56 本祭り二日目の昼から、夕方にかけて

 祭りを楽しんでいるアキラたちにこんなことを言うのは気が乗らない。

 しかしフェイは、今自分が知っている、市民に伝えても差しさわりのない「連続溺死」の概略を、冒険者たちに話して聞かせた。


「そう言うわけで、今の時期に川辺に近づくのは危険だ、と周知させて回っているところなんだ」

「わ、わかった。危ない所には近寄らないように、特に気を付けるよ」


 アキラは緊張した顔で答えた。

 この短い期間に五人も死んでいる。

 しかもそれが自分と同じ年代の男性ばかりと聞かされて、背筋が寒くなったのだ。


「酔っ払って”溺れて”冒険者が死ぬなんざァ、笑い話にもならねーからなァ……」

「こんなおめでたい時期に死んじゃうのは、さすがにご家族はつらいでしょうね」

「そうだな、みんな気を付けろ。なるべく一人で行動しない方がいいな」


 ドラックとエルツーの言い分にフェイはそう付け足したが。


 冒険者、そうだ。

 冒険者がここに集まっている。


「ルーレイラはどこにいる?」


 この場で一緒に飲み食いをしていないことに、フェイが疑問を抱いた。


「二日酔いだって、家で寝てるわよ」

「朝に誘ったんスけどね。しばらく出てこられなさそうっス、あれは」


 エルツーとクロが呆れてそう言った。


「わかった。協力ありがとう。皆、楽しむにしても、節度を守るように」


 そうフェイに戒められて、冒険者たちは揃って「はーい」と言った。



 フェイは今まで、一つの可能性を見落としていた自分を恥じ、自分で自分の頭を殴った。

 どうして、事故だと思ったのだろう?

 あるいはどうして、街の住民が起こした事件だと思ったのだろう?


 魔物の仕業と言う可能性があるではないか、と今になって気付いたからである。


「瘴気の痕跡を調べなければ……」


 その手の仕事をラウツカの中で最も得意としているのは、他ならないルーレイラだった。

 もちろん衛士隊にも魔物の事件を扱うのに長けた人物、部署は存在する。

 しかしどうせルーレイラがヒマをしているのなら、使った方がいいとフェイは考えた。


 ルーレイラを動かすためには、ギルドに依頼を出す必要がある。

 しかし、ギルドは今の時期、すべての受付業務を停止しているのであった。


「書類関係は事後承諾になるが……この際やむを得んだろう」


 足早にフェイは、ラウツカ市の政庁施設内にある衛士本部へと、まずは向かった。



 その頃、コシローはラウツカ市の東を流れる川の最下流にいた。

 海と川との境にある入り江を眺めていたのだ。


 波は穏やかで、低めの岸壁もあり、大小の岩礁がぽこぽこと海辺から顔を出している。

 釣りをするにはもってこいのスポットであり、現に釣り人がちらほらと座り込んで楽しんでいた。


「なにが釣れるんだ?」


 釣り人の一人に、コシローは声をかける。


「今の時期は大エビがかかることもあるけどな。もっぱらハゼだ。運が良ければ、タイだな」


 秋の味覚、その定番であり王道とも言える魚はラウツカの海でも獲れるようだった。


「春になれば、潮干狩りもできるぞ」

「そうか。悪くない」


 コシローは房総半島の内側、東京湾を臨む市原の生まれ育ちである。

 釣りや水泳は幼少期からの趣味、ライフワークの一つであった。

 ラウツカが港町である以上はやはり自分で魚を釣りたいと考えて、浜辺の見聞に来たのだ。


「ここより東、岬の向こうの海は水が汚いからな。そこでは釣りはしねえほうがいい」

「鉄の工房があるから、その廃水か」


 ラウツカ郊外、東の地区はドワーフたちが営む工房が集合している。

 半ば工業地帯化していると言っていい。

 作業に使う廃水が影響し、その辺りは水質がひどく悪い。


 一方で海流のおかげもあって、岬よりも西側は清澄な海の水で満たされる湾になっている。

 季節ごとの多種多様な魚が獲れる、良質の漁場なのだった。

 

 釣り人はそれに付け加えて説明した。


「工房もそうだけど、市街の下水は全部東側に流れてるんだ。なにが入ってるか、わかったもんじゃない」

「なるほどな」


 弁当代にでもしろ、とコシローは釣り人に話の礼として銀貨を渡し、その場を後にした。

 なににしても、今の彼は釣り道具も持っていない。

 祭りの出店や商店街で、それを近いうちに揃えるかと考えていた。


 その後もコシローはしばらくの間、他の釣り人の所作を眺めて過ごしていたが。


「おいおい」


 一人の釣り人が、岩礁から海に落ちた。


 どう見ても、足を滑らせたわけでは、なかった。


「チッ、他に誰も気づいてねえのか……!」


 釣り人は、しっかりと岩場に腰を降ろし、安定した姿勢で釣りを楽しんでいた。

 不用意な動きなど、まったくしていなかったのはコシローが観察していた。

 それでも海に落ちたのだ。


 まるで、何者かに足を引っ張られて、引きずり込まれたかのように。


 コシローは釣り人が落ちたその現場まで、走る。

 足場が悪い、岩礁の海岸をとにかく、走って、跳んだ。


「おい! 掴まれ! 下を見るな!」


 ぼごぼごぼご、と海水を飲みこみながら、海中に沈みそうになっている釣り人の手を、コシローがしっかと掴んだ。


 最初は、極めて強い抵抗があった。

 海底から何物かが、本当に釣り人の体を引っ張っているかのような。

 しかしそれはコシローが掴んでから数秒で、ほどけてなくなった。


 コシローは釣り人の体を岩に引きずり上げた。

 そしてみぞおちをぶん殴って、無理矢理に水を吐かせる。


「ごっは! ぼえぇっ、うごぇ……」


 死んではいないらしい。

 反応からして、無事だろう。

 命に別状はなさそうだ


「あ、あぁ……」


 釣り人は、一命を取り留めた。

 六人目の、溺死者にならずに済んだのだ。

 まだ若い、並人の男だった。 


「おい、お前、歳はいくつだ?」


 コシローが、息も絶え絶えの釣り人に訊いた。


「え……あ、ああ、にじゅう、なな……」

「こいつもか」


 近い世代の人間が、なぜか不思議と水難に遭う。


「な、なんで、俺たちが……いったい、なにをしたってんだ……」


 助かった釣り人は、頭を抱えて呻いた。


「他に死んだ奴らと、知り合いなのか?」


 コシローは、歳の近い男性ばかりが溺れた被害者であると知って、なんとなく質問した。

 同じ街に住む同年代の者なのだから、知り合い同士で別におかしいことはないのだが。


「あ、ああ……ガキの頃、学舎が同じだったんだ……ラウツカ北東第二学舎で、一緒に遊んだり、勉強したり……」

「寺子屋か、塾か」


 被害者は全員、ラウツカ市内の教育施設である学舎に、同じ時期、同じ施設に通っていた者たちだった。


「サテ、小娘先生はこのことを知ってるんだろうかな」


 潮風が吹く中、コシローは東の海岸から、ラウツカの街を眺めた。


 西日が街を、黄金色に染めはじめていた。

 

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