30 かつてない危機です! どうか乗り切ってください!

「どうすんだオィ、ヤっちまうかァ? ヤっちまうのかオイィ!?」


 真っ先に臨戦態勢に入って武器を抜いたのは、ドラックだった。

 大蛇の姿をしたルーレイラが言うところの「神獣」の前に果敢に立ちはだかり、他の仲間を守るポジショニングを取る。


 先ほど倒壊させてしまった石の柱が、ひょっとするとこの大蛇を封印していたなにかだったのだろうか

 ドラックはちらと思ったが、言わないでおいた。

 少しセコイ。

 しかしドラックの武器はナタにも似た刀身の厚い大刀で、いかつい彼の風貌にはよく似あっている。


「神獣ってなんスか!? 聞いてないっスよこんな大物!!」

「言葉を話す大蛇と言うことは、水の精霊王だ! 言わば龍王だよ! おそらくは岩山と湖沼の精霊が長い年月を経て合わさり、神獣化したに違いない!!」


 動転して一気に最後尾まで飛び去るクロの質問に、やはり後方まで逃げ去りながらルーレイラが早口で返答した。

 しかし、アキラはこれはマズいぞと思いながら、体を緊張で固める。


 出入り口は大蛇の神獣が塞いでいる。


 そして一行の背後は得体のしれない湖だ。


 あの大蛇が沈んでいたのだから、水たまり程度の深さということはあるまい。

 敵が毒をもっているのかそうでないのかも謎である。

 逃げ場はないに等しい。


「みんな、僕を守れ!! あの龍王さまとなんとか『ハナシ』をつけるから、その間だけ僕の体を守ってくれ!!」


 ルーレイラが情けないのか頼りないのか、よくわからない叫びを上げた。


 他の三人はルーレイラを囲むように立ち、武器を構える。

 アキラはドラックの右後方に陣取った。


 後方ではルーレイラが地面に跪き、目を閉じてうわごとのようになにかの呪言を唱えている。


『万物天地の象徴たる偉大な精霊の王よ、我らか弱く命短き者たちへどうかご慈悲を与えたまえ。

 その怒りを収め荒ぶる振気を静め、なにとぞ我らの声を聞き届けたまえ。

 我ら、神霊精霊を恐れ敬い奉るその心、遥かいにしえの父祖の代よりはなはだ大なりしものゆえに。

 また未来永劫、子孫の代までその崇拝は砂ほども減らず天の星ほどに』


 ぶつぶつと猛烈な早口で言っているルーレイラの言葉に、アキラは肌がひりつくような感覚を覚えた。


 魔法だ。

 これはなにかしらの特別な力を秘めた言葉なのだ。

 祝詞のようなものと言えるのかもしれない。


「来るっスよォォォ!!」


 シャアァーと唸り声を上げて、大蛇が長く太い尾の先端を振り回した。

 とぐろを巻いているから全長はハッキリわからないが、十メートルを軽く超えることは明白だ。

 その一撃を、ドラックとアキラが二人がかりで受け止める。


「いぎぎ!!」


 重い!

 二人がかりで、体躯の頑強なドラックが一緒であるというのに、相撲取りがタックルして来たかのような衝撃をアキラは感じて全身が怖気だった。

 しかし、なにかしらの魔法に集中しているルーレイラは身動きが取れないため、三人は攻撃を避けることもできない。


「冗談じゃないっスー!!」

「うるせェ、こらえろォ!!」


 三人で、太い縄のような尻尾の打撃をその後も何度か受け止める。

 が、じり貧だ。


 尻尾の先端めがけて、ドラックが反撃を試みて大刀を振るおうとする。

 しかしその気配を察したとたんに大蛇は尻尾を引っ込める。


 急所らしきものは頭部かその付近であろうが、その部位に攻撃を当てる手段は、こちらにはない。

 リーチが違いすぎるし、一人でも攻撃に転じてルーレイラの近くを離れると、そこが防御の穴になる。

 無防備なルーレイラもろとも全員が吹っ飛ばされるだろう。

 

 アキラは痛みと衝撃で吐きそうになりながら、必死で考える。


 こんなとき、フェイのような達人ならどうするだろうか?

