24 新たな冒険が実りあるものになりますように!
翌朝の早い時間から、次の仕事を探すためにアキラはギルドに足を運んだ。
「この生活サイクル、なんだかハローワーク通いに似てるな……」
などと就職活動時代の、少しばかりツラい記憶に思いを馳せながら。
「昨夜は、お楽しみだったね?」
ロビーを通って受付窓口に向かう途中、なにやらの書類に目を通しているルーレイラに声をかけられる。
ルーレイラはモーニングティーを楽しみながら、物凄くニヤニヤしていた。
リズと二人きりで外食を楽しんだことは、ルーレイラの知るところでもあったようだ。
こんな朝早くにどこからその情報を仕入れたのだろうか。
「黙秘権を、行使、いたします」
昨夜のことはアキラがこの異世界リードガルドに転移して以来、暫定一位の最高の思い出になった。
だから、おいそれと気軽に喋り散らかさないでおこうとアキラは心に決めていた。
記憶を反芻しているだけで顔がニヤけてしまう。
「幸せでなによりだ。水を差して悪いのだけれど、仕事の話をしてもいいかなあ?」
くくくっと笑いながら、ルーレイラは手に持っていた紙をアキラに渡す。
「いや、読めないんだけど」
「だよね、知ってた」
「地味な意地悪をする妖怪だなあ……これパワハラでは?」
仕事場の先輩から受ける嫌がらせのような仕打ちを思い出す。
胃のあたりがじんわりと重くなる、哀しき元日本人のアキラであった。
さっきまでの幸せ気分はなんだったのか。
「覚える気があるなら、文字はおいおい教えてあげるよ。それか、フェイの親御さんに習うのもいいかもしれない。若い頃は学舎の教員をやっていたそうだよ」
「ああ、フェイさんがこっちの世界に来たときに、面倒を見てくれたってご夫婦ね。先生だったんだ」
その話をひとまず置いて、ルーレイラは書類の説明を続けた。
「内容を要約するとね、ラウツカの北西に大規模な石切り場になっている山があるのだけれど」
「ああ、城壁とか大温泉の建物とかギルドの壁になった石ね。綺麗な石灰岩や大理石だよね」
先日にルーレイラと交わした雑談内容をアキラは覚えていた。
ラウツカの街は白や灰色の美しい石造建築物が多い。
それは豊富な石灰岩、良質の大理石を採掘できる岩山が、街を流れる川の上流に存在するからだ。
「そうそう。その岩山でね、どうも宝石の鉱脈が新たに見つかりそうだ、と言う話だ」
「景気のいい話だね」
「まだはっきりしていないから、何度かに分けて調査隊を出したいと、山の持ち主とラウツカの政庁が協議したようだね」
「ギルドにも、冒険者を出して山を調査して欲しいって依頼が来たの?」
この世界でどのような宝石が採れるのか、それらにどれだけの価値があるのかをアキラは知らない。
しかしルーレイラが機嫌良さそうにニコニコと話す様子を見て、きっと「いい仕事」なんだろうなと予想した。
「そこが三つある面倒臭い要素の、その一なのだけれどね。この書類は政庁が出した、入札参加の案内なんだ。ギルドへの依頼じゃないんだよ」
「入札」
アキラは、自分が飛ばされたのは本当に魔法や魔物が存在する異世界なんだろうかと、一度頬をつねって確認した。
痛い。
夢ではない。
頬も頭も痛いが、なんとか気を取り直してルーレイラの話を理解しようと努めるアキラであった。
「入札ってことは、政庁が調査隊を公募してるってことか。で、ルーはそれに応募して見事に調査の仕事をゲットしたいわけね」
「その通り! 話が早くて助かるなあ」
ラウツカの政庁、言わば市役所が行う競争入札に勝たなければ、ルーレイラは岩山調査の仕事と予算を得ることができない。
それが面倒事の一番目と言うことらしい。
競争入札に勝つためには、調査に必要な人員を集めて隊を編成し、自分たちは優秀な人材でありチームであると役人に証明しなければならない。
主に調査隊員の技能や経歴がわかる書類を整えたり、予算の見積もりや調査の日程計画を組んだりと言うところだろう。
役所の仕事だから、予算や日程はとても大事な要素である。
自分たちは可能な限り低い金額で、可能な限り迅速に、可能な限り効果の高い仕事を達成する。
それをプレゼンテーションしなければならないのが競争入札の基本だ。
「想像するだけでしんどい……」
「ね? 面倒だろう?」
それらの資料を整えるなど、激しく地味で煩雑な仕事なのだろうなとアキラは思った。
「で、二番目の面倒臭いことってのはなんなの」
「調査隊員の選抜は僕の方で済ませているし、各人材の経歴書類も作ったんだけれどね。この内容に、隊員本人の了承を取るのが面倒臭い」
メンバーの了解をとっていないのにもかかわらず、すでにルーレイラは自分で勝手に面子を決めて、書類まで作ってしまっているというのだ。
