84 街に帰るもの、街を去るもの
ラウツカ市のギルドに戻り、アキラたち一行は受付前に集まっていた。
もちろん、今回の冒険の依頼報酬を受け取ったりなどするためである。
「今夜は打ち上げだからね! みんな強制参加だよ! 残念だが拒否権はない!」
ルーレイラはそう言って、いったん自分の家に戻った。
夕方に皆で近場の居酒屋「眠りの山猫亭」で待ち合わせる手はずになっている。
「そう言えばエルツーって、あんまり打ち上げに来ない印象あるな、今まで」
アキラは冒険の終わりにルーレイラやクロとちょくちょく飲みに行くが、エルツーが同席するのは珍しいと思った。
「家で食べた方が、お金がかからないじゃない。どうせあたし、お酒飲まないし」
実はエルツーの母親が、冒険から帰って来たその夜はなるべく家にいてくれ、と強く言っているからなのだが。
それを明かすのは恥ずかしいので、エルツーは黙っていた。
今回の冒険で、アキラたちの一行は、各地から参加した冒険者パーティーの中で最上級の働きを見せた。
そのため、後日にカイト神聖王国から、追加の報酬が得られるという。
苦労した甲斐あって、実入りも十分いい仕事になった。
ドラックは一次会が始まる前に、自分勝手に飲みに行くため、やはり一旦その場を去った。
アキラとエルツーも、疲れが溜まっていることもあり、飲み会の時間まで自宅に戻る。
受付には黒エルフの冒険者少女、フレイヤと、その相棒であるティールだけが残った。
フレイヤが、受付窓口に座るリズに尋ねる。
「追加報酬というのは、日にちがかかるものなのかの?」
「はい、ですが二、三日の間には確定すると思いますよ」
国の機関を挟んだ仕事なので、手続きというのはどうしても厳格になり、時間がかかるものだ。
「ふむ。それは、この街のギルドでしか受け取れぬものなのか? よその国やよその街のギルドではいかんのかのう」
「冒険者登録証と、今回のお仕事の依頼達成証書をお見せいただければ、他のギルド支部でも受け取ることができます。ですが……」
リズは若干言いよどんだ。
「なんじゃ、他に問題でもあるのかや」
「この街のギルドで受けた依頼報酬を他のギルドで受け取る場合、かなりの手数料がかかってしまうんです。会計業務上の都合なので、ご了承いただくしか……」
今回の仕事は大掛かりなものであったため、そもそもの報酬が高い。
それに応じてかかってくる手数料も必然的に高くなる計算だ。
「ふーむ、それは勿体ないの。実入りは多い方が良いわ」
「はい、もしも長期逗留のことでお困りなら、いつでもご相談ください。ギルドでもお値段の手ごろな宿を、斡旋させていただいてますので」
諸々の説明を受けて、フレイヤたちはギルドを後にした。
フレイヤとティールの二人は、浜辺や港を歩きながら、話す。
今日は波が低く、海は穏やかだった。
「ティール、この街は、美しくていいのう」
「ああ」
「少しくらい、ゆっくりしても、バチはあたらんかの?」
「任せるよ」
出航を待つ大型船が、フレイヤの目線の先にある。
「南東に行く船は今日この便と、それを逃せば、十日後と言っておったな……」
二人の次の目的地はもう決まっていて、そのための移動手段も調べは済んでいる。
今、目の前にあるこの船を逃せば、十日後。
「のう、ティールや」
「ん」
「神殿の奥にいた、獅子頭の化物。ヤツから、あにさまの魔力を感じたよ」
「……そうか」
魔獣の襲来と戦災、他種族からの支配が重なってフレイヤが祖国を失った、そのとき。
フレイヤの兄は世を憎み絶望し、魔王に魂を売って、魔人に成り果てた。
そして各地を転々とし、強大な魔物を生み出すための実験を続けている。
二人は、その兄を殺すため、手掛かりを追うための旅をしている。
路銀が十分に溜まった今、歩みを止めるわけには、いかない。
「アキラという並人の男、知り合いなのじゃろう?」
「ああ」
「ゆっくり、話したいじゃろうな」
「大丈夫だ」
ぎゅう、とティール、いやトオルは、手を握る。
フレイヤという偽名を名乗る、黒エルフの「元」王女、ヘラという少女の、細く小さな手を。
「また会おうって、約束したから」
「そうか。おぬしがそう言うなら、大丈夫じゃ」
二人は、船に乗って次の旅に出た。
ヘラの兄であり、黒エルフの「元」王子、今では「魔人将」と呼ばれる悪魔を、殺すために。
ルーレイラが飲み会の店、馴染みの山猫亭に着くと、店主の女性が話しかけて来た。
「あら先生、ちょっと前に小さい女の子が来てね。これを先生に渡してくれって」
「ん、なんだいこれ……?」
薄い革に包まれた荷物を、店主からルーレイラは受け取る。
中には両の掌を足したほどの大きさの石板があり、なにかの文字か記号が彫られている。
博識のルーレイラでさえ、見たこともない様式の文字列だった。
加えて、包んでいた革にも文字が書かれていた。
包装自体が、手紙になっているのだ。
差出人はフレイヤこと、黒エルフの少女、ヘラであった。
そこにはこう書かれていた。
「赤髪の老師、ルーレイラどのへ。
神殿の中に面白いものが転がっておったので、持って帰って来たのじゃが、いかんせん重くて閉口した。
邪魔に感じたのもありそなたに譲るゆえ、研究するなり、撫でて心の平静を保つなり、重石や下敷きにするがよかろう。
遠く離れていても、そなたのご健勝を祈っておるぞよ。
そなたの良き弟子、フレイヤより」
読み終えて、ルーレイラは理解した。
フレイヤとティールが、もうラウツカにいないことを。
また、どこかへ旅立ってしまったことを。
「ルー……」
アキラたちも、揃って店に来た。
革の手紙を読んで立ち尽くすルーレイラを見て、アキラは察した。
二人は、この店に来ないのだと。
「……な、なんで」
ぽたり、ぽたり、とルーレイラは赤い左眼から涙を落とす。
「なんで、あ、あんなに小さな子が、こんなにつらい目に遭わなきゃ、いけないんだ……」
共に過ごしてきた時間の中で、ルーレイラも気付いたのだ。
大陸のはるか東、ここから遠い土地に、滅ぼされて地図上から消えた、黒エルフの国がある。
フレイヤたちがその国に縁がある者で、人には語れないような過去といきさつがあり、過酷な旅を続けているのだと。
年端もいかないあんな少女が、魔物の群れを前にしても怯まず、昂って戦うほどに成長してしまった、むごたらしい現実があるのだと。
「また、会えるよ。大丈夫、大丈夫……」
アキラも目に涙をためて、ルーレイラを抱き締め、なだめた。
「面白れェ、連中だったのになァ……」
「そうね。もっと一緒に、冒険に行きたかったわ」
その夜、エルツーは生まれて初めて、お酒を飲んだ。
ティールとフレイヤのことを思いながら、杯を乾かして。
「苦い……」
そう呟くなり、ひっくり返った。
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