33 仕事には慣れましたか? これからもこの調子でお願いします!
岩山と洞窟での冒険を終え、注文していたトンファーも届き、ついでに装備の新調や手直しも行ったアキラ。
クロが帰省中なので心もとない。
それでも自分ができそうな仕事がないか、ギルドに顔を出してみる。
「明日は空いているか」
「あ、ウィトコさん。空いてます。なにかあればご一緒させてください」
ギルドのロビーで無口な転生冒険者、ネイティブアメリカンのウィトコと出くわす。
「一角鹿の畑への害が増えた。罠と弓を教える」
「あ、ああ、ありがとうございます!!」
「しばらく山に籠るぞ」
「はいっ!!」
端的な言葉しか発しないが、ウィトコの言っていること自体はアキラにとって分かりやすかった。
鹿、増えた、畑、荒らす、狩る、山籠もり、罠、弓矢。
これでワクワクしない男子がいるだろうか。
もちろん、現実はそこまで甘く楽しいものではないのだが。
それでもアキラは泥にまみれ草にまみれ、ウィトコの作業に同行し、新しい経験を楽しんだ。
変なキノコを食ったり野草をかじったり四苦八苦しながら、弓矢を教わり、罠を仕掛け、鹿を狩って解体した。
最初に生きている鹿にとどめを刺すとき、そして解体するときは涙を流した。
解体した肉を少しだけ熟成させ、BBQ的に山の中で調理して食べたときは、やはり涙が出るほど美味しかった。
それはアキラにとって、一生忘れられない味になったことだろう。
「料理、好きなのか」
食事が終わった後、ウィトコがアキラに尋ねる。
アキラのBBQの手際にウィトコは感心していたのだ。
歴史オタクの割にはアウトドア好きな面が幸いした。
「はい。料理屋でもしばらくの間、働いてましたし」
仕事終わりの食事のあとは、こうしたウィトコの質問タイムになることが多かった。
ウィトコは自分のことをあまり長々と話さない。
しかしアキラはウィトコにちょくちょくこういう質問をされるのだった。
「いいことだ」
「そうですかね」
ウィトコが話したおのれ自身の話題と言えば。
自分の名前が、ネイティブ・アメリカンのスー族において「馬」を意味する単語である、と言うくらいのことだった。
そんなウィトコが、アキラのBBQ料理を平らげて、目を細めて、言った。
「美味い飯は、誰も不幸にしない」
なにやら、含蓄のある言葉にアキラには聞こえた。
いつかウィトコの足の怪我のことを、もう少し詳しく聞きたいとアキラは思っている。
軽くルーレイラから聞いたことはあるが、どんな敵に、どのように負わされた傷なのかということを、アキラは知らないでいた。
しかしそれを突っ込んで聞くのはデリケートなことで、中々きっかけが掴めない。
ルーレイラに改めて聞けば、もっと詳しく教えてくれるだろう。
アキラはそれでも、ウィトコが自分から話してくれるのを、待とうと思っていた。
半月程でクロも帰省先から帰って来た。
アキラ、クロ、エルツーの初級トリオは、その後もちょくちょく揃って仕事をした。
たまにウィトコやルーレイラと言った先輩冒険者から技術や知識を教わり。
ときには怪我をして、冒険から帰って来た。
一度、ルーレイラが作業場、工房として借りている部屋にお邪魔したこともある。
「理科の実験準備室みたいだ……」
アキラの想像通り、ルーレイラの作業場は雑然としていた。
ごちゃごちゃと道具、器具が放置されており、なにやら異臭もする。
「空き瓶が杯がいっぱいあるっスね。飲んでばっかりじゃ体を壊すっスよ」
「いや、薬を火にかけて沸かしたり、調合したりする道具なのだけれどもね……」
ビーカーやフラスコ的な容器を、クロは酒の空き瓶やカップだと思ったようである。
もっともルーレイラの場合、それを用いて酒を飲んでいることがしばしばあるのだが。
「これ知ってるわ。蒸留器と顕微鏡でしょ。学舎で見せてもらったけど、壊すかもしれないってんで子供たちは使わせてもらえなかったのよね。どうやって使うの?」
「ああああ、乱暴にしないでおくれよ、高いんだそれ」
エルツーは学校のような施設に通っていた経験があるらしい。
ラウツカのどこにそういう建物があるのかを、アキラは気にしたことがなかった。
しかしこれだけ発展している街なら学校くらいあって当たり前だと、今更ながらに思った。
部屋に漂う不思議な匂いと。
作業台の上にはいくつもの小皿に分けられて盛られた粉。
アキラは疑問に思って聞いてみる。
「今はなにを作ってるの?」
「岩山の洞窟から採取された鉱物とか苔とか蟲をね、薬になるかどうか色々試してるところだよ」
「ああ、この前の岩山ね。なにかめぼしい素材はあった? 宝石とかは?」
「宝石はヒスイがちょっと出たよ。そもそも鍾乳石自体が最高の地と水の精霊触媒だからねえ。僕としてはそれだけでホクホクなのだけれど、地主や政庁はもっとわかりやすい成果が欲しいようだ」
なにかしら新しい価値のあるものを開発できないかと、ルーレイラは頼まれている。
