64 アキラ、ルーレイラの秘密を一つ、打ち明けられる
次の日もアキラたちは、ギルドで雑用を手伝って過ごした。
施設の大掃除が終わったので、その間に見つけた故障個所、修繕が必要な道具などを修理している。
「昨日の話、難しいことは俺はわかんないっスけど、ルーさんなら悪いようにはしないと思うっスよ」
ガタついていた中庭のベンチを一緒に直しながら、クロがアキラに言う。
「俺も、そう思いたいんだけどな。こればっかりは先行きがどうなるか、全く分からないからな……」
ルーレイラが銃や火薬を悪用することはないとアキラも思っている。
信頼していると言ってもいい。
しかし銃や火薬の恐ろしさというのはそう言う次元を超えたところにあることも、アキラは重々承知していた。
そんな風にアキラが悩んでいるのをまったく知らず、空気を読まず。
中庭に、話題の中心であるルーレイラが、騒ぎながらやって来た。
「ああ、アキラくん、ここにいたのかい! ちょっと聞きたいことがあるのだけれどねえ!」
「わあっ!? って、いって!」
その様にアキラは驚いて、トンカチで自分の手を叩いてしまった。
ちょうど、ベンチの脚に釘を打って補強している最中だったのである。
「おやおや大丈夫かい。気を付けてくれたまえよ。せっかく怪我も治りかけているのに、また新しい怪我をこさえて僕らを心配させないでおくれ」
ちょうど軟膏を持っているよ、とルーレイラはアキラの指に薬を塗ってくれた。
「あ、ありがと。で、聞きたいことって、なに? そんなに慌てて」
「うむ、工房でちょっと肥料の開発に取り掛かっていたのだけれどねえ。硝石と硫黄を混ぜていたら危うく火事を起こすところだった」
アキラは慄然とした。
ルーレイラは、自力で火薬の秘密にあと一歩のところまで到達していたのだ。
しかしそれは不思議なことではない、必然とも言えることだった。
さまざまな薬品を毎日のように扱い、ときには混ぜたり溶かしたり燃やして研究しているルーレイラである。
いつか火薬の製造法にたどり着くのは、時間と確率の問題でしかないのだから。
「き、気を付けなきゃ、ダメだよ」
「ホントにねえ。っていうか、アキラくんが前にちょっと言っていた、火の薬ってのはひょっとしてこういうものなんじゃないかと思ってね? ぼわんって、あり得ない勢いで燃えたからねえ。硝石自体は燃えるものじゃないのに、不思議なこともあるものだね」
ルーレイラは若干興奮しているが、それ以上に珍しい発見をしたことを喜んでいるようにも見えた。
アキラはそんなルーレイラを見て、哀しい苦笑いを浮かべた。
リズも、ルーレイラが慌ててギルドに来たのをなにごとかと思い、様子を見に中庭まで来ていた。
そして、この会話を聞いていた。
これ以上、火薬のことをルーレイラに隠していても仕方がないとリズは思う。
近いうち、いや、今夜にでもゆっくり話す場を設けた方がいいのかもしれない。
受付カウンターに戻り、リズは仕事の続きをする。
傍らには助手としてエルツーがいて、こんなことを聞かれた。
「リズはどう思ってるのよ、その、火薬っていう物について。完成して、広まった方がいいって思ってるの?」
「必要なものなのかな、とは思っています。冒険者の武器としても、街や国を守るための手段としても、有効なものだと」
努めて自分の感情を出さずに、リズはそう答えた。
しかし、そこに隠されたなんらかの感情を読み取って、エルツーはさらに踏み込んで聞いてきた。
「それは、リズ個人の感想じゃないでしょ。世の中で便利なのかどうかと、自分にとって必要なのかどうかってのは別の話じゃない。リズ自身は、どう思ってるのよ」
「私は……」
アメリカ人のリズにとって、銃はかつて、当たり前に身の回りに存在する物であった。
