61 秋祭り五日目、アキラのバーベキューピット
ラウツカ市、秋の収穫祭、その最終日である五日目。
アキラ、ウィトコ、エルツー、クロの冒険者たち四人は、大通り沿いに露店を出していた。
近郊の山、森の中で狩った獣の肉を調理して客に提供する店だ。
「どれくらいお客さん来るだろうな?」
なにせ初めて参加するアキラにはわからないことばかりである。
大きなかまどを組み、網と鉄板で食材を加熱調理する役割を任せられた。
果たしてどれだけ忙しくなるものか、不安でもあり、楽しみでもあった。
「北門からも近いし、それなりに来るんじゃないかしら。あんたの調理がよほど不味くない限りは」
エルツーは二つある寸胴鍋の前で、スープを仕込んでいる。
スープの調理と提供、及び全体の会計や接客がエルツーの仕事だ。
一つは肉や豆がたっぷり入った、ごった煮のような味の濃いスープ。
もう一つはキノコと魚介だしを中心としたあっさりしたスープである。
「売れ残っても、気にするな」
肉や野菜の下ごしらえをしながらウィトコが言った。
この店を出すにあたっての費用はすべてウィトコが出している。
もちろん売り上げもウイトコが最終的に回収するわけだ。
アキラたちも手伝い賃を貰う話になっていたが、売り上げが少なかったらそれが出ないかもしれない。
「じゃあ俺、そろそろパン屋に行って来るッス。焼きあがった匂いがするっスから」
クロはゴミの片付けと必要な物の買い足し、その他雑用係である。
鉄板や網で焼いた具を挟んで食べるためのパン、それを買いに近くのパン焼き店に走った。
鋭敏な嗅覚を持つ狼獣人でなくとも、あたりの店から漂うさまざまな芳香を感じ取ることができる。
「よし、こっちの炭もイイ感じに火が熾きたな。頑張るか」
アキラが気合を入れ、かまどに向き合う。
以下に記すのは、アキラが昼食を取る前、なにやらテンションが上がって客と話ながら調理をしていたときの様子である。
☆
やあ綺麗なエルフのお嬢さんとイケメンのエルフお兄さんだね、いらっしゃい、こんにちは。
このあたりじゃ見ない服装だけど。
へえ、遠くの国から仕事で来たんだ?
仕事も区切りがついたし、せっかくだからお祭り見てから帰るか、ってことか。
いいねえそう言うの。憧れるね。俺、ラウツカの周りしか知らないからさ。
なにはともあれ、お昼まだならぜひぜひ食べて行ってよ。
軽くつまめるものから、しっかりお腹にたまるものまでだいたい揃ってるよ。
俺が今作ってるやつ?
これはハンバーガーの種だよ。
えーと、挽肉をまとめて成形して、焼いて、パンに挟んで食べる料理だね。
お客さん、いいタイミングで来たよ。
今から鹿の背の部分で作ったハンバーグを焼くところだからね。
鹿肉はここが一番美味いんだ。
特にラウツカの周りで獲れる一角ジカの背肉は最高だね。
でもこの鹿は脂があんまり美味しくないから、挽肉は赤身を中心に入れるんだ。
固い筋もちゃんと取り除いてるから口当たりはいいはずだよ。
脂が足りなくてパサつくのを避けるために、猪肉の脂も挽いて混ぜてるよ。
この脂は本当に甘みがあって口どけがよくて素晴らしいんだ。
これを味わったことがないなら、人生の何割かを損してると思うね。
赤身八割、脂身二割くらいの割合がいい感じかな。
いやあ、この挽肉にさらにチーズとバターも混ぜちゃうんだけどね、ハハハ。
脂肪分を足すことで、焼きあがった時のジューシーさ、しっとり感が出るからね。
ここで塩コショウ、ニンニクの粉、あとは香草の乾燥粉末とかも挽肉に混ぜるよ。
最低でも塩胡椒は振った方がいいね。薬味は自分の好きな物を使うのがいいよ。
混ぜるのも肉を成形するのも、神さまから貰った最高の道具、この二本の手でやるよ。
ちょっと前に怪我しちゃってさ、左の肩が痛かったんだけど、傷もふさがったしもうほとんど痛みもなくなったよ。
そのとき一緒に仕事をしてたエルフの人に、お客さん、ちょっと面影が似てるかな……。
あ、ところでお客さんたち、お肉は大丈夫な方?
