27 馬車の運行はくれぐれもご安全に!
岩山への道中、アキラは御者を務めるルーレイラの横に座り、馬の扱いについて軽い教導を受けた。
「僕はウィトコほど詳しくも上手くもないからね。またいつか彼にしっかり教えてもらうといい。そのための講師契約なんだから、どんどん使ってやればいいんだ」
「そうだね。機会があれば。ところでこの馬は、ウィトコさんの馬よりも体ががっちりしてる感じだな」
荷馬車を引く馬と、速度を出す騎乗用の馬とで種類が違うようにアキラの目には見えた。
「山の方に行くと坂道が増えるからね。足が速くなくてもいいんだ。荷車を引くために力の強い馬でないと」
「確かに強そうだ。筋骨隆々のマッチョ馬だね。安心感がハンパない」
アキラは北海道で行われている重厚なソリ引き競馬、いわゆる輓馬(ばんば)の映像を思い出した。
あるいは、世紀末の覇王が乗っていた黒い巨馬か。
「石切り場までは道や運河が整備されていて馬車でも船でも行けるから、山奥の割には便利なところだよ」
それらを整備したのもルーレイラなのだろうかとアキラは想像した。
いっぽうクロとドラックは荷車に座って、ラウツカ市内のいかがわしいお店について情報を交換している。
「新しくできた店、行ったことあるっスか?」
「親戚の”叔母サン”が働いててよォ……逃げちまったぜェ……」
「ご愁傷さまっス……」
非常に気になる内容だった。
リザードマン的な中高年女性がサービスしてくれる、その手のお店とは一体。
その後、アキラは時折ルーレイラから御者を交代してもらったりして、目的地までの道のりを楽しんだ。
途中で養豚場や養鶏場を通り過ぎる。
豚や鶏の鳴き声を誰が一番上手く真似できるかという他愛のない遊びに、四人は夢中になったりした。
ちなみに一番上手かったのはルーレイラであった。
目的地である岩山が近付き、山肌を崖のように切り出した豪快な景色がアキラの目に入る。
白いブロックを階段状に組み立てたかのように、直線的に計画立てて岩石が切り出されている光景は圧巻であった。
ふもとの河原で切った石材を船に積み込み、下流まで流して売りに出されていくのだろう。
山の高さは千メートルまではないにしても、七、八百メートルはあるだろうか。
「採石場のふもとって言うと、ヒーロー特撮の爆発シーンだよな……デデッデッデッデ♪」
少年時代に見た戦隊ものテレビ番組をアキラは思い出して、うろ覚えのオープニング曲を口ずさむ。
「ご機嫌なのはいいのだけれど、舌を噛まないようにね。石ころが道に増えて来たから馬車が跳ねるよ」
「あっハイ」
のんびりペースの馬車とは言え、振動に揺られて頭から落ちたり、荷車の車輪に巻き込まれでもしたら痛いでは済まされない。
アキラはウィトコの脚の怪我をふと思い出し、ルーレイラに尋ねた。
「ウィトコさんはどうして脚を痛めたの? 魔法とかでイイ感じに治せたりしなかったのかな」
「前に大きな魔物の討伐があって、そのときにやられたんだ。彼の怪我は厄介な呪いとでも言おうかねえ、魔物の瘴気が傷口深くに入り込んで悪化した。あそこまで治療できただけで御の字だったのだよ」
「魔物の、悪い力が傷の中に……」
ぞっとしない話である。
「アキラくんも、毒を用いた武器や魔物の攻撃で深手を負わないように、くれぐれも気を付けてくれたまえ。もちろん、そこらにいる普通の毒蛇や毒虫なんかにもね」
二人の話に、ドラックが自分の左肩を右の指でトントンと示して入ってくる。
「俺もあのとき、魔物に”肩”をやられてよォ。今でも”冬”になるとジンジン痛ェんだァ」
「そうなんだ……」
怪我や後遺症の程度には個人差があるようだが、魔物から受ける傷というのは一般的な傷病とは理屈が違うとアキラは知った。
「瘴気による傷病は色々特別でねえ。基本的に治す特効薬というものもないんだ。精霊さまに借りる力と、自分自身の生命力に頼るしかない。完全に治すのも難しいね」
「アキラさんは元気が有り余ってそうだから、よほどのことがない限り大丈夫だと思うっスよ! あと、エルツーの強化魔法は怪我や病気からの回復を早める効果もあるっス!」
クロが自分のことであるかのように誇らしげに、エルツーの才能を称賛する。
「エルツー、今回はいないけどな。そうなんだ、ちびっ子のくせになにげに凄いな……」
反面、エルツーの魔法は自分自身には使えない上に、少し使ったら打ち止めになる。
同様の魔法を行使できる者は医院で働くことが多いが、エルツーは医院の仕事は気が滅入ると思って冒険者に志願したという個人的事情があった。
アキラたちは石切り場からさらに進み続けて、細人(ミニマ)と呼ばれる種族が暮らす集落に着いた。
人間の幼児や少年少女といった体格の者が暮らしている。
「武器防具屋の店員さんと同じ種族かあ。手先が器用みたいだな」
集落の中には木や石や革、植物繊維で作られたロープなどを駆使して風車や水車が多数、組まれている。
それらの動力に連結する形で、布を織ったり皮をなめしたり穀物を撞いたり、様々な作業を自動化するからくりが並んでいた。
「ベルトコンベアまで……まさか異世界で見るとは」
水場である小川となにかの作業小屋がベルトコンベアで結ばれている。
小屋で加工して作ったものを、川にある船まで直接運ぶための機構だろうか。
少量、小規模ではあるがそれらの自動化した機械群を見ると、京浜工業地帯に暮らしていたアキラの胸に温かいものが湧きあがってくる。
「石切り場の作業員たちが必要としてる消耗品とか食料を、この村で作って提供してる感じなのかね」
便利に経済が回っているものだと感心しながらアキラが言った。
「まさにその通り。僕たちの冒険の準備も、この村でだいたい揃うよ。今日はまず長旅の疲れを癒すために、早めに休むとしよう。本格的な調査は明日からだ」
ルーレイラが村人と交渉し、自分たちが休めるスペースを確保する。
アキラは集落を一通り観察し、ふと疑問に思った。
ここまで機械化や合理化が進んでいる社会なのに、石油や石炭、ガス燃料が使われている気配がない。
それはこの村に限った話でなく、ラウツカの街に関しても、だ。
ラウツカで燃料として使われている最もポピュラーなものは、木炭と鯨の脂、そして菜種油である。
「そう言えば衛士さんたちが銃を使ってる気配もなかったよな……」
この世界、リードガルドの経済状況や産業構造全体を、まだアキラは詳しく知らない。
しかし火薬や化石燃料を使っている気配が微塵もないことに、多少の違和感を覚えるのだった。
それが良いことなのか悪いことなのか、アキラの価値観では判断できなかった。
いつかルーレイラにそれらの話をした方がいいのだろうか、とも思ったが。
その「いつか」はいつなのか、アキラにはわからなかった。
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