35 もう十分に立派な冒険者の仲間入りですね!
更に季節が過ぎ、秋の始まりの、ある日。
そろそろ収穫祭の準備だとラウツカの街じゅうが浮足立っている。
アキラは順調に仕事を、冒険者稼業の日々を続けて暮らしていた。
もうすぐギルドから借りていた金も、返済し終わるというペースだ。
「アンタもいたの。いい仕事ありそう?」
ギルドのロビーで、エルツーに会った。
「おお、エルツー。しばらくぶりだね。背ぇ伸びた?」
「うっさいわね!」
逆鱗に触れてしまったようだ。
ちなみに彼らは数日前まで一緒に冒険に出ていた。
自主的に休みを取ったというよりは、手ごろな仕事が少なく、空きが出てしまったのだ。
「今日もあんまりなさそうだなあ。遠くに行く仕事が多いみたいだわ。中級冒険者限定とかの」
地道な勉強の甲斐もあって、アキラは簡単な字ならなんとか読めるようになっていた。
アキラは以前からフェイの家に通って近隣の子供たちに交じり、文字の読み書きなどを習っている。
フェイがいない時でもフェイの養父母である老夫妻やエルツー、あるいは子どもたちの年長組が教えてくれるので、教師役には困らなかった。
子供たちのほとんどは午前中だけ学舎と言う教育施設に通っていて、それが終わった後にフェイの家に来ているようだ。
アキラはその子供たちに、たまにカラテを教えたり、将棋で一緒に遊んだりすることもある。
そうした日々の勉強を今でも継続しているアキラ。
自分で掲示板の依頼票を見て吟味して、それを受付に持って行くことが増えるくらいには、文字の読み書きに慣れてきた。
しかしその日はたまたま、手ごろな初級冒険者向けの仕事は、すでに取られてしまっているようだ。
「今日は諦めて帰るか。基礎トレでもしよっと」
ランニング、筋トレ、一人稽古などもアキラはサボらず継続している。
戦闘経験そのものは、まだそれほど多くないと言ったところ。
しかし小さな魔物、畑や牧場にを荒らす害獣を駆除する依頼で、他の中級冒険者に同伴することは何度も経験した。
はじめて組む冒険者にはたいてい、アキラの使うトンファーが珍しがられた。
なにはともあれこれからのことを考えれば尚更、鍛えておくに越したことはない。
「いくら鍛えたって、フェイねえにはかないっこないんだからね。勝てると思って調子に乗ってんじゃないわよ」
なにやらアキラがフェイに勝つとまずいことでもあるかのような、エルツーの物言いであった。
二人でロビーを後にしようかと思っていた、そのとき。
「お、ちょうど良い所に。アキラくんと、エルツーちゃんだよね?」
ホプキンスという名の、ギルドの事務職員が声をかけて来た。
もっと西に行ったところにある街、そこのギルドから異動してきた人、とアキラは記憶している。
あまり会話をしたことはない。
「なにか用?」
別に親しくもないオッサンから馴れ馴れしい呼ばれ方をされたエルツーは、ムッとしながら応えた。
「手ごろな依頼を今さっき、貰って来たところでねえ。どうかな、やってみないか? 初級冒険者向け。二、三人という仕事だ。どうせ最近は、他にろくな仕事も出てないだろう? 困ってるんじゃないか?」
「内容によりますけど」
アキラもちょっと冷めた態度で、至極当然のことを受け答える。
あまり人の好き嫌いをしないアキラであったが、なにか馬鹿にされているような気がしたのだ。
「簡単な仕事だよ、とある商人の方がね、首都にいる妹さんに会いに行くというのだが、その付添いだ。馬車に同伴するだけだな」
それだけと言われても、おそらくそれだけではあるまい。
長旅となればどんなトラブルが待っているかはわからないのだ。
アキラとエルツーは顔を見合わせて、答えを出せずに考える。
迷っている二人にダメ押しするかのような勢いで、ホプキンスが説明を続ける。
「首都までの道の半分まで行ったところに関所があるんだが、そこで首都のギルドが派遣した冒険者と交代することになっている」
「半分、ね」
説明を受け、エルツーは頭の中に地図を思い浮かべているようである。
「だからそれほどの遠出じゃあないよ。ゆっくり行って片道五日、と言うところになるのかな? その辺はちょっと、わからないが」
