63 アキラ、信頼できる仲間たちに真面目に相談する

 仕事が終わり退勤する時間になった。

 アキラはクロとエルツー、そしてリズをその日の夕食に誘っている。


 四人で馴染みの店である「眠りの山猫亭」に入り、席に着いた。

 店はいつも通り繁盛しており、彼らの他にも多くの客でごった返している。


「それで、お話ってなんでしょうか?」


 リズに尋ねられ、アキラは少し言葉に迷ってから、こう切り出した。


「わかる範囲でいいんだけどさ、ちょっとリズさんに聞きたいことがあって」

「私で答えられることなら、なんでも聞いてください。お仕事のことですか?」


 リズは笑顔であるが、どことなく表情が硬いようにアキラには感じた。

 なるべく明るく、柔らかく話せるように、アキラは努めて表情を作り、言った。


「前からちょっと疑問に思ってたことがあって。この世界、リードガルドってさ、銃や火薬ってどこにもないのかな?」


 アキラとリズの会話の中で、聞き慣れない言葉を耳に資してエルツーとクロが疑問を挟む。


「前にもちらっとアンタ言ってた気がするけど、なによそれ」

「聞いたことないっスね。火傷でも治す薬っスか?」  


 一方で、アキラの口からその内容を聞いたリズは驚いて目を見開き。


「みなさん、すみません。席を移りましょう。店の人に行って、個室を貸してもらいます」


 そう言って、閉め切った部屋になっている個室席に移りたいと、店員に申し出た。


「え、そこまでするの?」

「念のためです。どこでどんな人が聞いているかわかりません。ここの個室なら、防音や消音の魔法をかけてもらえますから」


 そんな便利なサービスがあったのか、とアキラは驚いた。

 ともあれ、リズがそうしたいというのであれば従わない理由もアキラにはない。


「なんだか大げさな話になってきたわね」

「そんなつもりはなかったんだけどな……」


 ともあれ四人は個室に戻り、食事と飲み物を店員に運び入れてもらった。

 先日、リロイと一緒に会食したときもこの個室を利用した。

 あのときも会話が外に漏れないような配慮があったのかもしれないとアキラは思った。


 改めて、リズはアキラが振った話題に対し、食い気味に更に聞いてきた。


「今まで、その話を他の人、例えばルーとかにしましたか?」

「軽く聞いたことがあるだけ。ルーは知らないみたいだったから、この世界にはないのかなって思ったんだ」

「そうですか……」


 アキラは話のついでに、火薬の他にも疑問に思っている事柄を話題に出した。


「あとは石油とか石炭とか、天然ガスも見当たらないよね」


 しかしそれらの話題に置いてけぼりを食らっているエルツーとクロがクレームを出した。


「なんの話か、あたしたち全然分かんないんだけど」

「さっぱりっス」

「ああ、ごめんごめん。わかりやすく説明するとさ……」


 アキラは慎重に言葉を選び、二人に言って聞かせた。


「すごく便利だけど、すごく危ないものだよ。俺らのいた世界にはあったんだ。でもこっちじゃ見ないからさ、ちょっと不思議に思ってたんだ」


 しかしその説明に、エルツーはさもつまらないことのように呆れて返した。


「あんたたちのいた世界って、精霊さまもいないし魔法もなかったんでしょ? だったらその逆で、こっちにないけどむこうにある物だって、当然あるんじゃないの?」


 石油や石炭に関しては、アキラもこの世界で目にしたことがない。

 ひょっとすると、まったく存在しないのではないかと思う気持ちもある。

 しかし火薬に関しては話が違った。


「火薬の原料になるものは、その辺に普通にあるんだよ。ラウツカの街だけで十分に揃うんだ」

「アキラさん、火薬を作れるんですか!?」


 なんの気なしに言ったアキラの言葉が、リズを驚かせた。


「今すぐには無理だよ? でも、ルーが協力してくれて、時間をかければ、なんとかなると思う。原始的な黒色火薬って、そんなに複雑なことをしなくても作れるんだよ」


 アキラは火薬という物がどういう物か、どういう使い方をするのか、どういう危険があるのかをさらに詳しくクロとエルツーに説明した。

 その話を分かっているのかわかっていないのか、眠そうな表情でクロがコメントを挟んだ。


「便利なものが増えるのは、イイことっスよ。危ないって言っても、気を付ければ大丈夫なんスよね?」

「うーん、まあ、気を付けるに越したことはない代物なのは、その通りなんだけどな……」


 屈託のないクロの感想に、アキラは言葉を濁して答えるしかなかった。

 

 一通りの話を聞いて、エルツーはなにか思うところがあるのか、神妙な面持ちで言った。


「……魔物を退治するだけじゃなく、人殺しにも簡単に使えちゃうのね、それ。悪い奴らの手に渡ったら、大変なことになるわ」


 アキラの不安もまさにそれであった。

 しかもこの世界には魔法がある。

 武器や道具の効果を高める魔法の使い手が、そこらじゅうにいるのだ。

 原始的な黒色火薬の銃、いわゆる火縄銃や火打石点火式(フリントロック)銃だとしても、魔法の力を付与することでどれだけ強力な殺傷兵器になることか。


「アキラさんが、ルーに火薬の詳しい話をまだしていない理由は、ルーに話すことで開発と普及が一気に進んでしまうことを不安に思ってるんですね?」


 リズに言われて、アキラは黙ってうなずいた。

 ルーレイラは、長生きして博識だということを除いても、天才と言っていい頭脳を持っている。

 特に、道具を開発して発展させる、効率の良い使い方に改良することにかけて、アキラが人生の中で出会った誰よりも有能だ。


 火薬の秘密を一度知ったら、数年と経たずにルーレイラ一人で技術革新を起こし、この世界の武器や兵器の概念をガラッと変えてしまうだろう。


 アキラたちは転移者、この世界リードガルドから見れば、よそ者の異邦人である。

 そんな自分たちが、大きな変革の端緒を開いてしまっていいのだろうか。

 アキラが悩んでいることというのは、つまりはそう言うことだった。


「……そんな武器や兵器の開発が始まったら、きっとルーレイラはラウツカで冒険者なんて続けていられなくなるわね」

「な、なんで?」


 暗い顔をしてエルツーが言ったことに、アキラが疑問を返した。


「だって強力な兵器の開発なんて国家事業じゃないの。公国の首都に招かれて、兵器造りのために一生、閉じ込められて研究させられるんじゃないかしら」

「それは……しんどいな」


 その未来を想像して、アキラの気分も暗くなった。


 結局その夜、四人は話し合いの結論を出すことができなかった。

 胸にわだかまるものを抱えたまま、アキラは部屋に戻った。



 ちょうどその頃、ルーレイラは市内に構えた自分の工房にいた。

 政庁から依頼されていた新しい肥料の開発にいそしんでいる真っ最中だったのである。


「リンや硫黄がもっと欲しいなあ……前に行った洞窟、コウモリの糞が堆積してたっけ。南西の無人島も手つかずで鳥の糞が積もってたかな……」


 アキラたちの悩みをよそに、ルーレイラは火薬や爆薬の秘密に、着実に近付きつつあるのだった。

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