68 ラウツカ市ギルド、陰謀に巻き込まれる(3)

 ラウツカ市西横丁、その南端に位置する高級飲食店の一室。


 クロが他の部屋の会話を、魔法のマイクとスピーカー石で盗み聞きしている。

 アキラとリズはその様子を、固唾を飲んで見守っていた。

 卓には様々な美味美食と思われる品物が並んでいるが、誰も手を付けてはいない。


「ギルドの悪口で盛り上がってるっスね、クソ木っ端役人ども……」


 苦虫を噛んだような顔でクロが述べた。

 ここ数か月、政庁からギルドにもたらされる軽作業の依頼が激減していた。

 それはおそらく、ギルドをよく思っていない勢力が政庁の中にあり、ギルドの利益を減らそうと画策されたからだ。


 盗聴している部屋の中には、市内の整備や開発を担当する部署の役人が集まっている。

 その部署の責任者であり、今夜の会合の主役、エヴァンス局長という人物がいる。


 リズはその人物こそが、ギルドの利益を阻害し、他の組織や人材に仕事を流した中心人物であると推測している。


「先生、って呼ばれてる、ガラの悪いオッサンはどんなことを話してる?」


 アキラがクロに尋ねた。

 先ほどトイレに立ったときにアキラと出くわした、こわもてのドワーフ系男性だ。

 明らかに政庁の役人といった風体ではなかった。


「局長ってやつのおかげで、自分たちの仕事が増えたって、ゲハゲハ笑いながら喜んでるっスね」

「ギルドとは別の労働者組織の、元締めのような人物でしょうか……」


 せめてその「先生」なる人物の名前がわかれば、とリズは思った。

 しかし会話の中からは、とうとう個人名を拾うことができなかった。


「……連中、もうこの店を引き上げるみたいっスね。何人かはよその店にハシゴするみたいっスけど」


 盗聴相手はこの店での飲食を切り上げ、退出するようだ。


「尾行とかするっスか?」


 クロの提案に、リズは首を振った。


「もし相手に発覚したらまずいです。今日はここまでですね」

「クロちゃん、お疲れさま。ゆっくりメシにしようぜ」


 三人は少し冷めてしまった料理をもそもそと食べながら、盗聴で得られた情報について話し合った。

 上等な料理なのだろうが、三人とも色々考えることが多く、味はよくわからない。


「先生って呼ばれてたいかついオッサンは、特徴的だったから街で見かけてもすぐにわかると思うよ」


 アキラは相手の人相、風体をしっかり頭に叩き込んでいる。


「俺も匂いは覚えておくっス。どこのなにもんか、わかるといいんスけどね」


 クロはそう言ったが、クロが相手の匂いを記憶していられる期間はそう長くはない。


 二人の言葉にリズは頷き、さらにこう質問した。


「ギルドへの悪口って、具体的にどんなことを言ってましたか?」

「調子に乗ってる割に、いざとなったら危ない仕事は衛士にまかせっきりの、腰抜け連中だ、とか言ってたっス……」


 クロが悔しそうに言った。

 アキラやクロのような初級冒険者にとって、それはある意味真実でもある。


 しかし、別に偉そうにしたり、調子に乗っているつもりのないアキラにとっては、やはり 腹の立つ誹謗と感じる。


「あとはその、リズさんのことを」

「私ですか?」

「うっス。その、下品な感じで悪く言ってたっス。スケベな内容だったから、直接リズさんには伝えたくないっスね」


 クロはリズを傷付けないために、気を遣って詳細を述べなかった。

 普段は健康な男子らしくスケベなクロも、こういうところは紳士だった。


「構いません。教えてください」


 しかしリズは、とにかくどんな情報でも集めて精査したいと思い、食い下がった。

 こうなってしまっては引き下がらないタイプだということをクロも知っているので、観念して話を続けた。


「……ええと、あの受付のねーちゃんのおっぱい、無駄にデカいよなとか。ああいう澄ました顔の女を、尻をひっぱたいてひぃひぃ泣かせたいとか、真面目ぶってそうなああいう女こそ、夜はすげーんだぜとか、なんか、そう言う話っス」

