58 本祭り三日目の午前から、夕方にかけて

 ラウツカ市を賑やかせる秋祭りの三日目。

 アキラとクロ、そしてエルツーの初級冒険者三人組は、昼から居酒屋に来ていた。

 ギルドの近くにある馴染みの店、眠りの山猫亭である。


 そして、もう一人。

 この会合のホスト役とも言える人物が、にこやかに言った。


「呼び出してすまないね。ここは私がご馳走するから、なんでも好きな物を頼んでくれ」

「はあ……」


 アキラたちを食事に招いたのは、ラウツカ市ギルド支部長の、リロイであった。

 いつも飲み食いしている開放的な席ではなく、奥まったところにある個室である。


「やっぱ、この前の依頼の、失敗についてのことっスか……?」


 犬耳をぺたんと寝かせ、不安げな顔でクロが力なく言った。


 アキラたち三人は、商人の道中護衛任務を引き受けて、それを果たせなかった。

 商人と、その従者である青年の二人を、強盗の襲撃から守ることができずに、死なせてしまったのだ。

 盗賊の首領を逮捕し、奪われた金品は衛士が無事に回収したので、商人の遺族に渡されるだろうという話ではあったが。


「あたしたち、降格になるんでしょ。一定期間の謹慎とかも規約にはあったかしら?」


 エルツーは自分たちが仕事で失敗したことで受けるべきペナルティを理解していた。

 冒険者として登録されている等級は、仕事の成否によって上がったり下がったりする。

 明確に、大きな被害を出して依頼を果たせなかった彼らに、なんらかの沙汰が下されるのは自明の理である。


 降格かあ、とアキラは悲しく思ったが、それも仕方がないと覚悟の上だ。


「そのことなのだがね。先だっての依頼について、ギルドでも調べなければいけないことが多くてね……今回は特殊な処遇になることを理解してほしくて、今日こうして集まってもらったのだよ」


 リロイの言葉はなにやら歯切れが悪かった。


「調べなきゃいけないことって、なによ。って言うかホプキンスってオッサンはどこでなにしてるのよ。あたしはあのオッサンから直接、話を聞かない限り納得はしないわよ」


 強気に、むしろ怒気さえはらんでいる雰囲気でエルツーが堂々と言った。


「え、エルツー、支部長さん相手に、そんな態度は、ないっスよ」

「勘違いしてるんじゃないわよ、クロ。あたしたち冒険者は、自分の看板掲げて商売してるの。決してギルドに雇われてるわけでも使われてるわけでもないのよ。仕事においてあたしたち冒険者と、ギルドは対等なのよ」


 おびえるクロをエルツーが一喝する。

 複雑な思いでこの場に来ていたアキラも、確かに自分たち冒険者は自営業者なのだと認識を新たにした。


「まあそれでも、喧嘩腰はよくないよ」


 アキラは場をなだめるためにエルツーを諭した。


「ありがとう、アキラくん。残念ながらそのホプキンスなんだが、出先で『事故』に遭って、死んでしまったのだよ。だからこの場には来られないんだ」

「はぁ!?」


 リロイの言葉に、エルツーが表情をゆがめ、叫んだ。


「あの依頼はホプキンスが懇意にしている商人の方から貰った仕事ということもあり、詳細を調べ直すのに難航しているのだよ」

「……あたしはてっきり、ホプキンスってオッサンが依頼料から上前をはねてギルドに持って来たんじゃないかと思ってたわ。だから中級冒険者向けの、難しい大きな仕事のはずなのに、初級のあたしたちにやらせるだけの額しか残らなかったんじゃないかって」


 むぐ、と飲み物が喉に突っかかりそうになるリロイ。

 エルツーの想像は百点満点で正解していた。

 しかし、リロイが人知れずホプキンスを殺してしまったこともあり、その責任の所在を明確にすることが難しくなったのだ。


 冷静を装い、冒険者たちと向き合ってリロイは話を続けた。


「きみたちはギルドの査定の上では、この道中護衛任務を終えて帰って来たときにまた一つ、昇級するはずだったのだよ。それを三か月だけ、遅らせるということで今回は納得してくれないだろうか」

「降格とか減俸とか罰金とかじゃなくて?」


 なんらかのペナルティを受けるだろうと思っていたアキラは、リロイのその言葉を受けて表情を変えた。

 いずれ来る昇級が多少遅れる程度ならば、実質おとがめなしの沙汰と言えるレベルだ。


「きみたち三人の行動が、大緑(おおみどり)という魔物を倒すのにずいぶんと貢献したと、衛士のかたからも報告を受けたのでね。きみたちの等級や査定を下げるという判断はギルドとしても出しにくいのだよ」

