66 ラウツカ市ギルド、陰謀に巻き込まれる(1)
アキラ、エルツー、クロの三人が、ギルド内勤のお手伝いを始めてから、約ひと月が経った。
そんなある日、受付業務や会計業務、帳簿整理を手伝っていたエルツーが、こんなことを言った。
「政庁からギルドに出されてる小口の依頼って、ここ最近でずいぶん減ったのね」
一緒に仕事をしているリズは、エルツーにそう言われて憂鬱な溜息を漏らす。
「そうなんですよ。初級冒険者のかたに向けたこまごまとした依頼が、前に比べてがくんと減っちゃって……」
ラウツカ市の政庁は、失業者対策や貧困対策の一環として、市内整備の簡単な業務をギルドへ依頼を出すという形で募集し、作業者に報酬を支払っている。
下水道の掃除、浜辺に出る小型の害獣の退治、城壁補修の作業補助などが多い。
しかしその依頼件数が、ここ最近めっきり減らされていた。
「たまに依頼が出ると、みんな殺到して取り合っているものね」
エルツーは冒険者になってもうじき一年を迎える。
自分が駆けだしだった頃は、その手の依頼に困った記憶はなかった。
ほんの、ここ数か月で様子が一変したのだ。
「ボスも、職員のみんなも、いい加減困っているんですよね。政庁からはなんの説明もないままですから」
「政庁がルーレイラに依頼するような、特殊で難しい仕事は、相変わらず来てるのよね」
「ええ、その手の仕事は技術も知識も必要で、他に替えがきかないですからね」
他に替えがきかない、要するに他の人材に任せることができないということである。
自分の放った言葉がきっかけで、リズはある一つの可能性に気付いた。
「今までギルドに回ってきた簡単で初歩的な仕事を、政庁は他の人や組織に回すよう、方針を変えたんでしょうか……」
「わざわざそんな変更、するかしら。ギルドに回した方が人の手配も、経理や会計も楽だと思うけど」
エルツーの疑問はもっともであったが、リズはそれでも引っかかるものを覚える。
「私、昼からちょっと政庁に行って、この手の事業の情報公開を請求してきますね」
「了解。そう言えばあったわね、そんな制度」
ラウツカ市の政庁は、市民や団体からの行政情報の公開請求を受け付けている。
よほど特殊な事情がない限り、市政の情報は市民に開示されているのだ。
現実問題、冒険者たちは依頼を減らされて困窮しているのだ。
依頼が減るということは、最終的にギルドの健全な運営にも悪影響が出る。
市の予算が足りない、ギルドに回す余裕がないということなら、その旨をはっきり示してもらう必要がある。
昼食後、情報公開請求に必要な書式をマッハで揃えたリズ。
「あ、リズさん、どっか行くの?」
「ええ、ちょっと政庁まで。すぐ戻ります」
ギルドの門を出ると、アキラとクロがデッキブラシで施設の外壁を磨いていた。
「行ってらっしゃいっス」
「気を付けてね」
「はい、ありがとうございます、アキラさん、クロさん」
掃除夫姿がすっかり板についている二人に見送られ、リズは政庁本部施設へ向かった。
リズは、すぐには帰って来なかった。
夕方、ギルドの営業ももうすぐ終わろうかという頃になって、リズは戻って来たのだが。
「ファック! ファック!!」
出迎えたアキラが、聞き間違いであってほしいと思うような、いわゆるFワードを連発していた。
「……ど、どうしたの、リズさん。ずいぶん遅かったけど」
心配していた気持ちがすっかり萎縮し、むしろ若干の恐怖すら覚えてアキラが尋ねた。
「あ、あら。すみません。聞こえちゃいました?」
リズが不機嫌になっていた原因は、つまりは以下のようなものである。
情報公開の請求は、態度の悪い職員に、無碍にされ跳ね付けられた。
しかもそれだけではなく、ギルドが政庁に申告した税金の書類に関しても、なんだかんだ難癖を付けられた。
そんなはずはないと政庁の各部署を回って、書類の正当性をいちいち説明して回っていたら、こんな時間になってしまった。
