46 決戦は眼の前です!

 ドワーフの村では、いくつかの建物が火柱を立てて、激しく燃え盛っていた。

 油脂や材木などを備蓄しているところに、盗賊たちが火を点けたからだ。


「残りは何人だ!?」


 コシローは、そんな地獄の様相を呈した村に着くなり、瞬く間に猫獣人の女をはじめとした四人の敵を斬り殺していた。


「ひぃひぃ、こ、殺さんでくれ!」


 まさに鬼の形相で敵を求め走るコシローに、腰を抜かした村のドワーフの一人が命乞いをする。


「お前の命なんざ要るか! 野盗だかなんだかは他にどこにいる! 俺の孫六の錆にしてやる!」


 関の孫六、と伝わっているものの、本物かどうかは不明なコシローの愛刀。

 それに付いた血をぬぐいながら、更なる血を求めて吠える。


 先祖はこの刀で雷を切ったことがある、とコシローの父は酒を飲みながら話していた。


 コシローの実家は農家であるが、貧しくはなく財産もあった。

 刀に関してはよく聞く逸話であり、出まかせのフカシであろう。

 畑仕事をさぼって刀を振って遊んでいた先祖が、近くでいきなり落ちた雷に驚いた。

 そんなところが真相ではないかとコシローは思っている。


 刀の出どころはともかく、四人切っても刃こぼれせず曲がりもしない、その品質とコシローの技術に嘘はなかった。


「と、盗賊もそうじゃが、あの馬鹿デカい化物が……」


 ドワーフ男性にそう言われたコシローが、大緑(おおみどり)を一瞥する。

 鈍重そうな動きで、建物を壊したり家畜を襲ったりしていた。


「あのデカブツ、確か刀が効かないんだったな。ありゃ無理だ。さっさと逃げろジジイ」

「村が~。わ、わしらの村が~~」

「鬱陶しい! 今すぐ俺が殺してやろうか!」


 恐ろしくなったドワーフは一目散に逃げ、コシローはその場に残された。

 他にも散り散りになって逃げるドワーフがおり、それを追っている盗賊の男たちもいる。


「出すもん出せば殺さねえつってんだろーがよお!」

「う、嘘をつけ!! 奪った後に殺すつもりなんじゃろう!!」


 作業用のハンマーらしきものを振るって、なんとか盗賊と渡り合おうとしているドワーフもいる。

 その間にコシローは猛烈に突進し、盗賊の首に刀の「突き」を入れて、刀身をひねってえぐりながら抜き、殺した。

 やはり一言も相手に発させることなく、今回も仕留めた。


「眼の前だけ見るな! 二点!」


 今回もコシローの採点は厳しかった。


「な、なんじゃお前は……助けてくれるのか? 街の、衛士か?」

「知らん! さっさと失せろ!」


 もう滅茶苦茶であり、話が通じない。


「そこに隠れてる奴! 六点!」


 叫ぶなり、コシローは地面に落ちていた握り拳大の石を拾い掴んで、いきなり、投げた。


 投げた先には建物がある。

 石は建物の板壁にばぎんと音を立て直撃して、人の顔程の大きさの凹みを作った。

 その瞬間、建物の窓から人影が外へ飛んで出た。

 誰かが隠れていたのだ。


「……どうして、いるとわかった?」


 盗賊は細人(ミニマ)と呼ばれる、小柄な体を持った種族の男だった。

 浅黒い肌に銀に近い白髪を持っている。

 悪意と殺意に満ちた目つきをしていた。


「気にするな。俺は『わかる』んだよ。だがお前の気配の消し方は、なかなか悪くない」


 幕末から明治のはじめにかけての騒乱の時代。

 青春時代の総てを捧げて、江戸から蝦夷までを戦い生き抜いたコシロー。


 彼の「戦場の勘」は、地球、日本にいた頃から超能力じみていた。


 それがリードガルドに来たことで、精霊の加護をさらに受けたのか。

 コシローの「気配を感じる力」と「気配を消す力」は、魔法と言っていい境地にまで到達していたのだ。


 チッ、と舌打ちした盗賊の男が、長めのナイフを両手に持ち、逆手に構える。

 

「カ、カシラ! 大丈夫かい!?」

「ほ、他のやつは? こいつ一人に殺されちまったんで?」


 仲間が二人寄って来て、頭と呼ばれた細人の盗賊に言った。

 

「この場に、ひい、ふう、みい。三人。俺がさっきまで五人斬って、足して八人。それだけか?」


 周囲の気配を伺い、自分に向けられた殺気が他にないことをコシローは確認する。


 大緑は純粋無差別な破壊衝動で行動しているらしく、コシロー個人に向けて殺気を放ってはいない。


「他の五人、全員……」

「んなアホな、こんな短い間に……?」


 狂気を孕んだ眼光を飛ばすコシローに、盗賊子分たちはすっかり萎縮している。


「怖気づいてんじゃねえよ、バカども」


 しっかりと気を張っているのは頭目だけであった。

 怯える手下たちの隙をコシローは見逃さず、笑みを浮かべて走り出す。


「地獄で待ってろ!」

「うう、うあああ!」


 ひるんだ一人を、まず袈裟切りにして。


「こ、この野郎!!」

「遅い!」


 かろうじて立ち向かってきたもう一人を、返す刀で横に薙ぎ。


「……こ、コイツッ!!」

「これで終わりだ!」


 頭目の男に突きを見舞ったが、首の皮一枚傷を付けただけで、避けられた。


「やるなお前。七点に上げてやる」

「っザケやがって……!」


 頭目の男は、地面の砂を掴んでコシローに目つぶしとして投げつける。

 コシローは目に砂が入らないように、軽く掌を上げてそれを防いだ。

 しかしその一瞬で、相手は全速力で逃げ出していた。


 速い。

 判断も、逃げ足も。


 この頭目の男は「対象物を軽くする」魔法を使うことができた。


 普段は足枷と鉄球で大緑の行動を制限し、村を襲ったりするとき、大緑に暴れさせるときだけ、鉄球の重さを魔法で小さくしている。

 完全にゼロにできるわけではない。


 今、頭目は自分の体を軽くすることに魔法力を注いでいる。

 その足の速さにコシローが追いつくことは、まずもってできなかった。


「俺の仕事はここまでか。けっ、つまらん」


 しかし。


「おい! そっちに行ったぞ!」


 コシローは、遠くから迫る気配を察して、大声で呼びかけた。


 盗賊が逃げ出した先の道から、近付いてくる者がいることに気付いたのである。

 もちろん、それが誰であるのかも。


「逃がすかあああああああッ!!!!」


 裂ぱくの気合を込めた大声が、村中に鳴り響く。


「ぐああッ!!」


 馬上から飛び降りざまに放たれたフェイの蹴りが、盗賊団の首領――細人のファルという男に命中する。


「て、てめえ、北門のウォン!?」


 完全に不意を突かれて蹴り飛ばされたファルが、脇腹を抑えながら地べたに這ってわめく。

 攻撃を食らった時に、アバラを折られたのだ。 


「やっと貴様に縄を掛けられるな、ファル!!」

「ち、ちっくしょう、こんな、こんなはずじゃ……」


 かねてからフェイの一番隊が足取りを追っていても、なかなか捕縛できなかったファル盗賊団の首領。

 その人物が、こうしてフェイの縄に納まった。 


「あとは、大緑……!!」 


 まだ暴れ続ける巨躯の魔人のもとに、フェイは全力で駆けて行った。


 その様子を、遠巻きにコシローは、地べたに座りながら、つまらなさそうに見つめていた。

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