23 困ったときはお互いさまです!
木製の格子戸に閉ざされた、衛士詰所の簡易牢。
現代的に言う留置場の中で、アキラはあくびをかいて過ごしていた。
「おい冒険者。身元引取り人が来たぞ、出ろ」
「ふわぁ?」
そこにエルフ的長耳を持った美青年衛士が来て、そう声をかけた。
アキラはいっそ寝てしまおうかと思っていたところだった。
ぱたぱた、と靴を鳴らして衛士の後からついてくる者もいる。
「無事だったんですね、良かった……」
衛士に連れられる形で格子の牢に姿を現したのは、ギルド受付のリズだった。
先ほどまで「闘乱の罪」という、いわゆる暴行傷害事件の現行犯として拘束され、衛士から事情聴取を受けていたアキラ。
その身柄を引き取るために、ギルド職員で受付担当のリズが、衛士詰所まで足を運んだのである。
「こ、このたびは多大なるご迷惑をおかけいたしまして……」
豊かな胸元を安堵で撫で下ろすリズ。
その姿を見てアキラは色々な意味で恥しく、赤面する。
「衛士さんに聞きました。殴られてる獣人の男の子を助けるために割って入ったんでしょう?」
「や、そんなカッコいいもんじゃなくて、行き当たりばったりって言うか、むしろ話のオチはもっと情けないと言うか……」
「怪我がなくて本当に安心しました。さ、帰りましょう?」
リズに微笑みかけられ、浄化され昇天しそうになる勢いのアキラであったが、反省も深い。
こうなったいきさつは、以下のとおりである。
夕方近く、ギルド施設に白馬に乗ったエルフ族の衛士がやってきて、受付カウンターで執務中のナタリーに対してこう言った。
「大通りの近くで喧嘩していた連中を取り調べたんだが、一人はギルドの専属冒険者らしい。どなたか中央西の詰所までご足労を願えるだろうかな」
「あら、スーホさん、お久しぶりですわね。北門衛から市中警に配属替えになったとお聞きしましたけど、お元気でした?」
スーホと呼ばれた衛士は、ナタリーにそう言われて面食らった。
一度か二度顔を合わせただけのギルド受付嬢が、自分の顔と名前、簡単な素性を記憶していることに驚いたのだ。
ナタリーの言うとおり、この衛士は北門衛士を勤めていた時期があり、フェイの後輩でもある。
「あ、ああ。なんとかそれなりにやっている。ところで問題の冒険者だが」
「はあ。ラウツカ市ギルド専属の冒険者のどなたか、街で狼藉を働いた、と言うお話かしら」
溜息をつきながらナタリーは衛士訪問の内容を確認する。
冒険者のすべてが荒くれ者と言うわけではないが、そういう性質を持った者が多いのは事実だ。
ラウツカ市専属の冒険者は、基本的には職員が直接面接を経て契約しているので、そうそう血気に逸って暴れる性格の持ち主は多くない。
それでも切った張ったを商売にしている以上、そういうトラブルが全くないわけではなかった。
ラウツカ市で犯罪を犯した者は、専属冒険者の契約をギルドと結ぶことが一定期間、できなくなる。
貴重な専属冒険者を失うことは、ギルドにとって憂鬱な出来事なのだ。
「本人への聴取と周辺住民に聞き込みした限りでは、単に巻き込まれた無関係の者だったようだ」
「あら、それは僥倖ですわね」
「取り調べもじきに終わる見込みなので、どなたか詰所まで身柄を引き取りに来ていただきたい」
「かしこまりましてよ。ちなみに冒険者の方のお名前はおわかり?」
ナタリーの質問に、スーホは胸元からメモを取り出して確認する。
「トーヤマと言う名の、初級冒険者だと身分証にあった。あまり見ない顔だから、新人か」
「わかりましたわ。では、少々お待ちくださいませ。担当の者をお呼びしましてよ」
ナタリーはにっこりと笑い、夕方の仕事終わりに合わせて片付け作業をしているリズを、カウンターに呼び寄せた。
