53 ラウツカ市秋祭り、その前夜祭

 祭りとは、そこに住む者が日々生きて行く、暮らしていくことへの感謝を大地と神に捧げる行いである。


 それは地球から離れた異世界、リードガルドのキンキー国ラウツカの街にあっても変わらぬことで。


「神さま精霊さまは、僕たちが元気に食べて飲んで騒ぐ光景を見て、安心してくれるのだよ!」


 そんな理由をつけて酒飲みに自分を連れ回すルーレイラに、アキラも晴れ晴れとした気分を隠せない。


「もう酒飲んでも大丈夫かな?」

「傷もふさがっているのだし、体調もいいのだろう? なら飲んで悪いことがどこにあるんだい! ま、一応は体調を整える薬も用意しているし、問題ないだろうさ!」


 ルーレイラは祭りの前夜祭が始まるその夕方に、こう言ってアキラを誘った。


「中央大通りの一番南、港の辺りから北の城門まで、この祭りの五日間ですべての酒を出す出店で、飲み食いし尽くしてやろうじゃないか!」

「全部は無理だろ常識的に考えて」


 アキラは至極真っ当な意見を言ったつもりだったが。

 ルーレイラにビンタされた。

 

 あくまでも軽く、痛くもない遊びの打撃。

 むしろ頬を優しく撫でられただけのようなビンタだが。


「やる前から無理って考えるやついるかよ!」

「正直スマンカッタ。闘魂、いただきました」


 すべての店は冗談としても、そんなバカバカしい飲み食べ歩きにいそしむのは、アキラとしてもテンションの上がるところであった。


「お、山猫亭も出店を出してるよアキラくん! まずはあそこから攻めて行こうじゃないか!」

「いつも飲み食いしてる店なんだよなあ……」


 陽気に笑い合いながら、二人の夜は過ぎて行く。

 ちなみにリズやリロイ、ナタリーといったギルド職員は休日であるが、残務の疲れがピークなのでまだ眠っていた。



 ときを同じくして、コシローも大通りに並んだ出店を見物していた。

 鹿肉を串に刺して揚げた料理を歩き食いしながら、酒を出す店で一杯だけひっかけて、別の店に行く。

 