アキラは開いた口がふさがらなかった。
相手の都合などお構いなしである、この妖怪。
「って言うかその中に、まさか俺、入ってないよね?」
「入っているに決まっているじゃないか。体を動かす仕事は好きだろう?」
「山掘りも地質調査も、こっちはズブの未体験で素人だよ!」
「まあまあ、なにも言わずにこっちの紙に指紋判を押してくれたまえよ。塗料はここにあるよ」
アキラの問いには答えず、目を逸らしながら別の紙とインク皿を突き付けてくるルーレイラであった。
「なんで目を逸らしたし!? なにか都合の悪いこと書いてるよねこれ絶対」
「そ、そんなことがあるわけ、ななないじゃないかあ、ははは。先輩の言うことは、ききき聞くものだよ」
「なんで声震えてるし! よくわからない契約書にハンコ押すなって死んだ婆ちゃんの遺言が……」
文字の読めないアキラであったが、政庁の提出の必要があるアキラの分の書類なのだろうと確信する。
仮にこれがアキラの職務経歴書だとしたら、あることないこと書かれて、記述内容が「盛られて」いる可能性が激しく高い。
単なる新参冒険者のアキラなのに、入札に勝つために「異世界から来た最上級冒険者にして鉱山採掘労働者」とか書かれているかもしれないのだ。
「ほらほら、指に塗料をちょっとつけて押すだけだから。先っちょだけだから」
「先っちょだけだろうがずっぽりだろうが、怪しい話に巻き込まれかけてることには変わりないんだよなあ……」
「ところで昨日の夜は、リズと二人でなにを食べたんだい? と言うか食事だけで帰って来たのかい? まさかそんなことはないよねえ」
躊躇しているアキラに対し、ルーレイラの精神攻撃。
「その話、今関係ある!?」
「華やかなりし不夜城、ラウツカ中央西横丁。若い健康な男女二人、なにも起こらないはずがなく……」
「変なナレーション付けないで。なんで西の横丁で食ったことまで知ってるんだよ……」
「フェイが聞いたらどんな反応をするかなあ。外野として見物するなら非常に面白そうだ」
しつこい上に諜報機関も真っ青の調査力を発揮するルーレイラに観念したアキラ。
生来のお人好しも手伝って仕事の話に向き合うことにした。
「なんでフェイさんの名前までここで出てくるんだ……まあいいやもう。で、三つ目の面倒って?」
アキラが折れてくれたことで、ルーレイラはにっこり笑って仕事の話を続ける。
「この入札はさっきも言った通り、ギルドに来た依頼じゃないからねえ」
「俺、今月はギルド以外の仕事してる余裕、まったくないと思うよ。専属のノルマに全然届いてないし」
だからこうして真面目に朝早くからギルドに足を運び、手ごろな仕事がないかと探しに来たのである。
「うむ、僕も今月はあまり仕事してないからそうなんだ」
「働きたくない仲間でござる」
「だからこの入札に参加したいと言っても、リロイやギルドの事務方が許可を出してくれる目論見が全く立たないんだよねえ。なにか良い案ないかな?」
「最初っから詰んでるじゃねえか……」
アキラと同じく専属冒険者であるルーレイラにも、ギルドから課せられたノルマがある。
月に一定額以上の「ギルドに寄せられた依頼」をこなす必要がある、というものだ。
それを達成しない限り、ラウツカ市ギルドの依頼を離れて自由に仕事を探すことができない。
しかし、岩山調査の入札に参加する申し込み締切日は、目前に迫っていた。
今から達成額をクリアしようと思って細かい依頼をこなしていたら、日数がかかりすぎてしまって締め切りに間に合わないのだ。
「あー、クソッ! 天は我々を見放した……って、うわっ!」
ロビーの椅子でのけぞって天井を仰ぎ見るルーレイラ。
しかしのけぞりすぎて、勢い余って椅子ごと後ろに倒れそうになる。
そのとき、大木のような巨漢がそこを通りかかり、片手でルーレイラの椅子の背を持って支えた。
間一髪、転倒からまぬかれたルーレイラの顔が巨漢に見下ろされ、大きな日陰ができた。
少なくともアキラにとって見覚えのある巨木、もとい巨漢ではない。
いや、そもそも人にすら見えなかった。
「よう、赤エルフの”博士サマ”よゥ。なにか困りごとかァ? ”討伐”の手が足りないってんなら、付き合うゼェ……!?」
体高2メートルはありそうな大トカゲが、麻の服を着て、直立二足歩行して、言葉を話していた。
「”!?”」
そのことに仰天してアキラは椅子から盛大に転げ落ちた。
「なんだこいつァ。こっちの顔を見るなり”失礼”な奴だな、オイィ!?」
「ああドラック、彼は今まで竜獣人(リザードマン)を見たことがないんだろうよ、許してやってくれ」
