28 あせらず、ゆっくりと成長なさってくださいね!
翌日、早朝から更に岩山の奥深くへと向かう四人。
馬車が通れるほど舗装してある道ではないので、ここからは徒歩である。
山道の途中にはなにかの文字が書かれた立札があり、ロープが横渡しされていた。
立ち入り禁止という意味であろう。
もちろん調査隊一行であるアキラたちは許可を得ているので、構わず先へ進む。
「川のない谷か……てっきり洞窟とかに潜るものかと思ってた」
周囲の景色を見てもらされたそんなアキラの感想に、ルーレイラが説明を返す。
「奥に洞窟もあるらしいよ。大きさとかは詳しくわかってない」
「それをもっと調べるのが俺たちの仕事、ってわけね」
「うんうん。大ワシがこっちを伺ってるから、詳しい調査は危険だと判断して調査隊を募集したんだろう。どんな魔物が出るかもまだわからないし」
上空には確かに大きな鳥が数羽、旋回するように飛び回っている。
左右を高い石の崖に挟まれた隘路のため、上空から気性の荒い鳥に襲われるのは厄介だなとアキラは思った。
「石かと思ったら”蟲”かァ? こんな”硬ェ”ダンゴ虫、珍しいぜェ……」
歩きながらドラックが石だと思って蹴とばした固まり。
それは石のような見た目の、硬質な外殻を持つダンゴ虫であった。
「食っても美味そうじゃないっスね。料理するのに手間がかかりそうっス」
こつんこつんと道端の石ダンゴ虫を蹴飛ばしながら、クロも面白くなさそうに言う。
アキラは「一匹お土産に持って帰ろうかな」くらいのことを考えた。
握りこぶし大の丸いフォルムは、見ようによって愛嬌がある。
裏側をめくって見ると、細かい脚が密集していてグロいのは普通のダンゴ虫と変わらず。
「下ばかり見て歩かないでくれたまえよ。上空の大ワシが僕らを品定めしているのだからね」
ルーレイラがそう注意した矢先、一羽の鷲が勢いをつけて隊列に向かって急降下して来る。
「チッ、俺の”メシ”を狙うんじゃねェ!」
ドラックが自前の武器である大ナタを振るい、ワシの襲撃を退ける。
相手は羽を広げた左右の大きさが2メートル前後はありそうな、大きな猛禽だ。
しかしドラックが威嚇したことで遠くに飛び去った。
「ありゃ確かに、襲われたらヤバいね……」
「美味そうなんスけどねえ、グルル……」
クロの正直な食欲が頼もしいと感じるアキラであった。
「山の地主や集落の連中とは話をつけてあるから、食料として鳥を仕留めるくらいは問題ないのだけれどね。調査が終わるまでは殺生は控えてくれると嬉しいかな。獣たちを変に刺激したくない」
辺りに生息しているワシは群れて狩りをする生き物ではないので、一羽を殺したとしても仲間が殺到して反撃してくるという可能性は低い。
しかしそれでも用心を重ねるに越したことはないとルーレイラは仲間たちに戒めた。
「んじゃァ、我慢しとくかァ……」
「食料の用意は十分にあるから、鳥や獣を狩らなくてもなんとかなるよ。帰りのお土産に何羽か狩る分には問題ないだろうさ」
「ういーっス」
みんな納得して先に進む。
隘路を挟む岩の崖を、ヤギかカモシカらしき動物がジャンプしながら移動している。
草木も少ないこんな土地で生きて行くのは大変だろうなあとアキラは思いながら、その光景を眺めた。
ルーレイラは急ぐことなく慎重に、周囲の岩肌を観察しながら進んでいる。
いつの間にか、髪の毛で隠れていない方の左目に、丸い片眼鏡を装着していた。
サングラスのように若干の暗色がレンズに入っている。
「それもなにか、精霊さんとか魔力的なものが見えるようになるアイテム?」
「いや、単にここ、白い岩ばかりで眩しいからさ」
「そうですか……」
本当にただのサングラスでしかないようで、異世界的なワクワクを期待していたアキラは肩を落とす。
そんなやりとりをしながらルーレイラの指示に従って、ポイントごとに岩肌を削り、少量ずつ石くれを採取していく冒険者たち。
「石灰岩だらけってことは、昔は海底だったんかな」
アキラは城や神社といった古い建物がもともと好きな青年である。
ラウツカの建造物に多く使われている、白く美しいこの岩石が、沖縄首里城の石垣によく似ていると前から思っていた。
首里城の石垣も石灰岩なのだ。
海に近い土地、あるいは太古の昔に海底だった土地には豊富な石灰岩や大理石が存在することが多い。
それらの主成分は炭酸カルシウムであるため、この岩山にも炭酸カルシウムを含んだ宝石の鉱床が存在する可能性は高い。
代表的なものとして、ほたる石やガーネット、古代中国で「玉璧」と呼ばれた軟玉ヒスイなどが、カルシウムを含んだ宝石である。