「なんですか、ナタリーさん?」
「リズの『いい人』が、衛士詰所の簡易牢でお待ちですわよ。お迎えの馬が来てらっしゃいますわ」
「はい?」
唐突にいい人だとか詰所の牢だとか言われても、リズには全く意味が分からない。
と、そんなことがあり。
リズはアキラと並んで、黄昏も深いラウツカ市の中央大通りを歩いていた。
アキラの身元を引き受け、一緒に帰っている途中なのだ。
「そっか、喧嘩の現場の近くに住んでる人が、衛士にちゃんと話してくれたんだ」
リズはスーホと言う名の衛士が駆る白馬の背に乗せられて、アキラが拘置されている詰所まで来た。
その途中で、アキラが出くわした暴行の現場は、チンピラたちの仲間割れ、組織内でのリンチの真っ最中だったのだと聞いた。
どういう組織なのかと言うと、置き引き、スリ、ひったくりなどの路上窃盗を行う一味である。
殴っていた男たちはもちろん、殴られていた獣人も大なり小なりの罪を重ねた、泥棒なのだ。
アキラは事情も分からずに、盗人を逃がす手伝いをしてしまったというのが結果、結論である。
物騒な話にアキラが巻き込まれたことを心配したリズだが、すぐに無罪であると知り、こうして無傷で無事なアキラを見て、今は安心している。
しかし、アキラにとっては面白い話ではないだろうともリズは思う。。
簡易的な留置であっても、縄をかけられて牢に入れられるなど、楽しい体験ではあるまい。
しかも助けた相手は泥棒であり、アキラに感謝もなく現在も逃亡中だ。
そのことを取り調べの最中にアキラも衛士から事情を聞かされていたはずだ。
恥ずかしそうに、申し訳なさそうに、大きな体を小さくして下を向いてアキラは歩き続けている。
溜息ばかりが多い。
「元気出してくださいアキラさん。お怪我もなくて、お金や荷物も無事で、良かったじゃないですか」
「でもこんなふうに、リズさんにお世話かけちゃってるからね……今日も出勤で疲れてるんだろ」
恐縮するアキラが口にするのは、リズへの謝罪だけ。
逃げたコソ泥獣人への怒りなどが微塵も感じられないことを、リズは不思議に思った。
昼から夕方過ぎまで牢に閉じ込めておくという対応をした衛士たちにも、腹を立てている様子はない。
「怒ったり腹を立てたりしないんですね」
「治安が悪いって聞いてたのに俺が勝手に首突っ込んで巻き込まれただけだし、別に誰かに腹を立てることじゃないよ。ツイてねえなとは、思うけどね」
リズの疑問に、アキラはあっけらかんと答える。
アキラの考え方や性格と言うものが、リズには正直、よくわからない。
よくわからないが、ああそうだ、こういう人だったな、と言うことだけは今まで何度か見せられて、リズはおかしそうに、フフフっと笑った。
「明日はきっと、良いことありますよ」
よくわからないことが面白いという感覚を多少なりとも覚えたリズ。
普段の自分では決して言わないような、論理的でない、根拠のないことを、つい口にした。
「そう思うようにするか。明日はギルドに行くよ。なにか面白い依頼とかあるかもしれない」
アキラに笑顔が戻り、リズの気分も軽くなる。
それと同時に、すっかり日の落ちた今現在、リズは自分が空腹を覚えてることに気付いた。
「せっかく街中に出たし、なにか食べて行こうかな。アキラさんもどうですか?」
「え、これから、一緒に?」
「はい、帰って夜ご飯作るのも面倒になっちゃったし。たまには街中のお店もいいかなって」
リズはギルドの周辺、湾岸沿いのエリアで日常生活がほぼ完結しており、市街の中心部に来ることはそれほど頻繁ではない。
しかし行ったことがある店でも、ない店であっても、美味しい店や評判の名店がちらほらあるということは知っている。