肉も野菜も魚も大丈夫なんだ、そりゃよかった。
俺の知り合いのエルフは獣の肉はほぼすべて食べないからさ。
そういうのもやっぱり個人差なんだね。
野菜が好きなら、あっちでチビっ子が混ぜてるスープもぜひ注文してくれよな。
挽肉はしっかり中の空気を抜いて、真ん中を少し凹ませて、網で焼いて行くよ。
最初に焼き目を付けたら、あとは火元から遠いところでじっくり焼くんだ。
もっと急いでできるのかもしれないけど、じっくりやるのが好きなんでね。
ヘビメタのギターソロじゃないんだから、速けりゃいいってもんじゃないんだよ。
なんの話だって? いやゴメン、こっちの話。
両面に焼き目を付けて、蓋で肉を覆ってじっくり中まで温める。
温度計が欲しいな。だいたい中心が70℃くらいになればいいと思うんだけど。
それと並行して、鉄板の上で細かく切った野菜を炒めて行くよ。
火がすっかり通って柔らかくなった方が好き?
それともある程度しゃきしゃきしてた方が好きかな、ご要望があれば。
ここに味付けの塩胡椒と、細かく切り刻んだ猪のベーコンと、お酒を入れてさらに炒めるよ。
新鮮な野菜を炒めている時の香りは最高だね。
ハンバーグの方もいい感じに火が通って温まったね。
火を通し過ぎるとパサパサのカチカチになっちゃうから、この見極めはいつも緊張するよ。
肉に串を刺した時の肉汁の感じで、なんとなくはわかるけどね。
今夜はこれでご機嫌だね、マーサ。
自慢のドレスを着て待っていてくれよ。
マーサって誰だって? ああごめん、こっちの話。気にしないで。
肉が美味しくなるようなおまじないみたいなものだよ。
もうすぐ食べられるけど焦らないでね。大事な工程がまだあるんだ。
網の上でパンをトーストしてよみがえらせる。できる限りいいパンを用意するのを忘れずにな。
匂いがわかるかな? この匂い、最高だよね!
さ、ここでさらにハンバーグの上にチーズを追加するよ。
チーズやバターを足せばだいたいなんでも美味くなるんだよ。
フードポリスやマッドサイエンティストたちは、それは体に悪いと叫び続けるけどね。知ったことじゃないよ。
いい焼き目がついたパンに、チーズの溶けたハンバーグを乗せるよ。
さらにさっき鉄板で炒めた具も乗せて、ソースをぶちまける。
俺たちは辛めのソースを使ってるけど、自分でやるときは好みのソースを使うといいよ。
太るのが気になる? お茶飲めば大丈夫だよ。パセリやネギも散らすから健康的だ。
さらにトッピングしたい野菜もお好みがあれば言ってくれよ。生野菜とかピクルスをここから足してもいい。
こんなに野菜が入っちゃったら実質カロリーゼロだな。
全ての具をパンで挟んで、出来上がり!
主よ、今日もお恵みに感謝いたします。
切断面が見たい? そう言われるのはわかってたよ。
中まで見事なピンク色に仕上がったね。完璧だろ?
黒焦げ焼きすぎのウェルダンがいいなら来る店を間違えてるかな。
店員としてこんな姿を見せるのは申し訳ないけど、味見は必要だ。俺だって腹は減るし。
誰よりも先に食えるのはピットマスターの特権だね。
いや、お昼まだ食べてないんで、お腹ペコペコなんだよね。ごめんね。
もし気に入ってもらえたら、別の料理も注文してくれよな。
はい、美味いものを食ったら一緒にサムズアップだよ。
これで俺たちは友だちだ。
地元に帰ったら、ぜひ自分のバーベキュー・ピットを始めてみてくれよな。
☆
その後も食事をしながら、若く見えるエルフ男女の客をアキラはもてなし、別れた。
なんと恥ずかしいことに、相手のエルフ男性は本職の料理人であった。
ともにいた女性エルフと一緒に、色々な国を回ってなにやら重要な仕事をしている旅の途中らしい。
ちなみに恋人関係ではないそうである。
「調子に乗ってべらべらしゃべり過ぎちゃったな……」
バーベキュー&ハンバーガーの作法をいろいろ質問されたので、ついつい楽しくて話し込んでしまったのだ。
「ハァイ、ミスターアキラ。ユアソークーゥル!」
その一部始終を少し離れた場所で、リズに見られていた。
「え、リズさん、いつから見てたの!?」
アキラは顔面から火が出る思いだった。
アメリカ西部出身、いわば本場生粋のリズに、にわかバーベキューしぐさでイキっているところをこっそり見られてしまったのだから。
「あら、いらっしゃい。いい機会だからみんなでお昼休憩にしましょうよ。我ながら働き過ぎだわ」
エルツーがそう言って、全員がランチタイムとなった。
キラキラした目で、リズがハンバーガーを頬張る。
ハンバーグにベーコンを重ねて、チーズもたっぷり重ねて。
