49 お帰りなさい。大変な冒険でしたね。
作業をひと段落させ、アキラに薬を与えたルーレイラが庭に来た。
「鍾乳石を山から沢山くすねて来てよかった……」
フェイは一度職場に向かい、襲われたドワーフの村について同僚たちと話しているのでここにはいない。
検問を張る作業に向かうはずだった衛士が、村の事件処理にあたってくれていたのだ。
「岩山調査のときの、ですね?」
以前、ルーレイラはアキラと他二人連れて、岩山の調査に向かったことがある。
調査研究と報告に必要だという名目で、多種多様な鉱物、動植物を採取して来たのだ。
「地と水の精霊の力を借りるには最高の触媒になる。なにせウン億年単位の結晶だからね。運が良かった……」
「本当に、アキラさんは運がいいですよね……これで大丈夫ですね」
胸をなでおろして安堵するリズ。
ルーレイラは、アキラの容態や大緑に関することで、動転してしまったことをリズに謝った。
「すまないねえ、取り乱してしまって。僕としたことが恥ずかしい」
「いえ、割といつものことですから、誰も気にしていないと思いますよ」
「そ、そっかあ……」
ぽりぽり、とこめかみをかく。
「アキラさんは、どれくらいで目を覚ましそうですか?」
「まず今日は目を覚ますことはないだろうよ。リズも一度戻って休むといい。ギルドの方でも、まだ色々やることがあるんだろう?」
そう、リズには事後処理の仕事が山と待っている。
アキラたちの依頼は、失敗してしまった。
そのことに関して、依頼者の遺族とギルド、そして冒険者の間には金銭契約の手続き等が残っている。
ギルドはもともと、冒険者の互助組織、保険機構が設立の主目的だった。
不幸な事故、事件に遭って依頼を達成することができなかったときの、相互保証が業務のメインなのだ。
今回の場合で言うとギルドから依頼者遺族には保険補償金が渡される。
そして冒険者は今後、ギルドに引かれる手数料が高くなったり、冒険者等級が格下げになったりする。
依頼は失敗だった、残念だった、惜しい人を亡くした。
それだけでは、世の中は回っていないのだ。
「は、博士!」
二人が話していると、医院の中から一人の職員が慌てて庭に走って来た。
「博士はよしてくれたまえよ。ここのお医者さんたちの方が、僕よりは学がある」
「す、すみません。ですが、冒険者の方の容態が……」
リズとルーレイラ、二人は言葉を失い、大急ぎで処置室へ向かった。
アキラの息が、荒くなっている。
先ほどまでは、苦しそうな様子も消えて落ち着いた呼吸を繰り返していたのに。
「ど、どうなってるんだ!? 薬は、間違いなく効いているはずだよ!」
「傷口の腐敗も緩やかになり、先ほどまで体温も呼吸も落ち着いていたんです! でも急に!」
ルーレイラも片っ端から医学、薬学、そして魔物の辞典などを漁っていくが、まったく解決法がわからない。
こんなことは初めてだった。
過去にも一度、異世界から来た並人(ノーマ)の冒険者が、魔物から深手を負わされたのを、ルーレイラは処置したことがある。
後遺症は残ったものの、そのときは命に別状を来たすほどではなかったのだ。
地球、アメリカ西部出身、スー族のウィトコ。
彼は負傷してもなお、いまだにラウツカの街で冒険者を続けている。
今回もそうなるはずだ、いやそうであってほしいとルーレイラは思っていたのだ。
あのときと違うのは、魔物の種類。
大緑の死体がせめてここにあれば! とルーレイラは頭をかきむしる。
「あ……」
そのとき、アキラがうわごとを言ったように聞こえた。
「アキラさん、なんですか!? 私です! リズです! アキラさん!」
「リズ……さん?」
「は、はい! 気が付いたんですね!!」
アキラの手を握って、リズが呼び掛ける。
湯のように熱い。熱を持っている。
額にも脂汗が浮き、動悸も激しく呼吸も絶え絶えだった。
「クロ、ちゃんと、エルツー、は……?」
ルーレイラも駆け寄って、必死にアキラに声をかけた。
「二人とも無事だよ! きみのおかげだ! きみが、きみが守ったんだ! 胸を張りたまえ!」
「ああ、よかっ、た……そいつあ、よかった、よ……」
アキラの目はほとんど開いておらず、焦点も定まっていない。
おそらく、自分たちの姿はほとんど見えていないだろうとリズは思った。
この握っている手の感触も、アキラに伝わっていないのではないか。
そう思うとたまらなくやるせなくなり、リズは。
その豊かな胸の中に、アキラの顔を、頭を、抱きかかえ、うずめた。
「ああ……」
「アキラさん、帰って来たんですよ、ラウツカに」
「リズ……」
ルーレイラが見守る中、リズは慈母のようにアキラを抱き。
「お帰りなさい、アキラさん。お疲れさまでした。ゆっくり休んで、また冒険、期待してますよ?」
耳元で、優しくそう語りかけた。
「へへ……これがあるから、冒険者は、やめられないのかな……」
一瞬。
本当に一瞬だけ、アキラが元気を取り戻したように笑った。
「アキ……」
二人がアキラの顔を呆然と見て、そして。
「……みんな、ただいま」
そう言ったきり。
アキラの心臓が、脈が動きを停めたことを、リズとルーレイラは知るのだった。
陽が沈む、ラウツカの街、秋のある日。
並人と赤エルフ、二人の女性の慟哭が、市内中央医院の処置室に鳴り響いた。
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