78 幽霊の棲む神殿と、流浪の冒険者(1)

 一年で最も夜の時間が長い日、いわゆる冬至を迎えた。

 キンキー公国、及びその周辺国では、冬至を聖祭日としている。

 人々は労働の手を止め、騒ぎを起こさず、静かに太陽の神の復活を祈る習慣がある。

 

 夜が長ければそれだけ世界が闇に包まれている時間帯も長い。

 早い話、暗いし寒いので無理をするなという習慣が、祭日に昇華した文化風習だ。


「今年も、カイト神聖王国の王都ギルドから伝達が来ました……」


 そんな日の朝、ギルドの受付には神妙な空気が漂っていた。

 ギルド営業開始前の、職員同士による朝礼と申し送りの時間である。

 受付のリズが職員たちを前に、隣国であるカイト神聖王国の冒険者ギルドからもたらされた文書を読み、そこに記されていた概要を皆に知らせる。


「キンキー公国と神聖王国の国境沿いに、長らく手つかずの山林があります。そこには古い神殿遺跡があるようなのですけど、そこが魔物たちの巣窟になっているらしい、と」

「また神聖王国がらみの大討伐依頼かね。毎年恒例になりつつあるな」


 ギルド支部長であるリロイが苦い顔をして、リズの手から文書を受け取った。


 そこには、ラウツカ市ギルドからも五名から十名ほどの冒険者を、遺跡調査と魔物討伐のために派遣して欲しいと書かれている。


「この忙しい時期に、十人も引っ張られてしまってはこちらの仕事が回りませんわ。せいぜいラウツカから出せるのは五、六人というところでしてよ」


 溜息をつきながら、リズの先輩受付嬢であるナタリーが頭の中でそろばんをはじき、業務に必要な人手を計算する。

 冬至の前後、大地が冷えて夜の闇が長くなるにつれて、魔物たちはその動きを活性化させる傾向にある。

 