肉と豆がたっぷり入ったごった煮スープも、リズにとってはベリークールのようである。
肉のない野菜と魚介のスープには見向きもしなかった。
「ン~~~! スメルズグッッ!!」
しっかりと力強くサムズアップしながら、リズは肉を食いまくっている。
「リズさん、すげー、肉ばっかり食うんスね……」
狼獣人のクロにさえ舌を巻かれる始末であった。
年相応の女の子らしく、無邪気に美味しそうにハンバーガーを頬張るリズを見て、アキラは安心した。
商人護衛の失敗以降、リズとゆっくり話をする機会がなかったのだ。
今のアキラはリズとの会話が不自由という問題を抱えているので、それも無理のないことではあるのだが。
それでもアキラは一つ、リズに相談したいことを抱えていた。
言葉に関してはエルツーやクロに仲立ちしてもらえば問題はない。
しかしそうすることで、エルツーやクロを巻き込んでしまうということにもなる。
それがいいことなのか悪いことなのか、アキラにはまだ判断がついていないのだった。
「また夜に来ますね。ちょっと買い物したいところがあるんですよ。みなさん、お仕事頑張ってください!」
そう言ってリズは一旦その場を離れた。
アキラたちはその後も働き続け、食材の大半を売り尽くした。
多少の食材が残っていても、店を閉めて仲間内で夕食を囲むことで消費できるだろう。
「遅くなって済まないな。まだなにか食う物は残ってるか?」
「お祭りももうすぐ終わりだけれど、最後まで気を抜かずに飲むぞー!」
夕方過ぎに、フェイとルーレイラが二人揃って店に来た。
ルーレイラはいつもそうであるように、半分酔っ払っている。
「あ、二人に食べて欲しいものがあるんだ。すぐ用意するよ」
アキラはそう言って立ち上がり、調理に取り掛かった。
魚介類とキノコで出汁をとったスープに、あるものを加える。
それは小麦粉を練って作った皮で、エビや香味野菜を刻んだ具を包んだものだ。
フェイが食べる分には、それに加えて挽肉も具の中に入っている。
「……餛飩(ワンタン)……いや、餃子(ジャオズゥ)!?」
驚きながらも、フェイはそれを夢中で食べた。
そう、アキラはワンタンや餃子の作り方、味付けにそっくりなものをフェイに出したのだ。
「美味い! もう一杯くれ! 山盛りでだ!」
「はいよー。たくさんあるからどんどん食べてね」
ニコニコと笑いながら、フェイのリクエストに応じてワンタンのような餃子のようなものを作りまくるアキラ。
他にもドラック、ギルド職員のナタリーや支部長のリロイが店を訪れる。
焼き場に立つアキラに、この肉を焼いてくれ、この魚を焼いてくれとめいめいが注文を付ける。
「あたしも焼き物、手伝うわよ。見てたからなんとなくわかるし」
アキラが忙しくなりそうだったので、エルツーがそう言って席を立とうとしたが。
再び店を訪れたリズが、やんわりとそれを制止した。
「男の人がバーベキューピットの前に立ってるときは、余計な手を出しちゃダメですよ」
「そういうもんなの?」
「ええ、そういうものなんです。今のピットマスターは、アキラさんなんですから」
かまどを前に、一生懸命、楽しそうにひたすら食材を焼きまくるアキラ。
「アキラ、ベリークール……」
その背中を眩しそうな視線で見つめ、リズは小声で呟いた。
故郷のアメリカにいる父を思い出したのかどうか。
それは誰も知らない。
「誰か~、お小遣いをあげるから、お酒を買いに走ってくれたまえよ~」
「俺にも”頼む”ぜェ? 冷たくて”ガツン”と来る奴をよォ~」
ルーレイラとドラックが、半分腰の抜けた有様で酒を飲み続ける。
ほぼすべての作業をすでに終えているウィトコも、その隣で黙々と酒を飲んでいる。
「みんな、飲み過ぎじゃないっスかね……」
乏しいお駄賃で、クロが先輩たちから使いっ走りに出されていた。
酔わない体質の後輩というのは、えてしてこういうときに損をするものなのだ。
祭りの休日、最後の夜が更けて行く。
翌日からはギルドの営業も再開される。
アキラたちは当分の間、ギルドの施設内や市内での軽い仕事だけに従事するよう、支部長のリロイに提案されている。
「誰かにゆっくり相談するタイミングはありそうだな……」
アキラは自分の中にある気がかりのいくつかを、その間に解消できればいいなと思った。
そのためにはまず、この世界のこと、魔法についてのことを、アキラは今より深く理解しなければならないのだった。
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