インターミッション07 カレンとコシローの、南海道中膝栗毛
キンキー公国は、南北に海があり、東西は陸地で隣国に接している。
ラウツカ市はその中でも南の海に面しており、中心より若干、東寄りの地域に存在している街だ。
「海沿いに西に行ったら、ラウツカと同じくらい大きな港町があるんだ。まずはそこに行きたいんだよね」
ラウツカの街を離れ、街道を西に歩きながらの旅路。
カレンという名の並人の女性吟遊歌人はそう言った。
吟遊歌人というのは、いわゆる流しの歌唄いである。
五本の弦を持つギタラという楽器と、自分の歌声。
それだけを商売道具とし、カレンは街から街を旅して、路銀を稼いでいるようだ。
傍らに、旅の用心棒として雇われたコシローがつき従っている。
日本出身の転移者。
元々は幕末維新期、徳川幕府側の兵士として戦っていた剣士、いわゆる人斬りだ。
ちなみに、歩きの旅である。
小さなロバを一頭借りてはいるが、その上に騎乗することはない。
荷物を乗せて運ばせているだけだ。
「途中の宿はどうする」
「小さい村がいくつかあるから、そこで借りるよ。冬だし、野宿は嫌だからね」
コシローはこの程度の寒さであれば一泊や二泊の野宿は平気である。
しかしカレンはそうではないようで、宿泊は必ず雨風のしのげるところで、と決めているようだ。
「のんびりしたもんだな」
移動と旅をするだけなら、もう少し合理的なやりようがあるのではないか。
そうコシローは疑問に思った。
というのも、コシローの報酬は、高いのである。
彼は今、ギルドの冒険者等級で「中級冒険者、四等見込み」という扱いだ。
見込みというのは、ギルドの審査認定が間に合っていないためである。
コシローはラウツカに住む冒険者の中では、少し特殊な人材っだった。
冒険者としての経歴が短いのに、魔物や盗賊を討伐した経験数が多いのだ。
そのため、新人であるが等級の高い戦闘向きの冒険者という、珍しい立ち位置に収まっていた。
中級冒険者を一人、用心棒に雇うというのは一般的な庶民が払える報酬を超えている。
歩きの旅で、期間が長くかかればそれはなおさらだ。
「冬の山道も、表情を変える海の波も、すべて芸の肥やしだからね。急ぐ用もないし、これでいいんだよ」
「ま、勝手にしろ。金さえ貰えるなら、俺は構わん」
コシローは、詩歌や芸能分野のことはわからない。
雇い主がそうしたいというのであれば、特に文句があるわけでもない。
余計な口を挟まないようにした。
「かえって、立派な馬車なんかで移動した方が、目立って盗賊の標的になりやすいんだよ?」
「そう言う面もあるのかもしれんな」
コシローとカレンの身なりは、決して上等とは言えない。
キンキー公国の平服として一般的な、木綿の上下服だ。
連れているロバも体は小さくみすぼらしい。
まさか金持ちの道中だとは誰が見ても思わないだろう。
目立たない風体の旅人、という意味では彼らは満点だった。
実際にカレンは現金をほとんど持ち歩いていない。
行く町々で服の中に隠し持っている宝石や貴金属を売って、路銀の足しにしているのだ。
しかしそんな彼らでも、バカな盗賊は狙いをつけるものだった。
「へっへ、一人は女だぜェ」
「出すもん出しゃあ、命までは……」
相手もこちらと同じく、二人組である。
コシローの帯びている二本の大小刀剣が、彼らを高貴な旅人とその護衛のように見せてしまうのだろうか。
「うるせえ、死ね」
コシローは相手の口上が終わらないうちに、刀の鯉口を切る。
盗賊たちの首筋に、狙いを定めて駆け出していた。
が。
「殺さないで!」
カレンがそう叫んだ。
首を突くのはやめて、盗賊たちの太ももに刀を刺すにとどめた。
深手を与えたが動脈は避けており、致命傷ではない。
「ぎ、ぎぃやぁ!」
「いてぇ、いてえよぉ、あにきぃ!!」
叫びながら地面を転がりまわる盗賊たち。
「こんな腕で、よく物盗りなんかが務まるもんだな……」
刀を収めながら、コシローはつまらなさそうに言い捨てる。
今回の相手は、彼の眼鏡にかなわなかったようだ。