おかげでこうして連日、工房にこもりっきりなのだと話す。
「そんなわけで片付ける暇も気力もないんだ。散らかってて済まないねえ」
「いやいや、ザ・研究者! って感じがするよ、この部屋は」
まさに試行錯誤の最中という雰囲気の実験工房を見学することができて、アキラは楽しかった。
「採取した素材のどれかが、なにかの役には立つかもしれない。研究は度胸。なんでも試してみるものなのさ」
こういう仕事も、政庁や薬屋からギルドに依頼が出されて、それをルーレイラが請けるという形になっている。
あくまでもギルドの冒険者として、手順や規約を守ってルーレイラは仕事をしているのだ。
本当に、きちんと博士らしいことをルーレイラがしているところを見て、アキラは驚くとともに大いに感銘を受けた。
自分の研究だって忙しいだろうに、その上で新人たちの面倒も見てくれているのだ。
感謝と言うほかない。
しかしそのとき、少しだけアキラには気になる匂いが、この部屋にあった。
「ねえ、ルー」
「ん、なんだい?」
「火薬、作ってるの?」
アキラが感じたのは、硝酸系化合物の臭気である。
日本にいた頃に工業系の仕事をしていたアキラは、仕事の関係でこの匂いを持つ物質をいくつも取り扱っていた。
それは肥料になると同時に、他の用途がある。
爆薬、火薬の原料なのだ。
「火の、薬……? いったいなんなんだい、それは。リズやウィトコもちらっと言ってた気がするのだけれど」
「いや、知らないなら、いい」
このラウツカの街で有数の物知り博士が、火薬を知らない。
そしておそらくこの世界には、石油も石炭もない。
誰に、なにを、いつ、どのように聞くべきか、話すべきか、相談すべきか。
アキラにはそれがわからなかった。
一度話し始めてしまえば、この世界のなにもかもが、大きく変わる気がしたから。
アキラはその後も、旺盛に仕事に取り組んだ。
そもすれば、やや張り切り過ぎに見えるほどに。
しかしオーバーワーク気味な時はリズやエルツーの助言をもとに、しっかり休んだ。
相変わらずルーレイラは忙しいようで、工房にほぼ閉じこもりっきりである。
アキラは空手の稽古、およびフェイと一緒の練習も継続している。
おかげで無駄な贅肉が落ち、筋肉が前にも増して厚く、大きくなった。
仕事ができない、命にかかわる、といったような大怪我を、初級仲良し三人組はいまだに経験していない。
それがリズにとってもルーレイラにとっても、そして門番として冒険者の行き来を見つめるフェイにとっても嬉しいことだった。
少し季節は過ぎて、初夏のある日。
アキラがラウツカに飛ばされてきてから約三か月が経とうとしている。
「西の街のギルドの事務方が、こちらに転属になったそうだな」
市内の情報に聡いフェイが、食事の席でリズにそう尋ねた。
二人とも仕事が終わった後の、遅めの夕食である。
ギルドからすぐ近くの、山猫亭だ。
「ええ、ホプキンスさんですね。私の直接の上司というわけではないのですけれど」
中年の、禿げた頭の並人である。
見ない顔の人間がギルドの施設に出入りしていたので、フェイが気にしたのだろう。
「大口の依頼の管理が主な担当です。あとは腕の良い冒険者さんのスカウトとか」
ラウツカ市はキンキー公国の中でも大きな街の部類だ。
しかしラウツカのギルドに所属している冒険者の人数自体はそれほど多くはない。
なにより上級冒険者がルーレイラしかいない。
そのためにあまり複雑な仕事や、大がかりな仕事は請けられない、そんな問題があった。
現状の人材不足を解決するために、ホプキンスが異動して来たのだろうとリズはフェイに話した。
「なにか、大掛かりな仕事を請ける予定があるのか?」
「いえ、具体的な案件はまだ私たちも聞かされていないのですけど。あってもおかしくはないですよね。春からずっと、ボスも残業してますし」
リズはあまり残業をしない主義である。
能力的にも人柄的にも、それがギルドの中で許されている面がある。
もちろん、どうしても必要なときはするのだが。
「そうか。なにかあったら話してくれ。力になる」
「いつもじゅうぶん、力になってもらってますよ。アキラさんと今でもたまに稽古してくれてるんですよね?」
フェイとアキラの青空武術稽古は、お互い時間があったときに、継続して行われている。
「そうだな、明後日に会うことになってる。ギルドの中庭を借りるぞ」
「私も仕事の合間を見て、見学させてもらいますね。終わったらまたお食事でも」
「夏だからな。アワビが美味い季節だ。ラウツカのアワビは最高だ」
そう約束して、二人は揃って店を出た。
もちろん、リズはアワビの見た目も少し苦手であった。
帰り際、リズがギルドの建物を見ると、まだ明かりがついていた。
なんでもない、いつも通りの光景ではあるのだが。
なぜだか、根拠もなく、リズは不安な気持ちを抱えたのだった。
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