 コシローは幕府軍の洋式軍服を洗って普段着として使っており、その上に薄手のコートを羽織っていた。

 少し厚着しすぎたか、などと考えながら立ち並ぶ店を覗きながら歩いていたが。


「銀……いや、鋼の細工の店か?」

「おう、銀もあるがの、だいたい並んでる品物は鋼じゃわな。ゆっくり見て行くとええわ」


 ドワーフの職工たちが出店している、金属小物の店に興味を持った。


 ペーパーナイフのような小刀、水や酒を飲むためのカップ。

 チェスの駒のような、重しになりそうな置物。

 美麗で高品質な金属小物が敷物いっぱいに並べられている。


 店員の背後には金槌や金床(かなどこ)なども置いてある。

 なにか注文を付ければ、この場でも細工加工できるようだ。


「悪くないな。刀はないのか?」


 コシローはドワーフの店の技術に興味を持ち、訊いてみた。


「刀剣か。どんなのがええんじゃ」

「これだ」


 言って、コシローは帯びていた自分の刀を抜いてドワーフに見せた。


 関の孫六兼元、とあくまでもコシローの父や祖父は言っていた日本刀である。

 もっとも孫六兼元と言うのは、代々襲名して何人もが名乗った刀匠名なので、その刀は世の中に無数にある。

 いつ何代目の兼元かわからないだけで、この刀はひょっとすると本物なのかもしれなかった。


 ドワーフの職工はそれを見て目を輝かせる。


「……なんじゃ、こりゃあ。お前さん、こんな代物をどこで手に入れた?」

「ここにはないらしいぞ。聞いても無駄だ」


 その言葉で、ドワーフ店員は理解した。

 異世界からの転移者がもたらしたものかと。

 しかし、これほど特徴のある鋼の刀を今までこのドワーフは見たことがなかった。


「ちょっとの間、預からせてもらってもええかのう……?」

「困るな。それしか商売道具を持ってない」

「代わりの刀を貸してやる。片刃、長さも重さも近いじゃろう」


 そう言ってサーベル型の武器を、コシローに貸し渡す。

 鍔の部分が手首を覆うタイプになっている、片刃の細剣だ。

 つまらなそうな顔でコシローはそれを握り、刀身を眺める。


「ないよりマシか……」


 そう言って腰に帯びた。


「まったく同じものは、無理じゃと思うがな。近いものは何とかできるかもしれん」

「爺さん、それは鋼を何度も伸ばして折って、その後で水で冷ませて反らせるんだそうだ。あとは俺も知らん」


 日本刀の作り方について、コシローも話として聞いたことがある。

 しかし一から十までそれを知っているわけではないので、自分の知ってる要点だけを伝えた。


「時間がかかるぞ。わしらの工房は東の川を越えた先にあるから、待ちきれんかったら覗きに来るとええ」

「なるべく早く作れ。そうでなければ余所へ持って行く」

「わかったわい! よその工房にこんな面白い仕事を取られてたまるか!」


 おかしな矜持を持っているものだ、とコシローは笑って店を後にした。

 

 

 その後ものんびりと出店を見物しながらコシローは飲み食いして歩く。

 酔ってはいない。

 弱い酒をちびちびと舐めながら、鹿肉の次のつまみとして、揚げかまぼこのようなものを食べる。


「魚はまあ、不味くはないな……」


 なんて感想を持ちながら、祭りの出店を楽しんでいる。

 

「む。貴様か」

「小娘先生かよ」


 そんなとき、通りでコシローはフェイに出くわした。

 フェイの服装はいつもの仕事着、衛士隊の制服である革の上下だった。


 小娘先生と言うのはコシローが考えたあだ名である。

 フェイが休みの日に子供たちやギルド冒険者に武術、護身術を教えているというのを知ってつけられた。


 祭りの間も衛士は仕事であり、特に市内警戒に人数を割いて見回っている。

 浮かれた空気はどうしても犯罪を誘発するからだ。

 多少の喧嘩なら祭りの花と見逃すが、エスカレートして人死にが出るようなことがあってはならない。


「祭りだぞ。なんだその辛気臭い恰好は、せっかくの年頃の娘が」

「貴様も似たようなものだろう。それは軍服だとリズに聞いたぞ」


 無表情で言い返され、ききっとコシローが笑う。


「あいにく、一張羅なんでな」

「服なら、ここから西に入った路地が店もそろっているぞ」

「そりゃどうも」


 会話を切り上げ、離れようとするコシロー。

 その背中にフェイが声をかける。


「ところで貴様、最近、東の川沿いに行ったりしていないだろうな?」

「ああ……? 知らん」

「そうか。ならいい。くれぐれも、かっとなって誰かを殺したりするなよ」


 殺伐とした忠告を残し、フェイは見回りの仕事に戻る。

 残されたコシローは、フェイに言われたことに考えを巡らせる。


「東の、川沿い、な」

 

 刀製作の用もあるし、行ってみるかとコシローは思った。

 なにか面白いことに出くわすといいのだが、と期待しながら。



「で、アキラくんはやっぱり、胸のおっきい女の子が、好きなんだろ~~~~~?」

「ルー、酔いすぎだから……」


 一方その頃、ルーレイラは出来上がっていた。

 飲食店の出店を制覇するという目標はなんだったのか。

 ギルドから一番近い「眠りの山猫亭」のオープンテラスに入るなり、何杯も麦酒を飲んで泥酔の有様である。


「胸なんてただの脂肪の固まりじゃないか~~~。そんなもの、お尻と同じだと思わないかい~~?」

「いやお尻だって素晴らしいだろ。要するに脂肪は素晴らしいんだよ」

「じゃあ豚獣人こそが最高だって結論でいいんだねアキラくんは~~!?」

「すんません、そのレベルには俺は達してないです……」


 完全に論破されているアキラだった。


「だったらエルフの無駄のない体つきが、やはり神の与えたもうた至高の体型だと理解できるよね~~?」

「それは一つのステータスであって、必ずしも一般論としてそれが一番だというわけにもいかない、複雑な事情がこの界隈にはあってね?」


 アキラもいい感じに出来上がっていた。

 酔っ払いたちの、実にくだらない祭りが、今夜から始まったのであった。

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