31 貴重な経験をされましたね!

 隠されていたもう一つの部屋は、端的に言うとゴミ捨て場であった。


 ラウツカ市、及びキンキー公国の歴史にも残っていない古い時代。

 何者かがこの洞窟を使っていて、そして放棄して別の土地に移ったか、滅んだか。


 室内には地下水の流れがあり、まるで上下水道のようだとアキラは思った。


「動物の骨が多いっスね」


 クロが言った通り、骨が山のように積まれ、地面にも散乱していた。

 それらはボロボロに朽ちており、触っただけですぐに崩れるほどだった。


 洞窟内の地下水の湿気は、骨のカルシウムを侵食し、脆くする。

 だから化石のように堅く残ったりはしないのだった。


 洞窟に住んでいた者たちが外でヤギやワシを狩り、食べた残渣をここに捨てていたのか。

 大昔の話なので、もっと別種の動物が近隣には生息していて、それを狩っていたのかもしれない。


「お宝は、なさそうだなァ……」


 ドラックが嘆くが、もちろん宝があってもネコババはできない。

 地主の取り分になっているからだ。

 今回はそういう契約になっているという話であって、すべての冒険がそうであるわけではないが。


「壁画だ……」


 部屋の岩肌、壁一面をアキラがランプの明かりで照らすと、そこには大きな蛇の絵があった。


 染料で描いているのではなく、壁を掘って切り込んだ溝に、炭を詰めて線にしているようだ。

 蛇の全長は、十メートル以上はある。大きな絵だった。


「これ、あの蛇の神さまだよねえ、きっと」

「神サンの部屋を”ゴミ捨て場”にするたァ、罰当たりな連中だなァ」


 ルーレイラも絵をしげしげと眺め、ドラックは自分が真っ先に蛇神を退治する気だったことを棚に上げた感想を漏らす。


「そうかなあ……」


 アキラは思うところがあったらしく、違う意見だった。

 クロもそれに同意し頷いて、言った。


「多分、捧げものっすよコレ。自分たちが食べた残りの骨を、ここに捧げてたんス。本物の神さまには本物の肉とかを捧げて、絵の神さまには骨を捧げてたと思うっスよ」

「クロちゃんもそう思ったか。でもなんでわかるの?」


 アキラはなんとなくそう思っただけで根拠があるわけではなかった。

 しかしクロはハッキリと確信している口ぶりである。


「俺らの親分が言ってたことがあるっス。穴ぐらの狼獣人の中には、そういう暮らしをしてる連中がいるって。俺は見るのはじめてっスけど」


 クロの親分の博識に、再び驚かされたアキラであった。

 いったい何者なのだろうか。


「なんだって、骨なんかくれてやるんだよォ。要らねェじゃねえかァ」


 実も蓋もないことをドラックが言う。


「その方が賑やかで、いいじゃないっスか」


 クロは当然のようにそう言った。

 信仰とはそういうものなのだろうかなと、アキラも思った。



 調査を終えた帰り道。

 馬車の上で、やはりアキラはルーレイラの話し相手をしている。

 行きの道と同じく、手綱の制御を馬の練習として、交代してもらいながら。


「根拠もない想像だけど、俺の考えを言っていいかな?」

「どうぞ。帰りの道中はまだ長いからね。大いに話しておくれよ」


 アキラは想像する。

 岩に囲まれた洞窟の中で暮らしてきた何者かの、蛇神に対する思いを、頭に浮かぶままルーレイラに話して聞かせる。


「洞窟に住んでた人たちはきっと、神さまをないがしろにしたわけじゃないと思うんだよ。

 でもあの洞窟をどうしても離れなきゃいけない事情があってさ。

 それは食料事情なのか、敵に襲われたからなのか、わかんないけど。

 でも大事な神さまを連れて行けないから、あそこに封じたんじゃないかな。

 他の連中に、自分たちの大事な神さまを汚されたくない。

 辱められたり冒涜されたりしたくないって思ってさ。

 実際俺らはルーがいたから、あの神さまとなんとか話をつけられたけど。

 他の冒険者だったら、そうなってなかったかもしれないだろ。

 大事だからこそ隠して、閉じ込めて、しまっちゃうって感覚。

 他の誰にも触らせたくないって気持ち、俺はちょっとわかるんだよね」


 アキラの述べた意見に、ふむ、とルーレイラは少しばかり沈思黙考し。


「一理ある。面白い」


 そう返したのだった。


「あとひとつ、気になってたことがあるんだけどさ。こういう冒険の話とは別で」

「なんだい?」


 根本的な、素朴な疑問をアキラはルーレイラにぶつけてみた。


「街には衛士さんもいるし、この国は軍隊だって持ってるんだろ? どうしてそう言う人たちが魔物の討伐をしないのかなって、ふと思ったんだ。たまにはしてるみたいだけど」

「そりゃあ、政庁の仕事ってのは手続だの許可だの届出だの所轄だのなんだので、遅いからさ。ギルドに頼んだ方が、お金はかかるけれども早く終わることが多いよ」


 至極真っ当で単純な、よくある理由でしかなかった。


「どこの世界も同じだなあ……」

「街が襲撃された、というようなことがあれば衛士や軍はすぐに動くのだけれどね。田舎の牧場を魔物が荒らした程度だと、ギルドに頼んだ方が討伐は早いね」

「地方格差や優先順位はどうしてもあるもんな。なるほど」


 二人はその後も、仕事の話、精霊や信仰の話を続けて、長い帰りの道を楽しんだ。

 

 蛇の神さまに会って、戦って、許されて、認められた。


 これは、街にいるみんなにも自慢の土産話ができたぞと、アキラはニヤつきが止まらなかった。


 楽しい楽しい、冒険の帰り道だった。

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