43 不安ですけど、信じて待っています!

 コシローとフェイ、そしてウィトコが去った後の処置室は、一気に静かになった。


 若い衛士たちも市内の治安連絡に走り、医院には言葉少なに働く者たちと、リズと、ルーレイラ。

 そして無言で横たわるアキラがいるのみになった。


「一度、部屋に戻るよ。触媒を取って来る」


 ルーレイラは泣きべそをかいた顔を、ごしごし衣服の袖で拭い、立ちあがった。

 アキラの治療に有効と思われる、地と水の精霊をふんだんに宿せる触媒を、自分の工房からここに持ってくるためだ。


「はい、行ってらっしゃい。気を付けて」

「リズはどうするんだい? ここにいるのかい?」


 ルーレイラに聞かれて、哀しい苦笑いを浮かべながら、リズは言った。


「はい、私は他に、なにもできませんから」


 なんでこんなことを聞いてしまったんだと、ルーレイラは自分で自分を殴りたくなった。


 ただ、ここにいるだけ。

 それだけのことが、どれほどリズにとって苦しいのか、よくわかっているはずなのに。



 一方で、ラウツカの城門を出た馬たちは、草原の中をひたすらに駆けて行く。

 同じ馬の背に乗り、フェイとコシローは言葉を交わす。


「ところで俺は、相手が何者か知らないんだがな」

「怖気づいたなら帰るか?」

「どこに帰るところがあるんだ」

「お前の里のことなど、私は知らん」


 本気なのか冗談なのかわからないやりとりをしながら、三人は森を抜け林を抜け、北に向かう道を走り抜けていく。


 分かれ道にあたり、馬と人は停まる。

 ここを左に行けば、衛士の詰所があり、クロとエルツーがそこにいる。

 右に行けばドワーフの村を横切って、大緑にアキラたちが襲われた現場への近道になる。


「どうした」


 ウィトコは当然、左に曲がってエルツーたちの安否を確認し、状況をより詳しく聞き取るものだと思って走っていた。

 そのためフェイが馬を停めたことに疑問を抱き、尋ねる。


「相手は、私たちがこれほど速く来ることを、考えていないだろうな」

「そうだな」


 フェイの言葉にウィトコも頷く。


 敵は強大な魔物を引き連れた、盗賊の集団だ。

 田舎で巡回をしている少人数の衛士など、物の数ではないと思っている。

 行きがけの駄賃としてドワーフの集落を襲うことは、十分にあり得る。

 むしろ本当の目的はそっちで、アキラたちの方が「ついでに」襲われた可能性も高い。


 ドワーフの村を襲い、稼ぐだけ稼いでから、山林の中に姿を消して逃げればいい。

 そう考えている可能性は、大いにある。


 敵の情報は欲しいし、エルツーとクロのことが心配だ。

 しかし、敵を逃がす機会を増やしたくない、敵に時間を与えたくないということも、フェイは同時に考えていた。


 その見解をフェイがウィトコに話す。

 二人はしばしの間、分かれ道を前にして黙り、立ち止まってしまうのだった。


「それはいい悩みだな、嬢ちゃん。楽しくなってきやがった」

「嬢ちゃんと言うのをやめろ。その汚い口を引き裂くぞ」


 くっくく、とコシローは相変わらず笑っている。

 フェイは迷っている時間が一刻もないことを理解している。

 しかし答えは出ない。

 どうしたらいい、どちらを選んでも間違いのような気がする。

 そう思ってしまいそうになる、そのとき。


 ドンッ! ドサッ!


 馬上に乗っていたコシローが、フェイに体当たり気味の肘鉄をかまし、馬から叩き落としたのだ。


「落第だ! 将帥の器じゃねえな!!」

「なっ!?」


 まったく、不意を突かれた。


 今のコシローには殺気がなかった。

 だから反応できなかったというのは、フェイにとっては言い訳でしかない。


 無防備に、フェイが。

 鬼の北門衛士、一番隊の隊長が。

 悩んで考え事をしていたと言え。

 他の者に攻撃を食らって、馬の背から、地面へ落とされたのだ。


「戦場(いくさば)じゃ、悩んでる奴から死んで行く!! はぁーはっはぁ!!」


 吠えて、今まで乗っていた白馬を奪い、コシローが「右の道」へ駆けて行った。

 ドワーフの村があり、敵集団のいる可能性が高い、その方向へ。


 フェイが不覚を取ったというのが信じられず、一瞬呆然していたウィトコ。

 しかしすぐに、馬を奪って走り去ったコシローのあとを追おうとするが。


「待て!」


 フェイの声が、それを制止する。

 フェイは、コシローが取った行動の意味を、やっと理解した。


「挟み撃ち……」


 左の道に、自分とウィトコが行く。

 衛士の詰所でクロとエルツーの安否を確認し情報を整理する。

 衛士とウィトコに二人のことを任せ、フェイは別の馬を詰所で借りて、ドワーフの村に向かう。


 もしも敵がドワーフの村に向かっていれば。

 もしも今まさにドワーフの村を襲おうとしていれば。


 真っ直ぐに急行したコシローは正面から、フェイは敵の背面から、敵に向かっていく経路になる。

 

 フェイの呟きからウィトコもある程度のことを想像したようだが、素朴な疑問を提示した。


「あの男が、敵を押しとどめられれば、だろう」

「そう、だな……」


 ドワーフの村を敵が襲っていると仮定し、コシローは現場に向かった。

 しかしその場であっさりコシローが討ち取られてしまえば、敵に警戒心を無駄に与えて逃げられるだけだ。

 警戒を増した敵の逃げ足は、当初の想定よりずっと速くなるだろう。

 あとからフェイや他の者が駆けつけて挟み撃ちにするというプランは、完全に崩れ去る。


「あの男、逃げただけかもしれん」

「いや、それはない」


 馬を盗んでこの場から去ったコシローに対する、ウィトコの評価は妥当と言えた。

 普通なら、逃げるのだ。

 しかしフェイははっきりと、確信を持って否定した。


「どうしてわかる」

「あいつに、逃げる場所なんてないからだ」


 どこにも行き場を失った転移者のコシローは、ひたすらに馬を走らせる。


 フェイの言葉通りに、逃げる場所へではなく。


 血と戦いの香りが漂う、その場所へ。

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