 夜と冬は、魔が支配する時間帯なのだ。

 カイト神聖王国の仕事だけに注力するわけにもいかない。

 なにより、今はコシローが長期の依頼でラウツカを離れているために、戦闘向きの要員が乏しいのだ。


「少し早いが、アキラくんたち三人の謹慎を解いて冒険依頼の任務を受けられるよう、手続きを進めてくれるかね、リズくん」

「はい、わかりました」


 沈痛な表情でリズは応えた。

 アキラたちが、早く冒険に出たい、ギルドが忙しい中、役に立ちたいと最近意気込んでいるのは知っている。

 それでも心配な気持ちはぬぐえない。

 しかしアキラたちも冒険者として、稼いで食べていかなくてはならない身分である。

 いつまでも内勤に閉じ込めておくわけにはいかないのだ。



 そのとき、まだ鍵のかかっているギルドの門扉を敲(たた)く人物がいた。

 リズがちょうど門の鍵を開けようと、通用口から表に出た時である。 


 フードマントに身を包んだ二人組であった。

 前に立っている一人はリズより背が低い。

 体型からして女性であろう。

 フードの隙間から、左右に伸びた長い耳が見える。


 後ろに立っているのはアキラよりは若干背が低く、体も細身の男だった。


「おはようございます。いま門を開けますね。冒険者のかたでしょうか?」

「うむ。手ごろな仕事を探しておる。なにかないかの?」


 前に立つ背の低い女が、そう答えた。

 後ろの男は無言であり、微動だにもしない。

 不思議な雰囲気を持った二人組だ。


「それでしたら、案内させていただきます。冒険者登録はお済でしょうか?」


 ギルドの扉を開錠し、リズは二人を施設の中に招き入れた。


「別の街のギルドで済ませておる。これが証じゃ」


 女冒険者はそう言って、首から下げている銅板の冒険者証をリズの前にかざして見せた。

 ここから遠い、別の国の首都にあるギルドで発行された冒険者証。

 中級冒険者、第三等、種族は黒エルフ、名前はフレイヤと刻まれていた。


 フードの奥にちらりと覗かせた素肌は、確かに浅黒い、褐色と言っていい色をしている。

 リズはこの世界に来て、肌の色が黒いエルフを見たのはこの時がはじめてだった。


 女性の後ろからついてくるもう一人の男も、自分の冒険者証を見せる。

 こちらも中級冒険者、第三等。

 種族は並人(ノーマ)で、名前はティールと言うらしい。


 二人をロビーの依頼票の貼ってある掲示板前までリズは案内する。


「今の時期、ギルドは冒険者のかたの人手が足りないので大歓迎です。きっとご希望に沿う依頼が見つかりますよ」


 渡りに船とはまさにこのことか、とリズは思った。

 この厄介な時期に、中級冒険者が流しで、しかも一度に二人も、ふらりと訪れてくれたのだ。


「金になるなら、なんでもするわい。選り好みはせぬぞよ」


 軽く言って、黒エルフのフレイヤという女はロビー壁面の掲示物を眺めた。

 そこにはもちろん、先ほど職員たちの話題になったカイト神聖王国での討伐、調査依頼の紙も貼られている。


 ぼそぼそ、とフレイヤは後ろに控えているティールという男と、小声でなにやら相談している。

 二人の様子を観察していたリズは、おそらくティールは文字が読めないのだろうと思った。


「カイト王国からの依頼、出発が明後日とあるが、急ぎなのかのう?」

「はい。出発してからは馬車で急いで、およそ二日で現地に到着する距離です。先方は一刻も早くと言っておりますので、人数が集まれば明日にでも出発できればと思っているのですけど」

「ふむ、ならばわらわと、このティールと、まず二人じゃ。夕方にまた来るゆえ、人数が集まったら教えるがよいぞ」


 即断即決で、フレイヤとティールは危険な討伐任務に赴くことを決めた。

 リズは相手の素性がわからないので不安に思う。

 しかしギルドが正式に認めた中等級の冒険者なのだから、おそらく実力や実績は高いのだろう。


 それにしても、フレイヤの浮世離れした尊大な態度はなんなのだろうと、リズは思った。

 

「まさか、どこかの国の王女さまが、名前を変えて身を隠して冒険者をやっているとか……」


 そんな、ドラマのようなことを想像して、少しだけ楽しくなった。



 昼近くになり、ギルドにアキラとエルツーがやって来た。

 アキラは朝から医院に行って体を診てもらい、もう完全に治っている、元気が有り余っていると太鼓判を押されて満面の笑顔であった。

 ギルドに来る途中でエルツーに出くわし、一緒に来たのである。


「エルツー、神殿遺跡の調査だって! しかも魔物だって! ヤバくね!?」

「興奮するんじゃないわよ、みっともないわね」


 まさに冒険者の本懐、というような依頼票を目ざとく見つけて、アキラは目を輝かせた。

 クロは年末年始、故郷に帰省しているため、ラウツカにはいない。


「でも、俺らだけじゃさすがに無理だよな。紙には六人前後って書いてあるけど」


 調子に乗って痛い目を見るのはもうこりごりだと思っているアキラ。

 浮かれていても戦力換算には慎重であった。


「中級の人が二人、先に名前を書いてるわね。あたしとアキラと合せて四人かあ」

「ホントだ。知らない名前だな。ラウツカ専属の冒険者じゃないみたいだ」


 掲示板の前で相談し合っているアキラとエルツーに気付き、リズが話しかける。

 

「ルーもこの依頼に行くと思いますよ。神殿とか遺跡とか、その手の仕事は飛びつきますから。あと一人か二人、戦闘に長けた冒険者さんがいれば心強いんですけどね」

「コシローのやつ、旅人の護衛とかで遠くに行ってるから、今はいないのよね確か」


 その戦力不足の不安をどうするべきか。

 出発は遅くとも明後日。

 アキラは考え、一つの案を思い付いた。


「俺、ちょっと港まで行って、ドラックさんがいるかどうか見て来るよ。誘ってみる」

「そうね、あたしも行くわ」

 

