75 アキラ、神頼みに行く(2)
「おかしいな……このあたりは神さまの力もあるおかげか、魔物なんてほとんど出ない地域だったはずなのに」
ルーレイラがボヤく。
以前から砕石場、岩山近くの村とルーレイラは連絡を交わしあっている。
ここ数年で目立った魔物の出現や目撃などは皆無の地帯だったのだ。
「現にこうして出て囲まれてしまっているのだから、そんなことを言っても仕方あるまい」
フェイは油断なく周囲を伺う。
そのとき、一つの影が木々の間から叫び声とともに急に飛び出してきた。
「ヴキャァーーーーッ!!」
巨ザルであった。
ゴリラかと思うような体躯の、灰色の毛を持った大型の猿が襲い掛かって来たのだ。
「せいっ!!」
腰だめに構えていた槍を、フェイが目にも止まらぬ速さで横一線に払う。
断末魔を発する間もなく、巨ザルの首が刎ねられて地面に転がった。
「ホァキャァッ!!」
「ホッ! ホアッ! ホアァーーーーッ!!」
二頭目、三頭目の魔獣化した猿が立て続けに襲い掛かってくる。
胸板も腕の太さもアキラの倍近くある、まさに怪物だ。
「これは怖い!」
「無理もない! 僕も怖いよ!!」
アキラもルーレイラもすっかり恐怖してしまい、身を寄せ合って縮こまり、震える有様である。
「ええい! 気色悪い!」
そう言いながらフェイは二頭目の猿の喉を的確に槍で突く。
「ウホアッーーーー!!」
三頭目の猿が、馬を狙う。
「こんのっ!!」
フェイは槍の柄を思い切り振り下ろして、魔物の脳天を打ち据える。
ふらついて下がった相手の顎を、下から槍の柄で撥ね上げる。
フェイ一人が奮闘しており、本当にアキラとルーレイラはものの役に立っていない。
アキラたちが情けないのか、フェイが勇ましすぎるのか、はたまたその両方か。
茂みの間から、四頭目、五頭目の魔物が立て続けに姿を現すが、出て来る間にフェイの槍の一撃を食らって退治されていく。
「なんなんだ! いったい何匹出て来るんだ!?」
悪態をつきながらも、的確な攻撃で魔物を処理していくフェイ。
六頭目の巨ザルの胴体を滅多刺しにして、打ち止めになった。
山道に横たわる猿の魔物の死体が、六つ。
その惨状を見てルーレイラが懸念の表情を浮かべて、言った。
「近くの村は大丈夫かな……」
「急いで様子を見に行こう。なにか不味いことが起きているのかもしれない」
ビュッ、っと槍を振るって刃先についた血を落とし、フェイも言う。
人気のある街道沿いに、こんなに大型の魔物が何匹も出たのだ。
深刻な事態になっていてもおかしくはないと三人は判断し、石切り場近くの細人(ミニマ)と呼ばれる種族が暮らす村へと急いだ。
「フェイさん、本当に呂布や趙雲みたいだったよ……」
「そんな、私など、まだまだだ。照れるじゃないか。ははは」
道すがら、大きな驚嘆と尊敬、そして同じくらいの畏怖の念からアキラはそう言って、フェイは笑った。
悪者や魔物をフェイが打ちのめす場面を、アキラが実際に見たのはこのときがはじめてである。
自分とフェイとでは本当に、強さの次元が違うのだとアキラは改めて認識した。
「お、赤い髪の先生じゃないか。また来たのか。なにかの調査か?」
村に着くと、前に来たときと変わらず、背丈の低い村人たちがせわしなく働いている光景が広がっていた。
ルーレイラは村長に、道中で大型の魔物の群れが出たことを端的に説明した。
「そりゃあ変だな。小さい魔物はたまに出たりするが、そんなことはここ最近トンと聞かないよ」
「でも、あれはただごとじゃあなかったよ。警戒しておいた方がいい」
「アンタがそういうなら気を付けるよ」
どうにも緊張感がない。
まるで魔物に襲われたというのが夢か幻でもあるかのようにアキラたちは思った。
ひとまずその日は村の中で宿代わりの部屋を借りて、三人は休むことにした。
借りた部屋は、村長の別宅である。
