイさん、俺も、参加して、いいかな?」

「俺も俺も。魔物と戦うなんて、初めてだ」


 ぽんぽん、とフェイは二人の肩を叩き。


「絶対に死なないと、私に約束しろ。だったら止めない」


 もちろん、冒険者の男二人は、そこまで言われて。


「うん、一緒に、街を守ろう」

「アキラ兄ちゃん、どっちが多く倒せるか、競争だかんな?」


 約束しない理由が、ないのだった。



 冒険者たち、そして北門衛士の面々は、城壁郊外での戦いに備える。


 フェイはギルドで大見得を切った後、ラウツカ市政庁の敷地内、衛士本部に乗り込んだ。


 すでに冒険者たちを、魔物からの守備隊に編成してしまった。

 そのことを、市内衛士の最高責任者である、衛士長に報告するために。


「そうかあ、もう、集めちまったのか……」


 公子たちとの無駄な会議にすっかり嫌になっていた、ドワーフ男性の衛士長。

 彼は自身の執務室で、一杯だけ、麦酒を呷っていた。


 仕事の最中であっても多少の麦酒を飲んで喉を潤し気力を取り戻すのは、ドワーフにとって古くからの習慣である。

 そのことに対し、今更誰も文句を言うものはいない。


「はい、残された時間がないと思われる今、これが最も合理的なやり方だと、小官は考えました」


 フェイが自信満々にそう言ってのける。

 疲れた表情ながらも、衛士長は少し楽しそうに笑った。


「これはもういっそ、冒険者と衛士による、都市防衛の合同実戦訓練と言うことにするかあ……?」

「それはいい。訓練ならば、首都の貴族にああだこうだと茶々を入れられる心配は、ありませんね」


 二人は顔を見合わせて、かかかと笑った。

 フェイと衛士長の間には、独特の信頼関係が長く存在している。

 だからフェイは、自分の思うように、自分がいいと思うやり方で、今まで気持ちよく、衛士の仕事を続けることができている。


「よっしゃ、くさくさしてても仕方ねえ。なんとかするかあ」


 衛士長は予算を組み、冒険者たちへの報酬を確約することを、フェイに告げた。  

 こうしてフェイは、架空の依頼で冒険者たちを集めた詐欺師にならずに、済んだのであった。


 ラウツカの街全体が、騒がしい夜を迎え始めた。


 近付く決戦を前に、白い満月を映す冬の海だけが、静かに、とても静かに凪いでいた。

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