26 気が緩んでませんか? 引き締め直しましょう!

 諸々の準備を整えたり、他愛のない日常を過ごしたり、そんな時間が過ぎた数日後。


 ルーレイラが手を尽くした甲斐もあり、彼らは岩山調査隊の第一陣の予算を、見事に政庁と地主から獲得することに成功した。

 

 実際の入札に参加したのはドラックとルーレイラの二人だけ。

 アキラとクロがいても特にすることはないので、それで十分だったのだ。


「なんとか、岩山調査冒険の不成立って状況だけは回避できたなあ」


 予算が入った、調査に行く仕事が成立したということで、とりあえずアキラも安心する。


 ドラックに関してはルーレイラから多額の借金をしているという事情がまだ残っているので、完全に心が軽くなったわけではないのだが。

 それでも彼らは、岩山の調査に向けて、大枠では前向きに、期待を胸に準備を進めた。



 彼らが今回の冒険で調べるべき事柄は大きく三つ。


 一つは、新しく見つかった宝石の鉱床らしきものの地質的調査。

 どんな宝石がどれだけ掘れそうか、掘削作業の危険度などを判定できればして欲しいということ。


 二つ目に、その坑道や石切り場周辺の魔物や害獣などによる危険の度合い。

 露払い、先遣隊調査としては、政庁も地主もその報告を最も欲しがっていることは確実だ。


 そして三つ目は、ルーレイラが地元の住民からもたらされた情報による事案について。


「山に住んでいる細人(ミニマ)の村長がね、あまり感じたことのない精霊の力の流れがある、と知らせて来たんだ」


 エルフほどではないものの、細人という種族は精霊の力や魔物の瘴気を感じる能力に長けている。


「悪いものではないと思うけれど、長く住んでいる地元民が違和感を持つなんて珍しいことだ。ぜひともこの目で調べたい。貴重な物だったら、誰にも先を越されたくないからね!」