「よしクロちゃん、今からでもあいつら追いかけて潰そう」


 普段は温厚でのんびりしたアキラだが、一瞬で頭に血が昇ってしまった。


「いきなり喧嘩なんて吹っかけたら、衛士さんたちに捕まっちゃいますよ」

「ぐぬぬ」


 リズにそう諭されて、アキラは立ち上がりかけていた体を席に再び戻す。


「でも、ありがとうございます。アキラさん、クロさん。気を遣ってくれて」


 にっこりと笑ってリズはそう言ったが、クロとアキラは理解していた。

 リズがこのことに対して、内心激しく怒りまくっているであろうことを。

 どす黒い怒りのオーラがリズの体から発せられ、部屋中を満たしているように感じたのだ。



 翌日、リズはギルドの支部長、リロイと話していた。


「政庁の市内整備局、エヴァンス局長の周りが怪しいですね」

「あいつか。私も顔と名前は見知っているよ。確か夏ごろに局長に就任したばかりだったな」 


 リロイもギルドの責任者として、政庁の幹部クラスとは多少の知己がある。

 もっとも、彼らが暮らすキンキー公国の法律、方針として、ギルドの幹部は政庁の職員を接待してはいけないことになっている。

 個人的な付き合いというものはない。


「あとは、食事の場に同席していた、ドワーフの男性が」


 リズからの報告を聞き、リロイはふーむと椅子の背もたれに体を預け、天井を仰ぎ見た。


「流れ者や日雇い労働者を寄せ集めている組織の長かなにかだろうかね」

「おそらくは。その組織に政庁が仕事を回した分、ギルドへの作業依頼が減ったのかと」


 リズが先日に情報公開を請求しても、門前払いを食らったためにその事実はハッキリしなかった。

 仕事を依頼する、仕事を請けるという関係や手続きにやましいことがなければ、情報を隠す理由はないはずだ。


 なにかある。

 リロイはそう考え、引き続きの調査をリズに言い渡した。


「はい。クロさんに今日、街に出てもらってます。そのドワーフの男の匂いをたどるために」

「あまり危険なことはしないようにね。私も少し外に出て情報を当たってみよう」


 リロイは席を立ち、リズは受付の仕事に戻った。



 この日、アキラはギルドの前庭にある花壇の手入れをしていた。

 一度すべての土を起しなおし、冬用の花を植えるためである。

 土いじりをしているそのアキラのもとに、晴れ晴れとした顔のルーレイラがやって来た。


「やあアキラくん! 政庁に頼まれてた新しい肥料の開発が、やっと終わったよ!」

「こんにちは、ルー。長い間、おつとめご苦労さん」

「ちょっと持って来たからね。ためしにこの花壇に使ってみよう。今回は匂いのそれほど強くない肥料を、と頼まれていたんだ。ここに撒いてもそれほど気にならないよ」

「了解。ドンドン掘り起こすから、どんどん撒いちゃって」


 二人は和やかに花壇の土をほじくり返しながら、粉状の肥料を散布した。

 作業をしながら、アキラは以前、市の政庁の仕事でルーレイラたちと一緒に岩山の調査に行ったことを思い出していた。

 あれは、ギルドへの直接の依頼ではなく、公募入札だった。

 むしろ役人たちは、ギルドにあの仕事を持って行かれたくないという雰囲気さえ漂わせていたのだ。


「ねえルー、前に行った、岩山の調査を覚えてる? 蛇の神さまに会ったところ」

「もちろんよく覚えているよ。楽しい仕事だったねえ」


 アキラにとっても貴重な体験であり、いい思い出だった。

 しかし今話したいのは、そう言うことではない。


「あのときさ、お役人さんたちは、ギルドの俺らが調査の仕事を持って行っちゃうのを、嫌がってたよね」

「そうだねえ。まあわからないでもないのだけれど。彼らにも事情や思惑があるからね」

「どうして? ギルドに依頼を出す方が、面倒臭くなくていいと思うんだけど」

「ギルドに依頼を出してばかりだと、公共事業の公平性が保たれないだろう? ギルドの冒険者以外にも、仕事を欲しがっている市民は、たくさん住んでいるのだからね」


 行政上の方針としては、その通りである。

 それに続けてルーレイラは、こうも言った。


「あとは、ギルドに仕事を投げて、それで終わらせてしまうと、役人の手柄にならないんだよ。ギルドの事務方と冒険者が、だいたい一通り済ませてしまうわけだからね」

「役人さんたちがどう切り盛りして差配したかっていう、人事評価に繋がらないわけか」

「ギルドは組織として大きいし、どんな仕事を請けてもなんとかやりくりしちゃうからね。便利ではあるけれど、それに頼ってばかりだとねえ」

 

 市内や郊外のこまごまとした公共の仕事の大部分を、ギルドがもし済ませてしまったら。

 仕事をしているのはギルドであって、政庁ではないという印象が市民の間にも根付いてしまう。

 それは行政機構としての権威や存在感を失うということを意味している。


「ついでに言うと、ギルドの幹部職員は、政庁の重役と私的に交際してはいけないことになっているからね」

「ギルドと役人の間に、賄賂が発生したりしないってことか」

「特にリロイは隙を見せない男だからね。役人との間に後ろ暗いところは、ないはずだよ」


 お代官様、このたびはまことにありがとうございます、これは山吹色の菓子です。

 越後屋、おぬしもワルよのう。


 ギルドと政庁の間には、そう言ったやりとりが発生しないということだ。

 だとすると、役人が甘い汁を吸う余地がない。


「じゃあ、今の政庁の偉い人は、賄賂やリベートの受け渡しができるほかの業者に、仕事を回してるってこと?」

「ギルドに舞い込んでくる政庁からの依頼が減ったというのなら、その可能性は高いだろうねえ」

「そんな、あからさまな賄賂って、この国では違法じゃないのかよ」

「受け取った金品の総額にもよるかな。多少のことであれば罪に問われないよ。あまり派手だと、もちろんお縄だ」


 その後、ルーレイラはギルドの受付に仕事の報告だけをし、部屋に帰って行った。

 久しぶりにたっぷり寝られるのだろうと思い、アキラも無理に夕食には誘わなかった。


 しかしルーレイラから聞かされたことは、アキラにとって気が滅入る話だ。

 役人の点数稼ぎや賄賂のやり取りで、ギルドに今まで来ていた依頼が来なくなる。

 それが原因で冒険者が困窮するなんて、あまりにもばかげている。

 

