36 先輩たちも、あなたに期待しています!

 アキラたちが商人の護衛の仕事を請け負うらしいという話は、もちろんルーレイラの知るところになる。


「ちゃんとした街道を通るだけなら、大丈夫かなあ……」


 慎重派で心配性のルーレイラは、手塩にかけている若手冒険者たちがこの仕事に向かうことを、まだ安心しきってはいない。


 しかしアキラたちが自分たちで判断し、自分たちで情報を吟味して得た仕事だ。

 これ以上余計なおせっかいを挟むのもよくないと自覚していた。


 なんでもかんでも先輩冒険者におんぶ抱っこで、いいわけはないのだ。


「彼らも随分頼もしくなったと、喜ばなければならないんだろうねえ」

「三人とも、逞しさがある」


 同じ卓の向かいの席、そう言ったのはウィトコだ。

 その日、ルーレイラは珍しくウィトコと飲んでいたのだ。


「たしかにね。クロとアキラくんは、ラウツカのギルドにいる若手の中じゃ、特に荒事に向いてるよ。喧嘩も強いし、体力があるからね」

「あいつ、喧嘩をするのか」


 ウィトコは、それが意外なことであるかのように訊いた。

 気分屋のクロはともかくとして、アキラのことは気持ちの穏やかな青年と思っていたからだ。


「彼からは売らないよ。だけれど、なぜだか酒を飲んだ帰りに彼は喧嘩に巻き込まれることが多いねえ」

「人のよさそうな顔を、しているからだ。つけこまれる」


 ウィトコは別に冗談で言ったわけではないが、ルーレイラは笑った。


「そうかもね。それでも、負けたところを見たことがない。相手を抑えるか、逃げるかのどちらかだ」

「いい運命の星の下に、生まれたんだ」


 ウィトコの物言いに、ルーレイラは妙なおかしみを覚える。


 仲が悪いわけではない、むしろ馬が合い付き合いも長い二人。

 しかしウィトコは市内の酒場で飲むこと自体が少ないので、久しぶりの会食だった。


「確かにアキラくんは、不思議な生命力や運の強さがある気がする」


 今までのアキラとの付き合いを思い出しながら、ルーレイラは話した。


「冒険で怪我を負っても、重症化しないしすぐに治るんだ。並人にしては珍しいよ」


 並人、特に転生者には特有のハンデ、弱点のようなものがあった。


 リードガルドの元々の住人、獣人やエルフ種、ドワーフ種に比べると、怪我が悪化しやすい傾向にあるのだ。

 ルーレイラはそれを、精霊信仰へ帰依している深さ篤さが原因だろうかと推察している。

 しかしいまだに定説のような見解はなく、例外も多い。


 身近な礼だとウィトコの脚などは、おそらくもう二度と元通りには治らないであろう。

 以前にルーレイラとウィトコ、そしてドラックが一緒に大きな仕事を請け負ったとき。

 強大な魔物の攻撃を食らってしまい、ウィトコは片脚に深い傷を負った。


 ルーレイラは、その原因が一党の仕切り役であった、自分にあると思っている。

 一方でウィトコは、自分が気を抜いたうえで発生したミスだと思っている。


 二人はその後、言葉少なに酒を酌み交わしていたが。


「アキラの星は、太陽だ」

「うん?」


 出し抜けに言ったウィトコの言葉を、半分酔っているルーレイラは、よくわからない。


「あいつの名前だ。暁(あかつき)という意味だそうだ」


 ぐびり、と強い蒸留酒を呷り、ウィトコが珍しく笑って。

 

