62 アキラ、魔法についてエルツーにもう少し詳しく質問する
秋祭りが終わった翌日。
今日からアキラたちは、ギルド施設内で職員の補助作業を行うことになっている。
「アキラさんとクロさんは施設の大掃除と、壊れた箇所の修繕などを担当してください。エルツーさんは私と一緒に、帳簿の整理をお願いします」
リズにそう説明を受けて、めいめいは持ち場での作業に向かった。
秋祭りが終わり、冬至を控えたこの時期は、国中で税を徴収する時期である。
ギルドの総収入や総支出、ギルドが保有管理している資産の確認し、税金をしっかり計算して政庁に申告、納付する必要がある。
その作業をするために、事務方の助手としてエルツーが引っ張られた。
「そろばん触るのなんて、何年ぶりかしら……忘れてないといいけど」
「エルツー、そろばん使えるのか。いいな。俺自信ないよ」
「俺もっス」
アキラとクロはややこしい数字や帳簿の作業から逃れた。
まずは掃除と言われたので、ギルド施設の外周、門扉の周辺からゴミ拾いを始める。
二人とも背中に籠を背負って、ゴミをポイポイと拾い集めて行く。
「仲庭の草むしりもやってくれって、言われたっスよね」
「始める前から飽きてるだろ、クロちゃん」
それでお金がもらえるんだからいいじゃないか、とアキラは笑う。
祭りの最終日にウィトコの店を手伝ってお小遣いをもらったこともあり、なんとか暮らしていくぶんに不安はなさそうだ。
借金完済は遠のいたが、悪くない穏やかな再出発だとアキラは思うようにした。
アキラとクロが施設内外の掃除をある程度終わらせた頃には、昼食時間になっていた。
初級冒険者三人衆は、ロビーでもふもふとパンをかじって食事を済ませる。
ぜいたくは敵である。普段の食事はなるべく質素に。
「将棋盤、持って来ればよかったわね」
「そうだな、明日から持って来るよ。ところでエルツーに聞きたいことあるんだけど、いいかな」
休憩の時間はまだまだある。
クロは満腹で気持ちよくなったらしく、半分寝ているようだが、特に問題はない。
「なによ、あらたまって」
「魔法とか精霊さんのことについてさ、もう少し教えて欲しいんだよね。実際に俺、その辺のことまだまだ全然わかってないわけだし」
「そんなこと、ルーレイラに聞けばいいじゃない。あたしより何十倍も詳しいんだし」
「ルーも忙しそうだし、基本的なことを聞きたいだけだからさ。今がいい機会かなって」
実際にルーレイラは研究の大きな仕事が入っていて、忙しいのであった。
ルーレイラに話す前に、エルツーに聞いておきたいというアキラの事情もあったのだが。
「まあいいけど。で、なにを聞きたいの? 女湯を覗ける魔法を知りたいなんて言ったら、はったおすわよ」
そんな魔法がこの世界には存在するのかと、強く興味をそそられたが、アキラの質問はそうではない。
「なにもないところから、ボッって火が出たりする魔法とかって、俺は見たことないんだけど、そういう魔法はないものなの?」
アキラは半年間の冒険者稼業で、それなりに魔法という物を目にした経験がある。
しかしその魔法の大部分は「なにかの働きを向上させる魔法、力を強める魔法」が大部分であった。
ゲームのように、杖から炎が出たり、氷のつぶてが飛び出して敵を攻撃する、というような魔法を見たことがなかったのだ。
「なにもないところから、どうして火が出るのよ」
「え、出ないのか」
「出るわけないじゃない。そもそも燃える物がないんだから。常識で考えなさいよ」
「いや俺、リードガルドの常識、知らんもんで……」
なにもないところから、なにかが生まれることはない。
当たり前の話である。
しかし魔法のことも精霊のこともよくわかっていないアキラにとって、それは新鮮な再確認であった。
「目の前にある木や油を熱して発火させたり、燃えてるものの勢いを強くしたりする魔法はあるわよ」
「じゃあ氷とか水とかも、魔法でいきなり出すことはできないんだな」
「それはできるわよ」
「ええ!? なんでさ!?」
少しわかりかけてきたアキラだったが、まだまだ完全な理解は遠いようである。
エルツーは少し考えて、こう説明した。
「空気の中には、見えないけどあるじゃない、水」
「ああ、そうだな」
いわゆる湿度、水蒸気のことだ。