「明日にならないうちに、さっそく良いことあったわ……」
禍福はあざなえる縄のごとく、万事は塞翁が馬である。
「あら、それは光栄です。どんなものが食べたいですか? 苦手な物とかは?」
アキラの言葉が社交辞令ではなく本心から来るものだと、リズは露ほども思っていない。
「なんでも食うよ。って言うか俺がご馳走するよ。わざわざ陰気な牢屋にまで足を運んでもらっちゃったし。ぜひともお礼をさせていただきたい」
「良いんですか? 私、あまり遠慮しないタイプですよ?」
「ドンと来い。多分、大丈夫、会計的にも……」
「ふふふ、じゃあ、シャワルマって知ってます? 」
リズのその問いに、アキラは頷いて答えた。
「レバノンとか中東の料理だよね確か。ケバブサンドみたいなやつ」
「そうですそうです。確かこのあたりに、シャワルマみたいなお料理を出すお店があったはずなんです。一度行ってみたかったんですけど、なかなか機会がなくって」
「いいねえ。リズさんがイイって言うならきっと素敵な店だよ。そうに違いない」
リズが勧める物なら、例えそれがゴキブリ料理であっても、アキラは喜んで一緒することだろう。
「あとは冬を越したニコミウサギは絶品だって聞いたんですよね。そのシチューを出す店があったはずです。大通り西の横丁だったかなあ……」
「煮込んだら美味しいウサギってかなり残酷なネーミングだな!?」
他にもリズは気になっていたお店をいくつかピックアップして、二人の間に会話が途切れることはなかった。
喧騒が続く夜の大通りを、二人はゆっくりと並んで歩いた。
葛飾北斎の波の絵が自分の故郷に近いとか、アメリカからペリーが来航した浦賀も近いとか。
アキラがそう話すのを、ニコニコしながら聞いていたリズだが、ふと思い出したように言った。
「そう言えば、ヨコハマの近くには米軍基地がありますよね?」
「うん、陸軍も海軍もあるよ。陸軍は座間のキャンプで、海軍は横須賀と、厚木に航空基地があるよ」
神奈川県は在日米軍の基地が多い土地でもある。
横浜や横須賀などの街にはアメカジ、ロカビリー系の衣服やアクセサリーを扱う店も多く、アキラもその手のアイテムを好んで身に着けていた。
「私の母方の伯父が、少しの間ですけど日本の基地で働いていたんです。お土産にホクサイの画集(アートブック)と、葉書(ポストカード)のセットをくれたんですよ」
「そうなんだ? いやあ世界は思いのほか狭いね。ひょっとしたら俺と伯父さん、街中ですれ違ってたかもよ?」
「ふふふ、そうかもですね。私もヨコハマ、行ってみたかったな……」
地球を懐かしむように目を細めてリズが話す。
アキラもリズも、きっと同じような感慨を共有しながら、今この時を過ごしている。
「俺も一度はアメリカに行ってみたかったよ。ロサンゼルスに行って、ドジャースの試合が見たかった。日本人選手をちょくちょく受け入れてくれる球団だったからさ」
「私の実家、ドジャーススタジアムから、割と近いですよ?」
「マジで!?」
「父がベースボールの大ファンで、日本人選手のサインボール、二つも持ってます。ちょっとした自慢です」
「うわいいなあそれ! どの選手のサインだろ……」
話しながらアキラの幸せゲージが降りきれて変な顔になっていることに、リズは気が付いていない。
そのまま、笑顔の絶えない二人の夜が更けて行った。
帰宅後、アキラはこの日の感動を忘れないように日記を書いた。
もちろん、日本語で書かれている。
この世界では、誰が読んでも内容はわからないので、恥ずかしいこともないのだった。
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