普段は特に使っていないからと宿代わりになっている建物で、作りも立派である。
部屋の中には石組みの暖炉もあり、冬であるのに夏のように温かかった。
ルーレイラは役人だった時代からこの村と懇意にしているので、こうやってたまに訪れたときも好条件で歓待を受けるのである。
「風呂、先に貰うぞ」
「うんうん。フェイは大立ち回りして疲れているだろう。先に入ってくるといい。ゆっくり浸かって来なよ」
「そうさせてもらおう。済まないな」
村長は風呂の準備もしてくれていた。
まず一番にフェイが湯を浴びに向かう。
「さて、フェイがお風呂から戻って来るまでの間に、こっちも済ませてしまおうか」
「え?」
ルーレイラからいきなりそう言われて、アキラはなんのことかさっぱりわからない。
「え、じゃないよ。服を脱ぎたまえ」
「俺、怪我がアレだからまだ風呂とかは入れないんだけど」
そもそも今はフェイが先に入浴中である。
ここで服を脱いで一体どうするのか。
そういう楽しい展開はアキラにとって血が昇りすぎて怪我が悪化する原因になりうる。
「せめて体は拭くだろう?」
「いやいやいやいやいやいや、自分でやるよ、それくらい」
「後ろの方は自分だと不便だろう。ただでさえ右手が上手く使えないんだから。遠慮せずにお姉さんに任せたまえ」
楽しそうに笑顔でアキラに襲い掛かり、服を脱がしにかかるルーレイラ。
「ちょ、ルー、ステイ!」
と言っても、アキラも本心で嫌がっているわけではない。
「ほれほれ脱げ脱げー!」
「いけませんお代官さま! ごむたいな!」
じゃれ合っているうちに、いつの間にかルーレイラはアキラに馬乗りになっている。
アキラは上着を脱がされて、裸の上半身をルーレイラの前に晒していた。
「切り傷は……もうほとんど塞がってるね。なるべく避けながら拭くけど、痛いところがあったら言うんだよ」
「痛いより、くすぐったいよ……」
温かい湯で濡らしたタオルを使い、アキラの顔、首、胸板などをルーレイラは優しく拭いて行く。
正直、アキラはくすぐったくてたまらないのだが、それでも気持ちがいいのは確かだった。
ここは素直にルーレイラの厚意に甘えるとしよう。
そう思い、まな板の上の鯉よろしく、無防備になすがままにされている。
「あんまり、無茶しすぎちゃ、ダメだよ……みんながみんな、フェイみたいに強くないんだからさ」
「うん、わかってるよ」
フェイの強さは別格である。
今日、目の当たりにしてアキラはそれを強く思い知らされた。
「港の倉庫の件は、ああでもしなければリズが危なかったというのはわかるよ。でも周りに他の仲間がいたんだろう? カタナ男とか、クロとか、ドラックがさ」
「ああ、少し、早まっちゃった……反省してる」
自分に足りないところがあるのは、仕方のないことなのだ。
それを恥じるのではなく、仲間をもっと信頼しなければいけないとアキラは強く思った。
「わかっているならいいんだ。僕もお説教をしたいわけじゃないからね。さ、次は背中を拭いてあげるから、起きて後ろを向きたまえ」
「お手柔らかに、お願いします」
「アキラくんの背中は広くて大きいねえ。ちょっと抱き着いてもいいかい?」
「な、なんで?」
「なんとなく、そうしたい気分なのだよ。むぎゅ~~~」
背後から、べったりと甘えるように体を密着し、ルーレイラがアキラの胴体を抱きしめる。
「ルー、汗臭いだろ。恥ずかしいんだけど」
「うん、確かにアキラくんの匂いが、強烈にするね。すはー。すはー」
「やめて。変態さんか」
そんなことをアキラとルーレイラが部屋の中で行っているので。
風呂から上がったフェイは、部屋に戻るのをためらって、外からこっそり様子を伺い続けているのであった。
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