37 新しいお友だちができ……ど、どうしました!?
「アキラさまは」
「いやいや、ただの冒険者に、依頼主の関係者さんが『さま』なんてやめてよ!」
アキラたちが商人に伴って移動している、二日目の朝。
「失礼しました。では、アキラさん」
「呼び捨てでいいって。同年代(タメ)じゃん?」
山間のドワーフたちが暮らす村の中で、一行は宿代わりに部屋を借りて寝起きし、朝食をとっていた。
ここは樹液を採集する仕事でアキラも来たことがある、宿屋のない村だ。
旅の者が訪れたときは、交渉次第で空家を貸して対応してくれる。
話してみると、商人がもともと雇っている護衛、兼馬車の御者であるハーフエルフの青年と、アキラとはたまたま年齢が同じだった。
そんな些細なきっかけが元で、両者は割と打ち解けたのだ。
「いつか一緒に飲みに行こうよ。美味くて安い店がギルドの近くにあるんだ」
「ええ、仕事が落ち着いたときには、ぜひ」
男同士の雑談をぼんやり眺めながら、エルツーはパンをかじって、言った。
「このあたりのドワーフの村って、衛士の詰所を置いてないわよね」
クロがスープに息を吹きかけ、必死で冷ましながらそれに答える。
「そっスね。元々ドワーフの村は、並人の運営する政庁とか、あんま好きじゃない連中が多いっスから」
続いて商人の男性もエルツーの振った話題に、見解を示した。
「確かに。彼らは自主自立の意識が強い。村を守るのも自分たちの手で、と思っているのでしょうか」
アキラは朝の会話を通し、いつぞやに冒険のさなか、ルーレイラが話していたことを思い出す。
「そう言えばルー怒ってたな。手紙を送っても、ドワーフの村からは返事が来ないことが多いって」
「ルーレイラは、あれはちょっとドワーフ嫌いが過ぎるだけよ。手紙の書き方が悪かったんじゃない?」
そんな他愛もない話なのか、とアキラは苦笑いした。
なににしても旅はまだ先が長い。
朝の準備も手早く済ませて、一行は目的地までの道のりを再び進み始めた。
アキラは、帰りにここの村でキノコをたくさん買って行こう、などと考えている。
林の中から採取されたキノコが、文字通り山になって積み上げられているさまを、村の片隅で見たからだ。
「天ぷら、炒めもの、鍋……うう、米が、米が欲しい!!」
アキラは涙混じりに心の中で叫んだ。
この国では米食が普及、発展していないので、米が貴重品なのである。
キノコの炊き込みご飯を腹いっぱい食えるだけ作ろうと思えば、軽く一か月分の食費が飛ぶであろう。
「そう言えばラウツカって、タピオカっぽいものはあったけどコンニャクないよな。鍋にはコンニャク入れたい派なんだけどな俺は……」
などと、どうでもいいことをアキラは考えた。
道中は続き、時間も過ぎる。
昼食は手持ちの物で簡単に済ませ、休憩を挟みながら、馬車はさらに進み続ける。
そして太陽が傾きかけてきた、夕方。
「陽の落ちるのがずいぶん早くなったわよね」
「秋っスねえ、すっかり」
エルツーとクロがぽつりと車上で呟く。
アキラは馬車の振動で尻が痛いのに閉口していた。
更に、この調子で行くと今晩は野宿ではないだろうかと心配にもなった。
誰かさんが、野宿の可能性はないと言っていた気がするのだが。
「路が悪くなってきたね。馬車の車輪、大丈夫?」
ガラガラ、ゴトゴト。
路面状況が荒れて道幅も狭くなり、馬車の客車部分もしばらくずっと、振動に見舞われている。
「もうしばらく辛抱いただけますか。このあたりだけちょうど隘路になっているようです。山肌から土くれや石が転がり落ちて、道に散らばっているのでしょう」
御者の青年は申し訳なさそうに言った。
道が悪いのは彼のせいではないのだから、あまり恐縮しなくても、とアキラは思った。
「ところでアキラさん、いえ、アキラの持っている武器は独特で面白いですね」
