47 これが私たちの街が誇る、最強の門番の実力です!

「ホォォォアッチャアァァーーーーォゥッ!!!!」


 怪鳥音とともに放たれたフェイの走り飛び蹴りが、大緑(おおみどり)の顎に直撃する。

 エルツーから身体強化魔法を授かり、いつもの数倍の身体能力を得ているフェイ。

 しかし早く戦いを終わらせなければ、自身の体にかけられた魔法が切れてしまう。


 勝負を、決着を急がなければならない。


「あ、ぐああーー」

 

 骨も臓器も基本的には並人と同じ作りをしており、強烈な蹴りを食らって大緑は膝をついた。

 魔人と言っても、その成り立ちは元々、人族系である。

 顎へのダメージで頭蓋骨の中で脳が揺られ、脳震盪を起こしたのだ。

 しかし魔人というだけあって、ダメージからの復活も早い。


「な、なんだ、おめえーーー」

「起きるな! 座れ!」


 起き上がって攻撃しようとする大緑の顎をもう一度狙い、フェイは今度は斜め上方に跳躍する形で頭突きをぶちかました。


 グワァン!


 と大きな音がさく裂し、大緑は尻餅をついて後ろに倒れる。

 フェイの頭も同時に痛いが、こらえる。


「い、いでえよおお、やめ、ろー」

「黙れッ!!」


 相手が立ってしまっては、フェイの身長では相手の急所に力の乗った攻撃を入れるのが厄介になる。

 座ったり寝ている状態であれば、跳躍しなくても相手の頭部にフェイの攻撃を当てることができる。


 攻撃を嫌がり、防ごうとしている大緑の左腕を、フェイは高速で何十発も、矢鱈めったら殴りまくる。


「あーたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!!」


 アキラから教わった「一本拳(いっぽんけん)」という握り拳で、敵の腕をひたすらに、殴る。

 フェイは敵の腕の筋肉の薄いところ、骨と筋の境目やつなぎ目となる部分を重点的に殴っていた。


「ほわたぁ!!!!」


 何十発で済まず、百発を超えてフェイは殴った。

 大緑は逃げ腰になりながら、後方に下がろうとする。


「うで、おれの、うでぇー」


 いくら強大な力があっても、腕を破壊されれば攻撃能力は格段に低下する。


 大緑の脚の動きは鉄球の枷でかなり自由が制限されており、その鉄球を軽くしていた盗賊団の首領、ファルの魔法も切れていた。


「喰らえっ!!!!」


 今度は鼻面、人中(鼻と口の中間に位置する急所)への、頭突き。


「ひっぎぃ」


 それでも立ち上がろうと試みる大緑。


「立つなと言うのがわからんか!」


 びぎぃっ、と鈍い音が鳴り響く。

 大緑の膝の横、筋肉の薄い部分へ、フェイの回し蹴りが決まったのだ。


「ハイハイハイハイハイハイハイヤーーーーッ!!!!」


 右回し蹴り、左回し蹴り、右回し蹴り、左回し蹴り、右回し、左回し、右、左。

 フェイの高速蹴り連打が炸裂する。

 まさに百裂の蹴りであった。


 しっかり体重を乗せて、相手の脚を破壊するように。

 斜めに、打ち下ろすように。

 小さな台風の目のように、風を切ってフェイの蹴りが放たれ続ける。 


「あ、ああ、もう、いやだぁー!」


 足を引きずり、四つん這いになって泣きながら逃げ出そうとする大緑。


 フェイがその背に乗り、後ろから首に縋り付く。

 大緑の両の目玉、眼窩に指を入れ。

 それを握り潰した。


「ぎ、い、ぎゃぁあああ」


 大緑が悲鳴を上げて、首の後ろにあるフェイの頭を掴もうとする。


 しかし左手は使い物にならず、右手は。


 クロが噛みついたその右手親指の傷は、物を握ることができない。


 この短時間でその傷が、癒えているわけもなく。


「死ねッッ!!!!」


 大緑の髪の毛を鷲掴みにした、その両手を支点にして。


 フェイの体が、風車のように、回った。


 跳躍による勢い、遠心力と体重とを使って、フェイが大緑の首をひねり、一回転したのだ。


 首の骨をねじられ粉砕された大緑は、体中の力を失い、うつ伏せでずしぃんと地面に斃れたのだった。



 はあ、はあ、はあ、とフェイは、荒い息を、吐いた。

 そして大緑の目の部分から流れ出る血液を、用意していた瓶に採取した。


「アキラどの、リズ、ルーレイラ……やったぞ。待っていろ」


 フェイは戻る。

 馬を走らせて、ラウツカの街へ。



 と、その前にひとつ、彼女にはすることがあった。


「こいつ、起きてまた暴れ出したら、面倒だな」

「なんだ、終わったのか。起きてるぞ」


 寝転んでいるコシローにフェイは言った。


「まあ黙って聞け。悪いようにはしない」

「いい話なら聞いてやる」

「後からここに来る衛士を安心させるためにな、お前、縄で縛られておけ」

「なにをバカなこと言ってるんだ嬢ちゃん、いや小娘さんよ」


 嬢ちゃん呼びをフェイが嫌がったので、コシローは呼び方を少し変えたが、そういう問題ではなかった。


「いいから大人しくしろ。私の知り合いだと話しておくから、衛士はお前に乱暴しないはずだ。ただ、体裁と言うものがある」

「おっとこの小娘さんマジだぞ。滅茶苦茶だなお前」


 フェイは勝手な理屈を述べながら、嫌がるコシローの体を、麻縄でぐるぐる巻きに固めた。


「ところでお前、どうして自分の得にもならないのに、ここに来て戦おうと思った」


 フェイは素朴な、たった一つの大きな疑問を真っ直ぐにコシローにぶつけた。

 もちろん、その答えはフェイにとって半ば予想済みなのであるが。


 コシローは縛られたままの状態で少しだけ考えて。


「日本の男が、やられてるんだぞ」

「ふむ、同朋の敵討ちか。嘘を吐くな。お前がそんなタマか」


 フェイに見透かされてコシローはひゃひゃひゃと笑い。


「そこに、わかりやすい敵がいるんだ」


 瞳を鈍く輝かせて、言った。


「ただそれだけで、殺したくなるだろう?」



 やれやれと思い、フェイはラウツカの街へと戻った。


 コシローは村の真ん中に留め置かれている。

 気絶させたのち、縛って身動きを封じておいた、盗賊団の首領、ファルと一緒に、背中合わせで。

 

 これで安心してラウツカに戻れる。

 フェイはそう思いながら、馬を走らせたのだった。

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