51 ラウツカ市ギルド支部長、リロイ・ジャックウェルの憂鬱

 治療入院中だったアキラは退院し、傷も随分と癒えてきた、その頃。

 ラウツカ市秋祭りの前日、正確に言えば前夜祭のさらに前日である夕方前。


 しかし場所は違い、ラウツカの街から遠く、遠く離れた別の街、酒場の一角だった。


「く、クソッ、ファルのやつ、口を割ってないだろうな……?」


 男の名はホプキンスと言い、ラウツカ市ギルドの職員の一人である。

 リズの上司で、主に契約管理が担当だ。

 その彼がなぜ、見知らぬ街の暗い酒場で、わざわざみすぼらしい服装を意図的にしてまで安酒を煽っているのか。


 理由は彼がアキラたちに斡旋したギルドの仕事に関係していた。



 店を出て路地裏を隠れるように歩いていたホプキンス。


「依頼主を説得して、多額の依頼金や準備金を用意させる。それ自体は悪いことではないがな」


 彼の前に一人のスーツの男が、突然立ちはだかって、言った。


 ギルド支部長の、リロイである。


「し、支部長……どうしてここが」

「だが、その金から大金を自分の懐に入れて、ギルドの依頼票を自分に都合のいいように書き換えてしまうのは、明確な横領、背信行為だ」


 ホプキンスは、ギルドや冒険者が得るはずの対価と利益を、不正に中抜きしていたのだ。

 そして本来では中級向けの任務である道中護衛を、初級冒険者向けの、簡単で無難な仕事であるかのように、依頼票を改ざんした。


「そ、それは先方との、個人的なお付き合いで私が……」


 苦しい言い訳をホプキンスは口にした。

 まるでどこかの政治家のようである。


「しかも依頼主の移動経路の情報をつまらん盗賊団に売り渡したことも許せん。不正契約の口封じで、お客さまやアキラくんたちをもろとも消してしまおうなんて……」


 リロイに詰められ、ホプキンスがじりじりと後退する。


 ホプキンスにとっての誤算は、アキラたちを襲ったファル盗賊団が、あっさりと、しかも一日二日と言う非常識に早い時間で衛士に捕まってしまったことである。


 ファル盗賊団が無事に逃げおおせてしまえば、すべての情報は闇に消えたはずなのだ。

 自分が逃げるにしても、今のように慌ててこそこそと行動する状況は避けられたのだ。


「ま、待ってください支部長、誤解ですよ」

「きみは心がないのか? それともはした金でも積まれて、魔に魂を売ったか?」


 そう言ったリロイは鬼の形相を見せ、体をこわばらせる。

 周囲の空気が振動したかのような錯覚を覚える、そんな気迫だった。


 魔法だ。リロイは何らかの魔法を行使して自分を攻撃する気なのだ、とホプキンスは判断した。

 そして、自分の周囲にホプキンスも魔法の障壁を張って防御する。

 ホプキンスが得意としている魔法は主に防御魔法であった。

 特に、相手の魔法による攻撃を無力化する障壁は彼の自慢でもあった。


 ホプキンスはしかし、おかしいとも思った。

 リロイの圧力は凄まじいが、それは怒りと気迫による殺気であり、精霊魔法が行使される空気の流れを周囲に感じない。


「し、支部長、アンタが魔法の下手な半端者だって噂は、以前の職場にいたときから、ずいぶん聞いてましたよ。なにをするつもりか知らないが、私の障壁をアンタなんかが……」

「ああ、そうだな。私は半端者だよ」


 ドン! と大きな音が鳴った。

 リロイがその場からホプキンスのいる場所へと、弾丸のように跳躍した、その踏込の音だった。


「あぶぅわっ!!」


 10メートル以上は離れていた距離を一瞬にして詰める、リロイの踏み込み拳撃。

 ホプキンスはリロイの右拳による殴打を喰らって、文字通り錐もみ状に回転して宙を舞った。

 魔法の防御障壁などまったく意味をなさない、単純な、肉体の力による、強烈な一撃だった。 


「べじっ!!」


 そして、カエルのような腹這いの有様で地面に着地、いや激突した。


「自分だけを、しかもほんの一瞬だけしか強くできない」


 エルツーと似た系統の、身体強化の魔法。

 しかしリロイはエルツーと真逆で、一日に一回、ほんのわずかな時間、しかも自分しか強くすることができない。

 

「そんな半端な魔法しか、私は使えないのだからな。種が明かされると終わりなのだよ」

「ッ!?」


 ザシュッ。

 リロイがホプキンスの心臓に手刀を突き立て、命を奪った。

 ホプキンスは、死んだ。


 問答無用の、一撃必殺。

 リロイは「それができる状況」でしか、決して魔法を使わない。

 だから周囲には、魔法の苦手な、しかし仕事の好きな働き者の並人と思われている。

 それはある意味で正解であるのだった。


「……大緑(おおみどり)のことも聞かなければ、いけなかったのにな。怒りに飲まれるといつもこうだ、私は」


 ホプキンスが逃げた最大の理由は、大緑と言う魔人を生み出した、禁忌の呪法に関係している。

 街の盗賊団程度が、あれほど強大な力を持つ魔人を生み出せるわけがない。

 その情報ごとホプキンスはファルに売って、両者はこれからも協力しながら闇の世界で生きて行こうとしたのだ。


 もちろんそれはフェイたち衛士の迅速な対処と、そして予想外の飛び道具であったコシローの働きによって阻止された。


 盗賊の首領ファルから衛士が諸々の情報を得たとして、果たしてギルドにすべてを開陳するかどうか。

 しないだろう、と言うよりは、するわけがなかった


 ギルドは国や政庁の公的機関ではない。

 あくまでも冒険者業の補助をする、私的な営利組織の一つ。

 衛士や政庁といった国の公的機関が、禁じられた邪法をわざわざギルドに教えることは、あり得ない。


 ホプキンスは、なにかを知っていたはずだが、殺してしまった。

 リロイは自分の短気短慮を後悔しながら、街の闇に潜んでいる部下たちにホプキンスの死体を始末するように指示を出した。


 リロイは急ぎ、ラウツカに戻る。

 早く戻らなければ、秋祭りの開始に遅れてしまう。

 街とギルドの面々に笑顔が花咲くその瞬間を、リロイは見逃したくないと思った。

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