25 当ギルドは不正のないまっとうな業務を行っています!!

 ギルドを出て、クロの住んでいる部屋に向かうルーレイラ、ドラック、アキラの三人。


「ここまでして宝石調査の仕事をしたい理由ってのは、なに? 他の仕事よりもそんなに魅力的?」


 道すがら、気になっていたことをアキラはルーレイラに質問した。


「単に宝石が好きなんだって理由が一番なのだけれどね」


 いつぞやに採取したシシカバの樹液と同様に、宝石類は魔法道具作成の素材、触媒として高い効果を発揮する、言わば一級品である。

 ラウツカの近郊でそれが大量に採掘されるのなら、どうしてもその事業とは繋がりを得ておきたい。

 早い段階で、縁故と人脈、いわゆるコネを作っておきたいとのはもちろん、一番先に自分の目で、なにがどれだけ出てくるのか確かめたいとルーレイラは考えている。


 もっとも魔法について詳しくないアキラは、ルーレイラにもお洒落な趣味があるんだな、と言う程度の感想しか持たなかったが。


「他にも気になる情報があの岩山に出て来たんだ。ついでにそれも調べたいからね」


 山奥で予期せぬ大猪に遭遇したことから、近郊や遠方に散らばる村や集落に、ルーレイラはダメ元で情報交換のための伝書鳩を飛ばしまくっていた。


 たいていは無視されているが、すぐさま手紙を返してきた集落もいくつか存在した。

 そのうちの一つが石切り場に近い細人(ミニマ)の村からだったのだ。


 いっぽう、難しい話は最初からあまり考える気のない竜獣人のドラックは、自分が借りた金のことばかり気にしていた。


「本当に、利子も担保も”ナシ”で、いいのかァ!? 美味い話には必ず”落とし穴”があるって、死んだ婆さんがよゥ……」

「どこかで聞いたような心配をしなくてもいいよ。僕の見立てでは何倍にもなって返ってくるから。みんな仕事が終わった頃にはちょっとした小金持ちさ。はっはっは、笑いが止まらないねえ」

「これが本物の山師か……」


 アキラとしては、もう少し堅実な業務に従事したいというのが正直な気持ちであった。

 そういう意味では、樹液集めも果樹園の柵も、アキラとしては大いに楽しんで経験した作業である。

 基本的にはモノづくりや、成果が目に見える仕事が好きな青年なのだ。 



 ともあれルーレイラと、おつきのデカブツ二人はクロを仲間に引き入れた。

 簡単な説明だけをして純朴な狼獣人を巻き込んだことに、アキラは多少の罪悪感をおぼえつつ。

 パーティーが四人揃い、やけに肉体派が多いな、とも思った。


「岩山は危険?」

「そりゃ慎重に作業しないと、怪我をするよ。崩落の可能性だってあるし。調査中に洞窟が崩れたら、まあお手上げだね。いくら僕が優秀な赤エルフの魔法技工士を自認していても、どうしようもない」


 質問が悪かったな、とアキラは思って、聞きなおした。


「魔物とか、気性の荒い獣とか、そういうのは?」

「大きいワシがいるよ。食料袋とかが盗まれるかもしれない。大規模な魔物の群れが出たという情報はここしばらくないかな」


 理由はわからないが、今回の目的地である岩山の周辺には、大きな魔物が長い間出ていないとルーレイラは話す。

 