宝石の組成についてアキラは詳しいことを知らなかったが、これだけ大きな岩山なら宝石の一つや二つは出るだろうと楽観的な思いで調査を続けた。
めぼしい発見があるのかないのか、彼らは奥に進み続けて洞窟の入り口らしき穴の前にたどり着いた。
ドラックほどの大柄な体躯でも十分に立って歩けるほどの、大きな洞窟だ。
奥は暗く、見通しはきかない。
ずいぶん深いのかもしれないが、入ってみないことにはわからない。
陽光がぎりぎり届く範囲まで足を踏み入れると、中からかすかに涼しい空気が漂ってくるのをアキラは感じた。
「クロ、なにかわかるかい?」
ルーレイラにそう言われたクロはすんすんと鼻を鳴らし、耳を澄ませて中の様子を伺う。
「ドラックさん、ちょっと洞窟の奥に向かって、大声で叫んでみてくださいッス」
「なんで、ンなコトしなきゃなんねえんだァ?」
「音がどんなふうに反響するのか知りたいんスよ。それで洞窟の形とか深さがなんとなくでもわかるかなと思うんスよね。ワーでもギャーでも、おかあちゃーんでもいいんで、ヨロシクっス」
「仕方ねぇなァ……」
ぽりぽりと首の横をかき、ドラックが大きく息を吸い込んで、叫ぶ。
「カネ返せ、クソ野郎ゥォ~~~~~~~~ッ!!!!」
感情のこもった怒号が、洞窟内に反響した。
「誰かに貸してるんですか……?」
「ダチに貸してたんだけどよォ、バックれやがってなァ……」
アキラの問いに、ドラックは口を歪ませて答えた。
「僕が貸してるお金のことも忘れないでおくれよ、ドラック」
金銭の話は気が滅入るので、あまり続けないでほしいと思う、借金生活中のアキラであった。
クロの見立てによると洞窟の奥はかなり深く、小さな虫やコウモリのような小動物がちらほら生息しているのは確実、とのこと。
それに加えて「嗅いだことのない匂い」もかすかに感じられる、と。
「僕もなにやら、よくわからない力の気配を感じているからねえ。洞窟にしか棲まない、未知の生き物でもいるのかもしれないね」
手持ちランプに火をつけてあたりを照らし、ルーレイラが言った。
小さな器にロウソクが備わっているタイプの照明であり、仕組みや使い方は提灯(ちょうちん)に似ている。
クロとルーレイラが灯りを持って周囲を観察する。
ドラックとアキラは荷物持ちで、簡単なマッピングも行っている。
地面には相変わらず、岩ダンゴ虫がうろうろしている。
そしてクロが報告した通り、コウモリも見かけられる。
進めば進むほど、自分たちは出発地点より低い所へ向かっているとアキラは感じた。
気圧の変化を覚えるほどではないので、せいぜい数メートルか数十メートル下がった程度の変化ではあろうが。
「おや、ドラックのお友だちがいるよ」
ちょろちょろちょろ、とイモリに似た小さな生き物が岩を這うのをルーレイラが見つけた。
アキラがとっさに捕まえて、四人でまじまじと観察する。
「コイツの”どこ”が俺に似てるっつーんだよ、あァ?」
トカゲやヤモリは爬虫類であり、イモリは両生類であるが、アキラはドラックがどっち寄りなのか、よくわかっていないので黙った。
「水辺の生き物だよねえ、こいつ。奥に水脈とか地底湖でもあるのかな。もしくは鍾乳洞とか」
「ショーニュードーってなんスか?」
クロは鍾乳洞を知らない、体験したことがないようで、洞窟の奥の匂いもよくわからないと言った。
「ジメジメした洞窟だよ。うーん、鍾乳洞かあ……」
説明しながら、好悪定かならぬ微妙な表情を浮かべたルーレイラ。
アキラも先の道中を案じて言った。
「滑ると危ないな」
「うん。気をつけないとね。安全第一だ」
そろりそろりと周囲を確認しながら、ゆっくりと一行は進み続ける。
「この”博士”サマは、慎重派だからなァ。ガンガン行こうぜってこっちが言っても、聞きやしねえことが多いんだァ」
ドラックがアキラにそう教えてくれた。
それなりにルーレイラとドラックは付き合いが長いらしい。
確かにルーレイラは安全第一を念頭に仕事をする傾向が強いとアキラも感じていたが、それは好ましいことでもあると思っている。
上司や仕切り役が安全よりも成果を求めた場合、それに応えるだけの技術や知見がアキラにはまだないのだから。
しかしいつまでも優秀な先輩におんぶに抱っこではいけない、とも思う。
早く実力と見識を身につけて、頼られる存在にならなくてはと、心の中で気合いを入れるアキラであった。。
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