45 私たち全員が、心から願っています!

 その頃、フェイとウィトコは山中の衛士詰所にたどり着いて、衛士たちから話を聞いていた。


 必死で走った狼獣人クロと、彼に強化魔法をかけ続けていた並人エルツー。

 アキラの仲間である冒険者二人は、力尽きて気を失ったために詰所の仮眠休憩室で休ませているということだ。


「そうか、相手の総数や使う魔法は、わからないか……」

「はっ、申し訳ありません。二人ともあれから目覚めませんので、大きな魔物の情報を、断片だけしか我々は聞き及んでおりません」

「いや、いいんだ。ご苦労だった」


 フェイは衛士たちをねぎらい、仮眠室で眠る二人の顔を覗く。


 盗賊たちから逃げ、その途中で力尽きて路上で倒れ、駆け付けた衛士に保護されたクロ。

 気を失う前に口にできた情報がそれほど多くないのは、無理もないことだった。


 フェイはウィトコと、詰所にいる衛士の一人に、クロとエルツーの二人をラウツカまで送り届けて欲しいと話した。


 それに対しウィトコは頷いて言った。


「わかった。すぐに行くのか」

「ああ。ここでモタモタしていては、なんのためにあの男に馬を盗まれたか、わからないからな」


 フェイは敵のもとへ向かい、大緑(おおみどり)と呼ばれる魔物を倒さなくてはならない。

 今頃、コシローはドワーフの村に到着している頃だろうとフェイは思った。

 そこでコシローがどう立ち回っているかはわからない。

 しかし一刻も早く村に到着しなければ、コシローの行動は無駄になる。

 コシローが殺されて盗賊に逃げられるというのが、この場合の最低最悪の結果だろう。


「気を付けて行け。これをやる。もしも傷を負ったときは使え」


 ウィトコがフェイに、小さい包みを渡した。

 植物繊維の紙包だ。中身は白い粉末である。


「これは?」

「ルーレイラに、無理を言って作ってもらった。痛みを止め、気力活力を上げる薬だ」


 それを聞いたフェイの表情が険しくなった。

 

「おい、まさか」


 禁忌の薬物。

 要するに麻薬の一種ではないかと思ったのだ。


「国の法には触れていない。ただ、副作用はひどい」


 聞けば、成分は魔獣の骨が主体らしい。

 魔物の死体は基本的に毒であるが、転じて薬になることがある。


「足が痛むとき、たまに飲んでいた。飲んで半日ほど経つと、吐き気が襲ってくる」


 ウィトコの左ひざには古傷がある。

 その痛みを紛らわせるための薬なのだろう。

 フェイは薬を受け取って、服の内ポケットにあたる部分にしまった。


「ありがとう。貴殿も帰り道、くれぐれも気をつけて」

「ああ。死ぬな」


 ウィトコと衛士は、仮眠部屋からクロとエルツーを担いで、外に出る。

 それをフェイが見送る。


 じきに、フェイから連絡を受けたラウツカ市城門衛士の一番隊が、この詰所にやってくることになっている。

 そのときには協力して、山道を封鎖とドワーフの村への救援を行ってほしいと、フェイは衛士たちに指示する。


 クロとエルツーを乗せた馬が、その場から走り去ろうとするが。


「ま、待って……」


 エルツーが、か細い声を漏らした。


「だ、大丈夫かエルツー!? 無理をするな! お前はよくやった!! 大人しく休んでいいんだ!!」


 フェイがエルツーの手を握る。

 エルツーは目の前にいるのがフェイだとわかり、半開きの目でにっこりと笑った。


「フェイねえ、来てくれたのね……相手は、十人……」

「え、エルツー……」

「二人、倒したから、八人、かしら……もちろん、デカい奴を、抜かして……」


 必死でエルツーは、フェイに敵の情報を伝えようと、声を振り絞っていた。


「デカい、やつは、武器が効かない、わ……でも、膝を痛め、てる……アキラが、蹴った、から……右手も、クロが、噛ん、で……」

「ああ、わかった! もういい、眠っていいぞ、安心しろ、私が、やっつけてやるからな!!」


 フェイにとって、エルツーは妹と言っていい、それだけ近しい相手だ。

 ラウツカの街に衛士として赴任したころからの知り合いで、家が隣近所になってからはより一層仲良くなった。


 妹分を、こんな目に合わせた奴を許すわけにはいかない。

 絶対に魔物、大緑(おおみどり)を倒し、盗賊連中を縄にかけてやると決意を新たにする。


 ぎゅううと、エルツーが握る手の力を強める。


『神さま……精霊の王……星々のもとにある、すべての力の、源よ……伏して、ねがいたてまつ、る……』

 

 エルツーとフェイの握られた手が、熱を持って光輝く。

 フェイが魔法の詠唱、精霊への祝詞を口にし始めたのだ。


「や、やめろ、エルツー! その状態で強化魔法なんて使ったら、お前が死んでしまう!!」


 フェイの必死の制止も聞かずに、エルツーは願い続けた。


『この者に、力と、祝福を……全ての敵に、勝たせ、たまえ……』


 大きな力の波が、周囲にうねるのがその場にいた全ての者の感覚に伝わった。

 そしてその波の力は集約され、フェイの体の中に流れて行っているのだ、ということも。


 がくり、とエルツーはうなだれ。


「手抜きしたから、大、丈夫……」 


 そう言い残し、意識を切った。

 

 体中からあふれ出てくる力と、それ以外の感情と。

 すべてをこらえて押しとどめて、フェイはドワーフの村へと馬を走らせた。

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