77 火薬づくりがフェイにばれて、魔物の話などをする
洞窟で水を浴び、神の加護を受け直したアキラ。
三人は今、洞窟内の広間になっている、通称「隠し扉の部屋」にいて、アキラの体を乾かすために焚火の火にあたっていた。
「で、火薬がどうのということは、話してくれるんだろうな、二人とも」
ジト目のフェイに睨まれて、アキラとルーレイラは体を小さくする。
しかし、フェイはそれほど怒っているようではない。
アキラがひとまず、ことの顛末を話す。
「俺、火薬が作れるんじゃないか、作ったら魔物とかから身を守るのに役に立つんじゃないかって思ってさ……今、黒色火薬の開発をしてる最中なんだよね」
アキラがまず手始めに作ろうとしているのは、原始的な黒色火薬である。
糞尿から採取される硝石、硫黄、そして木炭が原料だ。
それさえあれば、あとは配合量を調節するだけで火薬を作ることができる。
あくまでも理屈の上では、なので試行錯誤は長くかかるだろうが。
「衛士としての立場から言わせてもらえば、火薬を作ること自体に賛成も反対もできない。なにせキンキー公国には火薬に関する法律がないのだからな」
やれやれとフェイは言った。
「そっか。当たり前の話だけど、火薬がないから火薬を取り締まる法律もないのか……」
「しかし火薬自体が相当に危険な代物だ。扱いを間違えば大事故だし、ろくでもない連中に渡ったらそれこそ社会を滅ぼす。個人的には賛成できんよ」
フェイが地球で生まれ育ったのは、元王朝の中国大陸である。
彼女の実家は軍人の家系ということもあり、火薬兵器の効能自体はフェイもある程度知っている。
火槍(かそう)と呼ばれるロケット花火の親玉のような兵器。
そこから発達して開発された原始的な銃砲も、フェイはこの目で実際に見たことがあるのだ。
実物を知る者として、フェイは火薬の開発に否定的であるようだ。
しかしルーレイラは別の見解を持っているようだった。
「アキラくんに火薬の仕組みを聞いたときに思ったのだけれどね、僕らが開発しなくても、近いうちに、他の誰かが、余所の国も含めて、火薬を実用化させると思うよ」
「作り自体、難しいものではないからな……」
フェイもそのことは理解している。
また、フェイが知らないだけで国の上層部や軍の中枢は、すでに火薬を開発しているかもしれない。
他の国も、情報を漏らしていないだけで火薬の開発、量産に着手しているかもしれない。
「じゃあ俺の他にも、火薬を開発しようとして魔王だかに狙われてる人が、どこかにいるかもしれないんだな……」
「アキラくん、余所の誰かより、まずは自分の心配をしたまえよ」
「まったくだ」
二人に怒られて、アキラはしゅんと下を向いた。
しかし、アキラはルーレイラに聞いておきたいこともあるのだった。
「魔王はどうして、火薬をそんなに怖がるんだろうな」
「恐らくだけれど、自分たちでは火薬を作ることができないからだろうねえ」
ルーレイラは魔王や魔物についての話を、改めてざっくりとアキラに言って聞かせる。
「誰も魔王の根城に乗り込んだ奴なんていないから、これは仮定や推論なのだけれどね。魔王自身は、途方もない大きな力や知恵を持っている、と言われている。でもその辺に出て来る魔物は知能が低いよね?」
「そうだね。ギーとかギャーとか吠えるばっかりだし、ヒト型の魔物も話してることとか動き自体は単純で、頭は良くなさそうだよな」
アキラもそれは冒険者稼業を通じて、よく見知っていることだった。
「これは、単純に魔王と魔物の距離によるものだと言われている。僕らの国は魔王のいる大陸からはるかに遠いので、魔王の力が及びにくい。実際に、強大な魔物が生まれやすいのは、魔王の根城に近い土地なんだ」
「そう言えば何年か前に、ルーレイラたちは隣国へ邪竜の討伐に行っていたな……」
キンキー公国の東隣りには、カイト神聖王国という国がある。
魔王のいる大陸はさらにその東の果て、海をいくつも超えた先にある。
そのわずかな地域の差によって、キンキー公国には大型の魔物が出ない、あるいは出にくい、カイト神聖王国には大型の魔物が出る、という違いを生んでいる。
ルーレイラの説明は続く。
「で、だ。魔王には高い知能があるし、世界中に意識の糸を張り巡らせているから、火薬の作り方はほぼバレていると思っていい。いつ、誰の頭の中だって覗けるような奴だからね」
「でも魔王は自分で火薬を作れない、それはなぜ?」
アキラのその疑問に、フェイが答えた。
「魔物は、糞尿を出さないからだろう。火薬の原料になる硝石を、魔物は定期的に獲得することができない」
「その通り! 魔物が人や獣、家畜を襲って食べた場合、その魔物の力が強く、体が大きくなるばかりで、奴らは糞尿を外に出すということをしないのだよ!」
ルーレイラにそう言われて、アキラは納得することがあった。
「ああ、だからギルドの中庭でたまに魔物を飼ってても、糞とか尿とかで庭が汚れたりしなかったんだ……」
調査や研究目的で、ギルドは中庭に小型の魔物を確保していることがある。
たいていの場合は魔法の施された鎖でつないだまま放置されており、誰も餌を与えるわけでもなければ、その場を掃除しているわけでもない。
アキラもギルドの内勤をしていて、むやみに繋いである魔物に近づくなと言われているだけで、そこの掃除などをしたことはなかったのだ。
フェイもそれらの話に納得したように、腕を組んで頷いた。
