57 本祭り二日目の夜から、三日目の朝にかけて
その夜、フェイはルーレイラの工房兼寝床に足を運んで、連続溺死の概要を説明していた。
「被害者は近い世代の男性ばかり、しかも同じ学舎で共に学んでいた関係だった、と」
毛布の中から顔を出したルーレイラが言った。
「そうだ。たまたまなのか、それ以上のつながりがあるのかは調査中だがな」
フェイがそれに答える。
前夜祭、そして祭りの初日と飲み過ぎていたルーレイラは、この日は一日中、布団に籠っていたのである。
「完全に、怨恨による殺人じゃないのかい、それ?」
「誰かから落とされたという目撃情報はない。しかも、大人になってから彼らはほとんど接点がなかった。被害者の共通点に意味があるのかどうか、まだわからないんだ」
「生きている街の住人の仕業かもしれないし、魔物の仕業の可能性もある、ということかあ」
ぼりぼりぼり、と寝癖のひどい頭をかきむしって、ルーレイラが大きなあくびをかました。
「協力するのはやぶさかでないのだけれど。ちゃんとお金は出るんだろうね?」
「それは問題ない。上とも話した」
「なら安心だ。後になってお金を出し渋るようなことがあったら、政庁の衛士本部に行ってゴネまくってやる」
そう言ってルーレイラは着替えて顔を拭き、出かける準備をする。
「ところでアキラくんたちがどうしてるか、わかるかい?」
「早いうちから飲み歩きしていたようだからな。もう帰っている頃じゃないか」
アキラたちはこの日、午前中から祭りを見物している。
さすがにこの時間まで飲んで歩いてないだろうとフェイは思ったが。
「アキラくん、お酒強いからねえ。体力もあるし、意外とまだお祭り見てるかもよ」
「そうだろうかな。病み上がりなのだから無理をしないといいが」
フェイとルーレイラはそんなことを話しながら、外へ歩き出した。
まずは、川が市内を流れる、第一の事故の場所を調べるために。
「フェイの予想通りだ。瘴気の残り香が確かにあるよ」
ルーレイラは片目にガラス片を当てて、事故現場を検分する。
極めて高精度に精霊の力や魔物の瘴気を視認できる器具。
貴少品なのでラウツカの街ではルーレイラを含め、数人しか持っていない。
そのどれも、ルーレイラが作ったものである。
「私もスーホも、なにも感じなかったのだがな」
「本当にごくわずかな気配だ。衛士の簡易的な鑑識では見逃すのも無理はない。力の強い魔物と言うわけではなさそうだよ」
少なくとも「大緑(おおみどり)」よりはね、とルーレイラは付け足した。
しかしフェイの顔に安心はない。
力の強くない、その魔物とやらに、もう「五人も」殺されているのだから。
「被害者への聞き込みは、衛士の方で進めているんだろう?」
「もちろんだ。しかし、犯人につながる手がかりはまだ見つからん。同じ学舎にいたというのも、二十年近く前の話だからな」
「並人(ノーマ)にとっての二十年は、長いだろうからねえ」
同じころ、同じ学舎に通っていた街の住人の犯行である可能性は、衛士も早い段階から考慮していた。
しかし容疑者となりうる者には、ほぼすべてアリバイがあったのだ。
事件が起こり始めたとき、ラウツカの街は祭りの準備で忙しい。
どこの誰がなにをしていた、と言う情報は、しっかり聞きこめばたいていは判明する。
それは容疑者候補のすべてに当てはまり、彼らは街の中で、なにかしら祭りに関わって忙しく過ごしていた。
犯行の目撃者がいないこと、容疑者たちにはアリバイがあること。
そのふたつがはっきりしているからこそ、事件としても事故としても扱いきれない、難しい事情を衛士たちは抱えていたのだ。
「とにかく、次の現場に行ってみようか」
「ああ、頼む」
その夜、フェイとルーレイラは溺死事件が起こったすべての現場を回り、そのすべてにわずかながら瘴気の反応があることを確認した。
魔物が犯人だという可能性は高くなった。
ほぼ確定と言っていい。
しかし、それがわかったことで、新たなる疑問も生まれるのであった。
「……どうして、被害者は無差別ではないんだ? そもそも、魔物なら被害者を食うだろう?」
フェイが口にしたその疑問。
魔物の仕業ではないと衛士たちがまず思った理由がそれだった。
たいていの魔物は、殺した相手を食いたがるのだ。
あるいは、死体を玩具にして損壊するか、だ。
溺死体は、そのどれもが物理的な損壊を、ほぼしていない。
本当に、溺れて窒息して死んでいるだけの、綺麗な状態だった。
遺体の発見も早く腐敗などしていなかったので、なおさらだ。
それに対してルーレイラはしばらく黙って考えてから、こう答えた。
「怨鬼(えんき)が……特定の者を憎んで、殺しているのだとしたら? 動機は破壊や捕食ではない、別のことなんだろうね」
怨鬼。
その名の通り、生き物が恨み憎しみを抱いたまま死んだり、あるいは死にかけた際に魔物に変わり果てた存在。
人であっても獣であっても、獣人でもドワーフでもエルフでも、恨みを抱いて魔物に変わる可能性は、ある。
そうならないように、人々は丁重に死者を弔うのだ。
死者の魂が、精霊に安らかに浄化されることを願って。
「そうされなかった者たち」が、魔に憑りつかれ、怨鬼に成り果てる。
フェイがその答えを聞き、首を振る。
「怨鬼にそんな知性はない。魔物になったあいつらは、社会を営み生きる、すべての者を憎んで殺し、破壊し、喰らおうとするだけの存在だ。それこそ無差別に、だれかれお構いなくな」
「もちろん僕もそう思っているのだけれど……それ以外で説明がつくかな?」
フェイは答える言葉を持たなかった。
ルーレイラはいつだったかに、猪の魔物を倒してアキラと語り合った夜のことを思い出していた。
どのように、魔物が生まれるか。
どのように、怨鬼が生まれるか。
「フェイ、被害者のご遺族にとっては酷なことだけれども、確認して欲しいことがあるんだ。憎まれ役を買ってくれるかい?」
「事件の解決につながるなら、なんでも言え」
あくまでも自分の想像でしかない。
ただの想像で、同じ街に暮らす住民に、ひどい疑いをかけてしまっている。
だから、ルーレイラはこの想像が当たっていないことを、心の底から願うのだった。
未明から過ぎて朝になる。
ラウツカに日が昇る。
五日間続くラウツカの秋祭り、その三日目が始まった。
「川と、入り江と……水が流れてるっていやあ、あとは、ドブか?」
コシローは、祭り見物のついでに購入した質素な綿の衣服に着替えて、ある場所に立っていた。
そこは、ラウツカ市内を縦横無尽に走る下水道の、一番大きな作業用出入り口。
いわゆるマンホールの前であった。
「こんな面白い獲物を、政庁だか衛士だかの犬どもに、誰がくれてやるかってんだ」
自分が維新期に幕府軍の兵として戦い抜いていた、いわば自分も広義の犬であったことを、完全に棚に上げた物言いであった。
コシローは腰に差したサーベルとともに、一人、下水道の中へと降りて行った。
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