72 ラウツカ市ギルド、陰謀に巻き込まれる(7)
アキラとコシローは、港の一角に並んでいる倉庫を一つずつ、おかしな気配がないかどうか探っている。
「クソッ、ここは鍵がかかってるな……」
アキラがそう言った建物は、扉に閂と錠前が駆けられていて、中を確認することができない。
しかしコシローは建物を外からざっと一瞥して、こう言った。
「いねえ。次だ」
「なんでわかるの?」
外から錠をかけられているのだから、中に人がいる可能性は低い。
しかしコシローの物言いがひどく自信ありげで断定的なので、アキラは疑問に思って聞いた。
「お前ら素人と一緒にするな。だいたいわかる」
「だ、だいたいわかっちゃうんだ……」
コシローは幕末の人斬りであり、幕府軍の兵士である。
もともと神経質なところがあり、他者の気配に鋭敏だった。
その上で戦場で経験を積み、異世界に転移したことで得た精霊の加護の力によって、気配を操る能力に関して、ほぼ魔法と言っていいレベルにまで到達している。
「隣に行くぞ。あっちの建物には人の気配がある。複数だ」
「わ、わかった」
アキラはコシローの勘を信頼し、後に続いて走る。
別方向ではクロとドラックが倉庫を調べている。
色々な臭いに邪魔をされて鼻が利かなくなっているクロであったが、聴覚の鋭敏さは失われていないはずだ。
なにか怪しいことがあればクロならきっと物音で分かるだろう。
アキラたちは、問題の倉庫の出入り口から、一人の男が出て行くのを見た。
「あ、あいつ!」
アキラはその姿に見覚えがあった。
日雇い労働者をまとめ上げている商会の長、スタンである。
その姿を認め、考える前にアキラは走って詰め寄った。
「おいオッサン! リズさんをどうした!!」
「なんだあ、兄ちゃん、いきなりよお。どこかで会ったな?」
「うるせえ! いいから質問に答えろ! リズさんをどこにやった!」
以前、アキラたちが高級飲食店で相手の盗聴をしているとき、この二人はトイレで顔を合わせている。
スタンもアキラのことを覚えていたようで、にかっと笑った。
「なんのことかはわからねえが、そうカッカするなよ。男前が台無しだぜ?」
相手はあくまでもしらを切るようだ。
しかしアキラは、スタンたちが悪だくみをしているという確証をまだはっきりと持っているわけではない。
相手ののらりくらりとした態度に、アキラの怒りがうやむやにされかけていた、そのとき。
「ちぇりゃあーーーッ!!!」
突然、コシローが刀を抜いてスタンに斬りかかった。
「おおっと!」
スタンも自分の腰に下げていた、中途半端な長さの剣を抜いてコシローの剣戟をはじく。
「こ、コシローさん!?」
コシローが問答無用で臨戦態勢に入ってしまったことで、アキラは戸惑いを隠せない。
「無駄話してないで、さっさと中を調べろ。この倉庫にいるぞ」
「あ、ありがとうコシローさん! わかったよ!」
「一人や二人じゃない。死んでも俺は面倒見んからな。せいぜい頑張れ」
アキラを倉庫の中に送り出し、コシローはにやりと笑った。
スタンは明らかにコシローに殺気を放っている。
「さて、お前は何点だ?」
「……つまらねえ邪魔をしやがって。お前さんもいい腕してそうなのに、惜しいなあ。嫌になるぜ」
そう言ってスタンは、毒の塗られた剣を手に、コシローに向かって行った。
倉庫の中に、必死な思いを乗せた大声が響く。
「リズさーーーーーーん!! いるかーーーーい!? いるなら返事をしてくれーーーーッ!!」
リズの衣服を剥ぎ取ろうとしていた男たちが、その声に体を震わせる。
突然の邪魔者が現れ、男たちは殺気立って迎撃の構えに入る。
わき目もふらずに倉庫の奥へと駆けたアキラが、見た光景。
目隠しをされ、口元からわずかに血を流し、衣服の上着を乱した状態で椅子に縛り付けられているリズと。
その周りを囲むように立ち、自分を睨んでいる数人の男たち。
「て、てて、てめえら……」
アキラは、脳内でなにかが切れた音を聞いた。
山の中で盗賊たちに襲われ、囲まれていた時でさえ周りの状況を見て、冷静さを保っていたアキラの理性が、完全にどこかへ飛んで行った。
「俺のリズさんに、なにしてくれてんだあーーーーーーーーーっ!!!!」
獣のような雄たけびを上げて、アキラは「リズに最も近い男」に向かって、猛然と走った。
「て、てめえ!」
行く手に立ちはだかる男が、手に持ったナイフをアキラに振るう。
その刺突はアキラの左腕を切り裂いた。
アキラは突進を止めず、自分に切りかかってきた男には目もくれず。
「おっらぁッ!!」
「ひ、ひぃッ!?」
リズの横に立っていた男の頭部を「首相撲」の形で抱え、相手のみぞおちに強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
「くぶぇぇ!!」
急角度のアキラの膝蹴りであばら骨がバキバキに折れた男は、その場にのた打ち回って泡と血を噴いた。
もう一人、リズから近い位置に立つ別の男にアキラは狙いを移す。
「おいてめえか!? リズさんをこんな目に遭わせたのはてめえか!?」
「う、うるせえ! 死ねこの野郎!」