「それを魔法でぎゅーって一か所に集めれば、それなりの量になるわよね。更に魔法を器用に使えるなら、集めた水を凍らせることもできると思うわよ。あたしはそんな芸当、見たことないけど」
「なる……ほど?」
無から有を生み出すことはできない。
空中にいきなり炎を生み出すような魔法が存在しない理由は「酸素はあっても、燃える物がないところに火は出ない」という、当たり前の物理化学法則で説明できる。
しかし水分は大気中のいたるところに、見えないだけでたくさん存在している。
ゼロから水を生み出すことができなくても、そこにある水に「なんらかの働き」を加えることで、一か所に集めたり凍らせることができる。
「でも、空気の中にある水をちょっとずつ集めてなにかしようなんて、ハッキリ言って魔力の無駄遣いよ。水を持ち歩いたり、水のあるところに行った方が早いじゃない」
大気中から1ccの水を集めるだけでも、どれだけ膨大な体積の空気を圧縮しなければいけないことか。
物理化学の詳しい計算はアキラはもう忘れてしまったが、途方もないエネルギーが必要になるだろうということはわかる。
「そんな大がかりな魔法を使えるなら、他のことに使ったほうがいいってことか」
「まあそういうことね。空気を縮めたり風を操る魔法が得意だと、鉄工所の仕事で重宝されるって聞くわ。かまどに空気を送って、鉄を溶かす火力を高めてるんだって」
「鞴(ふいご)の理屈か。確かに火をたくさん使う仕事には向いてる魔法だね」
「東の川沿いの鉄工房は、そういう魔法で火を焚いてるはずよ。たまに大火事を起こして、ひどいことになってるみたいね」
「大丈夫なのかそれ……」
「川と海が近いから、なんとか消火できるみたいね。あたしも子供の時に、一回だけ大火事を野次馬したことあるわ」
大きい力を使うことには、それなりの危険や責任が伴うという話だなとアキラは思った。
「とりあえずありがとう。また詳しく聞くかもしれんけど」
「なんだっていきなり魔法に興味なんて持ち始めたのよ。使えるようになりたいの?」
「いやあ、使うのは無理だと思うんだけどさ……」
エルツーの踏み込んだ質問に、アキラはどう答えていいものか少し、迷った。
この世界には、銃や爆弾が存在しない。
アキラが観察する限りにおいて、冒険者も衛士もそれらの武器、兵器を使っている様子がない。
ならば、魔法による効率的な殺傷兵器、破壊兵器という物が存在するのだろうか。
どこかにはあるのかもしれないが、少なくとも「街中に出回ってはいない」ということは、確かだった。
しかし自分たちは冒険者である。
仕事上で、つい先日に命の危機を実際に味わったのだ。
これからこの世界リードガルドで、ラウツカと言う街で働き、生きて行く限り、そんな状況が再び訪れるかもしれない。
アキラは二つの考えの間で揺れ動いて、悩んでいる。
一つは、火薬や銃を開発できるなら、それで身を護るべきなのではないか、という考え。
もう一つは、この世界に銃や火薬をもたらしてしまうのは、いずれ大きな悲劇を生むのではないかという考えだ。
アキラは歴史上の物語を愛好していた青年だ。
だからというわけでもないのだが、銃と火薬がもたらす物の大きさ、世界を変える力を、情報として知ってしまっている。
なにより元々は日本の、民間人である。
便利だから銃があった方がいい、使おう、というシンプルストレートな結論を早急に出せる価値観を、アキラは持っていないのだった。
「ふが。俺、寝てたっスか?」
アキラが言葉に淀んでいると、クロが目を覚ました。
「まだ昼休みだから、大丈夫だよ。話し声で起こしちゃったかな」
「いいんスよ、全然。アキラさん、悩みがあるならなんでも言ってくださいッス。ちょっと魔法が上手いだけのちびっ子なのに、こいつ生意気なんだよって話っスか?」
寝ぼけてずれたことを言っているクロに、アキラは笑って答えた。
「そんなんじゃないけど、ありがとう、クロちゃん」
「魔法が上手いだけのちびっ子って、誰のことよ。ギルド職員のお姉さんたちに、あんたたちのスケベな噂、あることないこと言いふらすわよ」
「だから俺、とばっちりだよね? マジ勘弁しろくださいお願いしますなんでもしますから」
くだらない話に笑いながら、アキラは一つだけ前に進むことを決心した。
まずはこの二人とリズにだけ、銃や火薬のことを話してみようと。