「これね、みんなに珍しがられるよ。でも慣れると便利だよ」
アキラは荷物からトンファーを取り出し、破損がないかなどを確認している。
「いつか一緒に稽古をしましょう。どのように使うのか興味が尽きない」
「いやいや……お兄さん、元軍人でしょ? かなわんって。フェイさんと稽古するといいよ。喜んで教えてくれるから」
「ほ、北門のウォン・シャンフェイ隊長どの、ですか。は、ははは、いずれ、機会があれば」
と、すっかり仲良くなった従者とアキラが和気あいあい話していた、そのとき。
「ん」
急停止などせず、ゆっくりとハーフエルフの青年は馬車を停めた。
疑問に思い、アキラは客車の窓から顔を出して尋ねる。
「どうかしたの?」
「道の先に、牛の死体でしょうか……」
確かに行く手を塞ぐように、牛らしき動物が横たわっているのが、遠くに見えた。
それほど大きくないから、子牛から大人になりかけ、と言うところだろう。
「クロ、あれただの死体?」
鋭敏なクロの嗅覚を頼りに、確認を取ってもらうエルツー。
「そっス。どっかから逃げてきたんスかね。半分腐りかかってるっスから、食えないっスよ」
特段、怪しいものではなかないようだが。
「残念……」
アキラは肉を惜しみながら呟き、馬車を降りようとする。
通行の邪魔になるだろうから、クロと一緒に屍をどかそうと思ったのだ。
そのときである。
「ちょっとアキラさん、他にもなんか、ヤな匂いがするっス」
「どした、クロちゃん」
「なんスかね。カビ? いや、銅の錆っスか……混じったような、妙な匂いが」
クロの鼻が、異変をとらえた。
周囲によくわからない匂いが充満していると。
不幸なことに、匂いの元とアキラたちとでは、アキラたちが風上に位置していた。
そのために、匂いの原因がほんの近くに来るまで、クロでも判別できなかったのだ。
「げっへっへへへへ、びゃああーーーーーーーっ!!」
狂声。
笑い声、叫び声、泣き声、そのどれでもなく、そのどれもが混じったような、巨大で不吉な音声が辺り一帯に鳴り響き。
「ぬぶ」
かすかな声とともに、馬を御していたハーフエルフの青年の頭部が、潰れた。
頭の上に、極めて重い物でも落ちて来たかのように、首が肩にめり込むほど、潰れた。
「う、うわああああああ!!!!」
アキラが叫ぶ。
制御を失った馬車――二頭立ての馬車、その一頭の馬の首も、同時に潰れていた――が、右方向の斜面に突っ込み、残った無事な馬もその場に倒れ込んだ。
「エルツー、敵襲だ!!」
「な、なに!? 盗賊!?」
「わけのわかんないのがいるっス!」
横倒しになった客車から必死の思いで迅速に這い出て、アキラたち三人は体勢を立て直す。
手綱で馬車と繋がれたままの馬が、ぶひひんと暴れる。
「はぁーー!! こいつは情報通り、いい客だぜーーー!!」
「しばらく遊んで、女にも不自由しねえってもんだ!!」
「女なら、私がいるじゃないですかー」
二つ、三つ、四つ、まだ騒ぎ声は増えて行く。
敵は、多数だ。
並人もいれば、獣人もいる。
男もいれば、女もいる。
棍棒、ナイフ、片手剣、手槍、手斧。
身に着けている武器防具も様々で、統一性がなかった。
「く、クソッ! しっり、大丈夫ですか!?」
アキラは客車の下敷きになった商人の男の体を、必死で引きずり出そうとするが。
「アキラさん、無駄っス!! 馬車が倒れたときに死んでる!!」
依頼主も、護衛の青年と同じく、絶命していた。
馬車が転倒した際に悪い場所に投げ出されて、頭部や背中を地面にしたたかに打ち付け、さらに馬車の下敷きになってしまったのだ。
クロは心臓と呼吸の音がないことで、それを確認していた。
そして、アキラたちを囲む敵の中には、一人、いや、一体、いや、一頭?
