65 銃で死んだ者たちの話

 翌日、リズは大事を取って仕事を休んでいた。

 クロも仲間内の用事があるとかで、この日は出勤していない。


 二人がいないことでアキラも元気がないが、仕事は仕事であり、きっちりとこなさなくてはならない。

 会計、書類業務に役に立つことは、今のアキラには難しい。

 しかしギルドをはじめて利用する冒険者、依頼者が来たときなど、軽く要件を聞いて受付に取り次ぐ程度の案内はできた。


 ギルドの庭や正門を掃除しながら、アキラは来客者に愛想を振りまく。


「いらっしゃいませ、ラウツカ市ギルドにようこそ!」


 と、次に来た客にもなるべく明るく挨拶をしたアキラだったが。


「なんだ、死にぞこないの兄ちゃんか。掃除夫に転職したのか?」


 訪れたのは、幕末日本出身のラストサムライ、コシローであった。

 彼がギルドを訪れるのは珍しい。


「どもども、コシローさん。なにか依頼を受けに来たの?」

「まあな。金がなくなった」


 ラウツカに流れて以降、ろくに働きもせずにフラフラしていたコシロー。

 ついに手持ちの金銭が底をつきはじめたらしく、この日は仕方なくギルドに仕事を探しに来たようだ。


 コシローは、腰に二振りの刀を差している。

 一つは彼がもともと持っていた、太刀と言っていい長さのものだ。

 それより若干短い別の一振りを、ドワーフの職工に作らせて、入手したのだ。 


「刀、かっこいいなあ……」


 正直な気持ちがつい、口から洩れてしまった。

 サムライソードが嫌いな男子はいないものである。


「新しいコイツも、どれだけ役に立つかはわからんがな」


 コシローはドワーフたちに作らせた刀の質を、いまいち信用しきっていないようだった。


「それよりも依頼だったね。案内するよ。コシローさん、はじめてだろ?」

「ああ。なにがなんだかわからん。任せる」


 任せると言われても困ってしまうが、アキラはとりあえず依頼票が張り出されている掲示板に向かい、内容をざっと確認する。


「地味で報酬の低い仕事と、ちょっと危ないけど報酬の高い仕事と、どっちがいいかな?」

「高い仕事ってのは、どんなのだ」


 ちんけな小銭稼ぎには、まったく興味がないようだった。


「西の森の中にエルフの村があるみたいだけど、そこが一時的に用心棒を募集してるみたいだね。よその街で悪さをしてた盗賊たちが、その森に入ったかもしれないからって、自衛のために」

「ふうん。遠いのか?」

「ちょっと距離はあるかな。馬なら一日で着くだろうけど」


 アキラとコシローがそんな話をしていると、もう一人の冒険者が掲示板を眺めに来た。


「あ、ウィトコさん。こんにちは」

「……ああ、馬の兄さんか」


 冒険者の先輩、ネイティブアメリカンはスー族出身の転移者、ウィトコだった。

 彼も仕事を探しに来たのだろう。


 コシローとウィトコはすでに面識がある。

 ウィトコは、二人が見ていた依頼票を覗き込み、聞いた。


「この依頼を受けるのか」

「あ、俺じゃなくてコシローさんにね、どうかなって話してたところ」

「そうか。行くつもりがあるなら、一緒に来い」


 端的にウィトコは言って、受付に向かった。

 キキっと軽く笑い、コシローもそれに従った。


「あの二人、上手く会話が噛み合うのかな……」


 余計なことをアキラは心配するのであった。



「オイオイ、野盗崩れが相手だったんじゃねえのか!?」


 西の森。

 依頼主であるエルフたちの村に着くなり、コシローは刀を振るう羽目になっていた。

 