「ヒトやエルフやドワーフがもし、火薬による兵器を作り、発展させれば魔物の討伐は今より格段に楽になる。ひょっとすると、魔王を倒すことすらできるかもしれん」
「そうだね。でも魔王は火薬を自分たちで作ったり使ったりすることができない。だから発明しようとするものを魔物たちに襲わせて、今までせっせと歴史から消していたのかもしれないよ」
ルーレイラの言葉はあくまでも仮説だが、アキラは背筋が凍る思いをした。
「俺も、消される寸前だったんだな……」
そもそも、火薬のことに頭を巡らせるようになってから、アキラは不運続きであった。
魔物には殺されそうになるし、ならずものたちと喧嘩にはなる。
今回の旅も、フェイがいなければ大猿の魔物たちに襲われて、命を落としていたかもしれないのだ。
もっともそのすべてがすべて、魔王の差し金と結びつけるのは早計なのだが。
「とにかくアキラくんに関しては、蛇神さまのお墨付きも得たことだし、しばらくは大丈夫なんだろう。もっとも、用心に越したことはないのだろうけれどね」
アキラの無事は神が保証してくれた。
犠牲まで要求して来たのだから、それは確かなのだとルーレイラは疑いもなく思っているようだ。
この世界の理屈に詳しくないアキラも、その判断にひとまず従うことにした。
「火薬のことは、アキラどのなりに考えがあってのことだろうから私もこれ以上、口は挟まないつもりだがな。なにかあれば必ず相談しろ。悪いようにはしないから」
「うん、ありがとうフェイさん」
ひとまずはフェイも理解を示してくれたようだ。
しかしアキラは、フェイのおかっぱ状になってしまった髪の毛を見て、溜息をつく。
「ゴメンね、せっかく長い間、伸ばしてたんだろうに……」
「いいんだ。また伸ばす楽しみができたと思うさ。謝られると、私もツラくなる。これもなかなか、似合ってるだろう?」
はらはら、とすっきりした後ろ髪を手ではためかせて、フェイが笑った。
その気丈な笑顔が、アキラの胸を逆に締め付ける。
「それでも、俺の気も済まないしさ。なにかお礼やお詫びは、したいよ」
「怪我が治ったら、また稽古に付き合ってくれ。それで十分だよ」
ぺんぺん、と地べたに座っていた尻を払いながら立ちあがり、フェイが明るく言った。
早く怪我を治そう、アキラはそう心の中で思うのだった。
が。
「……アキラくん、ちょっといいかなあ?」
アキラとフェイのやり取りを見聞きしていたルーレイラが、眉間にしわを寄せながら言った。
「なに?」
「フェイと、言葉が、通じてるよねえ……」
「あれ?」
素っ頓狂な声が出た。
フェイも、言われてハッと気づいた。
蛇の神さまから与えられた霊水のご利益なのか。
アキラの言葉が不自由だった問題が、完全に解決した。
「いったい、どうなっているんだ……?」
普段は信心深くないフェイも、このときばかりはさすがにリードガルドの精霊や神々について、畏敬の念を持たずにはいられなかった。
アキラの言語の問題は解決した。
さらに、霊水の効能もあってかアキラの怪我はその後、瞬く間に快方に向かった。
旅から戻って、アキラは今、ギルドにいる。
ギルド内部勤務手伝いの日々を、相変わらず送っている。
「いいことばかり、ですねえ……」
受付にいるリズも喜んでいるが、あまりに人知を超えた次元の話過ぎて、理解が追い付いていなかった。
「なにはともあれ、これからバリバリ働くよ。怪我も治ったしね」
ラウツカ市の政庁から得ていた公的作業の依頼も、数が戻りつつある。
年の暮れに向けてギルドは大忙しであり、冒険者も内勤者も、手がいくらあってもいいという状況だった。
「それじゃあアキラさん、受付の方をちょっと手伝っていただけますか?」
「俺で分かるかな。頑張るけど」
「この時期は専属でない、飛び込みの冒険者さんが多くギルドに来るんですよ。年末のお休みの前に、たくさん稼ごうということで」
「なるほど、街もギルドも年末進行なわけね」
当時から年始の休みに入ると、ラウツカの街で暮らしている出稼ぎ労働者たちは帰省の時期になる。
その前に稼げるだけ稼ごうと、駆け込み的にギルドで日雇い仕事を得ようとするものは多いのだ。
「はい、ですので簡易的な冒険者登録の用紙をお配りして、必要事項を記入してもらっているんです。ロビーで待っている方たちにその用紙を配布して、簡単な案内を伝えて回っていただけますか?」
「それくらいならまあ、なんとか」
「あとは、字の読めない方に掲示物の案内をしていただけると助かります」
「了解っ!」
詳しい身元の照合や、冒険者にふさわしいかどうかという試験などは、のちほど改めて受付職員たちが行う。
まずは用紙を書いてもらい、窓口に来てもらう水先案内をアキラは頼まれた。
ロビーにたむろしている、仕事を希望しているものたちへの案内と、書類作成の手伝いでアキラの年末は忙しく過ぎて行った。
冒険に出て行く彼らを見送りながら、早く自分も謹慎が解けて、次の冒険へと行きたいという思いが、ふつふつと胸の中から沸いてくるのだった。
冬が深まり、年が変わろうとしている。
秋祭りの時期と違い、ギルドは年末年始だからと言って、大型連休になるわけではない。
それには理由があった。
冬、年越しの時期は、必ずと言っていいほど、どこかで強大な魔物が出現するからなのだった。
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