 まだアキラもエルツーも、この仕事に参加するかどうか判断を保留とし、書類に名前を記入しない。

 準備と計画を万全にすることが第一だ。

 その様子を見て、リズは安心で胸をなでおろすのだった。



 夕方前になり、ルーレイラがギルドを訪れた。

 神聖王国からの依頼内容を吟味し、詳しい細かい話をするために支部長のリロイとしばし話し合う。

 そして支部長室から出た、そのとき。


「む」

「ん?」


 再びギルドに足を運んだフレイヤという黒エルフの女性と、ルーレイラはギルドのロビーで顔を合わせた。


「赤い髪のエルフとは。外の世界に出てみるものじゃな。珍しいものをいくつも見るわ」

「……僕の方こそ、焦げ肌の耳長なんて、ここ百年くらい、見なかったよ」


 褐色の肌を持つダークエルフ、あるいは黒エルフと呼ばれる種族。

 彼らはエルフ族の中でも特に閉鎖的であり、一部地域にしか住んでいない。

 かつて存在した黒エルフの大国も、魔物の襲撃や近隣諸族との戦争で、今は滅びてしまい、別種のエルフが支配する土地になっている。


 生き残った数少ない黒エルフは、国を失った流浪の民として知られてる。

 彼らの本拠地から遠く離れているキンキー公国の周辺には、黒エルフはほとんど姿を見せないというのが通例であった。


「そう睨むでない。とって食ったりせんわ。おぬしは食うところもなさそうじゃしの」


 けらけら、と軽く笑ってフレイヤは言った。

 ルーレイラを挑発しているわけではなく、素の物言いらしい。


「うるさいよ……って、馴染みのない冒険者の名前が討伐依頼票に先約で書いてあったけれど、まさか」

「そのまさかじゃ。わらわと、ほれ、後ろにおるこの男も、参加させてもらうぞよ」


 フレイヤの後ろに立つティールという男が、ルーレイラに軽く会釈をする。

 フードを目深にかぶっていてその顔色はうかがい知れない。


「安全な仕事ではないのだけれどね。少しは、使えるのかい?」


 エルフ同士で、使えるかどうかという質問をした場合の意味内容は、魔法が使えるのかどうか、ということである。


「おぬしほど長生きはしておらぬが、ある程度はの。後ろのティールは、体を動かす専門じゃ。わらわは、それ以外じゃな」


 ルーレイラの持つ魔法力と、それを培うために経て来た人生の長さを、フレイヤは正確に把握している言い方だった。

 そして。


「自慢ではないが、弓で羽虫を撃ち落す程度のこともできるぞよ。おぬしが蚊に刺されそうになったときに、守ってやろうかの。かかか」


 ルーレイラが弓を使えない、武器を振るうことができないということまで、フレイヤは見抜いているかのように言ったのだった。


「こんな冬に、蚊なんて出るかよ……」


 得体の知れない二人を前にして、ルーレイラは居心地悪く、そう言い返した。

 

 その後、龍族獣人(リザードマン)の冒険者、ドラックを連れたアキラとエルツーがギルドにやって来る。

 

「おォ、見かけねェ”顔”が二人、いやがるなァ。よろしく頼むぜェ!?」

「これは偉丈夫な龍の勇者じゃの。わらわをよろしく守ってたもれ」

「任せとけってんだよォ。くれぐれも、ヘマすんじゃねーぞゥ!?」


 なぜか、フレイヤとドラックは初対面でウマが合うようである。


 ルーレイラ、ドラック、アキラ、エルツー。

 そして流浪の冒険者、フレイヤとティール。

 カイト神聖王国へ討伐任務のために派遣される冒険者たちは、こうして集まった。


 

 出発の日の朝。

 旅の荷物が多いことと、ドラックの体が大きいことから、一行は二台の馬車に別れて移動を始めた。

 エルツー、ドラック、そしてルーレイラの乗る馬車が前を行く。

 後続する二台目の馬車はフレイヤが御して、荷台にアキラと、ティールという男が座っている。


「よろしくお願いします、ティールさん」


 こくり、とうなずくだけで返事を返すティール。

 眼を隠すようにフードをかぶっているので、やはり表情はわかりにくい。


 アキラは、ティールという男が自分と目を合せないようにしているのではないかという点が、少し気にかかっていた。

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