 ルーレイラは郊外や過疎地域の村に伝書鳩を飛ばしまくって、個人的に各地の情報を集めている。

 いずれはギルドで遠方過疎地域の連絡システムを作るべきだと思っていて、その試験運用の段階なのだ。


「ルーさんって、仕事が好きなのか嫌いなのかわかんないっスよね……」

「それな」


 クロの呟きにアキラも激しく同意。



 そして岩山へ出発する、その当日の朝。


 一同はラウツカ市の北城門の中でも、最も西側に位置する城門をくぐろうとしていた。

 例によって馬車をレンタルし、はるか北西にある岩山へここから少し長い旅になる。


「フェイさんは……いないか」


 城門の通関検査にフェイの姿はなかった。


「見送ってもらえなくて残念そうだなァ? ”色男”さんよゥ? 受付のネーちゃん”だけ”じゃねェなんて、羨ましー話だぜェ……」

「もうやめて。いいじゃん、可愛い子と夜ご飯を美味しく楽しく食べたくらいのこと。許して……」


 そしてドラックにからかわれたのだが。


「あ、アキラどの! 良い所に! ちょっと詰所の中まで来てくれ!」


 西城門、通関口にある小窓から、見慣れた黒髪真ん中分けオデコが出てきた。

 そばには扉があり、城門内部に門番衛士用の詰所が埋設されている造りのようだ。

 外から見ても分からなかっただけで、フェイは城門施設の中にいたのだ。 


「やあフェイ、お仕事お疲れさま。アキラくんに用かい? 手短に済ませてもらえると助かるのだけれどねえ。これから出発なんだよ」

「ルーレイラ、貴殿もいたのか。クロにドラックどのまで。ずいぶんな大荷物だな? 遠くへ冒険か?」

「まァ、そんなトコだァ」

「フェイさんも、お仕事お疲れさまっス」

「うむ、くれぐれも道中ご安全に。ところでちょっとアキラどの、話があるんだ。さあさあ奥まで」


 他の者との挨拶もそこそこに済ませて、フェイはアキラを詰所まで強引に引っ張って行った。


「な、なに、どしたの一体?」


 衛士の詰所というものにあまり良い思い出がないアキラ。

 狭くて薄暗くて、どうしても気持ちが硬化する感覚を抱いてしまう。


 周りを見回すと、おそらくフェイの仕事仲間である、フェイと同じ制服を着た者たちがずらりと並んでいる。

 これがフェイの部下である「鬼の北門衛、一番隊」の面々なのだろうか。


 ただでさえ手狭な詰所の中、ものすごい圧迫感で全員に睨まれている気がして、アキラは大き目の体を小さく縮ませる羽目になった。

 猫背姿勢のアキラの顔を覗き込むような近さで、両手で肩を掴んでゆすりながら、フェイが真剣な目で聞いた。


「少し前に、ファル窃盗団の喧嘩に巻き込まれたと言ってたな?」


 近い、顔が凄く近い。

 そのせいで周りの隊員の威圧感と殺気が、何割か増した気がする。

 他の隊員にとって、フェイは崇拝対象の偶像なのではないかとアキラは思った。


「パルスのファルシがパージでコクーン? そんな意味不明なことには巻き込まれてないけど?」


 知らない言葉を大声の早口でいきなり投げかけられ、アキラの頭は混乱していた。

 自分を覗き込んだフェイの顔、唇や瞳や首元が近くてドキドキしてしまったからというのもある。


「中央大通り近くの路地裏で、チンピラ同士の内輪もめに巻き込まれただろう? スーホという優男のエルフ衛士に取り調べを受けたと話していたじゃないか」

「ああ、買い物の途中に喧嘩して衛士さんに連行された、アレね……はいはい」


 そのことに関して、アキラはフェイに報告済みである。

 特に理由はないが、話しておいた方がいいと判断したからだった。


「あのチンピラどもはファル窃盗団という、市内でつまらん盗みを繰り返している連中でな。空き巣やひったくり、置き引きや恐喝なんかの常習犯なんだが」

「ファルってのは、親玉の名前?」


 こくりとフェイは頷く。


「そうだ。なかなか姿を現さないことで有名な、小賢しい奴だ」

「小者界隈の大物か。厄介な奴がいるんだねえ、この街には……」


 さすがに治安が良くないだけはある、とアキラは変な感心をした。


「その中に、アキラどのから見て、こいつは危険だと思うほどの猛者はいなかったという話だったな?」

「喧嘩が長引いてたらヤバかったと思うけど、変な魔法とか使う奴はいなかったよ」


 フェイが真剣に聞いてくるので、アキラも真剣に記憶をさかのぼって答える。


 アキラはあのとき一対三の状況で戦っていた。

 攻撃を防ぎ、いなすのが精いっぱいだった。


 相手が逆上しすぎて見境を失うとアキラ自身の安全が脅かされる可能性が更に高くなる。

 もちろん、相手に大怪我をさせたり命のやりとりまではしたくないというアキラの心情が働いたのも確かだ。

 そのために、衛士が駆けつけてくれることを期待して時間稼ぎの防御に徹したのだ。


 しかし仮に相手に怪しい魔法を使われていたら、時間稼ぎも防御重視も効果を為さず、自分は打ちのめされていただろうとアキラは思っている。


「普通の、蹴ったり殴ったりだけの喧嘩だった。刃物を持ってるやつはいたけど、扱いは素人だったよ。エルツーみたいな強化魔法とか使ってる雰囲気もなかったし」


 そうかそうか、と納得したように頷いて、フェイは仲間の隊員たちに向き合って言った。


「皆、聞いたな! 冒険者になって日の浅いアキラどのでも、こうして慎重に相手の戦力を見極めながら行動している! 冷静に敵を観察して仕事にあたれ!! 彼(てき)を知り己を知れば!?」


 フェイの大声での呼びかけに、隊員全員が呼応する。


「百戦して、殆(あや)うからず!!!!」


 隊士たちの心身が充実している状態であることにフェイは満足し、一層気合いを入れて号令をかける。


「よし! 一番隊、出撃だ!!」

「了解ッ!!!!!!」

「アキラどの、情報に感謝する! これからファル窃盗団のねぐらに急襲をかけるところでな!! ゆっくりと見送ることができなくて済まない!!」


 怒涛の勢いでフェイが詰所を飛び出し、どこぞへと向かって走って行った。

 それに続き、仲間の隊員たちも目を血走らせてフェイの後を追いながら、アキラに対して大声で叫ぶ。


「情報提供、ご協力に感謝いたします、冒険者の方!!!!」

「い、いえ全然! 皆さんお気をつけて!」


 つい勢いに流されて、大声を返してしまうアキラだった。


 数えると、出動したのはフェイを含めて総勢六人。

 一番隊は十人いると聞かされていたが、他の者はシフトで休みに入っているのか、もしくは城門の番として残されたのか。


「フェイさん、曹操は嫌いだって前にエビ食いながら飲んだときに言ってたけど、兵法は好きなのか……」


 隊員に向かってフェイが放った訓戒は、古代中国の兵法家、孫子の兵法の一部である。

 孫子の兵法が一般に知られて親しまれているのは、三国時代の英雄である曹操孟徳がわかりやすい注釈をつけたからというのが大きい。

 実質的に半分くらいの要素で、曹操の兵法と言っていい代物なのだ。

 それを異世界の部下に暗唱させるほど教え込んでいるんだなと思うと、アキラはなんだかおかしくなった。


「す、凄い勢いだったっスね……」

「あの隊長サンは、本当に”並人(ノーマ)”なんかよゥ……? あんなに”烈(はげ)しい”奴ァ、竜獣人でもそうそう、見たトキねーぜェ?」


 城門詰所から猛獣のように飛び出して行ったフェイたちを見て、クロとドラックが唖然としている。


 ラウツカ市内において、どんな犯罪者集団よりも恐れられている存在は、北門衛士一番隊とその隊長のフェイである。


 市民はしばしば、犯罪者を摘発、鎮圧するために一番隊が出動する様子を見ることがある。

 それは祭りと同じくある種の「街の華」として受け入れられ、親しまれた光景なのだった。


「フェイに感心ばかりしていられないよ。僕らは僕らの仕事があるのだからね」


 ルーレイラが手を叩いて、皆を馬車に乗せた。 


 そう、自分には自分の仕事がある。

 アキラはそのことを意識し、呆けていた自分の気を引き締め直した。

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