リズの父親は州の警察官であり、祖父はアメリカ海軍の軍人である。
銃のある世界、火薬のある世界は、リズにとってなにもおかしくない、珍しくもない、当然のことのはずだった。
銃を持ち、国や人々を守る父や祖父を信頼し、尊敬し、敬愛し、誇りに思っていた。
しかし、リズの地球での暮らしを終わらせたのも、銃だった。
アメリカという故郷、愛する家族、親しかった友人たちとリズを引き裂いたのも、火薬と銃弾なのだ。
銃と火薬について深く考えてしまい、その記憶がフラッシュバックしたリズは。
「ちょ、ちょっと、リズ!? 大丈夫!?」
仕事の席で気を失って、倒れたのであった。
倒れたリズを仮眠室に寝かせ、ルーレイラは大急ぎで薬を処方した。
「ルーがいてくれてよかったよ。リズさん、どうしていきなり倒れちゃったんだろう……」
「仕事の疲れが溜まってたんスかねえ……」
業務終了の時間になったが、アキラたちは帰宅せずにまだギルドにいた。
騒いでリズの体に障るようなことがあってはいけないので、中庭に集まっている。
リズへの処置を終えたルーレイラも中庭に来て、言った。
「アキラくん、リズの弱点って言うか、苦手なことを知っているかい?」
「え、体は、あんまり丈夫じゃないって言ってたよね。激しい運動は苦手だって」
「うん、それに加えてねえ。リズは血とか、怪我とか、そう言うのを見たり、思い出したりするだけでも気分が悪くなるのだよ」
しかしそれは、ルーレイラとフェイ、そしてギルドの同僚であるナタリーや上司のリロイにしか、リズは話していないことだった。
冒険者たちに甘く見られたくない、同情されて変に気を遣われたくない。
そんなプライドから、リズは自分の弱みを特定の者にしか打ち明けていなかったのである。
「きみたち、なにか最近、リズがそう言うことに思い悩んでしまうような話をしたのかい?」
「あ……」
ルーレイラに言われて、アキラは合点がいった。
アキラ自身がそうであるように、きっとリズも悲惨な死を遂げて、この世界、リードガルドに飛ばされてきているはずだ。
悲惨な事件、事故。
アメリカ人であるリズが経験し得るような、むごたらしい死にかた。
「……リズさんは、銃で殺されて、こっちの世界に来たのかもしれない。それを思い出しちゃったのかも」
ボリボリ、といつものように乱れた髪の毛をかきむしって、ルーレイラが溜息をついた。
「またその、銃だか火薬だかいうものか。いったいなんなんだいそれは? いい加減、詳しいことを僕にも教えてくれたまえよ」
アキラは、この期に及んで黙っていることもできずに、ルーレイラに火薬について詳しく話したのだった。
「なるほどねえ。ほんの一つまみの粉薬でも、ボカンと激しく燃えて爆発する代物かあ。大量の油や小麦粉を用意しなくてもいいのか……」
話を聞いたルーレイラは、目を閉じこめかみに指を当てて、火薬の用途や効果を想像している。
小麦粉のような細かい粉末が粉じん爆発を起こすことをルーレイラはすでに知っている。
それは密閉空間と、大量の粉が必要という時点で、ごく限られた使い方しかできない。
魔法を介することもなく、簡易的に持ち運べる粉薬で大きな爆発エネルギーを得られるというのは、ルーレイラにとって今まで知ることのなかった技術であった。
「……筒状のものに閉じ込めて爆発させれば、石や鉄片を猛烈な勢いでふっ飛ばしたりできるのかな。なるべく球体で、筒の内径とぴったりにして……いや、矢みたいに前に飛ばすことを考えたら、球体よりドングリ型の方がいいのかな?」
アキラが銃の仕組みを説明するまでもなく、ルーレイラはすぐさまその答えにたどり着いてしまった。
今までの長い人生の中で様々な工作物を完成させてきたルーレイラである。
頭の中でトライ&エラーを繰り返してシミュレーションする能力がずば抜けているのだろう。