なにやら話の最後辺りは声が小さかったが、概要は伝わった。
首都までのルートの半分の間、金持ち商人の護衛兼話し相手、と言った仕事である。
経路上には小さな村や町が点在しているので、野宿の心配はないだろう、ともホプキンスは言った。
「護衛つってもね。俺たち、まだ初級冒険者ですよ。頼りなくねえかな。危ないんじゃねえの」
「経路にもよるわね。危ない近道、それこそ『吹雪が丘』とかを通れって言うのでなけりゃ、いいんじゃないかしら」
エルツーが見解を示した。
山間部には、秋の初めで猛吹雪、というような地帯もある。
そう言うルートはまっぴらごめんだとエルツーは言ったが、ホプキンスによるとそこは通らないという。
いつぞやに樺の樹液を採取しに行った、あの森林地帯を抜けて北に向かうようだ。
途中までは知っている道なのでアキラは少し気が楽になった。
大猪には散々な目に遭わされたが。
「そう。じゃ、あとは周辺の魔物の発生状況とか、物盗りが出たりしないかの情報ね。三人まで連れてっていいなら、クロも誘いましょうよ」
「エルツー頼もしいな。マジ軍師」
「やるって決まってないわよ。情報次第。危ないなら中級の人たちに任せた方がいいと思うわ、この仕事」
そういうところが軍師っぽいんだよ、とアキラはおかしく思ったが言わなかった。
この数か月で、一番成長したのはエルツーだろうとアキラは思っている。
二人はまず、クロの予定を聞きに行くことにした。
エルツーはこの仕事に対して、それほど楽観視していない。
長い道のりであれば魔物、悪党、天候不順、悪路など、警戒すべきことはそれだけ増えるからだ。
しかしクロの体力と野生の勘、狼獣人ならではの聴覚嗅覚は、冒険者として得難い才能だ。
ムラっ気があり、緊張感に乏しいのが玉に瑕なのだが。
自分たちにクロが加わるなら、仕事を請けるのに前向きになってもいいだろうとエルツーは考えていた。
「俺はヒマだからもちろん行くっスよ!」
二つ返事でクロはOKし、アキラとエルツーに合流した。
あと集めるべきは衛士、及びギルドから得られる治安情報だ。
これは突発的、流動的なものなので、情報は多く、新しければそれだけいい。
しかしこういうときに限って、良き相談相手であるフェイは出張中である。
西隣の街の衛士たちに稽古をつけるための、訓練教官役として。
「門番の他の衛士さんに聞いたけど、首都までの道で大きな事件ってのはここのところないらしいわね。それよりも峠で馬車が転ぶのに気をつけろって」
「それは、俺たちに言われてもな……」
依頼主の商人は、自前で馬車と御者を用意している。
御者は元々、首都で兵士をしていたハーフエルフの男性ということで、戦闘もこなせるそうだ。
金持ち商人にスカウトされて働く元兵士とか、カッコいいなとアキラは思った。
ギルドでも受付のリズに情報を確認した。
そういった不穏な話はここ最近聞かないと言っている。
かえってラウツカの市内の方が物騒かもしれない、とリズや冒険者たちは雑談する。
「でもおかしいですね、その依頼票、まだ正式にこっちで確認してないんですけど」
リズが首をひねって言った。
大きい仕事でも小さい仕事でも、ギルドに寄せられた依頼は全て一度は受付担当者の目に触れるはずだ。
「ホプキンスってオッサンが取ってきた仕事らしいわよ。正式な依頼票はこれからなんじゃない?」
やはりエルツーはホプキンスにあまりいい印象を抱いていないのか、ぶっきらぼうに言った。
「困りましたね。依頼票が出てない限りは、冒険者の方との依頼授受は成立しないんですけど……あとでホプキンスさんに確認しておきますね」
「よろしくっス」
アキラたち三人はこの仕事を請けることを前提にして、準備に取り掛かった。
言葉にはできないが、胸に引っかかる物を覚えていたのは受付のリズ。
そしてもう一人、ホプキンスに対して生理的に良い印象をそもそも持っていない、エルツーだった。
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