インターミッション03 異世界将棋王を目指す

 翌日、ギルドでの清算と政庁への報告を、アキラたち四人は滞りなく終えた。


 彼らは半ばイカサマに近い形でギルドに仕事を依頼して、それを自作自演で受理した経緯がある。

 そのためにドラックとアキラはかなり気まずい思いをした。

 受付のリズは二人を少し睨むような表情で見て、こう言った。


「この手はもう使えませんから、ルーにもそう言っておいてくださいね」


 やはりそうなるか、とアキラは思った。

 ひょっとするとルーレイラはリズから長々と説教されることを予想していたので、今日この場に来なかったのではないかとアキラは勘ぐった。


「俺ァエルフの”博士サマ”に、あとでこの大金を、返さなきゃならねえのが哀しいなァ……」


 ドラックはそんなことを呟きながら、とぼとぼとどこかへ歩いて行った。

 四人で打ち上げをするのは夜なので、その前に一人で飲むのだろうか。

 一度自分の手のひらに収まった金銭が、一瞬でその手を離れてしまうのは誰であっても苦しいものだ。


「そう言えばアキラさんに荷物が届いてますよ。中央商店街の道具屋さんからです」


 リズがそう言って、受付カウンターの下から麻布に包まれた荷物をアキラに渡した。


 丈夫な木材製のトンファーが二本だった。

 いつだかに細人(ミニマ)の男性が営む店に注文していた品物が、出来上がったのだ。


「来た! トンファー来た! これで勝つる!!」


 仕上がりは上々、木材の毛羽立ちや引っ掛かりもない。

 表面にニスのような油のコーティングまでされていることにアキラは感心した。


「重さも手になじむ感じも、いい仕事してるなあこれ……」


 蛇神の尻尾をはじくときに、これがあればよかったのにと今になって後悔しても、詮無きことである。


「カラテの道具ですね!?」


 トンファーにリズが食いついた。


 地球にいた頃、リズはアクション映画やアクションドラマ、その手の小説が好きだったのである。

 どう使うのか、どんなふうに構えるのかと言う説明をリズにキラキラした瞳でせがまれて、アキラも恥ずかしいやら、嬉しいやら。


「俺が通ってた道場の師匠は元々沖縄系の空手出身だったからさ。たまにトンファーとヌンチャク教えてもらってたんだよね。かっこいいじゃん、こういうの」


 両手にトンファーを持って、軽くアキラは構える。


 久しぶりに手にした器具だが、自分で思うよりもしっくりきた。

 良い買い物をしたとアキラは思った。


「相手が棒で攻撃して来たときに、ちょっと前に踏み込んでトンファーで受けて流すと、衝撃がかなり逃げてくれるんだ」


 架空の相手が目の前から攻撃してきたと想定して、アキラは受けの動作を説明する。


「怖いとどうしても後ろに逃げちゃいますけど、それじゃだめなんですね」


 リズが感心しながら聞く。


「フェイさんみたいに避けて、相手の無防備なところにポジショニングできれば、それが一番いいんだけどね。受けるにしても水平垂直、真正面じゃなくて、斜めに受けてそっちに相手の力を逃がしたり。受ける瞬間に弾いたりね」