相手は棍棒を振るって来たが、アキラはまともにそれを避けようともせずに、肩の筋肉で攻撃を受け止める。
「俺が聞いてんだろうがこの野郎!! テメーがやったのかって、俺が聞いてんだよ!!」
アキラは全力の右拳で相手の顎を殴り割った。
「へぐ!」
「なんとか言えっつってんだろコラァ!! 俺が質問してんだよ!! はっきり答えろこの野郎!!」
続けてアキラは相手の眉間、眼窩、こめかみを容赦なく殴りつける。
空手のフォームもへったくれもない、怒りと筋力に任せておもいっきりぶん殴るだけの攻撃。
武道とは言えない、純粋で単純な暴力。
それなのに狙うのはすべて急所を違えていない。
殴りすぎて、アキラの右拳の骨に、ひびが入った。
「こ、この野郎!? 狂ってんのか!?」
先ほどアキラの腕に切り付けた男が、再びその凶刃を振るう。
アキラは胸のあたりを衣服ごと切り裂かれたが、相手の攻撃の終わりを見計らってその懐に踏み込み。
「いてえだろが!!」
強烈な頭突きをお見舞いして、男の顔面を粉砕した。
「あぃぎゃぁ!!」
視界が血に染まった男は、前後不覚でフラフラになりながらも、その場から逃げようとする。
「バックレてんじゃねえよおい!! てめえリズさんにナニしたこの野郎!!」
しかしアキラは男の髪の毛を鷲掴みにして逃げることを許さず、連続でさらに頭突きを叩き込む。
ゴグッ。
メギッ。
グチャッ。
「あ、ああぅあが……」
相手はもう体を痙攣させており、まともに言葉を発することは当然できない。
しかし頭の中が真っ赤な怒りに狂い染まってしまっているアキラは、額を相手の顔面に振り下ろすのをやめようとしない。
「あぁ!? なんだコラおい!? 聞こえねえってんだろおい!? 俺をナメてんのかコラァ!!」
ガゴッ、ベキッ、グジュッ、ボゴォ。
「あ、アキラさんもうやめてください! 死んでしまいます!!」
男の体が動かなくなっても執拗に頭突きをやめないアキラ。
その狂気に満ちた暴れっぷりは、目隠しをしているリズにも十分に伝わった。
しかしリズの声は正気を失っているアキラに全く届かず。
「ひ、ひぃ……」
逃げ腰になっているもう一人の男に、アキラは自分の血や相手の血で染まった顔面を向ける。
「てめーは答えてくれんのか? リズさんに、一体なにしたんだよお。言ってみろよコラァ」
「や、やめ……来るなぁ」
腕も胸もナイフで切られ、右拳は殴打のし過ぎで完全に骨折しているアキラ。
その痛みも感じないほどに、怒りに支配されているのが相手の男にも完全に伝わっている。
相手は鉄の棒きれを手に持ちアキラに向かい合う。
その膝はガタガタと震えて、腰はすっかり引けていた。
「ハッキリ喋れやコラァ!! これ以上、俺をイラつかせんじゃねーよ!!」
「ひ、ひぃぃ!!」
アキラは吠えて走り、男は恐怖で尻餅をついた。
しかし、震えてうずくまる男にアキラの攻撃が加えられることはなかった。
「アキラァ、そこまでだぜェ?」
「そ、それ以上やったら、やり過ぎっス! 人死にを出したらギルドの方が、罪を負っちまうっスよ!!」
クロとドラックが駆けつけて、アキラの体をしっかりと取り押さえた。
「は、離せよ! こいつらが、こいつらがリズさんを!!」
アキラは暴れもがいて拘束から抜け出そうとするが、屈強な獣人二人に前から後ろから体を抑えられて、身動きが取れない。
クロとドラックはこの倉庫でアキラが放ち続けた怒声に気付き、急いでこの場に駆け付けたのだ。
さらにその場にもう一人の人物が現れた。
その人物は恐怖に駆られてへたり込んでいる男を縄で縛り、倉庫の奥で囚われの身になっていたリズを解放する。
「いやあ、アキラどの、派手にやったものだな……」
スタンの足取りを追っていたフェイが、冒険者たちに少し遅れて、倉庫にたどり着いたのだ。
アキラが叩きのめした男たちは、かろうじて息がある。
じきに市中衛士たちが来るだろうから、急いで手当させれば大事には至るまい。
倉庫の外では、頭目の長であるスタンが縄をかけられて、座らされている。
コシローとスタンがにらみ合いを続けている所にフェイが割って入り、スタンを捕縛したのだ。
「クソッ、暴れたりねえ……」
つまらなさそうに言って、コシローは帰って行った。
「アキラさん、もう大丈夫です。ありがとう、アキラさん……」
クロとドラッグに手足を抑えつけられているアキラ。
解放されたリズが、少し疲れた顔で、アキラにそう言って笑った。
「あ、ああ……」
リズが無事である様子を見て、やっと正気を取り戻したアキラ。
その場にぺたんとへたり込んで、大きな体を震わせて、泣いた。
「よ、良かった……良かったよお。リズさんになにかあったらって思うと、俺、俺……」
さっきまで鬼か悪魔かというほど暴れていたアキラが、別人の、まるで子供のように泣きじゃくった。
リズは自分の目頭にこみ上げる熱いものを必死で抑えながら、泣き続けるアキラの頭を、その胸にぎゅぅっと抱えたのだった。
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