 彼女は相手の動きを察知し、いなし、躱すのが神業レベルだ。


 思い出せ、考えろ、真似をしろ、アキラは必死で脳細胞を酷使する。


「クロちゃん! ドラックさん! 尻尾を食らう瞬間に、三人で一斉に撥ね上げるんだ!!」


 アキラが叫び、半疑ながらも他の二人がアキラと同じように攻撃に備え、構える。

 振り回された大蛇の尻尾の先端を、三人が一斉に、両腕で撥ね上げた。


「オォゥ……」

「行けるっスよ!」

「これなら何とか持ちこたえられる!」


 衝撃を逃がした分、防御で受けるダメージの蓄積は最小限になった。

 しかしいつまでも腕や体力、集中力が保つとは言えない。 


「クロ! アキラァ! 音ェ上げんじゃねーぞォゥ!?」

「んなこと言っても、キツイっスよー!!」


 蛇に睨まれたトカゲには違いないが、ドラックが元気で頼もしいのだけが支えだった。


「ルー、まだー!?」


 懸命な奮闘で良い所を見せ、やはり弱音も吐き、アキラが切実な叫びをルーレイラに投げかけた。

 その直後。


『遍く十方、窮尽虚空(ぐうじんこくう)の彼方まで満ちし、すべての理を司る威霊と神々よ!!