 過去に練習したことを復習する気持ちで、アキラは基本の受け動作を繰り返す。


 盛り上がらないかな、地味かなとは思いながらも、それでも手になじんで行くトンファーの感触をアキラは楽しんだ。

 ギャラリーであるリズも、カラテの実演を間近で見られて、大いに喜んだ。


 後日、久しぶりのトンファー練習にはしゃいだことが原因で、アキラの前腕が筋肉痛になった。

 しっかり握ることを意識しなければならない器具なので、握りに使う手と腕の筋肉が酷使されるのである。



 ギルドを出て、アキラはラウツカ市の中央エリアに向かう。

 四人で冒険の打ち上げをするのは夜、中央西横丁の居酒屋である。

 待ち合わせまでまだ時間があるので、アキラは細人の道具屋に再び行くことにした。


「商品はギルドまで届けただろ」


 アキラが店に入ると、前に買い物をした店員が少し驚いた顔で見て来た。


「いい出来だったから、お礼をと思って」

「代金貰えるなら礼なんかいらん。せっかく来たんだからなにか買って行け。いい靴が入ってるぞ。樹脂と木と革を合わせた機能的な靴底で、中敷きは羊毛を敷いて」

「靴は後でゆっくり見させてもらうとしてさ、ちょっと作りたいものがあるんだけど……」

「前みたいに図面を出すなら、こっちで作ってやるぞ」


 商売機会に積極的な、商人の鑑である。 


「説明するとなると面倒だし、自分で作ってみたいんだよね。材料買うから、作業場を借りちゃ駄目?」


 ふん、とつまらなさそうに店員は息を吐いた。


「裏の工房なら貸してやる。材料はなんだ」

「正方形の木の板を、二枚かな。厚さはそんなになくていい。大きさは俺の胴体くらいで」

「板二枚か。それならある。他には?」

「それだけ」

「は?」


 たった板二枚の買い物と作業だけをしにここに来たのか、こいつはアホなのかと店員は思った。


「ここの工房、この前ちらっと見て使いやすそうな道具が揃ってるなと思ったから来たんだよお」

「道具っつったって、なにを使うんだ」

「のこぎりとナタと、ナイフと、ヤスリと、彫刻刀。とりあえずそれくらい。あとは作業しながら思いつくかな」

「そんなもん、ここじゃなくてもギルドにあるだろ……」


 呆れて渋る店員を拝み倒して、素朴な木の板をアキラは二枚購入する。


 たったそれだけの金額で、待ち合わせの時間までDIYをたっぷりと楽しんだ。

 しかし時間が足りずに、この日は完成しなかった。


「また続きの作業をしに来るよ」


 そう店員に伝え、嫌な顔をされてアキラは店を出た。



「アキラよォ、オメーとは一度、こうして”ゆっくり”飲んでみたかったぜェ……」


 店に入り席に着くなり、2メートル級の大トカゲ男にアキラは凄まれる。

 すでにドラックは一人で勝手に飲んでいて、半ば出来上がっているようだった。


「そう言えばアキラくん、この近くでなにかやってたようだね」


 ルーレイラも席に着くなり早速酒を頼んだ。

 今日は麦の蒸留酒を、温かい発酵茶割りにして飲む気分のようだ。

 ウイスキーのウーロン茶割りみたいなものだな、とアキラはそれを見て思った。


「革と木っ端の匂いがアキラさんに沁みついてるっス。いやらしくて楽しいお店に行ってたわけじゃなさそうっスね」


 相も変わらずクロの鼻は鋭すぎる。

 たまにアキラは怖くなる。


「いやあわからないよ。冒険者風の衣装をエルフ娼婦に着せて、脱がせて楽しめる店に行っていたのかもしれないね。特殊な嗜好だけど、わからないではない」


 この集まりにプライバシーという概念はないのだろうかとアキラは不安になった。

 そんな店あるのかよちょっと興味あるわ、という言葉が出かかったが、抑えた。


「せっかく”着せた”のに脱がせちゃ”台無し”だろうがよォ!?」


 酔っ払いトカゲは、相手にしないでおこう。


「将棋を作ってたんだよ。一人のときでも気晴らしに遊べる玩具用に」

「なんだいそれは。一人用の玩具って、やっぱりいやらしい話なのかい。はっはっは、まあアキラくんも健康な男の子だ、わからないでもない」


 こっちの赤エルフも酔っ払っているようだが、いつものことである。

 まだ酒だけで料理すら運ばれていないというのに。


「板の上で駒を動かす遊びだよ。駒の一つ一つを王さまとか兵隊とかに見立ててね。戦術ゲームって言うのかな」


 完成したらこの場に持ってこようとアキラは思っていたが、残念ながら未完である。

 あと半日も作業すれば十分完成するだろう。


「盤上遊戯かなにかかな。アキラくんのいた世界の?」

「うん。こっちの世界でもひそかに流行らせたい。俺だけしかルール知らなかったら寂しいし」


 ルーレイラならすぐに将棋くらいは覚えられそうだとアキラは思った。



 料理も運ばれ、ドラックはさらに酒をおかわりし、ルーレイラの頭は船をこぎ始めている。

 長旅の翌日ということもあり、疲れが抜けていないのである。


「あ、俺、明後日から仲間と一緒に田舎に帰るんで、しばらく一緒に冒険行けないっス」

「クロちゃんの田舎って、北東の山の向こう側だっけ」


 ここから少し離れた地元に帰省のため、しばらくクロは冒険に参加できないという。