 相手は盗賊たちではなく、魔獣化した巨大な熊であった。

 しかも、二頭である。


「矢で援護する。お前は右の獲物の注意をひきつけろ。死ぬな」


 ウィトコと村のエルフたちが、一斉に熊に矢を射かける。

 しかしその分厚い毛皮には、果たしてどれだけのダメージがあるか。


「おらおらぁ!」


 コシローの振るった刃が、熊の後ろ足の腱を切り刻む。

 熊は体勢を崩してよろめいたが、巨大な両の前足をぶんぶん振り回して、コシローを近寄せまいとする。


「チッ、銃がありゃあな!」


 コシローがボヤく。

 ウィトコは無言で、ひたすら熊に矢を放つ。

 そのうちの一つが熊の左眼に命中し、視界を奪った。


「横から前足の付け根を狙って刺せ!」


 ウィトコが叫び、コシローは言われたとおりに熊の脇から内臓めがけて、刀を突き刺した。

 奇しくもコシローが今、手に持っていたのはドワーフに作らせた脇差であった。

 文字通り、脇から急所を狙っての攻撃に、脇差が正しく使われたのである。


「もらった!」


 刀が熊の肋骨の隙間を潜り抜け、弾力のある内臓を貫いた手ごたえがあった。

 コシローの刺突は熊の心臓を見事に捉えていたのだ。


「まずひとぉつ!」


 コシローは叫び、愛用の太刀「関の孫六」を抜刀する。

 脇差は仕留めた熊の体に刺さったままであり、すぐには抜けそうになかったからだ。


 残る一頭は、さらに体が大きい。

 エルフの村人たちも、ウィトコも間髪入れずに矢の雨を降らせているが、なかなか仕留めきれない。


 そのときである。


「お頭ぁ! 今なら村が無防備ですぜ!」

「ひゃーっひゃっひゃっひゃ! ちょうどいいところに来ちまったみてえだなあ!?」


 間の悪いことに、森に隠れていたと思わしき盗賊たちが、この状況で村を襲って来たのであった。


「冗談じゃねーぞ、クソどもが!!」

「……銃が、あればな」


 ウィトコも、ついにはコシローと同じことをボヤく有様だった。

 


 翌々日。


 あちこち生傷だらけ、衣服もズタボロのウィトコとコシローが、ギルドに戻って来た。


「お、おかえり、なさい」

「おつかれっス……」


 憔悴のていであるのに、まだ切れるような殺気を放ち続けている二人を出迎えて、アキラとクロはすっかり萎縮してしまった。


「おい、兄ちゃんよ」


 そんなアキラを、蛇のような目でコシローが睨む。


「な、なに?」

「銃はまだ出来ねえのか。あれに撃たれんのはもう二度とゴメンだが、銃がないせいで死ぬのも俺はまっぴらゴメンなんだ。さっさと作って真っ先に俺によこせ」


 一方のウィトコはいつも通りの無表情であるが、苛烈な任務を終えて帰って来たからなのか、怒りや苛立ちや興奮が、ボロボロの体の表面からにじみ出ていた。


「銃を、作ってるのか」

「え、いや、作っては、ないです……」


 ウイトコに聞かれて、アキラはそう答えるしかなかった。


「自分を殺した道具を、恋しく思う日が来るなんてな」


 ウィトコはアキラにそう言って、受付で報告と精算を済ませ、帰った。


「クッソ、風呂だ風呂……」


 コシローも金を受け取り、うわ言のようにそう呟いて去って行った。


 銃で死んだというのは、ウィトコの話なのか、コシローの話なのか。

 ひょっとすると、二人ともそうなのかなとアキラは思った。

 