「誰かがちらっと話してた、新しく来た”転移者”ってヤツかよゥ。なら、しゃァねェなァ」
「それよりも良い所に来てくれた! 実はお願いがあるのだけれどね!」
現れた男の名はドラック。
大トカゲの性質をもつ獣人であり、ラウツカ専属ではない「フリーの冒険者」である。
普段は港湾の荷揚げ作業や、雇われ船員をして暮らしている。
その仕事が切れたときに、港町のラウツカでギルドの仕事を物色し、手ごろな日銭を稼いでいるのだ。
「んだァ、その”お願い”ってのはよォ!? ”カネ”なら貸さねーぞォ!?」
「とんでもない、むしろ僕がきみにお金を貸すよ! たんまりとね! そのお金でひとつ、ギルドに依頼を出してくれないかな!?」
「言ってることの”意味”が、全然わかんねェんだがよォ!?」
当然の反応をドラックは返した。
竜獣人を初めて見た衝撃のあまり、気が動転して思考能力が限りなくゼロに近づいていたアキラ。
が、深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着かせる。
頭の正常な機能を徐々に取り戻し、ルーレイラが意図するところがわかってきた。
「……ルー、それは、アリなの?」
「ダメと言う規則は、ギルドにはないはずだよ! ははは、これで宝石の調査に行けるぞ! ルーさん大勝利!!」
ロビーで大騒ぎしているルーレイラを受付カウンターから見て、リズは朝から不安になった。
なにかろくでもないことを考えていやしないだろうかと思ったからだ。
彼女のその予感は、残念ながら的中することになる。
しばらくルーレイラたち冒険者は話し合って、まとまった内容を依頼票としてきちんと作成し、受付に持って来た。
「と言うわけで、僕とアキラくん、あとクロは冒険に出るよ! 依頼者はこのドラックだ!」
「はあ……」
満面の笑みで、ギルド受付で手続きを行うルーレイラを前に、受付職員のリズは頭を痛めていた。
しかし仕事なので、めげずに依頼票を確認する。
ルーレイラは傍らにアキラとドラックという、大柄な二人を従えている。
名前の出たクロは、今は不在である。
ルーレイラが思いついた案と言うのは、次の通りだ。
ルーレイラがドラックに、大金を貸す。
それこそアキラやクロたち、新米が何度冒険に出れば稼げるのだろうと思えるような大金だ。
ドラックはその金でギルドに「宝石鉱床の調査隊員として、ギルドから冒険者を派遣して欲しい」と言う依頼を出す。
博識で魔法技術が高いエルフ一名と、体力の充実した新人冒険者を二名、と言う条件を付帯して。
「完全に出来レースだこれ……」
「アキラくん、余計なことを言わないように」
依頼票を受付カウンターで確認したリズは、再度頭を抱えていた。
確かに現行のギルドの規約では、ルーレイラのこの所業を咎めることができないな、と。
自分で自分に依頼を出してはいけない。
架空の依頼を授受してはいけない。
そういった規約はギルドにちゃんと存在する。
でなければ架空の依頼を自分で受け続けることによって、専属冒険者は仕事をしなくてもノルマを達成することができるからだ。
もちろん、依頼を出すたびに達成だろうが未達成だろうが、確実に手数料がギルドに引かれるので、自分の財布を痛めることにはなるのだが。
しかしこれは、入札で勝って岩山調査の仕事を獲得しない限り「架空依頼禁止の規約」に抵触する可能性があるのではないかとリズは思った。
入札で負ければ依頼主であるドラックに調査隊の仕事が発生しないので、依頼票に記載された「宝石鉱床の調査のため」という前提が崩壊するからだ。
アキラもそのことに気付いているかなとリズは思い、目くばせをする。
両の掌を上に向け、首を左右に振るアキラ。
お手上げと言う意味らしい。
それくらい、ルーレイラはこの仕事に乗り気、いや執着と言っていい意気込みを見せているのだ。
仮に入札に失敗しても、金銭的な面ではルーレイラ一人が損をするだけである。
その金の流れをざっくりと脳内でシミュレートして、リズも諦めて手続きを進めた。
「確かに受理しました。難しいお仕事だと思いますけど、頑張ってください」
「やった! さすがはリズ、優秀な受付職員だねえ!」
書類が無事に通り、意気揚々と外へ出て行くルーレイラ。
それを冷めた目で作り笑いを浮かべてリズは見送った。
ただ、ギルドの規約上のことに関しては、なんとでもできるだろうが。
「ドラックさんやクロさんは、ルーの手段が不味いことを理解しないまま仕事に巻き込まれるんじゃ……」
と、リズは若干の不安を持った。
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