「そっス、そんなに長いこと留守にしないっスけど。十五日くらいっスかね」


 クロは自分たちの田舎がある村から、出稼ぎのような形でラウツカ市に稼ぎに来ている。


 同郷の狼獣人のグループコミュニティがラウツカ市の中にあり、クロを入れて十人の仲間がいるということだった。

 狼獣人、犬系の獣人は街の中に他にも多数いるが、いくつかのグループに分かれている。


 アキラがいつだかに、街中で喧嘩に絡まれて関わったのは、狼ではなく山犬系の獣人だった。

 その違いがアキラにはよくわからなかったが。


「寂しくなるなあ。俺のこと忘れないでねクロちゃん。およよ~」


 泣き真似をしてクロにしなだれかかるアキラ。


「いや、そんなに長く空けないっスよ。ひょっとしてバカにしてるっスか?」


 クロ以外、結局みんな酔っ払っているようであった。

 そう言えばクロが酔っているところを見たことがないな、とアキラは思った。



「なんとかガワだけはできたぞ!」


 次の日も道具屋に通い、アキラは将棋盤と将棋の駒の形だけを完成させた。


 盤は正方形に升目を書くだけだから容易なものだった。


 四十個の駒と予備の駒を、大きさも将棋らしいように大小整えて作るのも思いのほか難義した。

 結局失敗作もいくつか出て、木材をもう一枚買い足す羽目になったのだ。

 

 しかし異世界リードガルドの人間と一緒に遊ぶためには、駒に彫る文字をこっちの字に変えないとなならない。


「なにを作ったんだ一体。盤と駒で遊ぶ玩具か」

「そうだよ。あ、ちょっとお兄さん、字を少しだけ教えてくれないかなあ? 駒に彫りたいんだ。俺、読み書きができなくてさ……」


 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥である。

 図々しくもアキラは、安い板を数枚買っただけの金で、字の教えまで店員に請おうとしている。


「なんで俺がそんなことまで……」

「そう言えば良い靴が入荷したんだって? ちょっと興味あるなあ」

「お前いい性格してるな」


 やれやれ、とため息をつきながら店員はアキラの前に靴をいくつか並べる。

 こちらの世界の道具にまだそれほど詳しくも慣れ親しんでもいないアキラだが、丁寧に作られた高品質の靴だということはすぐわかった。

 手触りも丈夫さも重量も、使う者のことを考えて造られているのがひしひしと伝わる。


「でもここまでいいものだと、お高いんでしょう?」

「ものによるな。今お前が持ってるやつが、一番安い。かなり勉強した金額だからな、それ以上は負けないぞ。冒険者特典で一割引きだけだ」

「むむむむむ。迷うなあ~。ところでさ店員さん、兵士を意味する字はどう書くの?」


 アキラがそう聞いて店員から露骨に嫌な顔をされた、そのとき。

 工房の外、店内の陳列場から、くっくっくという笑い声が聞こえた。


「そこまでにしておけ、アキラどの。あまり店員相手にわがままを言うものではない」

「あ、フェイさん」


 けち臭く情けないやりとりをしている場面を、フェイに見られてしまったアキラだった。


「駒に彫る字を知りたいなら、私が教えよう。近いから私の家に来るといい。それは象棋(中国将棋)だろう?」

「いつから見てたんだよ。恥ずかしいなあ。中国の象棋とは、ちょっと違うんだけどね。あ、ごめん、この靴を試着してからでもいい?」

「ゆっくり買い物するといい。私も少し見る物があって来たんだ」


 結局アキラはよくできた靴を買った。

 フェイは樹の櫛や綿製の小物入れ、肌の手入れをするための油類を買って店を出た。


「こういうところはフェイさんも女の子なんだな」


 と、アキラは少し失礼な感想を持った。

 


 フェイの住んでいる家は、商店街のある中央大通りから東に入って少し歩いたところにあった。


 日本風に言うなら大きな駅前から徒歩十分圏内というような好立地であり、隣にはエルツーの家もある。


 エルツーの家はラウツカが大きな街になる前から先祖代々ここに住んでいる。

 ちょっとした名士と言えなくもないが、子供たちは大きくなったら自分で金を稼ぐべし、という家族の方針らしく、甘やかされてはいない。


「エルツーも呼んである。みんなでお茶にしよう」

「すんません、お呼ばれになります」 


 ひょんなことからフェイの家に招かれてしまったアキラ。


 塀と門がしっかりしていて、平屋の母屋と離れがある。

 そして蔵もあり、空いたスペースが庭になっていた。


 椅子がいくつかとテーブルひとつ。

 色とりどりの草花や、まだ背の低い木が植わっている、可愛い庭だった。


 アキラはフェイの養父母である老夫妻に挨拶して、温かいお茶をいただいた。

 お茶菓子がキビの粉で作られた団子状の物で、アキラはとてもほっこりした。


「優しそうなご両親だね。団子もめっちゃ美味い」

「ああ、私の自慢の宝物だ」


 晩春にしては少し寒い日だったので、老夫妻は母屋の中に入って行った。

 エルツーが来るまでの間、中庭でお茶しながらアキラはフェイに字を教えてもらう。


「兵、馬、槍、飛、角、銀、金、龍、玉、王に相当する字か。それなら……」

 