「な、なによ、あれ……」
「ぐふゅふゅるるるる……げはあ」
分厚い筋肉の鎧をまとった、青緑色の肌の巨人が、そこいた。
エルツーの二倍以上は背丈がありそうで、体重体格は、巨岩や大木を思わせるほど分厚い。
異臭の原因はこいつだった。
まるで青かびや、銅に浮き上がる青錆のように薄汚く、不吉な緑色の肌が、この異臭を放っていたのだ。
片方の足には枷がはめられており、それは大きな鉄球と鎖で結ばれていた。
アキラは直感した。
今まで出会ったどんな災難よりも、こいつは危険だと。
洞窟で会った蛇の神さまには、邪気がなかった。
強大ではあるが、自分たちの脅威になる存在ではないのだと、不思議と理解できた。
しかしこいつは全く話が、違う。
半年前にギルドの中庭で殺した、怨鬼(えんき)という魔物がいた。
あの小さな体にどうしてこれだけの悪意が込められているのかと戦慄したことを思い出す。
今目の前にいる怪物は、その何十倍、いや何百倍だ。
まるであの怨鬼がそのまま膨れ上がったのではという脅威と悪意を、その大きすぎる体躯に内包していた。
「喰らいなさい、化物!!」
反撃の嚆矢をまず最初に放ったのはエルツーだった。
巨体の怪物に向け、小型ボウガンで毒の仕込まれた矢を撃ったのだ。
どんなに強大な敵が相手であっても、毒が回れば無力化できる。
アキラはエルツーの判断が冷静で適確だったことから、我を取り戻して身構えなおした。
巨人はもちろん、他の悪漢どもからエルツーを少しでも守れる位置に。
エルツーの矢は、見事に巨人の目、眉間の辺りめがけて飛んだ。
しかし、である。
ぱちん。
クロの目と耳は、確かにとらえていた。
巨人の右目玉に、エルツーの矢が当たる、その瞬間を。
しかし鋭い矢じりは「巨人の目」に、虚しい音とともに、弾かれたのだ。
「ぶぶ、武器が、効かないっスか……!?」
「な、なんで、当たったのに……」
隙を見せてしまったエルツーに、片目を眼帯で覆った悪漢が襲い掛かる。
そこにアキラが割って入り、エルツーの身を守る。
「死ねやぁ!!」
「やなこった!!」
男がアキラに剣を振り下ろす。
アキラは馬車が横転した災難のさなかでも、運よく手放さずに持っていたトンファーでその攻撃を受け流すことができた。
「邪魔だこの!」
「うるせーバカ!」
再度の攻撃も、アキラは巧みに左の内回し受けでいなして、相手の懐に入る。
「シャオラッ!」
そのまま右の肘打ちに近いフォームで、敵の顔面にトンファーの打撃を食らわせる。
「いぎぃ! 目が! 畜生! この野郎! 殺してやる! 殺してやるぞぉ! どこだコラぁ!」
上手く相手の片方しか開いていない目、その眉尻に攻撃がヒットした。
素手ではなく硬いトンファーの一撃だ。
片目男は無事だった目の周りの骨が折れ、視界を完全に奪われた。
「こんにゃろっ!!」
「がっぎっ!!」
止めとばかりにアキラは、男に飛び膝蹴りをかます。
相手は顎の骨を叩き割られ、仰向けに伸びた。
「離れないで固まって!」
エルツーの言葉に従い、三人は背中合わせの三角形に陣を組み、お互いの死角を護り合った。
それを見た悪漢たちは、不用意に飛び込んでこなくなった。
それよりもあの緑色の、大男だ。
矢を無効化する? 鉄の刃物を無効化する? 飛び道具を無効化する?
それとも、すべての武器による攻撃を無効化する!?
アキラはそのすべての可能性への思索を頭の中に必死で駆けめぐらせ、こう叫んだ。
「エルツー! クロちゃんにありったけの強化魔法をかけて二人で逃げろ!!」
狼獣人のクロにエルツーの強化魔法を全力で施せば、クロがエルツーを背負っても、馬より速く走れる。
その魔法はエルツー自身には効果がない。
他人にしかかけられないという制限があった。
しかしだからこそ、エルツーの魔法は強力なのだ。
ここにエルツーがいてよかった。
本当に本当の最悪、それだけは避けられる。
全員がここで死ぬという最低最悪の、想像もしたくない結末を。
アキラはそれだけを思い、巨人の、枷と鉄球で動きが制限されているその脚に向かって行った。
「だらっしゃあっ!!!!」
右の全力の回し蹴りを、巨人の膝の横、筋肉の薄くなっている部分へ当てる。
相手の体が大きすぎるため、膝を狙っているのにローキックではなくほぼハイキックの高さであった。
しかしアキラは、幼少期から若い頃から、何度も何度も、今も続けて練習していた蹴りの軌道で。
相手の膝横に「斜めに打ち下ろすように」、全力の右回し蹴りを放った。
動きの遅い相手に蹴りはまともに当たり、めぎぃ! という鈍い音が鳴り響いた。
「んぎぎ! こなくそ!」
間髪入れず左回し蹴り、右回し蹴りと続けて同じ部位に蹴りを叩き込む。
相手の脚は太く、硬く、重かった。
蹴ったアキラの脚が、たった三発で限界近い負荷を抱えるほどに。
しかしそれでも痛む足を酷使し、全力でバックステップし距離を取って、再びエルツーの盾になる。
「なにやってんだよ早く逃げろっつってんべがこのロリっ子!!」
まだその場にとどまって、気丈に他の敵へ矢を射かけているエルツーに、アキラの怒号が飛んだ。
「き、効いてる……」
「え?」
小さく呟いたエルツーの言葉を受け、アキラが巨人を見た。
「う、うぁあぁ。あ、あじ、い、いでぇえぇ……」
アキラの蹴りを食らって、巨人が膝をついたのだ。
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