44 みなさん、絶望せずに、踏ん張ってください!

 山間のドワーフの集落は、混乱と惨劇のさなかにあった。


「なな、なんじゃあ、このバケモンはぁ!?」

「ひ、ひぃぃ、た、助けてくれえ!!」


 いつか、ルーレイラやアキラたちも樹液収集の折に、立ち寄ったことのある場所である。

 つい先日にアキラたちと商人の一隊がこの村に立ち寄り、寝泊りと食事をとっていた。

 その村を、略奪目的の盗賊団が襲っていたのだ。


「ううへへへ、めしぃ~~~!」


 大きな青緑の肌を持った魔人が、豚小屋を襲う。

 腕を軽く振るっただけで小屋の屋根や壁は飛ばされ、中から豚たちが逃げ、走る。


「ぴぎ、ぷぎぃ、ぷぎゅ!!」


 そのうち一匹が魔人の手に捕まり、尻から「喰われ」た。

 生きている豚を両手でわしづかみにし、そのまま噛り付いて食べているのだ。


 その有様を見た村のドワーフは皆、恐慌を来たして四方八方に、散り散りに逃げる。


「なんだよ、金目のモノが少なすぎんだろこの村ァ!!」

「木っ端やキノコしかろくにねえぞ!?」


 巨人と共に村に侵入してきた悪漢たちが、口々に叫び、暴れ、家屋や倉庫を略奪して回る。


「ヒャッハー! 倉庫に銀貨が積んであるぜ」

「土地の税を払い終わる前の時期で、良かったですねー」

 

 村の金庫になっている堅牢な倉庫も、巨大な魔人に破壊されて中の物がむき出しになっていた。

 白く輝く大量の銀貨を見て、侵入者たちは我を忘れ、倉庫へと駆け寄った。 

 

「よ、よ、よくも俺たちの村を!!!」


 勇敢にも、立ち向かうドワーフが存在した。


 見た目は老人のようであるが、彼は若者であり、この集落の未来を担って立つ存在になるはずであった。

 ありていに言えば村長の息子である。


 村長は、混乱のさなかに殺されていた。

 息子である彼は、父を失った悲しみに覆われながらも、自分たちの村をどうにかして守らなければと思った。


 家の壁に掛けてあるだけでホコリをかぶっていた鋼の戦斧を引っ掴み、倉庫に群がる暴虐の徒に立ち向かった。


「あらあ、勇気のある方ですねえ。素敵ですー」


 村を襲った者たちの中には、獣人の女もいた。

 猫系の獣人で、荒くれ者の集団の中では確実に浮いた、上品な服装をしていた。


「抵抗すんじゃねえよ!」

「そ、そうだ! 殺しちまえ! 早く!」


 大きないかめしい戦斧を構えたドワーフを前に、何人かの悪漢はひるんで後ろに下がった。

 しかし猫の女はむしろ笑みを浮かべて、向かって行った。


「あの世で、またお会いしましょうねー。素敵なドワーフさん!」

「う、うわああああ!!」

 

 ドワーフの若者が、素人丸出しのフォームで斧を振るう。

 それを猫女は難なく横に動いてひらりと躱す。

 狂喜の笑みを浮かべた猫女が、左手に持っていたナイフを、ドワーフの首筋めがけて切りつける。


 ドワーフの頸動脈から、大量の血が噴き出すはずだった。

 あくまでも、猫女の想定では、そうなっていたという話である。


 しかし、現実は違った。

 切られて血を噴きだしたのは、猫女の左手首であった。


「あら?」


 手の腱と血管が見事に断ち切られ、猫の女獣人はナイフを地面に落とす。

 痛みを感じないどころか、いつ、誰に切られたのかすら、わからない。

 ぼたぼたぼたぼた、と土に落ちる血液。


 それを呆然と見ていた間に、猫女の首は、一閃のもとに刎ね飛ばされた。


「やっと隙を見せやがったか。五点だな!」


 断末魔もなく転がる女の首に対し、コシローは彼なりの採点を告げた。


「さてお前らは何点だ!?」


 コシローが叫んで、倉庫の前にたむろっている他の悪漢に襲い掛かっていく。


 ドワーフの青年は、無事だった。

 コシローが割って入り、猫の獣人女を切り殺したことで、助かったのだ。

 しかし唐突に新しく表れた、まるで悪鬼羅刹のようなコシローにすっかり驚き、力なく尻餅をついた。


 盗賊たちが村に入って起こした騒ぎに乗じ、コシローは近くの林に馬を留めて、気配を殺し、村に入った。

 そして林から近い倉庫の前に人数が集まったころあいに、躍り出て女を斬り殺したのだ。


「なな、なんだこいつはぁ!?」 

「殺れ! 殺っちまえ!」

「俺の魔法に任せろ!」


 三人がかりでコシローを囲み、挑みかかってきた盗賊。

 そのうち一人は魔法を使い、地面に落ちている枝や小石を浮かせ、コシローにぶつけて来た。


「役に立たん! 三人合わせて三点!」

「い、いぎゃあああッ!!」


 そんなちっぽけな障害物などコシローにとっては目くらましにもならなかった。

 突進しながら振るわれた刀に、悪漢三人は軒並み切り伏せられた。


「なんだ、さっきの猫娘が一番の使い手か? 他にろくな奴はいねえのか?」


 コシローは、騒ぎがいまだ継続している、村の中心部へと走って行った。


 まだ何人かの盗賊が残っている。


 戦うことができる。

 斬ることができる。

 敵を、屠ることができる。


 高揚に、悦びに、コシローは笑いながら走り抜ける。


 そして大きな体躯、緑色の肌を持った怪物も、暴れていた。


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