 アキラがそんな憤懣を抱える中、クロが出先から戻って来た。


「お疲れっスー。あの日に飯屋にいた物騒なオッサン、見つけたっスよ」

「おお、でかしたクロちゃん!」


 先日の役人との会食の中で、先生、と呼ばれていたコワモテの男を、クロは無事に補足できたようだ。


 さっそくクロはそのことをリズに報告する。


「市内の西のはずれに、流れ者たちの寄場(よせば)があるんスよね。そこの親玉だったっス。スタンって名前の、ハーフドワーフっスね」

「ありがとうございます、クロさん。これで調査も進展しますね」


 様々な種族の者たちと、各種多様な物資が行き交う港町であるラウツカ。

 その日暮らしの労働者や流れ者たちが仕事を求める場所はギルドだけではない。

 そういった者たちをまとめて在籍させている組織は市内にいくつも点在し、その一つの頭目がスタンという男だった。


 ギルドを通さずに仕事を授受する理由はいくつかある。

 その一つは、ギルドから仕事を依頼されるときに、天引きされる手数料を嫌うためである。


 ギルドは冒険者たちの組合互助組織であり、保険機構も兼ねている。

 仕事に失敗したときの冒険者個人の損害をカバーするために、恒常的に高めの手数料を取っている。

 これは依頼主にとっても、仕事を請ける冒険者にとっても決して低い額ではない。


「損失の保険とか補償とかを考えないなら、他のところに仕事を任せた方が安く済むのか」


 アキラは話を聞きながら思う。

 それはそれでリスキーな働き方だよな、と。

 手取り金額が減ったとしても、ギルドを通して仕事をしている方が、アキラ個人の性格には合っていた。


 もう一つの理由は、ギルドで仕事を請ける際の条件、資格によるものだ。


「おそらくあのスタンってオッサンが牛耳ってる組織は、前科モノが多いんじゃないっスかね。寄場に出入りしてる連中の雰囲気が、そんな感じだったっス」


 クロがそう言う。

 ギルドは、犯罪歴のあるものに仕事を斡旋することはほとんどない。

 軽微な罪であれば、幾ばくかの請負禁止期間を経て、ギルドの仕事を請けることができる。

 しかしその際、ギルドは多めの手数料を徴収し、冒険者への配分を減らすのだ。

 トラブルを起こす可能性が高いとみなされるからである。


 冒険者ギルドで仕事を請け負うというのは、それだけ厳しい条件がある。

 その条件にそぐわない者たちは、ギルド以外の経路で仕事を得る。


「荒くれ者たちの親分先生か。一筋縄じゃいかなそうなタイプだね」


 アキラは一度だけ見たスタンの風貌と、その目つきから直感的に危険なものを感じ取っていた。

 


 政庁のエヴァンス局長と、そのスタンという男の間に不正な金銭のやり取りがないか。

 仕事を融通することで賄賂などの取引が存在するのか。

 リズが調べることの方針は、ここで具体的に固まった。



 そして数日後。

 ギルドのロビーに、衛士隊が来た。

 市内を警邏活動を行っている隊士たちで、フェイたちではない。

 しかしそこには、リズにとっても見覚えのある顔がいた。


「こんにちは、スーホさん」


 リズにそうい挨拶されたエルフ族の衛士は、しかしそれを無視して。


「支部長室は奥だ」


 と、仲間に向かって固い表情で言った。

 衛士たちが受付の許可もなく、ぞろぞろと支部長室に向かう。 


「え、い、いったいなんでございますの!?」


 リズの同僚のナタリーも、目を白黒させている。


「ちょ、ちょっと、スーホ! これいったいどういうことよ! なに? 支部長がなんだっての!?」


 その場にいたエルツーもスーホに向かって怒鳴る。

 スーホはフェイの後輩衛士であり、エルツーも顔見知りである。

 エルツーの親戚が所有している空家を、スーホに近いうちに貸すかどうかという話を先日にしていたばかりだ。


 苦い顔をしたスーホが説明した。


「支部長のリロイ氏、及び冒険者ギルドに、脱税と所得隠しの嫌疑が駆けられている。リロイ氏には衛士本部で取り調べを受けてもらうことになる」


 突然降ってわいた容疑で、ギルド支部長のリロイが衛士隊に連行されてしまった。

 ギルド職員たちは、わけもわからず、なすすべもなく、それを見送るしかできなかった。

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