「もっともそんなものが出るなら、未来ある若者をこうやって誘わないさ。ドラックはともかく、アキラくんとクロは新人だし」

「ルーレイラさんから見れば、みんな若いっス」

「だよなァ……」


 狼とトカゲが同調してそう発言した光景に、アキラは混乱しながらも、今この状況を楽しもう、ガルペディエム、と心の中で呟いた。


 結局ルーレイラの実年齢がいくつなのかを、アキラはまだ知らない。

 本人でさえ、長生きしすぎてよくわかっていないのかもしれなかった。


「オメーも並人にしちゃァ、良い”ガタイ”してッけどよォ。荒事が起こった時ァ、無理しねェで俺に任せとけ!? まだ駆け出しの”新参”なんだろォ!?」

「あっハイ、頼りにしてます、あと俺、今は小銭も持ってないです」


 2メートルのトカゲにぎょろりと睨まれて縮こまるアキラであった。

 ドラックの喋り方は、アキラが横浜で高校生をしていた時の、超絶に怖い先輩にそっくりなのだ。

 もちろん、ドラックは別に脅しているわけではないのだが。


「さ、調査隊選考の入札まで日がない。できる準備はさっさとしておきたい。これからみんなで政庁に行くよ。善は急げ、鉄は熱いうちに打て、だからね!」


 ルーレイラの提案に、ドラックとクロは明確に懸念の意を表明した。


「そういう面倒なことは、エルフの”博士サマ”がやっといてくんねえかなァ……」

「お、俺も政庁は、あんま好きじゃないっスね……」


 役所や警察署に行くのが苦手だというのは自分も意見を同じくするところなので、アキラは二人の言葉にうんうんと頷いた。



 しかし彼らの抗議虚しく、一同が到着した場所はラウツカ市の政庁、本庁舎。


 アキラにとってはこの世界、リードガルドに転移した翌日に、住民登録を行うために訪れて以来、二度目である。


 政庁本庁舎も美しい大理石を切り出して積み上げられた白亜の巨大建造物であり、この世界、この街の石造建築の技術が高いことを如実に物語っていた。

 ともすれば威圧されるその建物の中に、ルーレイラはずかずかと遠慮なく進んで入り、総合受付窓口のカウンターでこう言った。


「郊外開発事業担当の責任者に会わせてくれたまえ。急ぎだ」

「は? え、あの、申し訳ございませんが、面会のご予約などは……」


 突然にみすぼらしい服装のエルフが政庁重役との面会を希望したので、受付の並人女性は面食らった。


「もちろん取っているよ。赤エルフのルーレイラが来たと伝えてくれるかな」

「はい、では、少々、お待ちください……」


 そう言って受付嬢はパタパタとサンダルを鳴らして奥に駆けて行った。


 しばらく待ったのちに、顔の汗をしきりに拭きながら、太った者が奥から出て来た。


 どう見ても、豚であった。

 あるいは豚顔のオッサンであった。

 豚が二足歩行して、藍色に染められた背広風衣服を着て、メガネまでかけていた。


「あれは、いわゆるひとつの、オークと言う存在なのでは……」

「豚獣人が珍しいかァ?」


 アキラの呟いた言葉にドラックが少し反応しただけで、他は特に注意を払う者はいなかった。

 トカゲ人間も豚人間も、ラウツカの街においては珍しい存在ではない。

 アキラが今まで気にしなかっただけで、当たり前に受け入れられ順応して暮らしている。


 一瞬、アキラの脳内には不逞不埒な豚獣人たちの集団に囲まれて、身動きが取れなくなっているフェイの姿がなぜか浮かんでしまった。

 衣服を裂かれ、鎖に縛られて苦悶と恥辱の表情を浮かべるフェイ……。


「この妄想は色々な意味でヤバいですな」


 直後にそのイメージを全力で追い出すため、独り言を小声に頭をぶんぶんと振った。


 もっとも、フェイならば「くっころ」展開にはならずに、大勢の豚人間を蹴って殴って骨を折って圧勝しそうではあるのだが。


「ああ~困りますよルーレイラさん……来るなら連絡していただかないと。まま、まさかとは思いますが、岩山の調査の件ですか?」


 アポを取っているというのはデタラメだったらしい。

 予想をしていたアキラは、もう驚くことをやめた。


「もちろんその通りだ! 僕が集めた優秀な調査隊一同を見てくれ! 彼らをどう思う?」


 笑って自分の仲間たちを豚獣人の役人に披露するルーレイラ。


「とてもその、体の大きく頑健そうな方々ですね……」


 汗を拭き拭きしながら、肉体労働に向いてそうな三人を見て豚獣人が感想を述べる。


「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。そう、見た目通りに彼らはいい仕事をするよ! と言うわけでこれが書類だ。競争入札の折には、くれぐれもよろしく頼むからね!」


 豚の役人にそれだけを言って、ルーレイラと屈強そうに見える手下たちは政庁を後にした。


「こうなると思ったからギルドに依頼を出さなかったのに……」 


 去り際に豚の役人が小声で言ったのを、アキラはしっかり聞いてしまった。


 ルーレイラはラウツカ政庁の中心人物たちに「顔が利きすぎる目の上のコブ的な存在」なのか。

 もしくは役人たちの弱みを握っているか、どちらかなのではとアキラは想像する。


 役人たちは特殊な事情から今回の調査にルーレイラに関与して欲しくないと思っているのではないか。

 そのためギルドへの依頼とは別の、競争入札という形で調査隊を募ったのでは。


 それらすべての事情を承知したうえで、ルーレイラはこの仕事に参加した。

 ギリギリアウトに近い裏技を使ってまで政庁に押し掛け、責任者に対して挨拶をしたのだ。

 見た目だけはいかつい並人と獣人を引き連れて。


 これは遠回しな脅迫なのではと、アキラは政庁を離れて歩いている途中に不安になった。



 ちなみにアキラが今月に果たすべき、専属冒険者として達成すべきノルマの金額。

 この岩山調査依頼が無事に遂行できれば、それだけで楽々クリアする計算になる。


 いずれ、ギルドの規約には次の条項が追加されるだろうことを、アキラは予想した。


「他者に金銭を貸してギルドに依頼を出させ、自分がそれを請けることを禁ずる」


 と言う項目が。


 一同は政庁から出て市街地の商店街エリアへ。

 道すがら、ルーレイラが仕事の流れをさらに詳しく他の面子に話している。


「調査隊は第一陣、第二陣、第三陣と三回に分けて出される予定なのだけれどね。そのうち僕たちが応募するのは第一陣だ」


 ルーレイラの説明に、ドラックが首をひねった。


「俺ァ難しいことはわかんねーけどよォ。一回目よりは三回目の調査の方が、役人や地主が出す”カネ”は、多いんじゃねーかァ? だいたい一番先に乗り込むのは”三下”の仕事ってのが、相場だろォ?」

