32 当ギルドは職場内恋愛を推奨しているわけではありません!
城門が閉まるギリギリの時間帯になって、彼らはラウツカの街に戻って来た。
ワタワタと駆け込んだので、閉門準備をしていた見張りの衛士から「もう少し計画的に行動するように」と小言を貰ってしまったりもしたが、それはそれ。
「明日は二手に分かれよう。僕とクロは政庁に行くから、ドラックとアキラくんはギルドに行きたまえ。その後に打ち上げだ」
市内に入り、ルーレイラはそう提案した。
「今日はとりあえず解散っスね」
「早く、寝てェ……」
各々解散して家路に着いた。
アキラはギルドの近くに住んでいることもあり、少しだけギルドに顔を出そうと思った。
ギルドの受付はもう営業時間外である。
しかし、なんとなく行きたくなったのだ。
正面の扉はもう施錠されていたが、中にはまだ人がいるらしく、勝手口も鍵は開いている。
「誰か残業中かな。職員じゃない俺が、裏からホイホイ入るのはよくねーかな……」
専属冒険者である自分たちと、リズやナタリーのようなギルドの職員と、その辺の立場の違いはどうなっているのか今更疑問に思うアキラ。
そのとき、勝手口から二人の人物が出て来た。
「ナタリーさんと、あのおっさんは……」
リズの同僚である受付嬢のナタリーと、ラウツカ市ギルドの支部長、リロイである。
アキラとリロイはこのときが初対面であった。
しかしアキラは支部長の人となりをリズから聞き及んでいたので、すぐにそれと分かった。
整えられた白髪交じりのブラウンの髪に、顔の横から繋がる顎髭。
スマートだががっちりとした体格にスーツ姿の似合う、いわば渋い壮年男性であった。
「あ、あら、アキラさんではありませんの。どうなさったのかしら、こんな夜中に?」
「冒険の帰りで、なんとなく散歩がてら覗いてみただけ。誰か残業してるのかなーと思って」
アキラがそう言うと、リロイはにかっと笑って、ポンとアキラの肩に手を置いた。
少しだけアキラの方が背が高いくらいで、ほぼ同じ目線である。
「きみが期待の新人のアキラくんか。挨拶が遅れて申し訳ない。私はリロイ・ジャックウェル。気軽にリロイと呼んでくれ」
気さくなボスのようでアキラは安心した。
「東山暁です。はじめまして。こちらこそ、ギルドにはよくしてもらってます。ところでリロイさん」
アキラは初対面のリロイに対してぶしつけだろうかと思いながらも、聞かずにはいられなかった。
「ん、なにかね?」
「リロイさんって、転移者ですか?」
一瞬だけ、リロイの顔色が変わったかのように見えた。
そしてアキラは少し寒気を覚えた。
リロイが、殺気のようなものを放った気がしたからである。
「いや、ここリードガルドの生まれ育ちだよ。ラウツカ市ではない、遠い街が故郷ではあるがね」
しかしそれは錯覚だったのか、リロイはにこやかに返答した。
「そうですか。雰囲気や名前じゃ、わかんないもんだなやっぱり……」
「当てが外れましたわね。ボスは異世界からの方たちと様子が似てらっしゃるのかしら?」
リロイの名前は明らかに地球の、英語圏の名称である。
しかしこの世界でもエルツーやナタリーのように、地球と同じような名前を持つ住人は多く存在する。
それがアキラの頭を少し混乱させるのであった。
「アキラくんが帰っているということは、ルーレイラも?」
リロイの質問にアキラが首肯する。
「はい。部屋にいるか、近場で飲んでるんじゃないかなと思いますね」
「そうか。ともあれ、みんな無事でなによりだよ。それが一番だからね」
常套句の挨拶ではあろうが、ギルドのボスであるリロイが冒険者の安否を気遣ってくれる。
それをアキラは嬉しいと思った。
「ところでどうだろうアキラくん、私たちはこれから夕食なのだが、よければ一緒しないか」
「え? それは、えーと……」
誘いを受け、リロイの背後にいるナタリーをアキラは見た。
明らかに顔が引きつっている。
「今日は簡単に済ませて早めに寝たいんで、すんません。また誘ってください」
「そうか。いつか集まってゆっくり飲もう。いけるクチだと聞いているよ」
「ははは……飲み過ぎには気をつけないといけないんですけどね。では、おやすみなさい」
リロイが颯爽と歩き出し、笑顔でナタリーがその後を追う。
今この場において自分がお邪魔虫であるということは、鋭くないアキラでもすぐに理解できた。
リロイは罪なダンディーのようだった。
もちろん、リロイとナタリーの未来に不幸な結末が待っていると限ったわけではないのだが。
アキラは一人、もうすっかり寝起きに慣れた部屋に戻る。
「ナタリーさんは年上好きか……苦労しそうだなあれは」
などと他愛のないことを考えていたら、いつしか泥のように眠りについていた。
アキラはその夜も夢を見た。
リズと、フェイと、ルーレイラが夢の中に登場した。
その三人から別々のタイミングで、食事に行かないかと、アキラは夢の中で誘いを受けた。
よかれと思ってアキラはそのすべての誘いを受けて、四人でご飯を食べに行ったのだが。
笑っているのは自分だけだと夢の中で気付いてしまい、アキラは眠りながらうなされることになったのだった。
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