 まずは将棋の駒を区別するのに必要最小限の文字を、フェイに教えてもらう。


 アキラは思った。

 フェイに読み書きを教わっている中で、お互いの言いたいこと表現したいことが、漢字である程度伝わるのが本当に有り難い、と。


 フェイは自分が子供のころにおぼえた漢字を、この世界で生きている間も忘れたくないという思いから、時折筆を持って書道の練習をしていた。

 そのため、平易な漢字であるならばアキラもフェイも同じように分かるのだ。


 もちろん元王朝時代の中国と二十一世紀の日本では、漢字の造りに細かい違いはある。

 そこはお互い言葉が通じるので差を埋め合わせながら話すことができる。

 むしろ現代中国で使用されている簡体字よりも、フェイの書く楷書の方がアキラにとって分かりやすかったほどだ。


「こんにちはー。なにやってるの、二人とも」


 途中からエルツーも混じった。

 アキラはこれこれこういうことをしている、とざっくり説明。


「ああ、軍兵(ぐんぺい)コマかしら。新しい駒と遊び方を自作するの、今若い連中の間で流行ってるのよね」

「いや、別にラウツカの若者の流行は知らんけど……そうなの?」

「地面に盤を書いたり、石や木の実や貝殻を使って駒にするのよ。こんなにしっかり木で造るなんて、贅沢ね。近所の子供に自慢できるわよ」


 意外にもエルツーはすぐにアキラたちのやっていることを理解して、字を掘るのを手伝ってくれた。


 和気あいあいと会話しながら、お茶とキビ団子をを楽しみながら。

 三人はキンキー公国の公用文字で、将棋の駒に字を掘っていく。


「もう一人いれば、桃太郎なんだけどな……」


 クロがこの場にいないことが残念。


 それはさておき無地の予備駒をいくつかとっておき、ゲームに必要なすべての駒が彫り上がる。

 キンキー公国版、アキラの将棋セットが遂に完成した。


「一手ずつ交代制なのね。フェイねえとアキラで一回やってみてよ」

「確かに象棋とは違うようだな。アキラどの、教えてくれ」


 アキラが駒の動き等を教えながら、フェイと一局。


 知らないフェイに教えるための練習だというのに、開始してしばらく経つと、フェイは本気になってしまった。

 勝負ごとに手抜きができない性格なのだろうか。


「この槍の為に前を空けるには兵をあえて突撃させて死なせなければならないのか……しかし……」


 なにやら駒に感情移入している気配すらある。


 フェイの動かす駒の動きを読みながら、アキラは練習のためということもあって、わざと勝負を長引かせて遊んでいる。

 そのとき、まだ中盤戦と思われる展開の中で。


「フェイねえ、そこ、真ん中、アキラの陣の深いとこに、銀の将軍」

「は? 銀?」


 いつしかエルツーはフェイに助太刀する形でゲームに参加している。


「銀将というのはさっき虜囚にしたコイツだな……これでどうなるんだ?」


 エルツーの一声で、盤面中央、アキラ側の陣深くに、銀将が飛んできた。


「!?!?」


 アキラ、動転。

 手加減してのんびり遊んでいたはずなのに、自分の側が「詰めろ(もうすぐ詰む局面)」まで攻められてしまったのだ。


「いやいやいやいやいやいやいや。これまずいですよ」


 フェイの読み違いもあり、その場はなんとかしのいだアキラ。

 しかし要領を掴んだエルツーがその後も時折、天声一語とも言うべき助言を吐き、最終的にフェイとエルツーの連合軍がアキラに勝ってしまった。


「おかしいだろこのロリっ子……」

「だからその呼び方やめて」


 二人がかりとは言え勝てたからか、フェイはご満悦である。


「討ち取った将兵を再び動かせるというのは、これはこれで面白いな。降った敵兵を穴に埋めるだけが王の覇道ではないということか。勉強になる」



 その日、アキラとエルツーは晩御飯までフェイの家でお呼ばれして帰った。


 初心者のエルツーに将棋で負けたショックで、実はアキラは悔しくて眠れなかった。

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