「その通りだよ、ドラック。だからあえて一回目の調査に募集するのさ。競合相手は素人集団ばかりだからね。戦力的にも、学術的にも」


 入札日までの準備期間が短いため、専門性の高いスタッフを用意するのが難しいと判断したルーレイラ。

 腕のいい冒険者、岩や鉱山に詳しいドワーフ、大地の精霊魔法に精通した術者などを短期間で一通り揃えるのはまず不可能だ。


 そしてこれはアキラも懸念していることだったが。


「三回目の調査隊の入札は、きっと政庁や地主の息がかかった連中が確実に抑えてしまうと思うよ」

「談合かよ!」


 思わずアキラは突っ込んだ。


「公平公正な競争入札なんて言ってるけど、一番美味しい仕事はだいたい談合で決まってしまうものさ」


 ルーレイラの説明に、いつもはピンと張って立っているクロの獣耳がペタンと折れる。


「俺たちに回ってくる仕事なんて、露払いとかがせいぜいなんっスね……」


 異世界とは言え、感情や知性のある生き物が社会を作って暮らしている。

 そうした不条理や欺瞞はどうしても付きまとうものだと知り、アキラも肩を落とす。


「やっぱりラウツカもそうなんだな……ルーは冒険者兼、学者兼、職人兼、遊び人みたいなことやってるのに、役所のことも詳しいね」


 さすがに長生きしているだけある、とアキラは舌を巻いた。


「まあねえ。冒険者になる前はラウツカの政庁で郊外の開発や、都市建設計画の仕事をしてたからね」

「は?」

「シシカバを植樹したって前に話したろ? あれは役人になってからの最初の大きな仕事だったなあ」


 突拍子もないことを言われ、アキラとクロは耳を疑った。


「ルーが? 元役人?」

「冗談ポイっスよ、どこにこんなフザケた役人がいるんスか!?」


 特にクロの言い分は、大先輩に対して随分と失礼であった。


「なんだァ、知らなかったのかァ、おめェらよゥ」


 ドラックはルーレイラの過去を多少知っていたらしい。


「今こうして僕たちが歩いている中央大通り沿いを商店街区に整備したり、上下水道を整えたり、港の大浴場を作ったりもしたよ」

「下水道って言ったっスか!? あそこの造りが迷路みたいになってるから、迷子のワンコロを追いかける仕事でひどい目に遭ったっスよ!! つーか風呂屋も!?」


 クロの驚きようが凄い。


「熱湯を冷まさずに屋上まで運ぶ装置を思いついたときは嬉しかったなあ。まだ壊れていないようで、建物を見るたびに感慨深い」

「あのボッタクリ温泉を作ったのはルーレイラさんっスか!! もっと値段を下げてくださいッス!!」


 クロの怒りは真実味がこもっているが、現在の利用料設定までルーレイラの知るところではない。


「僕は建物を作っただけだからねえ。下水道に関しては、確かにもう少し合理的な設計にできたかなと、完成した後になってから思った。ごめんね」


 クロの苦情に悪びれずに答えるルーレイラ。

 入ったら面倒臭いことが作った本人としてよくわかっているので、ルーレイラは下水道関係の依頼は基本的に避けるようにしている。

 

 自分が入って作業する状況を考えずに、建築物や設備を設計しないでくれ。

 元工場労働者のアキラも心の底から思った。


「俺ァ、あの”風呂屋”は好きだぜェ。特に一等(イットー)”熱い”湯船がよゥ?」

「え、ドラックさんあの熱湯風呂、入れるの……」


 ドラックは地獄の高温浴層の愛好者であり、聞いたアキラは敗北感から少し悔しくなった。


「ありがとうドラック。ま、そんなこんなで三十年くらい政庁の仕事をしていたのだけれど、僕あんまりこの仕事に向いてないなと思って、辞めて冒険者になったんだ」

「そんなに長く続けて、大きな仕事をいくつもこなしたのに、向いてないとか……不正な談合なんかが嫌になって?」

「そこはどうでもよかったかな? 仕事が前に進みさえすれば、僕は気分が晴れる方だったし。まあ、色々だよ。色々あったのさ。これでも長生きしてる方なんでね!」


 異種族だからか、単に性格や考え方の違いなのか。

 アキラの尺度では、ルーレイラを理解するのは大変だと思い知った。


 自分は冒険者に向いているのだろうかと言う自問を深めると、アキラ自身、まだまだ不安になる。



 夕方になり、彼らは大通りの西横丁にある居酒屋に入った。


 そこでアキラは、昨夜のリズとのデート詳細を、野次馬三人に根掘り葉掘り聞かれる羽目になった。

 特にクロとドラックが二人がかりで、シモの話に持って行こうとするのは、ほとほと辟易した。


 ルーレイラはいつも通りケラケラ笑って酒に飲まれ、みんなで部屋まで送る羽目になった。


 背に負ったルーレイラの体が、ずいぶん細く軽いことに、アキラは驚き。

 そしてなぜだか、ほんの少しだけ、寂しい気持ちになったのだった。

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