41 あなたは、敵ですか? 味方ですか?

「わ、私たちはあなたの、敵ではありません! カタナをおさめてください!」 


 医院に突如として踏み込んできた、日本刀を持った男。

 その人物に向かって、リズは必死で言葉を投げかけた。


 彼は転移者だ、おそらく日本人だとリズは確信していた。

 黒髪にアジア系の顔立ち。

 アキラやフェイより色は白いものの、白人とも違う肌の色。


 着ている服はリズにとって見覚え、馴染みがない物であったが、洋服、軍服のようにも見える。

 侍の羽織袴とは違うようで、履物も長い革靴だった。


「どうだろな。今となっては誰が敵で味方かなんて、わけがわからん。俺は結局、なにと戦ってたんだったかな?」


 くくく、と若干の凶気が混じった顔で、男、コシローは笑って言った。

 リズの話を聞く姿勢がないわけではないようだが、それでも辺りに殺気をばら撒いている。


 リズは必死で考えた。

 脳をフル回転させ、いつもの何倍もの速さで思考した。

 どうにかしてこの場を収め、相手を鎮めるための方法を。


 アキラを助けるためにも、時間がないのだ。

 ここで時間をかけるわけにはいかないのだ。


 相手は日本人。

 アキラよりも、おそらくは古い時代を生きた人物だろう。

 しかし洋服を着ている。

 それほど古い時代の人物だろうか?


 歴史に詳しくないリズには自信がない、はっきりわからない。

 しかしそこまで時代は離れていないと信じた。

 日本人。

 少しだけ昔の時代。

 カタナ、洋服……。


「カ、神奈川(カナガワ)!」


 リズは頭に浮かんだことを、半ばあてずっぽうで叫んだ。


 横にいるフェイはそれの意味するところが、まったく分からず目を白黒させる。

 構わずにリズは言葉を続ける。


「北斎(ホクサイ)・葛飾(カツシカ)の、大きな波の絵、カナガワ! アキラさんは、あれが自分の故郷に近いって、前に話してくれました! 一緒にご飯を食べたときに!」

「……」


 コシローは黙ってリズの言うことを聞いていた。


「ヨコハマが故郷だって、アメリカから黒船でペリーが来た港も、ちょっと離れてるけど地元だって、アキラさんは言ってました! サバやマグロが、美味しい海なんだって!」

「そうだな。魚は旨い海だ」


 けけっ、と少し笑って、コシローは刀を鞘に収めた。

 周りの人間に殺気がないことが分かったのだろう。

 フェイから向けられている感情は警戒心であり、その瞳に殺意はないとコシローは判断した。


 話が通じる、言葉が通じる相手だとわかり、とりあえずリズは極限の緊張から脱した。

 ふらついたリズの体を、フェイが支える。


「フェイさん、おそらくこの人は、アキラさんと同じ、日本人です」

「確かに、リズよりは私やアキラどのに近く見えるな」


 フェイもアキラも黒髪の黄色人種である。

 金髪で真っ白い肌を持つリズと違い、東洋人なのだろうとフェイは理解した。


「だったらなんだ、悪いのか? お前こそどこの誰だ?」


 フェイとコシローは睨み合った。

 しかしそれも数秒のこと。


「俺もわけがわからんからな。とりあえず、話だけは聞いてやる。で、そのアキラってやつはどこだ」

「奥で寝ている。重傷だ」


 フェイも打撃鞭を腰の吊り具に収めた。

 しかしまだコシローは危険な気配を漂わせている。

 リズたちを残してこの場を離れるわけにはいかなかった。


「怪我か。すっ転んで頭でも打ったか?」

「魔物にやられた。治すためには、こんなところで無駄話をしているわけにはいかないんだ」


 怒気を孕みながらフェイがコシローを睨みつけて言う。


「なんだそりゃ? 魑魅魍魎か? 物の怪か? 鬼か?」

「そう言う類のものだ。我々の敵だ」


 フェイの言葉に冗談が一つも混じっていないことを、コシローはすぐに察した。


「どうやらいよいよ夢を見てるってことが、はっきりして来やがったな」

「夢であるものか。貴様、なかなかお喋りだな?」


 まだ心を許していないフェイの顔に、笑みはない。


「おお、怖い怖い。うちの大将と、お前と、その化物とやら、いったいどれが一番、怖いだろうな」


 本気で聞いているのか、茶化しているのかわからないコシローの態度。

 いきなり魔物と言われても、信じられないのは無理もない。

 そう思ったリズは意を決して、コシローをアキラの処置室に連れて行くことにした。


「こちらです。会ってあげてください」


 ふん、と鼻を鳴らして、コシローはフェイとリズに従い、奥へ入って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る