「案外、不死身かもしれん。殺しても死なないんじゃないか」


 本当に珍しく、冗談を言った。


「あはははは! そりゃ頼もしいね! 不死身の後輩に、乾杯だ!」


 その後も先輩冒険者たちは若手の成長に、明るい気持ちで杯を乾かし続けたのであった。



 アキラたちが出発するその二日前、ギルドのロビー。


 治安情報などを確認に来たアキラに、ホプキンスが声をかけて来た。

 依頼主である金持ち商人の男が、アキラだけを夕食に誘った、と。


「なんで俺だけ? せっかくのご馳走だったらみんな呼びたいんですけど」


 金持ちならその辺ケチケチしないだろうとアキラは思った。


「いやあ、アキラくん、外の世界の衣服を、まだ大事に持っているそうじゃないか」


 アキラが日本で暮らしていたとき、そしてこの世界に飛ばされて来たときに身に着けていた、スカジャンやGパン、レザーブーツ等の話のようだ。

 シルバーアクセサリーもいくつかある。


「まあ、そうですけど。それがなにか」

「先方さんがね、珍しい外の世界の品物なら、ぜひ買い取りたいなという話をされていてねえ。きみも若くて物入りだろうし、悪い話ではないと思うよ?」


 なるほどとアキラは思った。


 確かに自分が地球、日本から持ち込んでいた衣服や靴は、この世界ではそうそうお目にかからない、珍しい品物であるに違いない。

 アキラ自身、一度は手放して金銭に変えようかと思ったこともある。

 しかしギルドへの借金もほぼ返し終わっている今となっては、その気持ちはすっかり消えていた。


「悪いけど、手放すつもりはないですね。宝物だし」

「そうか、残念だよ」


 特に鳳凰のスカジャンはお気に入りである。

 似たような刺繍を綿のシャツに入れてもらって、普段着にしようかと思っているくらいに。

 かなりの金はかかるだろうが、たまにはそれくらいの贅沢をしたい気分もある。


「旅の準備もあるんで、お食事の席も失礼させてもらっていいですか?」

「わかったよ。なあに、先方には僕の方からやんわりと言っておくさ」


 一人だけ用もないのに金持ちの宴席にお呼ばれすることもできないと思い、アキラは頭を下げて断った。


「ありがとうございます。それよりホプキンスさん、依頼票ってちゃんと出てます? リズさんが困ってましたよ」


 アキラにとってはリズが仕事で困る方が、よほど重大事項である。


「ああ、さっきできたところだよ。明日にはちゃんと手続きできるから、心配しないでくれ。なあに、依頼票なんて、直前でも構いはしないものだよ」


 なにか胡散臭いなと思いながらも、アキラはその場を後にした。

 


 日が過ぎて、アキラとクロとエルツーの三人は、依頼主である商人の男性とその従者に合流した。


「それほど長い旅ではないけれど、よろしく頼みます、冒険者の方々」


 金持ち商人の依頼者と言うのでアキラはイヤミなオッサンを想像していた。

 しかし実際に会ってみると、痩せて物腰柔らかな、印象の良い並人の中年男だった。


「私からも、よろしくお願いいたします」


 随伴するハーフエルフの男性も爽やかな好青年。

 質素堅実な身なりに、レイピアのような細剣を佩いている。

 

 もっとも、エルフ系種族の実際の年齢は、見た目から判断できるわけもないのだが。


「こちらこそ、精一杯務めさせていただきます」


 恭しくエルツーが頭を下げた。


 今回の依頼は、エルツーが代表として請けている。

 三人の中ではエルツーの冒険者等級だけが「初級二等冒険者」だからだ。

 アキラは四等、クロは三等なので、冒険者としての格と実績はエルツーが実は一番上なのである。

 その理由はエルツーの身体強化魔法が、希少性でも力量としても高いことを意味していた。


「では皆様、出発ですね。行ってらっしゃい、お気をつけて!」

「はい、頑張って来ます!」


 ギルドでの依頼票も確かに手続きされ、アキラたちはリズの声で送られる。



 三人が出発した翌日の夜中。


 ラウツカから首都に向かう北西の街道で、罪人囚人の護送車が何者かに襲われたという速報が、各地のギルドや政庁、衛士の詰所に届けられた。

 

 その一方で。

 月の光が照らす下、刀を持った汚れた服装の男が一人。


 速報を連絡し合うためにあわただしく馬を走らせる衛士たちを、木の陰に隠れながら音も発せず、じぃっと見つめ続けていた。

 

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