他愛のないホラ話だと軽く流されるならそれでもいい。
しかし、クロとエルツーは一緒に、文字通り死線をくぐった仲だ。
そしてリズはこの世界で目覚めてから、今の今までずっと世話になっている、第一の恩人だ。
どうするべきかの答えは出ないが、自分の考えをこの人たちに伝えたい、聞いてもらいたいと、アキラは心の底から思うのであった。
昼休みが終わり、ギルドの中は午後の作業に入る。
誰もがせわしなく動いていた。
アキラとクロは仲庭の草むしり、及び手入れに精を出していた。
その一方で総務受付担当のリズ、エリザベス・ヨハンセンは大きな憂鬱を抱えていた。
原因はアキラとエルツー、そしてクロの三人に、夕食に誘われたことにある。
「やっぱり、ある程度のことは話したほうがいいんでしょうか……」
リズが悩んでいるのは、先だってアキラたちが失敗した、商人護衛の依頼に関係することだった。
ギルド職員のホプキンスという男が、依頼授受の段階で不正を行ったこと。
それがアキラたちの遭遇した危機に直結しているのは、調べを進めて行くうちに確定事項となっていった。
いわばギルドの事務方の不正や不始末で、アキラたちが死ぬか死なないかの状況になってしまったのだ。
仕事上の付き合いという以上に、転移者仲間として、良き隣人として、リズはアキラに思い入れがある。
だから正直にことの顛末を話して、できることなら真摯に頭を下げて謝りたいと思っている。
それで許されるかどうかは別として、黙って胸の中に抱え続けているというのは、リズの性格上、とても苦痛を伴う物だった。
しかし、ギルド支部長のリロイからは、事件の細部について冒険者たちに話すなと固く命じられているのだ。
ホプキンスが謎の死を遂げてしまったことで、この件に関しての調査は頭打ちになっている。
限りなく黒に近いグレーな行いがホプキンスの周りで発生していたことは確かだ。
そのホプキンスは死んでしまった。
ここから離れた街で、謎の死を遂げた。
本人に責任を取らせることは、もうできない。
責任の所在をはっきりさせることができないということは、組織としての信頼をはっきりと示すことができないということに繋がる。
リズもギルドという組織の一員である以上、組織の秩序の維持には可能な限り、努めなければならない。
重い気分のまま、リズは黙々と書類仕事を片付けて行く。
「……そろばん使わなくても、計算間違わないの?」
そんなリズの仕事ぶりを見て、エルツーが疑問の言葉を投げてきた。
「ええ、おかげさまで数字には強いんですよ」
リズはしれっとそう答えながら、どんどん処理すべき書類仕事を片付けて行く。
彼女はこの世界で知恵の精霊の加護を受けており、どんな国、地方のどんな言語であっても、聞いて理解することができる。
それと同時に、地球で暮らしていた頃から計算に強い女の子だった。
子供のころから勉強は真面目にこなしていたので、数学や語学のような「頭の回転」で行うことにリズは強みを発揮するタイプだった。
ギルドの事務職をルーレイラに勧められたのも、その特技が活かせると思われたからだ。
「あたし、これでも学舎では成績一等で卒業したんだけど。リズを見てると自信なくすわ」
ぱちぱちぱち、とそろばんをはじきながら、エルツーが溜息を漏らす。
それを聞いてリズはおかしくなった。
エルツーの奔放で才気煥発な一面を、リズはとてもうらやましいと思っていたからである。
なによりエルツーは華奢で小柄な割に、ガッツと体力がある。
それはリズがどんなに望んでも、手に入らないものなのだ。
「アキラさん、なにか話があるんでしょうか?」
仕事の手を止めず、リズがエルツーに尋ねた。
夕食の場で、自分はなにを話すべきか。
アキラはなにを話したいのか。
リズにはそれがわからなかった。
「どうかしらね。魔法のことをさっき聞かれたけど、それならあたしやルーレイラが説明できるし」
リズに聞こえないくらいの音量で、エルツーは付け加える。
「愛の告白だってんなら、あたしらは呼ばないわよね……」
日が暮れて、夕方になる。
仕事を終えたリズは、若干の緊張を抱えたまま、夕食の場へ向かうのであった。
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