 ギルドでの勤務時間が終わり、アキラたち雑用組や受付のリズたちも帰宅の準備をする。

 リズは倒れた翌日の勤務を休んだだけで、もうすっかり元の調子を取り戻していた。


「ウィトコさんとコシローさん、ずいぶん大変だったみたいですね」


 アキラとリズは、二人で浜辺を散歩している。

 元々はリズの仕事終わりの日課であり、それにアキラが付き合っている形だ。

 ナタリーがこの場にいないのは、気を遣ったからなのか。

 それとも支部長のリロイと一緒に残業したかったからなのかはわからない。


 リズは英語を話しているが、アキラはリズの言葉を、かなり聞き取れるようになってきた。

 もちろん、リズがゆっくりと、アキラにもわかる平易な言葉で話しているからでもある。


 それにしても言語の慣れが早いのは、知恵の精霊の加護がアキラに戻りつつあるのか。

 もしくは、リズの言葉を少しでも理解したいとアキラが必死で願い、耳を傾けて来たからなのか。

 その両方かもしれない。


「そうみたいだね。かなりヤバかったみたい。コシローさんが言うんだから、相当だ」


 アキラは以前、盗賊たちに襲われて死ぬか死なないかの目に遭っている。

 盗賊団を一人で、大型の魔人を除く全員を、斬り殺したのがコシローだった。


 そんな剣の達人が命の危機を感じるほどのことが、冒険者の仕事の中にはあるのだ。


「アキラさん」

「うん?」

「そう言えば、私の『向こうの世界での死因』を、話していませんでしたよね。アキラさんの話は、私、聞いちゃったのに」


 唐突にリズにそう言われて、アキラは力なく、首を振った。


「い、いやいやいや、無理に話さなくていいよ、そんなこと。ツラいことなんだろ?」

「アキラさんが、銃を作るべきかどうか、悩んでることへの、少しの助けになればと思って。いい機会だから、聞いてほしいんです」

「また、倒れちゃうよ」

「大丈夫です。ずいぶん考えて、思い出して、もう、冷静になれますから」

「ここでリズさんが倒れたら、いたずらするかもよ、俺」


 アキラは恥ずかしい思いを殺しながら、言った。

 こう言っておくことで、哀しく苦しい話を断念してくれればいいと思った。


「ふふふ。少しくらいなら、いいですよ?」


 しかし、この手のやり取りにおいては、リズの方が一枚以上に上手だった。

 アキラは観念して、リズの話を黙って聞くことにした。


「私、17歳の頃に父と一緒に、チャリティーコンサートを見に行ったんです。ラスベガスに。病気の子供たちに、収益を寄付する、屋外コンサートでした」

「アメリカは、そう言うの多いって言うよね」


「はい。大好きなアーティストだったので、どうしても見たいって父にお願いして、連れて行ってもらいました。

 そこでたくさんの人が集まって、歌と演奏を見てて……突然、なにかが連続で破裂するような音がしたんです。

 ビルの上だ! って、誰かが叫んだんです。

 ライブ会場から大通りを挟んでるところに建ってた、ホテルかなにかの建物でした。

 バリバリバリ、ってすごい音を立てて、ホテルの窓がちかちか光ってるのが見えたんです。

 私の周りでは、たくさんの人が倒れて、私もわけも分からずにそこから離れようとして、父とはぐれて。

 慌てて、転んで、立ち上がって、父を探して、叫んで。

 そのときに、どん、って、胸の真ん中でなにかがはじけたような感じになって」


「もう、もういいよ、リズさん、もういいんだ……」


 話を聞いてアキラはたまらず、涙を流した。

 そして、リズの体を、そっと、優しく抱きしめた。

 そうしないではいられなかったのだ。


 しかしリズは話すのをやめずに、あくまでも落ち着いた声でつづけた。

 アキラに、抱擁を返しながら。


「いいえ、聞いてください、アキラさん。

 アキラさんに、聞いてほしいんです。最後まで。

 そこで私は意識を失って、目覚めたらラウツカの、ここの海岸でした。

 アキラさんと同じですね。私もこの海辺で、拾われたんです。

 目覚めて一番最初に叫んだ言葉は、なんだと思いますか?

 ダッド! お父さん! って、叫んだんです。

 当然ですよね。それまで、一緒にいたんですから。

 私、父が大好きなんです。父は、ロスで警察官をしてました。

 ロス市警は色々あって、いろいろ言われてたんですけど、それでも私は父を尊敬してた。

 危険な仕事だけど、みんなを守ってくれてる、誇り高いヒーローなんだって思ってました。

 銃で死んでしまった私だけど、銃を持って街を守ってる人たちを、誇りに思ってるし、愛してます。

 アメリカから遠く離れて生きている今でも、その気持ちは、変わりません。

 私はどうしようもなく、骨の髄まで、アメリカ西部の女なんですね、きっと」


 少しだけ冗談っぽく言って笑い、リズはアキラから体を離した。


「だから、私はこの世界に銃があっても、だからどうということは、個人的には気にしません。

 でもアキラさんは、銃のない国、日本から来た人ですから、私と違う感覚を持っていると思います。

 それでいいんですよ。それがあたりまえなんです。

 アキラさんがしたいように、アキラさんがいいと思うようにしてくれれば、きっとそれが正解ですよ」


 リズの笑顔を見て、アキラは自分の誤解を恥じた。

 もっとか弱く、儚い女の子だと勝手に思っていたのが、間違いだったと知ったからだ。

 リズの笑顔につられて、アキラも笑って返した。


「流石、アメリカ人はタフでマッチョだね……」

「ふふふ、それがアメリカン・スピリットですから」


 アキラは涙で濡らした自分の顔を袖でごしごしとぬぐった。


「……銃、作るかあ」


 それがいいことかどうかの判断は、アキラにはできない。

 しかし仲間のためにも、自分のためにも、そうしたいと素直に今は思えたのだ。


「実はアキラさんも、銃が好きなんでしょう?」


 図星を突かれて、アキラは赤面した。

 男子の多くは、銃器が好きなものなのである。

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