「やっぱり、ルーはすぐわかっちゃうんだな……」
「他には釘とかガラス片みたいなのをたくさん集めて、それをバーンって爆発させて周囲にばら撒いたりとかかな? いやあこれはひどいことになりそうだね。自分がやられたらと想像もしたくない」
銃器だけでなく、手榴弾やクラスター爆弾の理屈もすんなりと思い浮かぶようだった。
エルツーもその恐ろしさがすぐに理解できたらしく、話を聞いただけで身震いしていた。
「でもねえ、僕は多分、その銃とかいう武器を作ることはないと思うよ」
「え?」
唐突にルーレイラがそう言ったので、アキラは意味が分からなかった。
火薬の効果も、どういう器具を作れば効果的なのかも、ルーレイラはすぐさま理解した。
それなのに、自分はそれを作ることはないと言っているのだ。
「今まで僕が作った道具や器具をアキラくんたちにも見せたり使わせたことがあったけれど、その中に武器や兵器はあったかい?」
「あ……」
言われてアキラは、ルーレイラが誇らしげに見せびらかしてきた発明品たちを思い出す。
精霊や瘴気を詳しく観察することができる色付きガラスの板。
病気や怪我に効果のある、各種の薬。
水を汲み上げるスクリュウや、下水道の流れを調節する設備。
「魔除け玉も、あれは魔物が嫌がる粉を詰めただけの陶器で、殺傷能力ってのはないわね」
エルツーも、ルーレイラが今まで武器を作って自分たちに使わせたことがない、いやむしろルーレイラ自身が武器を持って戦っているところすらほとんど見たことがないことを思い出して、言った。
「ルーは、武器や兵器を作ったことが、ない?」
今更ながらアキラはその事実に気付き、驚愕した。
その疑問に対しルーレイラは、昔を思い出すような遠い目をして、言った。
「僕は百歳になったときにねえ、神さま、精霊さまと約束したんだ」
ルーレイラは、長い前髪で隠れている自分の右眼を、手で髪を除けて、アキラたち三人に露出して見せた。
「これから生きて行く中で、金輪際『同朋を傷つける武器を作りません、振るいません』って約束をね、そのときに、この右眼を神さまに捧げたんだよ」
ルーレイラの右の眼窩には、眼球がなかった。
燃えるような赤い瞳が、そこには収まっていなかった。
その代り、青く輝く宝石のようなものが埋め込まれていたのである。
「そのおかげで、他の赤エルフよりちょいとばかり魔力が高くなって、ちょいとばかり頭も速く回るようになったのだよ」
ぱっぱっと髪の毛を戻し、再びルーレイラは右目を隠した。
アキラも、エルツーも、クロも、言葉を失っていた。
「だから僕はエルフなのに、弓を射ることもしなくなった。銃とかいうその武器を作ることも、ないと思うよ。魔物にしか効かない銃、というのがもし作れるのなら、作ると思うけれどね。今後の研究課題だね」
話し終えて、ルーレイラは再びリズの様子を見に行った。
「ルーさんが自分で武器を持って戦わないのは、そんな理由があったんスね……」
「知恵や魔力を少し向上させるためだけに、自分の体の一部を、精霊さまに捧げるなんて……」
クロとエルツーも呆然としていたが、それ以上にアキラは愕然として、言葉を発することができなかった。
自分で武器を振るって身を護ることができないのに、ルーレイラは危険な冒険に、何度も出ているのだ。
そんな彼女を安心させられるだけの働きを、アキラは今までして来ただろうかと、自問することすら怖かった。
アキラはその夜、眠ることができなかった。
リズの過去。
ルーレイラの過去。
自分にはまだまだ分からないこと、知らないこと、理解できないことが山の様にあることを思い知らされた。
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