29 洞窟の中は外とは違う危険が……な、なんですか!?

 四人は洞窟を進み続け、そして少し開けた空間にたどり着いた。

 一見すると行き止まりのようにも見えるが。


「隠し扉や仕掛け扉がありそうだねえ」

「そっスね。空気の流れも、音の反射も、それっぽいっス。コウモリの糞が多すぎて、匂いはちょっとよくわかんないっスけど」


 ルーレイラとクロは、岩の壁面に隠し扉があることを勘と感で断定した。

 クロの言うとおり、洞窟の床面にはコウモリの糞がうっすら堆積しているが、コウモリそのものの数は少ない。

 なにかの理由で減ったのだろう。


「隠し扉ちゃ~~~ん、どこかな~~~。恥ずかしがらずに出ておいで~~~」

「ルーさん、気持ち悪いっス」


 というわけで四人は岩肌を調べることになった。


「しかしよくわかるな二人とも……」


 アキラは感嘆しながら、岩肌をぺたぺた触りながら、どこかに仕掛けがないか探す。


「あの二人はおかしいんだァ、気にすんなよゥ。それよりアキラよォ、ここ、動きそうだぜェ……?」


 ドラックが怪しげな壁面を発見してアキラを呼び寄せ、二人で力任せに押した。


「ふんぬぃぎ!」

「オォ、動きやがったなァ……?」


 ゴォウゥン、と鈍く低い音を立てて、岩がまるで扉のように開閉した。

 なんとか動かせたものの、岩扉の重量感はかなりのものである。

 ドラックの腕力と体格がこの場になかったら、先へ進むことはできなかっただろうとアキラは感嘆する。


「やっほう、見つかったかい。これではっきりしたねえ、この洞窟は昔々、誰かが住むか使うかしてたんだ」

「ずいぶん歩きやすかったもんね」


 天然の風穴なら、こんなに楽に歩いて奥まで入ることはできなかっただろうとアキラも思う。


「それが忘れ去られて、打ち捨てられたんだろうさ。もう用がなくなったのか、不便を感じて新天地を探したのか」

「誰が、なんのために作ったんだろうね」

「それを探求するのが、僕たち冒険者じゃないか。少なくともこの先に、なにかがあるんだろうさ。昔の誰かさんが大事にしてた、なにかがね」


 とくん、とアキラの鼓動がわずかに高鳴る。


 本当に今、自分は冒険の旅の、まっただ中にいるのだという自覚が強く芽生えたからだ。


「お宝が眠ってても、地主の取り分がほとんどっスけどね……」


 その興奮に、クロが水を差した。



 暗く、先ほどより狭くなってきた路を四人は進む。


 湿気が多くなり、足元はうっすら水が浸るようになった。

 洞窟内の岩肌に鍾乳石の割合が増えてきたのは、地質に素人のアキラが見ても明白だった。


 そして彼らは、それほど大きくない地底湖のある空間にたどり着いた。

 つやのある白い鍾乳石が多く、ランプの光が反射しやすくなったこともあり、乏しい照明でもそれほど視界には困らない。


 しかし湖の深さ、あるいは水の性質などはパッと見ではわかりようもなかった。

 相変わらずルーレイラは岩のかけらや細かい苔のような植物、そして動物や虫類の糞の採集に忙しい。


「なんスかね、この石」

「さあなァ……ただの”置きモン”にしか見えねーけどよゥ?」


 クロとドラックは、湖の周囲に等間隔に配置された、朽ちた石の柱を珍しがっている。

 時計の時刻表示のように、丸い湖の周りを点々と取り囲んでいた。

 いわゆるストーンサークルだ。


 ドラックがそのうちの一つに少し触れると、力なく倒れて石は崩れた。


「なんだい今の音は、気を付けておくれよきみたち」

「なんでもねェよォ。ただの石だァ」


 いっぽうでアキラは、湖面の様子を確認しようと覗き込んだ。

 そのときだった。

 鏡のように真っ平らで動きのなかった水面が、むわあんと動き、波打ったのだ。


 ばしゃーんと大きなしぶきが上がる。


「ルーさんワーオです!!!」


 水面から何物かが飛び出し、アキラがマヌケな叫びをあげた。


「ななな、なんだァいったいよゥ!?」

「で、デカっ!! ツーか長いっス!! 蛇っスか!?」


 水底から現れたのは、まるで大蛇のような細長い身体と鱗肌を持った、黒い生き物だった。

 そしてそれは、あろうことか彼らが来た道、その入り口をふさぐようにとぐろを巻いて。


『我を封じ込めし、愚かな常命の生き物たちはそなたらか……』


 明らかに「理解できる」言葉で、そう低く唸ったのだった。


「あ、あわわ、あわわわわわ……」


 ルーレイラは文字通り、泡を食って泡を吹くかのような有様で、こう言った。


「ししししし、神獣だーーーーーーーーーッ!!!!」


 湖が眠るさほど広くない洞窟の広間に、赤エルフの絶叫が響き渡った。

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