70 ラウツカ市ギルド、陰謀に巻き込まれる(5)

 リズの足取りと残り香を追って、クロは走り、アキラはそれについて行く。

 まずは確実に向かったであろう、リロイを弁護してくれる学者の邸宅へ。


 ナタリーの話によると、リズは午前中には弁護人との話し合いを終えて、邸宅を出たという。

 そこから彼女がどこに行ったのか。


「多分、こっちっす。方向的には政庁っスかね?」

「取り調べを受けてる最中のリロイさんに、会いに行ったのかな」


 アキラとクロは駆け足で政庁に向かった。

 クロの調べによると、確かにリズはここを訪れているようだ。

 しかし政庁はもう受付業務を終えており、来客者が残っている気配はない。


 更にリズの足跡をたどるため、クロはいつになく精神を集中させた。

 クロは、これと言って魔法を行使できるわけではない。

 しかし精霊魔法を使う力が全くないわけではなく、その力はもっぱら嗅覚や聴覚をさらに高めることに、常時使われている。

 意識を集中させることで、その能力はさらに鋭敏なものとなる。


「港の方っスね」

「行ってみよう」


 はやる気持ちを抱え、言葉少なに追跡行を二人は続け、ラウツカの港に来た。

 倉庫地帯が目の前に広がっていた。

 船から引きあげた荷物、これから船に積み込む荷物を大量にまとめて保管している場所だ。


 様々な食品、肥料や薬品、木炭や油などの燃料の匂いが、倉庫群一帯に入り混じっている。

 リズの香りを詳しく探ることが難しくなった。


「アキラさん、ゴメンっス。ちょっとここから先は手間取るかもしれないっスね」

「いやいや、ここまでたどり着けただけでもすごいよ。さっすがクロちゃんだ」

「大したことないっス。でもリズさん、こんなところになんの用があるっスかね?」


 アキラもそれは同感だった。 

 夕方を過ぎているので人通りは乏しい。

 それでも搬入搬出、船との積みおろし作業を行っている者たちはいる。

 誰もが屈強な肉体労働者たちで、おおよそリズの居場所としては似つかわしくない。


「なんだァ、アキラにクロじゃねえかァ。こんな”時間”に、どうしたってんだよゥ?」


 林立する巨大な倉庫の群れを前に立ち往生している二人に、声をかける者がいた。

 大木のような分厚く大きな体躯に、くすんだ黄緑色の鱗肌。

 竜族獣人の船乗り兼冒険者、ドラックであった。


「ドラックさん! ああ、そうか、本職は船関係だったね」

「今日はもう、俺の仕事は終わったけどなァ。久しぶりに”飲み”にでも行くかァ?」


 アキラがドラックに会うのは、秋祭り以来のことである。

 船の仕事が忙しかったのだろう。


「ごめん、それよりもさ、リズさんをこのあたりで見なかった?」


 久しぶりに会った挨拶もよそに、アキラは本題に斬り込んで説明した。

 リズの行方が分からなくなっている。

 匂いから消息を追って、この倉庫群にたどり着いた、と。


「受付のねーちゃんかァ。それなら”昼メシどき”に来たぜェ? 港で働いてる、臨時雇いの連中について、聞かれたんだァ」

「スタン商会の連中っスか。そっか、船乗りさんたちに聞けば、色々わかるっスよね」

 

 ギルドから仕事を奪ったスタン商会は、港での荷物の積み下ろし作業を行うことも多い。

 船乗りとして港に頻繁に出入りしているドラックに情報を聞くというのは、合点のいくことだった。


「俺ァあの連中は”嫌い”なんだけどよォ。ろくに言うこと聞かねえし、しょっちゅう”喧嘩”を始めやがるしなァ」

「イメージ通りだったな……」


 頭目のスタンを見たアキラは、恐らく粗暴な集団なのだろうなと想像していた。


「この前も、船の連中と大掛かりな”乱闘”を起しやがってよォ。あんな連中は出入り禁止にしろって、うちの”船長”が怒鳴って、参ったぜェ」


 先日、フェイが乱闘の鎮圧に港に応援に来たという話がある。

 それはスタン商会の作業者が関わっていたことだったのだ。


「リズさんはその後、どこへ行ったか分からないっスかね?」

「俺と話した後ァ、ギルドに戻るみてェな感じだったけどなァ。戻ってねェんなら、マズいことになってるかもしれねェ」

「ま、不味いことって……?」


 不安げな顔で聞くアキラに、ドラックが答える。


「そりゃァ、この辺は荒くれモンの”バカ”が多いからよゥ。若くて可愛い”嬢ちゃん”を見て、なにかしてやろうって考える奴が、いるかもしれねえってことだよゥ」


 その言葉に、アキラは血の気を失って立ち尽くす。

 見渡す限りの倉庫の群れ。

 ここでリズの匂いが途切れているとしたら、リズはまだこの近くにいる可能性が高い。


 こんなところにリズが連れ込まれて、よからぬ輩に、よからぬことをされていたとしたら。


「クロちゃん! 手分けして倉庫の中を片っ端からあたろう!」


 杞憂であってほしい、取り越し苦労であってほしい。

 それなら後で笑い話にできる。

 しかし今、アキラは後悔しないためにも、すぐにでも動くべきだと強く思って、言った。


「わ、わかったっス! ドラックさんも、手伝ってくれるっスよね!?」


 食って掛かろうというような二人の勢いに、ドラックも思わず巨体をびくりとさせた。


「そりゃァ、いいけどよォ。一人ずつ行動してたら、逆に”返り討ち”に遭っちまうかもしれねえぜェ」


 ドラックは年長者らしく、冷静な意見を述べた。

 この場にいるのは三人、決して多い人数ではない。

 手分けしてことに当たるとなると、どうしても一人で行動する者が出てしまう計算だ。


「クソッ……どうしたら」


 地団太を踏むアキラ。

 しかし、このときこの場に、もう一人の不意の来訪者が現れた。


「なにを騒いでるんだと思ったらお前らか。元気いいな」


 釣竿を持った、釣り人である。

 同時に、腰に大小二振りの刀を差した、サムライでもある。

 

 海岸沿いで釣りを楽しみ、しかし一匹も釣れずに帰る羽目になっていた、コシローであった。

 

「コシローさん! なにも言わずに手を貸してくれ!」


 アキラは考えるまでもなく叫んでいた。

 一人でも多くの協力者が、今すぐに欲しい。

 それほど親しいわけでもないコシローであっても、アキラにとっては天の助けのように見えたのだ。


 アキラの切羽詰った様子を、鼻を鳴らしてつまらなさそうに一瞥したコシローだったが。


「敵か?」


 それだけを聞いた。


「敵だよ!」


 アキラも、それだけ答えた。

 コシローはキキっと楽しそうに笑った。


「楽しい相手だと、いいんだがな」


 コシローはポイっと釣竿を投げ捨てて、アキラと一緒に走った。


 アキラとコシローは、倉庫群の南端である海沿いから。

 ドラックとクロはその反対方向、倉庫群の北端、通りに面した側から。


 リズを探すために、すべての倉庫をしらみつぶしにあたって行った。

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