「でもそれだと、示しがつかないじゃないの。他の冒険者もいる手前。あたしたちが失敗したのは事実なんだから」


 リロイの説明に、エルツーが意見を挟む。

 アキラもその意見には同意だったが、頭と口がよくこれだけ早く回るなあとエルツーに対して強く感心した。

 エルツーは冷静だ。

 自分の利益のためだけにゴネているわけではなく、出来事の責任を明確にしたいだけなのだ。


「うむ。だからというわけではないのだが、どうだろう。三人とも、ギルドの内勤をその三か月の間、少し手伝ってはくれないだろうか。謹慎の代わりとしてね。もちろん作業に応じた日当は払うよ」


 秋の祭りでギルドの営業を休んでいる前後というのは、どうしても事務作業が詰まって人手が少なくなりがちなのだという。

 アキラたちにギルド支部の事務作業、総務庶務作業を手伝ってもらえれば、職員の負担も減る、とリロイの言い分である。


「それいいっスね! アキラさん、肩の怪我が治るまで力仕事とか遠くに行く仕事とか、まだ無理っスよね?」

「ギルドのお手伝いしながら大人しく小銭稼げるなら、イイ話なんじゃないかしら。釈然としない部分はまだ残ってるけど」


 クロとエルツーはリロイの提案に乗り気のようだったが。


「いや、俺はいいけどさ、二人はいいの?」


 自分に対して、二人が気を使って言っているのではないかとアキラは思ったのだ。


「しばらく大きい仕事請ける気分じゃないし、あたしは構わないわよ」

「俺もっス! 空いた時間で、アキラさんと一緒に字の勉強とかしたいっスから!」


 二人の心遣いが胸に沁みるアキラであった。

 

 冒険者たちに納得してもらったことで、リロイも安堵の表情を浮かべて飲み物を口に運ぶ。


「私ばかり飲んでいても心苦しい。きみたちもどんどん遠慮なくやってくれたまえ。それとも、この後なにか予定でもあるのかな?」

「いえ、今日は特になにもないんですけど」


 申し訳なく思いながらも、すすめられるままにアキラは卓上の料理と酒を楽しむ。


 今日はルーレイラが留守をしていた。

 フェイも祭りの最中だというのに仕事で忙しそうだ。

 あまり毎日毎日無駄遣いばかりしていられないアキラたちにとって、今日こうしてリロイが誘ってくれたのは運が良かったと言える。


「あ、そうそう」


 食事をしながらふと、思い出したようにエルツーが話し始めた。


「お祭りの最終日、明後日の五日目にね、ウィトコがお店を出すのよ。あたしたちも手伝うから、支部長さんも暇があれば覗いてって」


 秋になってからというもの、ウィトコは害獣駆除の依頼で頻繁に鹿狩り、猪狩りを行っていた。

 仕留めた獣のうち何頭かをウイトコは自分で確保しており、秋の祭りでその肉を提供する店を出す予定なのだ。


 アキラ、クロ、エルツーの三人は、その助手を頼まれている。

 鹿肉や猪肉以外にも、キノコ、山菜、ラウツカの市場で手に入る魚介類の料理なども並べる、それなりの規模の出店になる。

 

 こうしてリロイを誘うということは、エルツーはこの話に納得した、これ以上特に文句はないという意思表示であろう。

 駆け引きの上手い、処世に長けたロリっ子だなあとアキラは感心した。


「俺も腕を振るうんで、ぜひ」

「早く来ないと、売り切れてなくなっちまうっスよ」

「わかったよ。喜んで伺わせてもらおう」


 アキラとクロからもそう笑顔で誘われ、リロイも同じく笑顔で出店を覗くことを約束した。


 

 リロイやアキラたちが居酒屋でそんな話をしている頃、フェイとルーレイラは別の場所にいた。

 そこは、ラウツカ市内の上下水道を管理する施設の一つ、管理事務所のような小屋である。

 小屋の外には大きな滑車や歯車を持つ、なんらかの設備があった。


 ルーレイラは数十年前、政庁の役人として市内の下水道整備を担当した経験がある。

 この手の施設には、役人に嫌な顔をされるものの、顔パスで出入りすることができるのだ。


「川や海辺と言った、水に関係のある魔物だと仮定するなら、下水道の中に身を潜めている可能性も高いと、僕は思うのだよ。地上から姿が見えないというならなおさらだ」


 ルーレイラが説明する。

 昨今の事件を起こしている犯人もしくは魔物が、水辺で事件を起こしていること。

 そしてその姿を誰も見ていないこと。

 以上の要素から、相手は市内地下を迷路のように走る下水道に潜んでいる可能性もある、と推測を立てた。

 

「それなら、下水道をくまなく探すか? 人員さえいればなんとかなるだろうが……」


 祭りの最中ということもあって、現在は市内の警邏巡回に多くの衛士が駆り出されている。

 魔物を追い詰めるために下水道の探索を行うとなれば、更に多くの人手を必要としてしまう。

 自身も街の衛士であるフェイにとって、それは頭の痛い案件であった。


「いや、それには及ばないよ。むこうさんが下水道に引きこもって姿を現さないなら、こっちから押し出してやればいいのさ」

 

 室内の大机の上に、ルーレイラは下水道の全体図面を広げた。

 