それらの愚痴をリズはかなり興奮気味の早口でまくし立てた。
アキラには意味の通りにくい単語や言い回しも連発していたため、リズの発言の詳細な内容は伝わっていない。
「要するに、役所がわからずやで、たらいまわしにされた、ってことだね……」
単語の端々を拾って、アキラはそう理解した。
大枠としてそれは間違っていなかった。
異世界でもそう言うことはあるんだな、とアキラは気が重くなった。
「税の申告なんて、去年と同じようにやっているんですから、今更文句を言われる理由がわかりませんよ、まったく」
ぷんとむくれて頬を膨らませたリズを、アキラは可愛いと思ってしまう。
「でも、仕事の依頼が減らされちゃって、その理由がわからないのは、困るね……」
アキラは借金生活中であり、依頼が少ないというのは死活問題である。
今はギルドの内勤、雑務を手伝っている期間だからいい。
しかしあと二か月も経てば前と同じように、自分で依頼を探し、それをこなして日銭を稼がなければいけないのだ。
「ちょっと、ボスに相談して来ますね」
「う、うん。あんまり無理しないでね」
ふんすと鼻息を荒げて、リズは支部長であるリロイの執務室へ行ってしまった。
退勤時間になっても、リズは受付やロビーに姿を表さなかった。
「リズを夕食に誘おうと思ってたんでしょ。残念だったわね、色男」
「アキラさん、そういうときもあるっス。今日は俺らで我慢してくださいッス」
肩を落としたアキラはエルツーにからかわれ、クロに慰められた。
一方、ギルド支部長、リロイの執務室。
リズが政庁で受けた職員たちからの対応について、リロイに報告している。
それを聞いて、リロイは首をかしげた。
「情報公開の請求が、跳ね付けられたというのは、妙だね」
「はい。今までこんなことありませんでしたから。情報を公開できないとしても、今までは申請だけは受け付けてくれてましたし」
「ふーむ。雇用対策のような、簡単な依頼が急激に減らされている。詳しい情報は出してくれない。となると……」
リロイは少し考え込んでから、リズに言った。
「その手の政策を決定している、予算を握っている政庁の部署になにか起こったのかもしれないね。人事の異動で責任者が変わった、とかだろうか」
妥当な推論であり、その可能性は高いとリズも思った。
「詳しく調べますか?」
「私の方でやっておくよ……と言いたいところだが、リズくんも通常の業務に支障が出ない範囲で、お願いできるかな」
「わかりました、ボス」
話が決まり、リズは部屋を出た。
ギルドの受付とロビーはすでに灯りが落ちており、誰もいない。
冬至が近いこともあり、太陽はすっかり落ちていた。
施錠されている正門からではなく、リズは通用口から外に出る。
ラウツカの海沿いに吹く浜風がすっかり冷たくなっていて、リズは小さく肩を震わせた。
「あら、思ったより早かったわね」
「残業お疲れさまっス、リズさん!」
外にはエルツーとクロがいた。
「お二人とも、まだ帰ってなかったんですか?」
「アキラが、暗くなってるし送った方がいいんじゃないかって言うから、結局みんなで待ってたのよ」
そのアキラの姿が見えないことに、リズは首をかしげた。
「もうすぐ戻って来るっスよ」
クロがそう言った通り、アキラが走ってその場に現れた。
トレーニングとして、ギルドの外周を走っていたようだ。
「はあはあ、やあリズさん。待っててよかった。暗いし、送ってくよ。それか、メシでもどう?」
ひいはあと息を切らせながら笑うアキラ。
その姿を見てリズはおかしくなり、盛大に笑った。
彼らのためにも、依頼がたくさんギルドに来るように頑張らないと。
リズは四人で夕食を食べる店に向かいながら、その思いを強くするのであった。
そんな彼らの姿を見つめる不穏な影があることを、まだそのときは、誰も知らない。
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