52 ラウツカ市秋の収穫祭、準備期間

 ラウツカの街を北の城壁から南の海まで、一直線に貫く中央大通り。

 ここは秋祭りの前夜祭から五日間にわたり、路肩に中小の出店が多く立ち並ぶ。

 祭りの最終日には、巨大な提灯車が南から北へ、歌い手や踊り手に囲まれて、半日かけて行進する。


 そのための準備が大詰めを迎えて、街中が活気だっている中、アキラは少し寂しかった。


「なにかできることないかなあ。せっかくはじめての祭りなのに……」


 怪我からの回復は順調。気力体力も充実してきた。

 だがまだ無理をするなと周囲に硬く戒められており、飲酒も力仕事も断っている。


「明日から前夜祭だし、お酒はそのとき解禁っスね!」

「お酒ってそんなに美味しいのかしら」


 この日はクロとエルツーと一緒に、買い物がてら祭りの準備を見物に来ているアキラ。

 大通りの左右を埋め尽くすくらいに大量に出店が仮設されていた。

 それを見てアキラは日本にいた頃の祭りの縁日を思い出している。


 クロとエルツーは前日までウィトコの鹿猟に付き合っていた。

 今日からは仕事休みとし、アキラに付き合って街をぶらついているのだ。


「そうだ、タピオカ奢ってやるよ」

「澱粉のプチプチが入った味付きの牛乳ね。美味しいわよねアレ」


 アキラは道端にドリンクスタンドを見つけ、人数分のプチプチ牛乳を買う。


「イイっスよそんなの、アキラさんの分も俺が出すっスよ!」

「そこはあたしのも出してよ……」


 などと和気あいあい歩きながら、三人は馴染みの細人(ミニマ)の道具屋を訪れた。

 怪我をしてからずっと見舞いに来たり言葉の勉強に付き合ってくれた二人に、アキラから何かプレゼントしようと思っていたのである。

 それを口にするとクロもエルツーも気を使ってしまい断りそうなので、まだ隠しているのだが。


「お、死にぞこないの兄ちゃんか」


 店の中に、コシローがいる。

 アキラと同じく転移者で、同じく日本人で、同じく関東の海沿い出身で。

 しかし過ごしてきた時代が百年以上違う、幕末明治の志士、大河内虎四朗である。


 コシローは身長も体つきもアキラより一回りほど違う、パッと見は細身で小柄な男性である。

 店でなにかの会計を済ませて、アキラを下から見上げるように眺める。


「ど、どうも、こんにちはコシローさん」


 入院中にリズから聞いたところによると、コシローとアキラは同い年であった。

 しかしアキラはすっかり恐縮してしまっている。

 コシローが幕末明治維新期の武人、文字通りの人斬りであること。

 そして盗賊団を撃滅してアキラの仇を取ってくれたことも話として聞いていたからだ。


「お前だけ、言葉が不自由なんだってな」


 つまらなそうな口調で、コシローは言った。


「そうですね。頑張って、勉強してます」 

「気持ち悪い話し方やめろ。お前、横浜か川崎だかの男なんだろうが」

「は、はい。そうです」


 いきなり怒られた。


「女みたいなフニャフニャした敬語使うな。俺はお前の上官でも情夫でもないぞ」

「普通に喋ってるだけなんだけど……」


 どうやら、タメ口の方がコミュニケーションが取れるようだった。


「で、仕事にはいつ戻れるんだ」

「お祭りが終わったら、すぐにでも戻りたいかな」


 ギルドの受付はもう休みの時期に入っているので、新しい仕事を貰うことができない。

 怪我をして色々と費用がかさんだり借金が増えたこともあり、アキラはすぐにでもお金を稼ぎたい気持ちがあった。

 もちろん、焦って失敗しては取り返しがつかないので、今まで以上に堅実に。


 と、アキラは思っているのだが。


「また面白い敵を引っ張ってこいよ。そういうのを『引き当てる』運を持ってる奴は、貴重だからな。死に損なうくらいがちょうどいい。俺も気合が入る」

「ははは……勘弁して」


 物騒で気が滅入ることを、ひゃひゃひゃと笑いながらコシローは言い含め。


「そういや、赤い髪の物知り耳長お化けと、仲良しなんだってな?」

「え、まあ、うん。それなりに」


 いきなりルーレイラのことをアキラは聞かれた。


「あいつ、銃も火薬も知らないようだったぞ」

「そ、それは……」


 コシローは幕末明治を兵士として生きた人間であり、当然のように銃砲を扱っていた。

 それがこの世界にないことに、疑問を持ったのだろう。


「教えてやれよ。お前さん、機械かなにかの仕事をしてたんだろ?」


 コシローはそう言って、店を出て行ったのであった。

 アキラはその言葉に、返答することができなかった。

 


「一体なによ、アイツ」

「でも、あの並人(ノーマ)さん一人で、盗賊どもをやっつけたんスよねえ……」


 クロとエルツーは、まだコシローと言う人物を掴み切れていない。

 そのことが大きな不安なようだ。


 コシローは、身分証明として冒険者登録だけは済ませた。

 しかしギルドから仕事を貰っているわけでもなく、専属冒険者としての契約もしていない。


 ファル盗賊団を成敗したことでコシローは政庁と国から報奨金を貰った。

 それを食いつぶしながら、プラプラして暮らしているようだ。


「俺よりずっと冒険者っぽい暮らしだなあ……冒険してないのに、コシローさん」

「あたし、アイツとあんまり組みたくないわ。絶対相性悪い」

「気難しそうっスよね、見た感じでは」


 などと口々に言っていたのだが。


「なんだ、お前らの仲間じゃないのか?」


 細人の店員が会話に混じって来た。

 アキラはなんと答えたものか複雑であった。


「そのような。違うような」


 クラスメイトだが友だちではない、という微妙な関係に似ているとアキラは思った。


「あの客、お前らが遊んでる玩具と同じものを工房で作ってたぞ。お前よりずいぶん綺麗に丁寧にな」


 店員の言葉を聞き、エルツーが驚く。


「それってアキラが作った、将棋盤と駒?」


 アキラは自分で将棋盤と駒を作っており、仲間たちとそれを使って遊ぶことがある。

 エルツーもアキラに習ったので、日本式の将棋を知っている。

 むしろアキラより強いくらいである。


「そうだ。てっきりお前らの遊戯仲間かと思ってたんだが、違うのか」

「違うわよっ」

「遊ぶ相手、いるんスかねえ……」


 少しだけ、コシローを身近に感じた初級冒険者三人衆であった。


 自分では練習相手にもならないかもしれないが、今度将棋に誘ってみようとアキラは思った。

 大丈夫、自分が負けても、エルツーが勝ってくれる、などと情けないことを考えながら。

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