「下水道のいくつかの区画を、わざとせき止めて、水を貯めてしまおう。川からの上水も引き込んでね。水が十分に貯まったところで、水門を開いてそれを一気に押し流すんだ」


 内部に意図的に鉄砲水を発生させて、物理的に水流の力で相手を退治してしまおうとルーレイラは言うのである。


「そんなことをしたら、中にいる無関係な作業者まで巻き添えを食らうだろう!?」

 

 ルーレイラの案にフェイが驚いて意見を返す。


「大丈夫、祭り時期の日中は下水道内の作業を政庁も減らしているはずだ。みんなお休みを取ってる時期だからね。こんなめでたい時期に、だれも下水道のネズミ狩りなんてしない」

「そうは言っても、誰かしら、中にいて作業をしているんじゃないのか」

「そのわずかな誰かさんたちには『ちょっと事情があるから中に入るな』と伝えておけば、問題ないよ」


 そんな権限がルーレイラにあるのかとフェイは呆れたが。

 いや、ひょっとすると、あるのだろう。

 なにせ、ラウツカの街をここまで大きくした功労者の一人なのだ。


「それでも、今日の今すぐにというのは無理な話だろう。作業員には事情を伝えたとして、下水道はたまに子供が入り込んで遊んでいたりするんだ」


 基本的に下水道事業の関係者以外は、下水道に入ってはいけない決まりになっている。

 しかしいたずらや秘密基地遊び、かくれんぼや鬼ごっこなどの目的で、下水道を探検する子供はごくまれにいる。


「うん、だから今から下水道の作業出入り口に人を立たせて、明日の日中まで絶対に誰も入らないように見張らないといけないね。衛士からはその見張りの人員だけ借りたいかな」


 市内にあるいくつかの作業用出入り口を見張る程度の人数なら、市内警邏や城門衛士の協力でなんとか確保できる。


「わかった。すぐに上とかけあって人を出す手配をする。実行は明日の昼ごろか?」

「そうだね。明日の正午の段階で下水道内の安全が確認できれば、そのときに水を流そうと思う」

「これでうまく、犯人が押し流されてくれればいいんだがな」

「僕はこれから区画ごとに水があふれたりしないか、設備に異常が出ないか、計算したり見張ったりするのに忙しくなるよ。自分で発案しておいてなんだけど、厄介な仕事だ……」


 小屋の外に見える設備を見てフェイがルーレイラに質問した。


「外にある、あのからくり仕掛けが水門なのか?」

 

 下水道自体は地下埋設の暗渠になっているので、地上部分から見てもその設備が水をせき止めたりする水門かどうかはフェイにはわからなかったのだ。


「そうだよ。汚水が下水道の下流に流れる量を調節したり、場合によっては止めたりする装置だね」

「下水道をわざわざ堰き止める意味が、私にはわからないんだがな。流しっぱなしではいけないものなのか」


 機械仕掛けのことも、都市整備、ハードウェア面のことも、フェイにとってはよくわからない分野であった。


「区画ごとに流れる汚水を止めることができれば、その先の区画は水が引いて修繕作業や掃除がしやすくなるだろう? 探し物をしたりする場合もあるしね」

「なるほど。確かに汚水まみれで中の仕事をするよりは、その方がいいな」

「あとは、汚水があふれそうな区画にそれ以上の水を流さないために、別の水路へ分岐させる目的とかね。台風で大雨が降ったときなんかは、いろいろ忙しいんだよ」


 ま、僕はもう辞めたのだけれど、とルーレイラはケラケラ笑うのだった。


 今日から明日の正午までの間、新たな犠牲者が出なければいいが、とフェイは思った。



 同じ日の夕方。

 話題になっているその下水道内部。

 暗く、臭く、汚いその道を、気配と足音を殺しながら歩く一人の男がいる。


「こんなところをさんざん歩かせやがって……」

 

 愛用の日本刀をドワーフに預けているので、今はサーベル型の刀剣を持ち歩いている、コシローだ。

 こんな場所に自慢の刀を持って来なかったのは、彼にとって幸いと言えるかも知れなかった。

 彼は、朝からずっと「何者か」を追い続け、迷路のような下水道内部を探索していたのだ。


「気配はするが、道がわからんのは困りもんだな……誰だこんなややこしい穴ぐらを掘った奴は……」


 彼は今、サーベルを鞘から抜いている。

 魔法のように鋭敏なコシローの第六感は、敵がそれほど遠くない所にいることを告げていた。

 入り組んでいる構造物の中なので、距離が近いと感じていてもすぐにたどり着けるという確証はないのだが。

 そこは戦場で死線を何度もくぐったコシローである。

 気配を殺しながら標的を追い詰めるために、一日二日の徹夜で強行軍をするくらいのことは、得意分野とも言えた。


「……水の流れがずいぶん減ったな。ほとんどカラじゃねえか」


 翌日の昼に、濁流がこの水路を埋め尽くすほど大量に襲ってくることを、コシローはもちろん知らない。

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