 我らが願いをかなえたまえ!!』


 座しながら大きく両手を広げ掲げ、ルーレイラが目を見開いて大蛇、龍王を括目した。


 一瞬、ルーレイラの体から四方八方に光が放たれ、洞窟がまばゆく照らされた。


 そして、大蛇の精霊王は尻尾での攻撃を止めたのだった。

 ずずずずずず、と長く思い尻尾を引っ込め、入口の前に、まさに鎮座した。


『そこな赤き髪の者、我ら精霊を深く敬い畏れる者であることが分かった。ならば我も矛を収めよう』


 重く、荘厳な声のひびきだった。


 ルーレイラたちは許され、認められたのだ。


「はあ、良かった……水と岩の精霊王よ、ご恩寵に深く感謝いたします。ほら、みんなも叩頭して! 今までの非礼を早く謝っテ!!」


 ルーレイラは改めて平伏し頭を下げ、アキラたちもわけがわからぬまま膝をつく。

 その様子を見て大蛇は満足げな様子で、フシューと息を吐き、四人に対して語りかけた。


『そなたらに、我は訊かねばならぬ』

「はっ、なんなりと」


 ルーレイラがこんなに恭しく首を垂れる光景を、アキラは今まで見たことがなかった。

 相手はそれだけ偉大で、畏れ多い存在なのだろうか。


『なにゆえ我は、この冷たい泉に封じ込められたのであるか。その者たちはいずこへ去ったのか。そなたらはそれを知っている者か』


「我々は、それを存じ上げません。しかし精霊王が許されるのであれば、この岩山と洞窟を調べ、答えをあなたさまに届けとうございます」


 まるで王や貴人に対するかのような態度で、かしこまりへりくだってルーレイラが話す。


 もともとこの岩山になにかあやしい所があるという話だった。

 調査内容がはっきりしただけ、と考えることもできる。


『答えを我に届けるのならば、そなたらは我の加護を受けるにふさわしい者たちであろう』


 鎌首をもたげ、しゅるると舌を出しながら蛇の神が許しの言葉を一行に賜った。


「慈悲深きご処置に、一同改めて篤くお礼申し上げます……」

「も、申し訳ありませんでした……」

「スマンかったなァ……」

「あざっス」


 四人がそれぞれの言葉で感謝や謝罪を述べると、大きな体をうねらせて大蛇は湖の中へと帰って行った。


『我は待つ。そなたらのことは忘れぬ。そなたらも、我がここで待つことを、ゆめゆめ忘れるでない』



 危機一髪を乗り越え、どへーっ、っと四人とも地面にへたり込んで、安堵の息を合唱した。


「どうなることかと思ったよ……あの石の輪が封印になってたから、こんな神さまが近くにいるって寸前まで感知できなかったんだなあ……」

「あれだけの大物なら、魔力が少ない俺だって遠くからわかるはずっスからね。少なくとも隠し扉の部屋くらいまで近付いたら確実に気付くはずっスよ」

「だよなァ……しかし、たまげたぜェ。まさか”神サン”とはよォ」


 ルーレイラたちが精霊神、大蛇の存在を感知できなかったのは、なにかしらの封印で大蛇の力が抑え込まれていたからだろうという見解だった。


「蛇神さまはおそらく、僕たちを懲らしめる程度で殺す気はなかったと思うけれどね。封印されてムシャクシャしてたから、ちょっと暴れて八つ当たりしたかっただけだろう」

「それでも黙って殴られてたら、あちこち骨折してるレベルの打撃だったよあれは……」


 アキラは巨大で強靭な鞭のごとき大蛇の尻尾の攻撃を思い、みんなよく無事だったと改めて思った。


 本気でない状態であの威力だというのなら、本気だとどうなっていたことか。

 口を大きく開けていないから今回は分からなかったが、この中では小柄なルーレイラなら丸呑みにできるのではないか。


「一旦、隠し扉のあった広間まで戻ろう。そこで休憩がてら、これからの作戦会議だ」


 一行はルーレイラの指示に従い、元来た道を引き返した。



 ルーレイラは、湖で採取した水を調べている。

 なにかの試薬を水に入れて、その色の変化を確認しているようだ。


「お、飲めそうだねこの水。おそらく無害だよ。念のために大量に飲むのは避けた方がいいのだけれど。一度沸かそうか」


 石灰岩質の洞窟にある地底湖の水は、弱アルカリ性になることが多い。

 アルカリ分が強ければ生物にとって有害だが、そこまででないなら少しばかり飲み口が硬い程度の、美味なミネラルウォーターであることも多い。


「手持ちの水を節約できるのは嬉しいっスね」

「なんにしてもよォ、腹が減ったぜェ」


 今日はここでキャンプになるだろう。

 手ごろな広場があって良かったと一同は思った。



 乾燥食主体の簡単な食事を終えて、一同はこれからの方針を話し合う。


「必要なことはわかったし、ここらで切り上げて戻ってもいいんじゃないかな。帰り道に改めて気になったところは調べ直すのだけれど」


 ルーレイラがそう判断したことにアキラは特に不満はなかった。

 しかし、疑問に思ったことがある。


「あの蛇の神さまは、結局どうするの?」

「それは依頼主である土地の持ち主と、ラウツカの政庁、開発部が判断することだねえ。依頼の中にその仕事は入ってないのだから、僕たち冒険者がどうこうできる話じゃない」

「やっぱりそうなるのか……」


 アキラはなにか釈然としないものを胸に抱えることになった。


「大丈夫、そうそう悪いことにならないように、僕も根回ししておくから」


 役所で働いていた過去を持つルーレイラがそう言うなら、なんとかなるのだろう。


「あ、でもちょっといいっスか」


 引き返す、という方針が決まった後、クロが口を挟んだ。


「なんだァ、なにか気になることがまだあんのかよォ」

「この部屋、多分隠し扉がもう一つあるっスよ。音の反射と空気の流れでそんな気がするっス」

「早く言いたまえよそれを!」


 とぼけたクロの発言にルーレイラが叫び、ドラックが呆れ、アキラが笑った。

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