「実際に務まってるのかな? 食うに困って切羽詰って私たちを襲ったのかもしれないし」
カレンとコシローは盗賊たちを縛り上げて、街道の脇に寄せる。
近くの衛士詰所にでも連絡すれば、いずれ身柄を引き取りに来るだろう。
しかしカレンは、盗賊たちにまだ、用があるらしかった。
「ねえコシロー、ちょっと短刀を貸して」
「壊すなよ」
コシローから匕首を借り受けたカレン。
「ねえあんたたち、大人しく私の質問に答えてくれれば、痛み止めの薬をあげてもいいけど」
盗賊たちの眼前に刀身をちらつかせながら、微笑みを浮かべてそう尋ねる。
「な、なんなんだ、てめえら! ちくしょう! 薬があるならよこせ!」
「いてえよぉ、死んじまうよぉ、あにきぃ……」
一人は元気が有り余っている。
もう一人は泣き言ばかりを口にしていた。
「お姉さん、聞き分けのない男の子は嫌いだなあ。ちょっと大人しくしてくれる?」
「ちょ、な、なにしやが……ぎゃあぁぁ!」
カレンはやかましく騒いでいる「あにき」と呼ばれている男の、上唇と上の歯茎に、短刀の刃を突き刺した。
「ひ、ひぃ! やべ、やべでくれ、うぇぇ!」
「だからあ、うるさいってば」
男の後頭部をがっしりと鷲掴みにして。
カレンはのこぎりを引くように、ギリギリ、ごしごしと相手の口元を「工作」するような手つきで、傷つけていく。
「や、やめろぉ……! あにきが、あにきが死んじまうよぉ……! やめてくれぇ!」
弟分が泣きながら懇願するが、カレンは笑っている。
「これくらいじゃ人間は死なないから、へーきへーき。しばらくはご飯を食べるのに、少し不便するけどねー」
「うぎゅ、いぎひぃぃぃ!! やヴぇ、たずけデ!!」
なおもカレンの苛烈な尋問は、しばらく続く。
「なんでも話す! 許して、堪忍してくれえ!」
「あら嬉しい。最初から、そうお願いしてるんだけどね」
弟分の男が泣き叫びながらも、自分たちの素性や経歴を話した。
どうやら二人は、血を分けた本当の兄弟であるようだ。
キンキー公国の首都で肉体労働をして暮らしていた。
兄が仕事の上役と喧嘩をして、街を飛び出してしばらく放浪していたらしい。
そんな身の上を、弟はカレンに許しを請いながら、話し続けた。
兄貴分の男の方は、口元も舌もズタズタに刻まれてしまい、言葉を喋れる有様ではなくなっていた。
と俗たちから話を聞き終えたカレンは、近くの小川でじゃぶじゃぶと汚れた手を洗う。
そしてコシローに借りた短刀を、きれいに拭いて磨く。
「ふふ。面白い話を、いい声でたくさん聞けたよ。はい、短刀返すね」
カレンは盗賊たちに、約束通り痛み止めと鎮静剤を飲ませてその場を去っていた。
「おかしな女に、絡んじまったみたいだな……」
やれやれ、とコシローは欠伸をしながらつぶやくのであった。
この状況に心を動かさないコシローも、どうにかしていた。
二人の珍道中は続く。
山林の中に、エルフが中心となって暮らす、小さな集落がある。
コシローは一度、盗賊や魔獣を退治する仕事でこの村に来たことがある。
「や、やあ。また来たのか。歓迎するよ、冒険者さん」
以前にコシローの鬼のような戦いぶりを見せつけられた、村のエルフたち。
若干怯えながらも彼らは歓迎の意を示した。
カレンとコシローは小屋を宿泊のために借り受けることができた。
「たまにね、お金持ちの箱入りお嬢さんや、退屈しているお大臣さんなんかのところで歌を披露することがあるんだ」
食事を採りながら、カレンはそう話し始める。
「そういう人たちは、日常に倦(う)んでるからね。変わった歌、変わった旋律が喜ばれるんだよ。だから、こういう経験も必要なわけ」
「いい趣味の客も、いるもんだな」
どこのどんな奴が、食い詰めた盗賊兄弟の泣き叫ぶ話などを、聞きたがるのだろう。
カレンの話す芸術論がどの程度の真実を含んでいるのか。
コシローはそれを考えることを放棄している。
恐らくカレンは、国の間者、諜報員である。
なにかしらの調べものをするために諸国を漫遊しているのだろう。
コシローが過ごしていた幕末期の江戸では、講談と呼ばれる様々な物語が親しまれていた。
水戸黄門が諸国を漫遊して世直しの旅をしている、という話も江戸時代後期に成立したものだ。
体制に対する反乱分子を、素性を隠した要人や諜報員が懲らしめて行く。
カレンもひょっとすると、こう見えて身分の高い、国の貴族かなにかかもしれない。
それにしては無防備すぎるか、ともコシローは思ったが、真実などどうでもよかった。
コシローが知る水戸黄門の物語の中には、助さんや格さんは登場しない。
黄門さまの連れ合いは、俳句読みに身を扮した忍者のような人物だ。
コシローもそれにあやかり、今日あったことを歌に詠んでみた。
「南海の、冬の浜辺を往きぬれば、野盗が二人、口を割りけり……か」
文字通り、口を刃物で断ち割られた男と、情報を吐いたという意味で口を割った男。
表現が、ダブルミーニングになっている。
実際に歩いて盗賊に会った小道は、海辺から少し遠い場所だ。
あまり上手に詠めた歌ではないな、とコシローは自己評価した。
コシローは農家の生まれで、職業人斬りの男である。
しかし彼の実家はそれなりに裕福であり、教育も最低限はちゃんと受けていた。
「コシローも詩人なんだね。情緒がある風景に、いきなり野盗とか、口を割るとかが出て来るような、表現の落差が、なかなかいいよ」
「うるせえ」
他人に自分を評価されるのは、コシローの嫌うところであった。
しかし、カレンと往くこんな珍道中自体は、悪くないと思っている。
水戸黄門の他にも、有名な物語に夢中になった時期が、コシローにもあった。
弥次さん喜多さんの活躍で知られる「東海道中膝栗毛」という戯作本だ。
風情も格式もない自分たちは、そっちの方がお似合だろうとコシローは思う。
「となると、俺が喜多さんの役か……」
東海道中膝栗毛、その主人公の弥次さんこと弥次郎兵衛(やじろべえ)は、歌曲や芸能の素養があるキャラクターだ。
そうでないコシローは、必然的に喜多さんポジションだった。
「はいはーい、エルフのお兄さんお姉さん、少し騒がしくするけど許してねー」
夕食後、カレンは村の中央にある広場に村人を集めて、自慢の歌曲を披露した。
歌詞は即興で作っているのか、それとも事前に考えておいたのだろうか。
流れるように出て来る情緒と波乱にとんだ歌詞、そして緩急のついた旋律。
村のエルフたちはすっかりそれに魅了さた。
満場の喝采と、雨あられのような小銭をカレンに与えた。
「いやあ、すごいじゃないか、姉さん!」
「私、感動しちゃった。綺麗な声ねえ」
「いやいや、俺にはわかるぜ、あのギタラの腕はただものじゃあないよ」
歌が終わっても、村人たちは興奮して広場で感想を語りあっている。
娯楽に乏しい小さな村だ。
これだけの見事な歌曲を披露するのなら、確かにそれなりに盛り上がるだろう。
街や村をこうして周り、行く先々で歌って、そこそこの銭を稼ぐ。
こういう生き方もあるのだなと、コシローは目の当たりにして、少し感心した。
もっとも、本当にそれがカレンの本業であるかどうかは疑わしいのだが。
「盛り上がったけど、疲れちゃった」
「報酬を払うまでは、倒れないでくれると嬉しいんだがな」
広場での騒ぎも収まり、カレンとコシローは部屋で休む。
夜が更けて行き、外は雨が降り出した。
この時ばかりはさすがに、野宿にならなくて助かったと、コシローは思った。
さて、この道中の最終地点は、ここより更に西にあるという大きな港町なのか。
まだその先に、行くべきところがあるのか。
はたまた、最初から目的地など、ありはしないのだろうか。
それほど広くない小屋の、一つしかない小さな寝具の上。
コシローは旅の行く末に思いを馳せる。
隣では、カレンが安らかな寝息を立てていた。
先ほどまで見せていた情熱的な表情が別人であるかのように、安らかな寝顔だった。
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